家彦はテーブルを見渡した。伏せられているカードを数える。
(残り五枚)
 テーブルの向こう側、弟の顔を窺う。さっきの美月を疑う推理はなかなか堂々としていた。人見知りの小心者だとばかり思っていたが、それなりに芯があるらしい。
 こっちも負けてはいられない。残り僅かなカードから最善の解を選ばなければならない。

職員室/物品購買申請書
図書室/図書準備室の棚
商店街/定食屋「飯志屋」
商店街/居酒屋「呑兄弟」サイト
文献/神殺しの剣

 当然「物品購買申請書」を選ぶわけにはいかない。恐らく、これは家彦の秘密を暴くことになる矛盾が綴られているだろう。
 文献は選ぶ理由がない。これまで「神殺しの剣」というキーワードはでてきていない。正直、気にはなっている。四周目で兜斗と小衣が文献のカードを選んだ。兜斗のほうはそれなりの理由があったが、小衣は明らかにおかしい。言動こそ奇矯だが、あなどれない相手だ。気まぐれに無意味な手を選ぶとは思えない。
 ぼんやりと見えてきてはいる。家彦のシナリオに書かれていた夕貴の言葉、あれはそういう意味なのか。図書室で『紫ヶ森むかしむかし』を探していたことも伏線だろう。いずれにせよ現時点では文献カードを選ぶ表向きの理屈を立てようがない。
 残るは三枚。気持ちとしては弟を追い詰めたくない。とくれば「サイト」しかない。
 では「サイト」を選ぶとなにが起こる? 恐らく美月の告白と矛盾する記述があるだろう。順番からして千笑美が美月を詰問することになる。その後で、兜斗や小衣はなにを選ぶ? それは美月の告白内容に依る。不確定要素が多すぎる。
 逆ならどうか。素尚の告白を検証するため、という建て前で「図書準備積室の棚」を選ぶとする。これまでの傾向からして千笑美は追随して「飯志屋」のカードを選んでくれるだろう。それらのカードを選んでも矛盾がみつかるとは限らない。
 小衣に関係するカードをすべて表にしても矛盾はみつからなかった。恐らく万慈は、小衣をレッドへリングとして設計したのだろう。疑わしいだけで犯人ではない、おとりの役だ。手掛かりカードだけでは追及できない。他のキャラクターの秘密が明かされないと小衣に関する矛盾は明らかにならない。
 悪趣味なゲームマスターのことだ。犯人はきっと素尚だろう。シナリオに書かれた家彦の秘密からしてもそうとしか思えない。素尚が犯人だという秘密こそ、いちばん堅牢に守らなければならない。だったら小衣と同じく、手掛かりカードだけでは矛盾を指摘できない作りにしているだろう。
 その後は? これまでの敵対ムードからして、兜斗か小衣は必ず「物品購買申請書」をめくり、家彦と千笑美は秘密を明かすことになる。
(つまり)
 もし家彦が「サイト」を選べば先の展開は読み難い。秘密を明かすことになるのは次の六周目になるかもしれない。「サイト」ではなく「図書準備積室の棚」を選べば、すぐに秘密を打ち明けることになる。
 いずれにせよ手掛かりカードはすべてめくられる。必ず矛盾はみつかり、全員が真相を告白する。本当のゲームはその後から始まる。
(このゲームの本質はなんだ?)
