次も〈手掛かりの吟味〉で。そう告げたものの家彦はカードに手を伸ばさなかった。
「俺の考えを説明しておきたい」改まった調子でテーブルを囲む顔を見渡す。
「辰木くんの推理によれば、午後四時から五時までの間に犯人は夕貴を襲った。とりあえず、これを信じよう。学校説明会の間、物置の鍵は開けっ放しだった。説明会の準備を始めた午後一時前から、俺が閉じこめられる五時まで誰でも入れた。ここで愛岐高校の関係者じゃない、三浦くんと愛季さんを除外――と言いたいところだが、夕貴を殺してしまった後で使えるものを探して、たまたまみつけた可能性もあるな」
 がっくし。そう言って小衣がテーブルに顎を打ちつけた。
「結論として、俺は愛季さんを疑っている。眼鏡が壊れたのは本当に事故だったんだろうか? こんなことは想像できないか――殺されまいと夕貴が暴れて、その手が愛季さんの顔にぶつかった」
 テーブルを囲む何人かが息を呑んだ。
(こうやるものなんだ)
 素尚は感心した。もちろん兄は、犯人役は素尚だと察しているだろう。それを承知で、疑いを他のプレイヤーへ逸らそうとしている。
 キャラクターの人間関係は二人ずつペアになっている。家彦と千笑美は恋人、兜斗と小衣は幼なじみ、美月と素尚は郷土史クラブつながりだ。負けず嫌いな性格からして家彦はもちろん勝利をつかみたいだろう。当然、素尚にも肩入れしたい。消去法で兜斗と小衣のペアを狙い撃ちしたわけだ。
「というわけで、愛季さんの行動を検証する方向で手掛かりを調べていこうと思う」
 そう言いながら家彦が手を伸ばしたのは「遊覧船/時刻表」と書かれたカードだった。

手掛かりカード〈遊覧船/時刻表〉
 遊覧船の、午後一時から最終便までの時刻表は以下のとおり。

[紫ヶ森駅前→三羅寺]
一三:三五発〜一三:五〇着
一四:三五発〜一四:五〇着
一五:三五発〜一五:五〇着
一六:三五発〜一六:五〇着
一七:三五発〜一七:五〇着

[三羅寺→紫ヶ森駅前]
一四:一〇発〜一四:二五着
一五:一〇発〜一五:二五着
一六:一〇発〜一六:二五着
一七:一〇発〜一七:二五着
一八:一〇発〜一八:二五着(最終)

 素尚は時系列表を確かめた。三時半頃に小衣は遊覧船に乗って三羅寺へでかけ、四時半頃に学校へ戻ってきたという。たしかに時刻表には該当する便がある。「矛盾は無いようだな」同じように時系列表を確認した家彦がそう告げると、小衣が胸を撫でおろすジェスチャーをした。
「じゃあ、次に行こう。日庭さん、わかるかな?」
「大丈夫です。これですよね」
 腰を浮かせた千笑美が手にしたのは「遊覧船/写真」のカードだった。

手掛かりカード〈遊覧船/写真〉
 短文投稿型SNS「レッドクイーン」上のアカウント"LovelySaechan"にて公開されていた。投稿日時は遺体発見前日の午後八時四十七分。「遊覧船に乗ったよ♪ ここが説明会あった学校」という文章が添えられていた。

 またイラストだった。校舎らしき建物だ。手前に校門があり「愛岐高等学校」と筆文字で綴られている。道路を挟んで手前は湖らしく、水面に雲が映っている。
(ひょっとして、これ)
 校門の前を数人の生徒が歩いている。そのうちの一人に素尚の目は釘づけになった。
「ラブリーさえちゃん」美月が低い声でつぶやき、何度も頷く。
「ラブリーさえちゃん……?」千笑美が強張った表情で小衣に目を向ける。
「はいはいはいはい、ボクのことですがなにかっ!?」
 ふてくされる幼児のようにだらしない座り方をして小衣が声を荒げた。
「えっとね、投稿が夜になってからなのは深い意味ないからね。今日は学校説明会に行ってきましたって、日記みたいな感じで報告した投稿のひとつってだけ」
 背もたれから身を起こすと、千笑美のほうへ身を乗りだす。
「別に矛盾はないでしょ? これ、お寺から帰ってきたときに撮ったの。ほら辰木先輩が映ってる。証言とぴったりじゃん」
 そのとおりだった。あの特徴的な、髪がソフトクリームのような形のキャラクターがいた。白い半袖シャツに黒のスラックス、学生鞄を右手にぶらさげている。ご丁寧に、鞄の留め金近くに米粒のような細かい字で「辰木」と書かれていた。
 ふと素尚は視線を感じ、顔を上げた。小衣が無言で、眉根を寄せて素尚をみつめている。
「どうかしました?」
 あ、いや。慌てたように小衣は顔の前で手をふった。
「遊覧船に乗ってるボクを見かけたりしなかったかな、と思って」
「ああ、残念ですけど気づきませんでした」
 シナリオを確認するまでもない。これから夕貴を殺しにいくというタイミングで、そんなことがあったなら印象に残っただろう。
 そろそろ次に行きましょうか。千笑美の言葉に兜斗が頷いた。すかさず小衣が、神に祈るように両拳を握り合わせて顔の前に掲げ「兜斗くんは親友のボクを信じてくれるよね」と哀れみを込めた声をあげた。
「手掛かり、三羅寺で」兜斗が言った。
 千笑美が代わりに、目の前にあるカードを裏返した。

