1 自他領域を越えて

 二〇二五年九月、NHK総合テレビにて『NHKスペシャル 未完のバトン・最終回 〝最期〟の希望 長寿社会の果てに』が放送された。以下、話し言葉を読みやすく書き改めるなどしており、厳密な引用ではないことをお断りしておく。
 愛知と岐阜を拠点とする在宅医療専門の医師、市橋亮一氏は千人以上の患者を看取ってきた。生活の質(QOL)にこだわり、患者が最期まで希望を持って生きる医療を目指している。ある患者は間質性肺炎により酸素吸入が欠かせず外出すらできない。長く生きていてもしかたないと吐露する。市橋氏は、希望などなにもないと言っても、どこかにはあるかもしれないと語る。
 オランダで年間十人ほどの安楽死を実施しているイボンヌ・インゲン医師と市橋氏との対談では次のようなやりとりがされる。インゲン氏は、私の役割は患者にとって何が最適か本人に考えてもらうことだと言う。それに対して市橋氏は、深刻な病気で死にたいと思っていても、病状をコントロールすることで活力を見出したり改善したりする患者もいると指摘する。
 安楽死に認定された後で幸せに生きる人がいると、医師として安楽死を実行する自信が無くなる。百人に何人かは間違って死んでしまう人がいるかもしれない、それで良いのか。そんな市橋氏の問いにインゲン氏は、それは決して証明できないと答える。
 安楽死の基準は医師の主観で変わってしまう、恣意的だと指摘する市橋氏に、インゲン氏は次のように答える。それは本当に主観的なのか、医師にはどうしていいかわからないものではないか。寿命は延びていくが、全員が健康的に長生きできるわけではない。自分で正しい判断ができるうちに安楽死を決断すべきだ。
 対話を終えた市橋氏は次のように語る。患者にとって大変な時はある。けれどその中に雲の晴れ間のような、良かったなという瞬間もある。自分が診ている範囲では安楽死しなければならない人は思いつかない。
 生きていれば良いこともある、医師はそれを手助けしてやればいいという市橋氏の主張はポジティブで受け容れやすい。一方で、次のような意地悪な反論をしてみたくもなる。
 雲の晴れ間がほんの束の間だったとしたらどうか。九九・九パーセントが死を望むほどの苦痛の時間で、生きていて良かったと思える瞬間が残り〇・一パーセントしかない状況で、それでも生きることを強いられるべきか。
 この問いに、ひとまず根拠はなにも考えずに、もちろん生きるべきだと答えることにしよう。では、それを第三者が口にして良いのか。生死の決断は苦痛を味わっている当人にしかできないことではないか。九九・九パーセントの闇に塗り潰され死を願う人にそれでも生きろと命じるのは、美しい物語を信じたい私たちのわがままではないか。
 急いで補足するなら、市橋氏は病状のコントロールという形で患者の手助けをしている。番組内でも間質性肺炎の患者に、外出して気晴らしをしたいという望みを叶えていた。無関係な第三者ではなく、患者が幸せになれるよう寄り添っている。
 けれど、こうも思う。患者にとってなにが幸せなのかは、患者自身にしか定義しようがないものではないか。終末期医療の場合、避けられない死という形で明確に医療の限界が示されている。推測になるが、インゲン氏がそれは決して証明できないと述べたのもそのような理解があるからではないか。生き続けることの意義を判断できるのは患者だけであり、医師の支援には限界がある。もちろん、病のつらさで判断を間違えるかもしれない。自分で正しい判断ができるうちに、とインゲン氏が言い添えたのはそれがあるからだろう。
 デリケートな話題なので明言しておこう。私はこの後、市橋氏の意見に賛同する。希望を失っている人に私たちがかけられる言葉がある。