 いずれにせよ全員が秘密を明かす。カードの選択で左右できるのは告白の順番だけだ。
(だったら、)
 秘密を告白するのは早いほうがいい

 素尚は兄の顔をみつめていた。悩んでいるようだったが、やっと顔を上げた。
「さっきと同じ戦略にするか。辰木くんの告白に嘘がないか検証することにしよう」
 素尚は寂しさを覚えた。きっと兄は、素尚を追い詰めるべきか否かで悩み、けっきょくは「みんなで犯人を捜す」という建て前に逆らわないことにしたのだろう。

手掛かりカード〈図書室/図書準備室の棚〉
 図書室のカウンターの向こうに扉があった。図書準備室らしい。
 壁際に棚が設えられている。抽斗を開けてみると、ゴミ箱用と思われる容量二十リットルのビニール袋が開封されていた。二十枚入りだが、残りは十九枚になっている。

 素尚が代わりにめくったカードを家彦はしばらくみつめていたが、頭をふった。
「ゴミ箱用のビニール袋は図書準備室にあった。図書室のすぐ隣だから、夕貴と俺との会話を盗み聞くことができた。そういうことを示しているだけだな。次に行こうか」
「それじゃあ、私はこれで」千笑美がカードに手を伸ばした。

手掛かりカード〈商店街/定食屋「飯志屋」店員の証言〉
 紫ヶ森商店街にある定食屋「飯志屋」の店主に訊ねたところ、次の証言があった。
 三年前、チャーシュー麺を注文した少年が料金を支払わずに帰ってしまったことがあるという。髪形がソフトクリームのような形をしていたので印象に残っている。それ以降、少年をみかけたことはない。

 小衣が含み笑いをしながら「髪形、変えなよ」と言った。
「すみません」返事のしようがなく、とりあえず素尚は頭を下げた。
 兜斗は迷いなく「物品購買申請書」を指さした。家彦が代わりにそれをめくる。

手掛かりカード〈職員室/物品購買申請書〉
 南京錠を新しく購入するための申請書だ。理由の欄には「物置の扉の施錠用」とある。
 申請書を書いた体育教師に確認したところ、体育館裏の物置の南京錠が壊れていることに今朝、気づいたという。備品リストと照らし合わせて確認したが、幸い盗まれたものは無かったとのこと。

 素尚は息を呑んだ。よりによって次は小衣だ。見逃すわけがない。
「説明、要りますか」兜斗が言った。
「大丈夫、お姉さんに任せて!」ドンッと小衣が自分の胸を叩いた。
「はい、アクションはもちろん〈詰問〉で。各務原先輩、閉じこめられた物置はグラウンド脇のほうでしたよね? 日庭先輩は愛しの各務原先輩を救出するため南京錠を壊したとのことでした。あれれ、おかしいですよねー? それなら物品購買申請書はグラウンド脇のほうでないと。どうして体育館裏のほうの南京錠が壊れてるんですかー?」
 小衣は椅子から立ち上がると、裁判員たちの情に訴える腕利き弁護士のごとくテーブルを囲む顔をひとつひとつ覗きこむようにし、最後に家彦と千笑美の二人を指さした。
「おまえたちは嘘を吐いている! さあ、この者たちの詰問に賛成する者は、」
「悪いが〈詰問〉できるのは一度に一人だけだ」
 万慈の指摘に、小衣がずっこけるフリをした。
「そりゃそうだよね……ちょっと待って、慎重に考える」
 椅子に腰を下ろしながら小衣は言葉を続けた。
「たぶん、こういうことだと思う。各務原先輩が物置に閉じこめられたというのは嘘だった。日庭先輩と示しあわせたけど、すれ違いがあった。各務原先輩はグラウンド脇の物置を思い浮かべながらストーリーを作った。日庭先輩は物置といえば体育館裏のほうしか知らなくて、そっちを壊してしまった」
「待ってください」思わず素尚は口を挟んだ。「南京錠を交換したとしたら?」
「交換?」小衣が首を傾げる。