手掛かりカード〈三羅寺/写真〉
 短文投稿型SNS「レッドクイーン」上のアカウント"LovelySaechan"にて公開されていた。投稿日時は遺体発見前日の午後八時四十二分。「ぎにゃ~~~!」という文章が添えられていた。

 今度のイラストはシンプルだった。手の平に、ブリッジのところで折れて二つに分かれた眼鏡がのせられている。撮影者自身の服装だろう、手の向こうに白いブラウスの裾とプリーツスカートがあった。
「ぎにゃー!」小衣がオーバーアクションで椅子から崩れ落ちた。
(なんだ)
 思わず吹きだしそうになるのと同時に、潮が引くように気持ちが醒めていく。
(ただの遊びだ)
 ずっと緊張していた。これは罠かもしれないと。そう疑っていたのに、さっぱりそんな兆候は現れない。万慈はこのゲームをただの娯楽として作ったのかもしれない。
「おお、竹馬の友よ! 我を裏切るとはなんたることか!」
 小衣は身をよじって不満を全身で表現した。
「裏切る……そうだな」苦いものを噛みしめるように兜斗は眉間に皺を寄せた。
「じゃあ、訊かせてくれ。誰とメッセージのやりとりをしていた」
「は?」
「たしか二時過ぎだったと思う」
 兜斗は小衣のほうではなく、テーブルを囲む全員に向けて話し始めた。
「学校内を見学のため移動していた。ゴミを捨てに行く辰木さんと階段ですれ違った少し後だ。小衣がスマフォで誰かから来たメッセージに返信していた。実を言うと、前から似たことがよくあった。相手が誰なのか訊いてみたが、笑ってはぐらかされた」
「いや、それはその……」曖昧に小衣が言葉を濁す。
 ふっと素尚は現実感が薄れるのを感じた。この二人は初対面、シナリオに沿って演技しているに過ぎない。頭ではわかっていても目の前のやりとりには迫真さがあった。
「気になったのは〈申し開き〉での各務原さんの証言だ。二時過ぎに図書室を訪れてみると、姫白夕貴さんが誰かにメッセージを送っているところだったという。偶然か?」
 兜斗が小衣をみつめる。目を見開いたまま、小衣は微動だにしない。
「俺からは以上だ」
 いつの間にか全員が引きこまれていた。素尚は、兜斗への認識を改めた。この人はちゃんと駆け引きができる。無口でも深く考えている。
 考えてみれば〈申し開き〉のとき、小衣は夕貴と無関係と言いつつ、眼鏡を外せば顔が似ていると伏線を張っていた。二人はこっそり連絡を取り合う関係だったのか。
「ぐぬぬ」固まっていた小衣が、息を吹き返したかのように口を開いた。
「みなさん、いろいろご不審かと思いますが、まあなんというか……人それぞれ事情があるんですよ! とにかく、次はボクの手番です。今度はこっちから攻撃させてもらいましょう。ズバリ、図書室のゴミ箱で!」
 素尚は愕然とした。
 当然、小衣は反撃してくるだろうとは思っていた。けれど攻撃するなら、この流れを作った家彦を相手にするはずだ。なぜ、小衣は自分を狙ってきたのか。

手掛かりカード〈図書室/ゴミ箱〉
 図書室でゴミ箱をみつけた。半透明のビニール袋が被せられている。
 中は空っぽだった。試しにビニール袋を取り去ってみると、小さな紙片があった。どうやら絆創膏の剥離紙らしい。

