ちょっと考えたんだが。そう前置きして家彦は口を開いた。
「辰木くんを〈詰問〉することはいつだってできる。俺としてはその前に、さっきの三浦くんの告白の裏をとっておきたいと思う。みんな覚えていると思うが、犯人だけは嘘の上塗りができる。三浦くんが犯人なら、もう一刺ししてやれば息絶えるってわけだ」
素尚は小さく頷いた。小衣と兜斗のペアを疑う路線を続けるわけか。
小衣は不満そうな顔だったが、誰も異を唱えなかった。家彦がカードに手を伸ばした。
手掛かりカード〈図書室/十年前の新聞記事〉
図書室に地方新聞の縮尺版があった。十年前の新聞記事がなぜか目にとまった。
台風の影響により生じた豪雨によって唐馬山北西の崖が崩落、麓の集落一戸が土砂に呑みこまれ半壊した。捜索から一週間が過ぎた後も、三浦良子ちゃん(六歳)の遺体がみつかっていないとのこと。
しばらく家彦はカードを睨んでいた。やがて「矛盾はなさそうだな」とつぶやいた。
「行方不明ってのが気になるね。すごく伏線っぽい」小衣が楽し気に言った。
「ミステリでありがちなのは、実は被害者が別人だったというパターンだが」
家彦は検屍結果の手掛かりカードを手にとって記述を確かめた。
「指紋やDNAで本人確認したと書かれているな。まあ、俺たちが『姫白夕貴』と思っていた人物が初めから『三浦良子』だったパターンもあるが。十年前に六歳なら今は十六歳。人物一覧だと夕貴は十七歳か。まあ誕生日が来ているか否かでもずれるが……」
放り投げるようにして家彦がカードをテーブルに戻し、万慈に目を向けた。
「どっかの悪趣味な神様のブラフかもしれんな」
万慈は薄く笑みを浮かべたまま、なにも言おうとしなかった。「まあ、いいか。次に行こう」あまり話を理解できていないのか胡乱な顔つきをしていた千笑美が、家彦の言葉に気を取り直すと卓上のカードへ視線を走らせた。
「天狗の落とし文にしますね。お願いできますか」
千笑美に頼まれた兜斗が代わりにカードをめくった。
手掛かりカード〈文献/天狗の落とし文〉
以下は『紫ヶ森むかしむかし』に収められた「天狗の落とし文」の要約となる。
秩山は古来から修験道の要衝地として知られてきた。姫白神社は山伏たちに便宜を図り、代わりにさまざまな話を聞かせてもらったという。遠く離れた江戸や京都での出来事、戦国大名たちの動向、天候や作物の生育状況、流行り病について知ることができた。
姫白家はそれを「天狗の落とし文」と称して村民たちに伝えた。ときに天災を予知するかのごとき内容も含まれていたという。
思ったより生々しい話だな。毒気を抜かれたような声で家彦が言った。たしかに昔話というより、地方史みたいな内容だと素尚は思った。
「これも矛盾は無いみたいですね」千笑美が目で斜め隣に合図した。
「俺も文献で」兜斗は即座にカードへ手を伸ばした。
手掛かりカード〈文献/しろがねさま〉
以下は『紫ヶ森むかしむかし』に収められた「しろがねさま」の要約となる。
紫ヶ森の土地を守る産土神として「しろがねさま」が知られている。「しろがね」は銀の古い呼び名であることからして、神具である鏡が由来なのだろう。
しろがねさまは美しい娘の姿となり、村人たちの農作業を手伝ったり、赤児や幼い童たちの面倒を看てくれることもあったという。ある日、狩りのため紫ヶ森を訪れた殿様に目をかけられ、連れ去られそうになった。だが突然の大雨に湖が氾濫し、殿様は御供ともども水に流されてしまったという。ときに日照り続きで湖近辺の集落の者たちが雨乞いをすると、それに応えて龍の姿に変じ、雨を降らしたとも伝えられている。
素尚は混乱した。なにかがおかしい。
(どうして?)