「各務原先輩は本当にグラウンド脇の物置に閉じこめられて、日庭先輩に助けてもらったんです。でも実は、日庭先輩があらかじめ体育館裏の物置のための南京錠と取り換えていた。これでも物品購買申請書の説明はつきますよね」
「そんなことして日庭先輩になんのメリットがあるの?」
 ぐっと言葉に詰まりそうになるのを素尚は堪えた。
「各務原先輩を閉じこめるためです」
 閃きが走った。口から言葉が溢れでる。
「自作自演ってやつです。日庭先輩こそが各務原先輩を閉じこめた張本人だった。鍵が違うから、他の誰かが各務原先輩を助けようとしても開けることができない。素知らぬふりで各務原先輩を助けてあげることで、関係を深めようとしたんです」
「ナイス推理!」ぐっと小衣が親指を立てて突きだした。
「各務原先輩が必ずしも日庭先輩に助けを求めるとは限らないとか難点は思いつくけど、推理としてはあり! この殺伐としたマーダーミステリーに咲く一輪の美しい花! さわやかでほんのり甘い恋の味! 乙女ならそういうことしちゃってもおかしくない!」
 千笑美がじっとりした目で小衣をみつめている。
「まあ、たしかに各務原先輩のほうを攻めるのは危ない気がしてきたよ。てなわけで、日庭先輩のほうを〈詰問〉します! 賛成の方は挙手!」
 小衣と素尚が、やや遅れて美月と兜斗が手を挙げた。家彦だけは動こうとしなかった。
「はい、成立! それじゃあ、どういうことか説明してくれますか」
 不安に表情を曇らせた千笑美が家彦のほうを向いた。二人は示しあわせるようにほぼ同時に頷き、そして千笑美は口を開いた。
「さっき愛季さんが説明してくれたことで、だいたい合ってます。事情があって、嘘を吐きました。各務原くんは本当は物置に閉じこめられてなんかなくて、二人でそういうことにしようねって。後になって、鍵を借りることができる時間じゃないって気づいて、それで南京錠を壊したんです。他にも物置があるなんて知らなくて、てっきり体育館の裏にある、あの物置だと思いこんじゃいました」
「ふんふん。それで、その事情って?」
 シナリオを手にとり、しばらく千笑美は読み直していたが、不安そうに隣を向いた。「構わない」家彦に小声でうながされると、千笑美は言葉を続けた。
「見てしまったんです。各務原くんが……姫白さんを湖に沈めているところ」
 疑問が氷解するのを素尚は感じた。そうか、夕貴の遺体を沈めたのは家彦だったのか。
 いや、そんなことはもっと早く気づいて当然だった。素尚が殺し、家彦がその遺体を隠蔽する。これは現実に起きた姫白夕貴の事件をなぞっている。
(やっぱり、これは罠)
 素尚は小首を傾げた。
(こんなことが?)
 万慈はひょっとして、現実の事件をなぞらえたゲームをさせれば素尚が良心の呵責を覚えるとでも思ったのだろうか。だとすれば、それは見込み違いだったと言うしかない。
「五時過ぎに学校へ来て、」千笑美が説明を続けた。
「各務原くんを探したけどみつからなかったんです。あきらめて校門に戻ってきたら、遠くに各務原くんがいて。でも、表情が険しくて、猫車でなにか運んでいて」
 素尚は手掛かりカードに目を走らせた。グラウンド脇の物置には確かに猫車がある。
「追いかけたんですけど、各務原くんの足が速くて置いてけぼりにされて。もう六時半頃、陽が沈む時刻ですよね。真っ赤な夕焼けの中をあっちこっち探して。ようやくみつけたのは――姫白さんの遺体をブルーシートで包んでいる各務原くんの姿でした」
 千笑美の口調はたどたどしかったが、だからこそ真に迫っていた。
「遠目でしたけど、あれは間違いなく姫白さんの顔でした。私、怖くて動けなくなって。各務原くんが猫車で湖のほうへ運んでいくのを見守っていました。猫車を傾けて、どぷんって水音がして……ようやく私、動けるようになったんです。学校のほうへ走りました」
 シナリオをテーブルに戻し、千笑美は祈るように胸の前で手を合わせた。