 精神科医にして心理学者、ヴィクトール・E・フランクルは生きることの意味を問い続けた。ユダヤ人として強制収容所に収容された体験を綴った『夜と霧 新版』の「運命――賜物たまもの」という節では、おおまかには次のことが語られる*1
 避けられない運命と、それが引き起こす苦しみを甘受することは生を意味深いものにする。苦渋に満ちた状況と厳しい運命において己の真価を発揮することを、人生の実相からはほど遠いとか浮世離れしているとは考えないでほしい。
 フランクルは、不治の病を抱えた患者の手紙を紹介する。そこにはある映画のことが綴られていた。一人の男が死を覚悟する。この男が毅然と死に向きあえるのは、天の賜物としてそんな機会を与えられたからだと思っていた。だが、いま運命は自分にその好機を与えてくれた。そう患者は書いていた。
 私たちは映画を観て、実に偉大な人間たちだ、私のような取るに足りない者にこんな運命は巡ってこないと思う。そしていざ偉大な運命の前に立たされて決断を迫られると、映画を観たときのことは忘れ、あきらめてしまう。
 続けてフランクルは、強制収容所で亡くなった若い女性のことを紹介する。彼女は自分が数日のうちに死ぬことを悟っていたが、なぜか晴れやかだった。なに不自由なく暮らしていたときは甘やかされていて、精神がどうこうなんて真面目に考えなかった。こんなにひどい目に遭わせてくれた運命に感謝している。
 最期の数日で彼女は内面性をどんどん深めていった。彼女は病棟の窓を指さす。そこには花の盛りを迎えたマロニエの木があった。それがひとりぼっちの私のたった一人の友達であり、よくおしゃべりをするという。当惑するフランクルが、木もなにか言うのかと問うと彼女は次のように答える(一一七頁)。

 「木はこういうんです。わたしはここにいるよ、わたしは、ここに、いるよ、わたしは命、永遠の命だって……」

 私の話をちゃんと聞いていたなら理解できたでしょうとばかりに、ここで文章は途切れて次の節へ続く。この理解し難い、幻聴としか思えないセリフはなにを意味するのか、いっさい説明されない。
 さきほどの節のしばらく後に次のような文章がある。強制収容所で収容者たちはなにをよりどころとして生き延びたのか。フランクルがいた棟の班長は、こんな夢をみたと打ち明ける。知りたいことがあるならなんでも答えるという声に、戦いはいつ終わるか問うた。すると一九四五年三月三十日だと答えたという。
 日々が過ぎても三月中に解放される見込みは薄れていくばかりだった。三月二十九日に班長は高熱を発して倒れ、翌日には譫妄状態に陥り、三月三十一日に発疹チフスで死亡した。
 つまりこれは、根拠のないものはよりどころとならないことを示している。〝勇気と希望、あるいはその喪失といった情調と、肉体の免疫性の状態のあいだに、どのような関係がひそんでいるのかを知る者は、希望と勇気を一瞬にして失うことがどれほど致命的かということも熟知している〟という(一二七頁)。
 生きていくことに希望が持てない。そう嘆く者に、いったいどう応えれば良いのか。フランクルは次のように書いている(一二九頁)。

 ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考えこんだり言辞をろうすることによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。

 正直なところ、私が断崖絶壁のふちで靴をそろえて脱いだところを呼びとめられ、こんなことを懇々と説かれたなら閉口しただろう。気持ちに多少の余裕があったなら「つまり自己責任ってことですか?」くらいの嫌みは口にしたかもしれない。
 フランクルの言葉を踏まえて、木とおしゃべりした女性のことを考えてみよう。この人物がなぜ数日のうちに死を迎えると自覚していたのか理由は明記されていないが、ここでは病のためとする。
 病状が悪化していき死が迫っていることを自覚した者はあれこれと考えを巡らせ、希望を探すだろう。良い薬が手に入って体調が回復するかもしれない、戦争が終わって救助されるかもしれない。夢のお告げが外れたように、そういった根拠のない可能性は救いとはならない。日に日に病は進行していく。痛みが激しくなり、身体が衰えていく。なにかないのか、なにか自分を救ってくれるものはないのか。
 窓から外を眺めていた彼女は、花の盛りを迎えたマロニエの木に気づく。たとえ自分がこの世を去っても、あの木はいずれまた花咲くときを迎えるだろう。そんなふうに思ったのかもしれない。主客が転倒した。彼女は世界をみつめる側から、みつめられる側へと立場を替えた。
 あくまでこれは私の解釈に過ぎないことをお断りしておく。前述のとおりフランクルは女性の言葉について説明していない。この解釈にしても、よりによってなぜマロニエの木なのか説明できていない。この世はナチスのような者たちばかりではなく善人もいて、自分が死んだ後もその人たちが生き続けてくれるだろう、という希望でも良さそうなものだ。
 現実主義者なら即座にこう指摘するだろう、それは希望ではないと。もちろん、そのとおりだ。マロニエの木が花を咲かせ続けたところで、その女性の死は避けられない。寿命は一秒たりとも延びず、痛みを和らげてくれるわけでもない。なんの意味もない。
 けれど、こうも思う。危機的状況に虚像が壊れかけたとき、セカイと世界との境界が破れるのではないか。人が観測し認識しうる領域すなわちセカイは、客観的事実の集合である世界よりも常に狭い。不可知論的状況に怯えながら尊厳を守るべく、自分の望むルールに他者を従わせるべく虚像を膨らませる。それは逆の事態を招きうる。望まぬ虚像を押しつけられ、他者のルールに虐げられる。萎んでいくセカイの中でそれでも夢物語に溺れず現実をみつめ、絶望に抗し希望を探し求めるとき、人は初めて世界を目にする。
 いや、わかっている。こんな哲学めいた言い回しをしてみせたところで、彼女がたどりついたのはマロニエの木が花を咲かせるという平凡でありふれたことでしかなかった。どれだけ修辞を苦心したところで、ただの気の持ちようでしかない。
 それでも私は言葉を重ねたい。大切なのは実存に囚われすぎないことではないか。虚像が危機に瀕したときこそ獲得できる思考がある。
 セカイの外へ足を踏みだし、世界の側から自分をみつめなおすこと。自身を縛る論理の枠組みを疑い、こう在るべきという願いと現実とを峻別すること。そのためには足掛かりとなる他者の言葉が要る。あなたの知っていることだけがこの世のすべてではないと告げる、素っ気ない声が。