このタイミングで、兜斗はなぜこんなカードをめくるのか。
「ちょっといいか」家彦が口を開いた。
「このカードを選んだのは、俺たちに協力するためか」
「もちろん」兜斗が答えた。相変わらず表情が乏しい。
「無実だと信じてもらうには、協力して当然だ」
正論すぎて、返すべき言葉を思いつかなかったのだろう。頷いた家彦は口を噤んだ。
素尚はまだ腑に落ちていなかった。たしかに兜斗の告白に「しろがね」というキーワードはでてきた。だが、それは素尚が正体を隠すための偽名として使っただけだ。その伝承を確認したところで矛盾がみつかるとは思えない。
「じゃあ、ボクも文献で」
誰かに言い咎められるのを恐れるように、素早く伸びた手が一枚のカードを裏返した。
手掛かりカード〈文献/生まれ変わりの巫女〉
以下は『紫ヶ森むかしむかし』に収められた「生まれ変わりの巫女」の要約となる。
長雨が続いたり豪雨があるたび、紫ヶ森湖は氾濫をくりかえしてきた。龍神様の祟りとされ、神に仕える巫女が身を捧げる風習があった。沐浴潔斎し身を清めた巫女が崖の上から身を投じる。不思議と遺体が浮かぶことはなかったという。
ある年、夜釣りをしていた若者たちが湖面に怪しい光をみつけた。ぼんやりと蛍のように光るのは、身を捧げたはずの巫女だった。眠っているかのように瞼を閉じたまま巫女はゆっくりと流れていき、やがて葦原に隠れ見えなくなった。
またあるときは、姫白神社の巫女は生まれ変わりをくりかえしているという噂が流れた。湖に身を投げても再び姫白の家に生まれ、再び龍神に身を捧げる定めだという。姫白家の巫女は神に近いものとして信仰の対象となり、その姿を模した観音様の祠が湖岸をとりかこむようにいくつも建てられた。
やがて龍神に身を捧げる風習は残酷なものとして避けられるようになった。しかしその後も姫白神社の巫女は若くして命を落とすことが続いた。理由のわからない熱病にかかったり、ときには近隣の者が物狂いに憑かれ、刃物で襲いかかることもあったという。
これは、どういうことだろう。素尚は記憶を探った。たしかシナリオには、姫白家で娘が殺される事件が何度かあったと記述されていた。あれは〈しろがね〉として三浦兜斗を手駒にするための補助的な設定に過ぎないと思っていた。どうして昔話にこんな記述がでてくるのか。ただの偶然、あるいはブラフに過ぎないのか。
いや、違う。そんなことより、もっとおかしなことがある。
「ちょっと待て」家彦が声をあげた。「なんでまた、そのカードなんだ」
そのとおり。小衣は素尚を〈詰問〉したがっていた張本人のはずなのに。
「いや、別に?」からかうような笑みを浮かべて小衣が応じた。
「姫白先輩って姫白神社の巫女だったんでしょ? だったらこれって基本的な情報なわけで、早めにめくったほうが良いかなって」
家彦はしばらく小衣を睨んでいたが、けっきょくなにも言わなかった。視線を落とすと、手掛かりカードに書かれた文章に目を走らせた。
「事件と重なるような、そうでもないような」千笑美が口を開いた。
「姫白さんって巫女をしていたんですよね? 遺体は湖で発見されたわけですし。刃物で襲われたというのも重なりますね」
「犯行動機に関わってくるのかもしれないな」家彦が応じた。
「生まれ変わりを信じる狂信者で、伝承のとおり姫白家の巫女は若いうちに死ぬべきと思い詰めた、とかな。まあ、そうだとしても容疑者は絞れないな」
「一応、言っておく」おもむろに兜斗が口を開いた。
「近年になっても、姫白家で若い娘が殺される事件は起きているそうだ」
「いにしえから紫ヶ森の地で暗躍し続ける狂信者集団、てか?」家彦が首を傾げる。