「初めは怖かったんですけど、だんだん落ち着いてきて。ダメじゃない、私が家彦くんを支えなきゃって。校門の前で待ち伏せして、戻ってきた各務原くんに声をかけました。偽のアリバイ作ってあげるって提案して、二人で嘘を吐くことに決めたんです」
 小衣が見えないハンカチで目元を押さえ「ええ話や……」と見えない涙を拭っている。
「ひとつ確認させてもらっていいでしょうか」美月が口を開いた。
「どうして各務原くんを探す必要があったの? だって、電話すれば良いでしょう」
 なにを言われたのかわからないとばかりに千笑美は瞬きしたが、合点したのか「ああ、それ」と口を開いた。
「だって、電話番号を知らなかったから」
 家彦と千笑美を除く全員が、頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
「連絡先を交換したの、二人で嘘を吐こうねって提案した後なんです」
「待ってください、お二人は恋仲なんですよね?」
「もちろんですよ」
 千笑美がはにかむような笑顔になった。家彦はやや斜め上をみつめ、困ったような顔をしている。背筋になにか薄ら寒いものが走るのを素尚は感じた。
「いつから付き合ってるんですか?」
「私たち、一年生のときも同じクラスだったんです。一目会ってから、ずっと家彦くんのこと意識してました」
 千笑美の言葉は答えになっていなかったが、美月は質問を続けようとしなかった。
「じゃあ昨日、各務原先輩に会おうとしたのはなんで?」
 小衣の質問に、千笑美は笑顔で「ほら、夏休みじゃないですか」と語った。
「もうずっと家彦くんの顔、見てないなって。なんだかさみしくなってきちゃって。そういえば今日は学校説明会だから、学校に来てるかもって気づいて。それで説明会が終わる時刻に合わせて家をでたんです」
「よくわからんが」兜斗がおもむろに口を開いた。「つまり、脅迫だったのか?」
 問われた千笑美はきょとんとした顔をしている。
 素尚は確信した。きっとこのテーブルを囲むプレイヤーたちの中でいちばん演技がうまいのは千笑美だ。そうであってほしい。
 小衣が真顔で「たしかに秘密を告白するほうが面白いね」と言った。小声で万慈が「このゲームはフィクションであり、実在の人物とは関係しません」とつぶやく。
「やっぱマーダーミステリーに、ええ話とか甘い恋の味とか期待しちゃダメだったね……なんかボク、疲れてきたし、そろそろ手番まわそうかな。もうみんないい?」
「いいと思う」かすれた声で美月が言った。
「それじゃ辰木先輩、お兄ちゃんの糾弾よろしく」
 小衣に肩を叩かれ、素尚はハッとなった。そうだ、当然そうなるにきまってる。
 家彦への疑いを逸らすべく、さっきは異論を唱えた。けれど、小衣が〈詰問〉の矛先として千笑美を選んだところで、順番からして次は素尚が矛を手にしなければならない。
 良いのだろうか? もちろん家彦が犯人ではないことを素尚は知っている。だが、秘密を明かしてしまうことで兄がなにか不利な立場になることはないのか。
 テーブルを挟んだ向かい側に視線を向ける。家彦は平然とした顔をしていた。
「それでは〈嘘吐きへの詰問〉で」
 迷う必要はない。素尚は自分に言い聞かせた。これはただのゲームだ。遊びに過ぎないんだ。負けたところでなんの意味もない。
「みなさんおわかりだとは思いますが、簡単に整理します。各務原先輩は〈申し開き〉のとき、学校説明会の後で片づけをしていて物置に閉じこめられたと説明していました。ところが日庭先輩の話によれば、各務原先輩は外にいた。物置から猫車を持ちだして祠まで運び、姫白先輩を湖へ沈めていました。これは矛盾です」
 いっそのこと――僕が兄を負かしても構わないんだ。
「賛成の方は挙手を」
 家彦と千笑美を除く全員が、ほぼ同時に手を挙げた。