2 状況論

 米澤穂信『黒牢城』(二〇二一年)は「週刊文春ミステリーベスト10」(文藝春秋)、「このミステリーがすごい!」(宝島社)、「ミステリが読みたい!」(早川書房/ハヤカワミステリマガジン)、「本格ミステリ・ベスト10」(原書房)という、いわゆる四大ミステリランキングの首位を史上初めて獲得した。
 もちろんこれには驚かされたが、その三年後には更なる驚きが待ち構えていた。青崎有吾『地雷グリコ』(二〇二三年)もまた四大ミステリランキングを制覇したからだ。なぜ「更なる」驚きだったのか、ミステリファンではない方には説明が要るだろう。端的に言えば『地雷グリコ』は新しい潮流を感じさせる作品だった。
 主人公を務めるのはカーディガンの着方がだらしない高校生、射守矢真兎いもりや まとだ。文化祭に向けて一番人気の場所を奪い合うゲームに参加する。ジャンケンで勝利した手に応じて階段を上っていく、お馴染みの遊び「グリコ」に地雷を、すなわち相手が指定した段をうっかり踏むと大幅に後退させられる罠を仕込むことができる。そういった頭脳戦をくりひろげる五つの短編を収めている。
 ギャンブルを題材にしたミステリが皆無というわけではないが、少なくとも現在の国内ミステリにおける主流ではないだろう。ではミステリとして評価されたのは誤りなのか。『地雷グリコ』に謎解きの味わいは無いのかといえば、そんなことはない。
 とぼけた言動をするなど真兎はどこか気の抜けた人物として描かれており、こんな子で大丈夫かと読者の多くは気を揉むだろう。ゲームが進行するにつれ、真兎はなにかたくらんでいることがわかってくる。ゲームのルールについて読者は彼女と同じ説明を受け、同じ展開を目にしているはずなのに、どこかで思考を追い越される。ワトソンの目を通じてホームズの思わせぶりな言動が気になるように、推理を推理する味わいがある。
 くわえて真兎は名犯人でもある。ゲーム相手はもちろん真兎の一挙一動を注視し、戦略を予想して最善の対策を練る。だが、その時点で罠にかかってしまっている。いわば真兎は偽の手掛かりをばらまいているようなものだ。
 青崎有吾は第二二回鮎川哲也賞受賞作『体育館の殺人』を二〇一二年に刊行してデビューした。たった一本の傘から論理の糸をたどるスタイルはエラリー・クイーンを彷彿とさせるものだった。シリーズ続編『水族館の殺人』(二〇一三年)の帯に綴られた〝平成のクイーン〟は青崎の二つ名となった。誤った方向へ相手の思考を誘導する真兎に、後期クイーン的問題を連想してもさほど的外れではないだろう。
 かといって『地雷グリコ』が突然変異というわけでもない。なかなか区切りを入れることは難しいが、少なくとも二〇一〇年代から現在に至るまで主人公と敵、探偵役と犯人との闘争を描く作品は無視できない流れとなっている。
 蔓葉信博は「二〇一〇年代ミステリの小潮流、あるいは現代ミステリの方程式」にて、二〇一〇年代におけるミステリの小潮流をライトミステリ、特殊設定ミステリ、異能バトルミステリ、新社会派ミステリの四つに整理した*2。超常的な能力を有する者同士の争いやギャンブルにおける駆け引きといった知的闘争を描く作品がマンガやライトノベル、ゲームに数多く現れた。それに影響を受けたミステリが異能バトルミステリだという。
 具体的には城平京『虚構推理』(二〇一一年)、本格ミステリ大賞を受賞した森川智喜『スノーホワイト 名探偵三途川理と少女の鏡は千の目を持つ』(二〇一三年)、ライトノベルからは山形石雄〈六花の勇者〉シリーズ(二〇一一年〜)、河野裕〈サクラダリセット〉シリーズ(二〇〇九年〜)などが挙げられている。