当然のことながら素尚は知っていた。その推理は的外れだ。キャラクターとしての辰木素尚の犯行動機は、誰からも愛される夕貴に嫉妬を抱いたというつまらないものだった。
そっと隣に視線を送る。小衣は下唇を親指と人差し指でつまみ、考えにふけっているようだった。ただの昔話になにをそんなに考えることがあるのか。
「もういいよ、どうぞ」視線に気づいたのか、小衣がそう言った。
「僕も〈手掛かりの吟味〉で」
素尚は即座に言った。自分自身を詰問する気は無い。まだ手掛かりカードが残っているのに〈雑談〉もしたくない。となると〈吟味〉しかないけど、どれを選ぶべきか。
家彦と千笑美に関するカードは避けたい。小衣に関係しそうなカードは残っていない。文献は意義がよくわからない。となると選べるカードは限られている。
「いったん状況を整理しましょう」
心苦しいが、ここは美月に関するカードを選ぶしかない。そのためには、なぜ美月を疑うのか建て前としての理屈が必要だ。
「三浦くんの告白が本当なのか検証する方向はダメみたいですね。ふりだしに戻って、犯人は誰なのか考えてみましょう。三浦くんの告白によれば、姫白先輩は四時半頃に日庭神社をでました。三浦くんは三時過ぎに学校をでて神社に着いたのは四時過ぎ、つまり一時間ほどかかってます。まあ、山を下りるのは登るより早いかもしれません。それを考慮するにしても、姫白先輩はどんなに早くても五時以降、恐らく五時半頃に巫女観音の前を通りかかり、襲われたと考えられます」
実際、素尚のシナリオによれば夕貴を殺したのは五時半頃だ。
「三浦くん、愛季さんは五時半頃に合流して二人で帰宅したことを考えると難しいように思います。各務原先輩は五時過ぎから物置に閉じこめられていて犯行は不可能です。日庭さんは可能ですが……これはメタな考え方なのでルール違反ですけど、各務原先輩が物置にいたことを保証する役割だと思うんです。となると、やっぱり犯人じゃない。当たり前ですが、僕は僕が犯人じゃないと知っています。すると残ったのは、」
素尚は斜め隣に座る女性をみつめた。
「思ったけど、三浦くんも怪しそうね」美月は気怠そうに瞼を細めたまま言った。
「愛季さんと合流するため姫白神社から学校へ向かったとき、巫女観音の前で姫白さんを偶然みつけて襲ったというのはどう? ちょうど五時半頃でタイミングが合うけど」
「ありえません。だって、物置からブルーシートなどを持ってこないと。姫白先輩が下山しそうなのをみかけて、そこで初めて巫女観音のあたりを通りそうだと予想がつくわけですよね。三浦くんはその後で姫白神社へ挨拶に来ているんですから、学校へ戻ってブルーシートなどをとってくる時間的余裕は無かった。じゃあ、殺した後に持ってきたのか? それもありえません。五時以降は各務原先輩が物置に閉じこめられていたからです」
「三浦くんが犯人だったら、姫白さんを目撃したという証言がそもそも嘘の可能性があるけど……まあ、いっか。私が犯人ではないと示す理屈を思いつきません」
にいっと美月が、唇を左右に引いて微笑む。思わず素尚は首を竦めた。なんだろう。追い詰めたはずなのに、遊ばれているようなこの感じは。「じゃあ、えっと、このカードで」内心の動揺を悟らせまいと、素尚は急いで一枚のカードを裏返した。
手掛かりカード〈商店街/居酒屋「呑兄弟」店員の証言〉
紫ヶ森商店街にある居酒屋「呑兄弟」の店員に訊ねたところ、次の証言があった。
昨夜、開店とほぼ同時に深川美月が来店しカウンター席についた。この店の常連であり、酔いが回ってくると多弁になるため、名前はもちろん教師であることも知っている。