「成立ですね。えっと、それでは秘密を話してください」
 肩の荷が下りたような気持ちになった。だが、家彦は憮然とした顔つきになった。
「秘密とはなんだ」
 禅問答めいた返し方をされ、素尚は思わず「え?」と声をあげた。
「なにってほら、シナリオに書かれた……」
「シナリオ? なんのことだ。そんなもん、どこにある?」
 目の前にあるじゃないかと言いかけて、素尚は思い直した。なるほど、そういうことか。
「ごめん、そうだよね」
 いま、自分たちは物語の中の登場人物だ。だから具体的に訊かないといけない。
「いちばん肝心なところから。各務原先輩、あなたが姫白先輩を殺したんですか?」
「ちがう」
 意識的に素尚は口ごもった。こんな答えが返るとは想定していなかったフリをしなければならない。
「なるほど、そういうことですか。各務原先輩がみつけたときには、すでに姫白先輩はナイフで刺されて息をひきとっていた。先輩はなんらかの理由があって遺体を湖に沈めただけ。そういうことで合っていますか?」
「大筋は合っているが、違うところもある。俺が駆けつけたとき、夕貴にはまだ息があった。湖に沈めたのは夕貴にそうしてほしいと頼まれたからだ」
 被害者自身に頼まれた? 内心、素尚は首を傾げた。
「順番に話そう。学校説明会の片づけがほとんど終わって、後は物置を施錠するだけになった。そう、六時前だったな、スマフォに夕貴からメッセージが届いた。巫女観音の祠の裏にいるというので、よくわからないまま俺はとにかく駆けつけた。胸にナイフが刺さった夕貴が草むらに倒れていた。もう息も絶えだえという感じで、もちろん俺は救急車を呼ぼうとした。だが夕貴に止められ……奇妙なことを話しだした」
 背もたれから身を起こし、しばらく家彦は黙っていたが、やがて口を開いた。
「紫ヶ森には生まれ変わりの巫女がいる」
 兄の口からこぼれた言葉に、素尚は奇妙な感覚を覚えた。目の前にありながら見えなかった透明な扉が不意に開かれたような。
「姫白家に生まれた娘は何度も転生をくりかえす。病に倒れたり、なぜか家族や身近な者に襲われ、若くして命を落とす。けれど生まれ変わって再び姫白家の娘となり、巫女として神社を、そして紫ヶ森の土地を繁栄に導く。そういう定めなのだと」
 素尚の目が吸いつけられるようにテーブルの上の一枚のカードをとらえた。「生まれ変わりの巫女」のカードだ。
「なぜ湖に沈めてほしいと夕貴が頼んだか、辰木くんには想像がつくか?」
 名字で呼ばれて面食らった。いま、兄は「辰木素尚」に語りかけている。
「まさか……光るから? 姫白先輩はただの昔話を本当のことだと信じこんでいて、姫白神社の巫女である自分は、死ぬと身体が発光すると思っていたんですか」
 手掛かりカードに記されていた。夜釣りをしていた者たちが、まるで蛍のように光る巫女の遺体を目にしたという。
「逆なんだ」悲しみをこらえるような顔つきで家彦が言った。
「光らないことを恐れていた」
 兄の言葉を噛みしめるのに、素尚は数瞬を要した。
「姫白先輩のことを生まれ変わりの巫女だと信じる人がいて、その人たちをがっかりさせたくなかったということですか」
「当然だが、俺だって夕貴はなにを馬鹿げたことを言っているんだと思った。だが、必死で頼んでくる姿に圧倒された。わかった、約束は守ると誓うと、安心したように夕貴は瞼を閉じて……それっきりだった」
 言葉を切り、ふうと家彦は息を吐いた。
「後は日庭さんの証言どおりだ。いったん学校に戻り、物置からブルーシートと荒縄、砲丸、猫車を持ちだした。祠へ戻ってきて、ブルーシートで夕貴を包んだ。ナイフを抜いたのはこのときだ。痛々しく思えてな。警察の見解では大きな石とされていたが、実際は砲丸を重し代わりにした。ブルーシートを荒縄で縛って、猫車で夕貴を湖岸まで運んで沈めた。校門に戻ってきたところで日庭さんに声をかけられた。もう七時過ぎだったな」