 表にした手掛かりカードに目を落としたまま、小衣はしばらく無言だった。不意に顔を上げると「すみません、先生」と美月に声をかけた。
「なんでしょう、ここ……愛季さん」
 すんでのところで美月は自分が国語教師だと思いだしたようだ。
「絆創膏について、なにか覚えはありませんかねえ? ほらほら〈申し開き〉のとき、うっかり言い忘れていたり」
「残念ですけど、心当たりはありません」
 にこやかに微笑みながら美月はそう言った。「そうですか」うんうんと頷きながら小衣は、家彦のほうに顔を向けた。
「各務原先輩」
「ああ」
「図書室へ来る前、生徒会室で書類仕事をしていた各務原先輩」
「なんだ」
 声だけは不機嫌さを装っているが、家彦は半笑いしている。
「ちょっとお伺いしたいんですが、書類仕事の最中に指を切ったりとかは? それをあなたの幼なじみである姫白先輩がみつけ、かいがいしく絆創膏を巻いてくれるなんて、まるで学園ラブコメの一幕みたいな光景って実にありそうに思えるんですけどねえ」
「うん、どうだろうな……ちょっと記憶が……」
 眉間を揉むように親指と人差し指の先をあて、家彦は顔をうつむけている。
 素尚は確信していた。きっと小衣の言うとおりだろう。あの兄のことだから、これが素尚の嘘を暴くことにつながると直感して〈申し開き〉では隠したのだろう。弟を守るため口を噤むつもりだろうか。
 けれど、ゲームとしてはおかしい。キャラクターとしての各務原家彦にとって辰木素尚は、幼なじみが所属する部活の後輩という薄いつながりしかなく、かばう理由がない。プレイヤーとしても同じことだ。建て前上は犯人探しという共通の目的に向かって協力関係にあるのだから、情報を隠してはならない。
「まあ、そんなことも、あったかも、しれんなあ……」
「イエス、オア、ノー?」
「イエスだよ」
 降参だ、とばかりに家彦は両手を挙げてみせた。小衣がガッツポーズをする。
「ええっと、いまは〈手掛かりの吟味〉だから、次の手番が来るまで〈詰問〉はできないんだよね。まだるっこしいなあ」
「ちょっと失礼」万慈が口を挟んだ。
「えこひいきになってしまうんですが、今回はテストプレイなんでご了承ください。愛季さん、勘違いしてる。後の手番の人に〈詰問〉してもらう手もあるだろ?」
「あ、そっか」
「そのためには今のうちに話したほうが良い。ミステリ好きでないとポカーンだぞ」
 素尚は反射的に千笑美のほうへ目を向けた。たしかにまごついた表情をしている。
「えっと……つまり、こういうこと」千笑美のほうを向いて小衣は説明を始めた。
「ゴミ箱とビニール袋との間に絆創膏のゴミがあったことは、なにを意味するのか? 順番として、次のようなことが起きないとそういう状態にはならない。一、深川先生に命じられて辰木先輩がゴミを捨てに行く。たぶん集積場みたいなところがあって、ビニール袋の口を縛った状態で置いてくるんでしょう。二、戻ってきた辰木先輩が空っぽのゴミ箱を図書室に戻す。この時点ではまだビニール袋はかけられていないわけです。三、姫白先輩が各務原先輩に絆創膏を巻いて、ゴミを捨てる。四、辰木先輩がビニール袋をかける。これで絆創膏のゴミが、ゴミ箱とビニール袋との間に挟まった状態になりました」
 頭の中で様子を思い描いているのか、千笑美が何度も頷きをくりかえす。
「となると、辰木先輩がゴミ捨てから戻ったとき、姫白先輩は図書室にまだいたはず。ところがどっこい、辰木先輩は〈申し開き〉のとき、ゴミ捨てから図書室に戻ってきたら姫白先輩はもういなかったと証言してました。これは明らかな矛盾です」
 腑に落ちた表情で千笑美が「すごい、名探偵みたい」と感嘆した。
 まったくだと素尚も思う。お茶らけたふるまいが多くて油断していたが、小衣はミステリを理解し、ゲームも巧いようだ。絆創膏のゴミから嘘を暴けると素尚も直感した。でも、さっき小衣がしたような理路整然とした説明は難しい。
「さあ、どうぞどうぞ辰木先輩、遠慮なく〈詰問〉していいっすよ!」
 小衣に肩を叩かれた。もちろん、素尚にそのつもりはない。自分自身を〈詰問〉するわけにはいかない。では、代わりになにをすべきか。
 この後で美月に〈詰問〉されても、シナリオに用意された嘘を告白するだけで済むから自分が犯人だとはバレない。その意味で窮地というほどではない。いっそ早めに告白するほうが、素尚は犯人ではないという印象を与えられるかもしれない。
(負けたくない)
 このゲームが万慈の罠にしろ、ただの遊びにしろ、真剣になってまずい理由は無い。
「どのカードを選ぶか相談してもいいんでしたっけ?」
 素尚は首を捻じると、万慈に訊いた。
「アクションとして〈手掛かりの吟味〉を選ぶと初めに宣言するならオーケー」
「はい、もちろん〈吟味〉で。えっと……」
 残された手掛かりカードを見渡し、考える。小衣の行動と関係しそうなカードはもう残っていない。家彦や千笑美、美月を敵に回したくないから、そのあたりのカードも選べない。「文献」というカードが多いが、なんの役に立つのかサッパリわからない。
「それじゃあ、公園かな?」
 兜斗はさっき、小衣を裏切ってくれた。とは言うものの、おおむね兜斗と小衣は行動を共にしている。兜斗の行動に矛盾がみつかれば、小衣のほうも綻びが生じるかもしれない。
 テーブルを見渡す。あてにしていたのはただ一人だった。目が合うと兄は小さく頷いた。
「公園で」
 千笑美が代わりにカードをめくってくれた。