 つけくわえるなら多重解決/推理バトルの隆盛もある。深水黎一郎『ミステリー・アリーナ』(二〇一五年)、井上真偽〈その可能性はすでに考えた〉シリーズ(二〇一五年〜)などが思いだされる。白井智之の作品は推理バトルを描くものが多いが、なかでも『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』(二〇二二年)は本格ミステリ大賞を受賞、さらに『2025本格ミステリ・ベスト10』の「2000年代クオータリー・ベスト本格ランキング」にて首位を獲得した。
 拙稿「あの丘の向こうに」では相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』(二〇一九年)や北山猛邦『月灯館殺人事件』(二〇二二年)について、他者の意志や感情が関与していることを意識しなければならない現実認識を踏まえて論じた*3。くわえて、おおむね二〇一〇年代以降の世相をふりかえり、目には見えない他者の意志を想像しなければ生き残ることができない風潮が国内ミステリにも影響を与えているのではないかと主張した。
 こういった作品群の一部では、ときに探偵役や犯人といった役割からの逸脱が騙しの切り札となった。探偵役が重要な事実をあえて伏せていたり、犯人のほうが推理行為をしていたりする。中核的な内容に触れざるを得ないため作品名を挙げづらいが、さほど差し支えないものとして阿津川辰海『最後のあいさつ』(二〇二五年)を紹介しよう。
 国民的刑事ドラマの主演を務めた俳優、雪宗衛ゆきむね まもるが妻殺しの容疑で逮捕される。だが記者会見の場にて名探偵のごとき推理を披露し、裁判では無罪判決が下る。三十年後、新たな殺人事件が起こり雪宗が再び動きを見せる。彼は本当に名探偵なのか、それとも狡猾な犯罪者なのか。記号としての「名探偵」と現実との乖離を描く物語は、どこか幻想小説の風合いがある。
 お気づきかと思うが『毒入り火刑法廷』にも役割の混乱がある。主要登場人物のほとんどが真相を推理し、読者に対して隠し事をしている。探偵役と犯人との対決を描こうとすれば、後期クイーン的問題や役割の混乱は避けられないのかもしれない。飯城勇三が『エラリー・クイーン論』で述べたことが思いだされる(三四〇頁)*4

 ここで結論を出したい。
 〈後期クイーン問題〉は、クイーンの『ギリシア棺』によって生まれた。
 それは、これまでの本格ミステリが描かなかった「名探偵対犯人」という対人ゲームを、『ギリシア棺』が初めて描いたからである。
 対人ゲーム、すなわち「プレイヤー同士が互いのプレイに影響を与え合うゲーム」においては、必勝法などは存在しない。常に、「とりあえず」の方法しか存在しないのだ。
 よって、〈後期クイーン問題〉には、「唯一無二の解決」などは本来あり得ず、常に、「とりあえずの解決」しか存在できないということになる。
 笠井潔や法月綸太郎は、〈後期クイーン問題〉に唯一無二の解決が存在しない点について、「探偵小説形式の自己崩壊」や「探偵小説形式の無底性」といった危機感を感じさせる表現を用いている。しかし、ここまで語ってきたように、それはスポーツや囲碁・将棋といった対人ゲームすべてに存在するものなのだ。例えば、「投手の配球パターンを読んで打者が打つ→配球パターンを読まれた投手がその裏をかいて打者を打ち取る」といった駆け引きは、対人ゲームの世界では、珍しくもなんともないだろう。
 だからといって、スポーツや囲碁・将棋が滅びてしまうわけではない。むしろ、「絶対的な必勝法」が存在しないことが多種多様な変化を生み出し、「とりあえずの解決」しか存在しないことが刹那的な魅力を生み出しているのだ。