「念のため確認させて」美月が口を挟んだ。
「その後で物置に猫車を返したんですよね? それなら日庭さんは、物置はグラウンド脇のほうだと気づいたのでは」
「単純なことだ。二人で嘘のアリバイを示しあわせた後、夜も遅かったし日庭さんには先に帰ってもらった。その後、物置に猫車を返すのは俺一人でやった」
「南京錠を壊したのは今朝、私が一人でやったの」
 千笑美がそう補足すると、美月は頷いた。
「各務原くんが物置に閉じこめられていたから、犯人がブルーシートを持ちだせた時間は絞られるという推理になったでしょう。それは狙ったものではないということ?」
「そのとおり。そもそも死体があんなに早くみつかると思っていなかった。縛りが甘かったんだろうな、砲丸がこぼれて夕貴の遺体が浮かんできてしまった。物置に閉じこめられていたという嘘は本来、学校説明会が終わったのに家にも帰らず、俺がずっと一人でいた不自然さを隠すためのものに過ぎなかったんだ」
 というか、脅迫されたからだよね。素尚はそう思ったが口にはしなかった。
「姫白さん本人は、自分を転生者だと信じていたわけではないんですよね」
 美月が質問を重ねると、家彦は「ああ」と軽く応じた。
「誰が自分を生まれ変わりの巫女だと信じているのか、具体的な名前は挙げましたか」
「具体的な誰かというより不特定多数のことだと俺は思う。つまり昔から姫白神社を崇めているような、上のほうの世代のことだな」
「なるほど、わかりました」これで終わりだとばかりに美月が頷く。
 素尚は少し考えこんだが、質問を思いつかなかった。もう手番を譲っていいと、斜め隣の美月に目で合図する。「ちょっとお待ちください」声に素尚が視線を向けると、カードを手にした万慈が立ちあがるところだった。
(また秘密カードか)
 兜斗に渡したのと同じような大きさのカードを美月に渡す。こちらは壺らしき形のシルエットが描かれている。弥生式土器のようにシンプルな形だ。
「あなたは気づきました」
 おや、兜斗のときとはかける言葉が違うようだ。たしか兜斗のときは「あなたは思いだしました」と言っていたはず。
 続けて万慈は、家彦の後ろを通り過ぎると、千笑美にカードを渡した。
「あなたは思いだしました」
 今度は兜斗にかけたのと同じ言葉だった。シルエットは剣のようだ。刀身が太く、日本の古代神話にでてきそうな形をしている。
(剣といえば)
 最後に残った文献のカードが「神殺しの剣」だ。なにか関係があるのだろうか。そんなことを思いながら何気なく美月のほうへ素尚は視線を戻し、ぎょっとした。
 すでに読み終えたのか、美月は秘密カードをテーブルに伏せている。いつも眠そうに細めていた瞼をわずかに見開き、壺のシルエットを凝視したまま動かない。眉間へかすかに皺を寄せ、固く口を結んでいる。
 フウ、と短く美月は息を吐いた。視線に気づいたのか、素尚のほうを向くと微笑んだ。
「それでは私の手番ですね。三浦さん、すみませんが『神殺しの剣』をお願いします」
 美月に頼まれた兜斗が、目の前にあるカードを裏返した。

手掛かりカード〈文献/神殺しの剣〉
 以下は『紫ヶ森むかしむかし』に収められた「神殺しの剣」の要約となる。
 紫ヶ森湖は豪雨のたび氾濫し、作物を満足に収穫できず村人たちは飢饉に見舞われた。姫白家の当主は民たちの苦しむ姿に日々心を痛めていた。
 この災厄は龍神様の祟りに違いない。龍神様を鎮めれば湖は穏やかになるだろう。そう考えた当主は、愛岐山の中腹にある日庭神社の神主に一振りの剣を作るよう命じた。