この日も店主や店員たち、他の常連客を巻きこんで雑談に花を咲かせ、レーザーカラオケで演歌を熱唱していた。八時を過ぎると大いびきをかいて眠りこけ、店主に起こされて九時過ぎに帰った。最後に、弁償金を今月中には払ってほしい旨を伝えてくれと頼まれた。
矛盾はありませんね、と美月が言った。
「大いびき……」と家彦。
「熱唱……」と千笑美。
「弁償金……」と小衣。
ためらったが、素尚は頷くしかなかった。たしかに矛盾は無い。いま家彦たちがつぶやいたことも確認してみたいが、間違いなくこのゲームの進展とは関係しないだろう。
「では、私の手番ということで」美月は黙考していたが、やがて素尚に顔を向けた。
「ごめんね、私としては辰木くんと仲良くしたいけど……この流れだとこうするのが自然ね。アクションは〈嘘吐きへの詰問〉で」
いえ、構いません。素尚は小声で返事し、膝の上で拳を握った。
「矛盾点はさっき、愛季さんが説明してくれたとおりということで省略して良い?」
ふりかえった美月に、万慈が問題なしとばかりに頷いた。
「〈詰問〉に賛成いただける方は挙手を」
素尚を除く全員が手を挙げた。当然だろう。
「それでは、」素尚が口を開くと、美月が「待って」と口を挟んだ。
「私から質問させて。ほら、ルール上はそうなってるでしょ?」
「そうでしたっけ?」
訝しみながら素尚は基本情報の書かれた紙を確認した。たしかに、詰問の相手に質問すると記述されている。「そうみたいですね」素尚は頷いた。
「それじゃあ、姫白先輩がまだ図書室にいたのに、いなかったと嘘を吐いたという指摘は合っているの? 合っているとしたら、そんな嘘を吐いたのはなぜ?」
ずいぶん細かいことにこだわる人だな、と素尚は感じた。「わかりました、お答えします」ときどきシナリオを確認しながら素尚は秘密を、そう見せかけた偽りを告白した。
中学生のとき商店街の「飯志屋」という定食屋で代金の支払いを忘れたこと。なぜか〈しろがね〉を名乗る人物はそれを知っており、協力を求められたこと。図書室に戻ると姫白先輩が本当はまだいた。各務原先輩との会話から姫白先輩が日庭神社を訪れると知り、それを〈しろがね〉に匿名メッセージアプリで伝えた。
「嘘くさい」告白を終えるや否や、小衣の発した言葉に素尚はびくりとなった。
「そう思わない? 食い逃げって、兜斗くんの激重な告白と釣り合ってないよ」
「まあ、たしかに怪しいが」家彦が渋々という調子で口を開いた。
「そう邪推させる罠かもしれない。物語内論理としては別になにも不整合はない」
ですよね、とばかりに隣で千笑美が相槌を打ち、それから右手を小さく挙げると「あの、理解できてるか自信ないから整理させてください」と口を開いた。
「つまり〈しろがね〉は、まず辰木くんから連絡をもらった。姫白さんが日庭神社に行くと教えられて、これは使えると思って三浦くんに指示を送った。日庭神社に行ってみた三浦くんは、姫白さんが下山するのを〈しろがね〉に伝えた。それで姫白さんが巫女観音の祠の前を通るのを待ち伏せして襲った」
うーん、と下唇に中指を押しあてながら千笑美は唸った。
「やっぱり犯人は愛季さんじゃないですか?」
「ちがーう! ボクは無実だー!」小衣は両手を掲げ、見えない鉄格子を前後に揺らした。
「だってメッセージアプリを使っていたし、眼鏡が割れたし、学校説明会の後で三浦くんと別行動になったときブルーシートとか物置から持ち出せたし、兜斗くんと合流するのに図書室から校門に行くとみせかけて、本当は巫女観音まで足を運んで……」
「だから違うのー! 信じてー!」
哀訴を続ける小衣を眺めるうちに、素尚は落ち着いてきた。家彦と千笑美のおかげで、むしろ小衣への疑いのほうが濃くなった。
「じゃあ、五周目に入りましょうか」笑みを含んだ声で万慈が告げた。