手掛かりカード〈公園/掲示板〉
 紫ヶ森公園の入り口にある掲示板に張り紙がされていた。
 水道管の破裂事故にともなう設備点検のため、昨日は午後二時から六時まで公園の全域が立ち入り禁止だったそうだ。

 素尚は安堵の溜め息を吐いた。こんな一発撃沈のカードもあるのか。
「あの、説明は……」素尚は美月に顔を向けて言った。
「大丈夫、お姉さんに任せて」
 これまでの美月の言動をふりかえる。若干妙なところもあったけれど、おおむね信頼できる人に思える。素尚は「よろしくお願いします」と告げて頭を下げた。
「こころちゃん、でーす!」小衣が両手の人差し指で自分の頬っぺたを突いている。
「アクションは〈嘘吐きへの詰問〉で」
 おどける小衣には目もくれず、美月は冷徹な口調で告げた。
「深川先生、さっきのボクの見事な推理、忘れてないですよねー?」
「相手は三浦くんです」
「ぎにゃあっ!」
 バタリとテーブルに小衣は顔を伏せた。兜斗が小さく、わずかに頷く。
「三浦くんは〈申し開き〉のとき、姫白神社へ挨拶に行こうとして紫ヶ森公園に迷いこんだと話していました。説明会が終わったのは午後三時、ところが二時から六時まで公園は立ち入り禁止であり、入ることはできなかった。これは矛盾しています。詰問に賛成いただける方は挙手をお願いします」
 まっさきに美月自身が、そして家彦と千笑美が手を挙げた。もちろん素尚も続く。小衣は腕組みし、地上げ屋から土地を守る地主のような顔つきで他の者たちを睨んでいる。
「しかたないな」兜斗は一瞬だけ万慈のほうを伺い、それから口を開いた。
「真実を告白しよう」
 それから語られたのは、素尚が自身のシナリオを通じて知ったとおりの内容だった。
 十年前、兜斗は姉を土砂崩れで喪った。そのことを姫白家は予知していたという。警視庁公安部の〈しろがね〉と名乗る人物が匿名メッセージアプリを通じて接近してきた。命令に従い兜斗は四時過ぎに日庭神社を訪れ、姫白夕貴を発見した。それから三十分ほどして、夕貴が下山するのを報告した。その後は〈しろがね〉に教えられた近道を使うことで、日庭神社へ挨拶に行くことができた。
「俺は姫白さんを殺していない」兜斗は断言した。
「姉の死は残念だった。俺はずっと自分の無力さに苛まれてきた。だが……」
 言葉を濁したまま、目の焦点が合わなくなる。しばらくして「とにかく姫白さんを殺すほどの動機はない」と兜斗は強引に言葉を結んだ。
 背後に気配がした。素尚がふりかえると、万慈が兜斗のほうへ向かうところだった。
「あなたは思いだしました」
 謎めいた言葉を万慈は口にした。「内容を理解したら合図してください」注意らしきことを小声で言い添え、一枚のカードを兜斗に渡す。手掛かりカードと同じくボール紙製だがひとまわり小さい。広げた扇のようなシルエットが描かれている。
(あれが秘密カードなんだ)
 忘れかけていたルールを思いだした。ゲームの進行に応じてゲームマスターがプレイヤーに渡す。自分の手番のとき〈秘密の決断〉というアクションとして、カードに記された行為を実行できるという。
「じゃあ、四周目に入りましょう」そう言って万慈は机のほうへ戻っていった。