 本格ミステリは作者と読者とのゲームだとよく云われる。しかし、ゲームとパズルは性質が異なる。すべての手掛かりが明示され、それを論理的に組み合わせるだけで犯人の名を指摘できる。そんな挑戦状の文句を真に受けるなら、それはジグソーパズルのピースを組み合わせていく作業であってゲーム的な駆け引きなど無い。飯城が野球でたとえたように、対人ゲームではおたがいの考えを予想する。探偵が犯人を騙し、犯人が探偵の推理を推理する。ジャンルの約束事になど縛られない二人の人間がそこにいる。
 後期クイーン的問題は、実存の枠内にとどまっているばかりでは観念的なメタレベルの無限階梯化を避けられない。名探偵として生まれてきた者も、犯罪者となることが運命づけられた者もいない。おたがいがおたがいを騙しあう等価な存在であること、生理的限界に縛られた人間同士であること。喉元に剣先を突きつけあい、謎を解かなければ死あるのみという現実を直視すること。観念から感性へ。これが二〇二〇年代の国内本格が到達した境地ではないか。

3 新しい魔法を求めて

 第二章の終わりでは『丸太町ルヴォワール』から『毒入り火刑法廷』への変化を述べた。不可知論的状況を当然のものとして受け容れた上で自身の夢物語を花開かせる。そんな絶望の中での希望から、不透明な状況で知らずしらず他者の欲望に呑みこまれ存在を歪まされていく、絶望の中の絶望へ。詳述は避けるが北山猛邦『オルゴーリェンヌ』(二〇一五年)から『月灯館殺人事件』(二〇二二年)への変化と言ってもいい。だが『毒入り火刑法廷』に描かれているのは絶望ばかりではない。
 第Ⅱ部の終盤、カラーはエリスに次のような言葉をかける(二三八頁)。

「エリス、ぼくは思うんだ」
 エリスの耳元で、カラーが風のような声で囁いた。
「きっとこの世界では、理にかなわないことは起きないんだ。不条理とか、理不尽とか、そういうのは誰かの思い過ごしでしかなくて、どんなに悲しいことにも、辛いことにも、必ずそうなってしまった理由があると思うんだ。何もかも、そうなって当然のことなんだよ」

 第Ⅰ部の事件の被害者、ハロルドが死んだのはカラーのせいであり、エリスではない。だからエリスの母、メリダはエリスを火炙りにする証言はしない。そう言ってカラーはエリスを安心させようとする。このすぐ後、カラーは箒で飛び、火刑に処される。
 簡単に言えばカラーの考えは「因果応報」だろう。かつてカラーは魔女と知られ、故郷であるウィッチフォードから逃げだした。使用人のアクトンは、魔女を匿っていた噂から婚約者と破局、自殺した。第Ⅲ部の終盤でアンデルセンは、カラーが〝自分は罰せられるべき人間だと思っていた〟(三八八頁)と語る。
 もちろんカラーに非はない。カラーは自ら望んで魔女になったわけではなく、アクトンの自殺に直接的な責任はない。ハロルドの死は事故に近いものだった。しかし、それでも罪悪感は心を蝕む。思い詰めたカラーに、エリスを救う代わりに火炙りになること以外の選択肢は目に映らなかった。
 第Ⅲ部の大詰め、エリスの証言次第で判決が決定しようとするとき、夢の中でエリスはカラーの姿を目にする(三九二頁)。ダレカ裁判で火炙りになる直前、カラーはエリスに感応の魔法をかけた。自己犠牲を払ったカラーに負い目を抱かずに済むよう、エリスの罪悪感を封じたのだという。