 このたくらみが知られると龍神の怒りを招くかもしれない。儀式を秘密裏に進めるべく、姫白家の当主は湖を挟んで南のほう、遠く離れた唐馬山の麓に住む縁戚の者(現在の三浦家)に扇を預けた。扇には、剣を日庭神社から預かるための合い言葉を綴った。
 こうして年に二回、皐月の初めと葉月の終わり頃に儀式が執り行われるようになった。姫白神社の神主が唐馬山に参じて扇を受けとる。日庭神社で扇を差しだし神剣を受けとる。姫白神社に戻り、巫女が剣を手にして舞う。以来、湖の氾濫は起きなくなったという。

 当然の選択だな、と素尚は思った。残された手掛かりカードは二枚、だが「居酒屋『呑兄弟』サイト」のほうは美月の証言となにか矛盾することが書かれている可能性が高い。だから、こっちを選ぶしかなかったのだろう。
「まあ、いかにも昔話という感じね」カードの文章に目を落としていた美月が顔を上げた。
「ひょっとして三浦くんの秘密カードがこの扇?」
 兜斗はなにも言わなかった。頷くことも、否定することも、笑顔でごまかすことすらなかった。すぐ前に一枚のカードが伏せられている。扇のシルエットが描かれたカードだ。
(たしかに)
 言われてみれば、そうとしか思えない。だとすれば千笑美のほうは。
「日庭さんのほうは神殺しの剣ということね」
 剣のシルエットが描かれたカードを前に、千笑美は微笑んでいる。だが、その笑みはどこかぎこちない。どう応じればいいかわからないという表情をしている。
(いや、でも)
 それがなにを意味するんだろう。龍神の怒りを鎮める儀式が、殺人事件の真相に関係するとは思えない。家彦が湖に夕貴の遺体を沈めた理由と同じだろうか。伝承をただの伝承と思わない、狂信的なキャラクターがいるのか。
「なんとなく、話が見えてきましたね」美月が言葉を続ける。
「三浦家の三浦さんに扇、日庭家の日庭さんに剣。お二人が秘密カードを渡されたとき『あなたは思いだしました』と声をかけられていた。物語内の理屈としてはこうでしょう。三浦さんは真相を告白したことをきっかけに、先祖代々伝わる扇があることを思いだした。日庭さんは、姫白さんが最期に語った転生の話に刺激されて剣のことを思いだした」
「すると、」家彦が口を開いた。
「このゲームはなんだ、神を鎮めれば終了ということか。犯人は自分を龍神の遣いかなにかだと信じこんでいて、夕貴を殺したのも自分を鎮めようとする巫女だと妄想していたから。そして、犯人を剣で切り裂くことで物語は終わる」
「そういうことでしょうね。つまり、これは復讐の物語ということ。ただ犯人を指摘するだけではなく、仇をとることで完結する」
 ハズレだ。
 素尚はとまどっていた。たしかに二人の言っていることは理屈としては妥当だ。けれど、それが正解ではないことを他ならぬ素尚だけは知っている。「辰木素尚」が「姫白夕貴」を殺したのはただの嫉妬からだ。龍神の祟りなんて信じちゃいない。
 もちろん、そんなことを話すわけにはいかない。それより気になることがひとつ。
「深川先生も秘密カードをもらいましたよね。それはなんですか?」
 ああ、これ。美月はそういってカードを手にとると、ひらひらと振ってみせた。
「なんだと思う?」
「いや、そんなふうに言われても」
 記憶を探る。これまで表にされたどの手掛かりカードにも、壺なんてでてこなかった。
「まあ、女の子にはいろいろ秘密があるものなの。今はそれでいい?」
 素尚は頷くしかなかった。うっかりしていたが、ルールとして秘密カードの記述内容は他のプレイヤーに明かすことができない。兜斗や千笑美が、美月に問われてもなにも答えなかったのはそのせいだろう。美月はシルエットからカードの内容を推理して、それを二人にぶつけて反応を伺った。素尚のように直接訊くだけでは、はぐらかされて当然だ。
「それでは六周目に入りますか」
 そう言ってから万慈は「そろそろ佳境ですね」と小声で付け加えた。