「あの日、ぼくは最後に余計なことを考えた。ぼくの命はここで終わるけど、君の人生はこれからも続く。でも、ぼくの記憶はきっと君を苦しめるだろう。ぼくが君の身代わりとなって死んだと君が思い続ける限り。そんなことはないんだよ、エリス。でも、僕には釈明する時間が残されていなかった。だからぼくは――君に魔法をかけたんだ」
 [……中略……]
 あぁ、そうだったんだ。
 エリスはようやく悟った。カラーは最後に、エリスに感応の魔法をかけていたのだ。自分の代わりに友を死なせてしまったとエリスが悔いることのないように、カラーのいない世界でも前を向いて歩いていくことができるように。
 カラーは、エリスの罪悪感を封じ込めた。

 感応の魔法によってカラーに罪悪感を抑制されていたからこそ、エリスは安らかな死へ逃避すべく、ダレカやバッドマたちまで火刑に処される破滅的な証言をしてしまった。魔法が時間切れを迎え、エリスは証言を翻す。
 さあ、野暮で冷酷な本格の鬼の気持ちになってほしい。この展開をフェアに予想することはできただろうか。カラーが感応の魔法を使えたという手掛かりは、私が確認するかぎりではどこにも見当たらない。特別車両にてシュノと会ったエリスは〝感応は、声の届く範囲にいる人間にしか影響しない〟(一三三頁)と話している。それを踏まえると蓋然性として、感応の魔法は目の前に相手がいなくなっても何日も継続するようなものだとは思えない。
 しかし、火刑法廷での攻防を見守ってきたあなたならば、少なくとも可能性はあったと認めるだろう。エリスは猫に変身する魔法を実は使えた。猫についた汚れが変身の解除後も残るかどうか、魔法の性質そのものを読者は考え抜くべきだった。私たちは与えられた手掛かりをただ漫然とジグソーパズルのように組み立てるのではなく、あらゆる可能性に思いを巡らせなければ生き残れなかった。
 大切なことはそれが客観的真実かどうかではなく、可能性として成立することではないか。すべては夢の中の出来事に過ぎない。激痛に苛まれ、死の救いしかないと思い詰めていたエリスが束の間、心のゆとりを得た。親友があのとき、なにを想っていたのか推察した。死を決意したカラーの視点から自分自身をみつめた。マロニエの木が花咲くことよりはずいぶん不確かにせよ、虚構はエリスに生きる勇気を与えた。
 裁判が終わり、オペラは旅にでる。エリスは意識が戻らず、相変わらず回復の兆しはない。魔女の能力は、伝承上の魔女術を再現するかのように発現する。ならば治癒の力が使える魔女がどこかにいてもおかしくない。エリスを治してもらうべく、オペラは海を越えてそんな魔女を探すという。
 それは、夢のお告げで戦争が終わる日を信じた班長と大差ないかもしれない。絶望的な状況ですがりついた藁が救命ボートに見えているだけかもしれない。不可知の闇に覆われ、生きようとする意志を他者の欲望に歪められ、それでもなお希望はあるのか。
 第二章で述べたとおり『毒入り火刑法廷』における推理の様相は、エラリー・クイーンの作品と正反対だ。クイーンはリアリズムとパズルを調和させ、理性による謎解きを実現した。それに対しこの作品は、謎を解かなければ殺されるというアクチュアリティを登場人物と読者に共有させることで後期クイーン的問題を乗り越えようとした。
 数学の公理系のように論理が不変ならば、ただ理性を信じて精密機械のように論理操作を重ねるだけで客観的真実に到達できるだろう。けれど現実世界で私たちが慣れ親しんでいるのは局所的な論理であり、あらゆる些事に操りの糸を幻視してしまう。しかし局所的な論理は絶望と同時に希望ももたらす。実存と虚像とが危機的状況に陥り、世界の側から自分自身をみつめ思考の枷を疑うことで、無数の可能世界から希望をみつけることができるかもしれない。
 両者の態度はまったく異なるが、けっきょくのところ読者にも謎解きを体感させるという目的は一致している。その意味で、榊林銘は創造的な態度を以てクイーンの衣鉢を継いだとも評価できるだろう。
 物語からゲームへ。不可知の暗がりをさまよい、他者を支配下に置き夢物語を成就しようとすれば、盤上の向こうにいる何者かがナイフを手に忍び寄ってくる。希望を奪われ、絶望したその先になにかがある。他者の目を通して自己を客観視したとき、新しい論理が見えてくる。
 エラリー・クイーンのデビュー作『ローマ帽子の謎』は一九二九年に刊行された。百年近い歳月を経て、本格ミステリは暗く長い道の先で、ようやく重い扉をこじ開けたばかりなのかもしれない。