もちろん、これしかないな。そう言いながら家彦は最後のカードを裏返した。

手掛かりカード〈商店街/居酒屋「呑兄弟」サイト〉
 紫ヶ森商店街にある居酒屋「呑兄弟」のウェブサイトを確認した。
 営業時間は平日ならば午後六時から午後十一時まで、土日祝日は午後五時から深夜一時まで、祝日を除く毎週水曜日が定休日とのこと。

 テーブルを囲む面々を見渡し、家彦が「みんな、教えてほしい」と言った。
「昨日は何曜日だった? 日付を推測できそうな記述がシナリオにあったら教えてほしい。悪趣味な神様のことだから、たぶん日曜日だろうが」
 素尚は察した。家彦が訊いているのは物語内世界での「昨日」だ。現実に姫白夕貴を殺したのは八月十一日、日曜日だった。
 美月を除く全員がシナリオを手にとった。やがて千笑美が「はい」と手を挙げた。
「登校する前、部屋にいた私がカレンダーを見て『今日って山の日なんだ。夏休みに祝日なんてあっても意味ないなあ』と思ってます」
「よし!」パンッと胸の前で家彦が手を叩いた。
「整理すると以下のとおりだ。『呑兄弟』の店員は、深川先生は開店とほぼ同時に店へ来たと証言している。サイトの記述からして、祝日の営業開始は午後五時。ところが先生は〈申し開き〉で六時前に図書室を閉めて居酒屋に行ったと話している。これは矛盾だ」
 あとはよろしく、とばかりに家彦は千笑美に目で合図した。
「ということは……私が〈詰問〉するんですか?」
 無理もない、と素尚は思った。ゲーム慣れしてない千笑美は、これまで家彦のサポートじみた〈手掛かりの吟味〉ばかりだった。「大丈夫、どうせすぐ済む」あっけらかんとした口調の家彦に促され、千笑美は緊張した面持ちで美月と向かいあった。
「それじゃあ深川先生に〈詰問〉で……矛盾点はさっき各務原くんが説明してくれたから省略して良いんですよね。みんな賛成してくれます?」
 恐るおそる千笑美が手を挙げると、美月以外の全員が手を挙げた。
「よかった。それじゃあ質問ですね。えっと、なんで嘘ついたんですか?」
「酒を飲みたかったから」そう一言述べたきり、美月は口を噤んだ。
「え、あれ、あの、ちょっと待って……これで終わりじゃダメですよね」
 今にも泣きだしそうな顔をして千笑美はおろおろとテーブルを囲む者たちを見渡す。
「ごめんなさい、少し説明が足りませんでした」
 家彦がなにか言いかけたのを、美月が手で制した。
「正確にはこうね。今すぐ酒を飲みたかった。こんな仕事やってられっかと思った。だから五時前に図書室を閉めて居酒屋に行ってしまいました。今はとても反省しています。校長への恨みつらみならたっぷり話せるけど、要る?」
 吹きだしそうになるのをこらえながら家彦が「いらねえ」と言った。
「説明会の第二部は五時まで」兜斗が口を開いた。
「五時過ぎなら中学生がまだ来てもおかしくないが」
「それでも酒を飲みたかった」
 平然と断言する美月の顔に、素尚は察した。美月には夕貴の死と密接に関わるような深刻な事情は無いのだろう。六人もいるのだから、そんな軽い役割がいてもおかしくない。
 小衣もだろうか。犯人は辰木素尚で、遺体を湖に沈めたのは各務原家彦だった。さしたる謎はもう残っていない。眼鏡が壊れたり、顔が夕貴に似ていたり、いろいろと怪しかったけどブラフに過ぎなかったらしい。
「他にまだ質問はありますか」と美月。
「それでも教師ですか」と小衣。
「教師だって人間だもの」と美月。
「もういいです!」千笑美が叫ぶように言って、隣へ視線を送った。兜斗が口を開く。
「アクションは〈秘密の決断〉で」
 遂に来た、と素尚は思った。アクションに〈秘密の決断〉が選ばれるのはこれが初めてだ。手掛かりカードはもう無いから、この後は〈雑談〉か〈秘密〉しかない。
 おもむろに兜斗は椅子から立ちあがった。千笑美の後ろを通りすぎ、家彦のすぐ隣に立つ。手にした扇のシルエットの秘密カードを家彦の前に突きだす。
「あなたに託す」
 面食らった顔で家彦はカードを受けとった。兜斗はさっさと自分の席へ戻っていった。
「今のは……」口を開いたものの、素尚は言葉を続けられなかった。
 これはいったい、どんな意味があるのか。さっきの美月の仮説によれば、兜斗の秘密カードは神殺しの剣を受けとる合い言葉が綴られた扇のはずだ。きっとあのカードを千笑美に渡せば剣を受けとることができたのだろう。それを家彦に渡してしまった。
(権利を譲った?)
 美月の仮説どおり、神殺しの剣は犯人を斬るためのものだとする。となると犯人を指摘できる者でなければ使えないのかもしれない。これまでの言動からして、やはり兄がトッププレイヤーだと感じる。家彦なら犯人を見抜けるだろうと期待して早めに渡したのか。
 気配を覚えた。素尚の隣、小衣が椅子から立ちあがった。全員の視線が集中する。
「さて、」口元に拳を寄せ、軽く咳ばらいをした。
「みなさま本日はご足労いただき、ありがとうございました」
 家彦が「まだゲーム終わってないぞ」とツッコんだ。まあまあ、と小衣が手ぶりで示す。
「ズバリ、犯人はこの中にいる!」
「知ってるぞ」「知ってます」「知ってる」「素敵……」「知ってますよ」
「アクションは〈詰問〉です」
 一瞬、なにを言われたのか素尚には理解できなかった。すでに小衣を除く全員が〈詰問〉を受けている。小衣が小衣自身を詰問するわけがない。ということは。
「初めに謝っておきましょう。ごめんね、ボクは嘘を吐いていました。もうお気づきの人もいるでしょう。深川先生が図書室を閉めたのは午後六時ではなく五時前のことでした。そして〈申し開き〉で、ボクは図書室で五時過ぎに兜斗くんからの電話を受け、校門前で合流したと述べました。五時前、そして五時過ぎ。微妙な差ですがこれは矛盾です。したがってボクは詰問されるべきですが、まあ後でどなたかゆっくりやってください」
 素尚は唖然とした。いま、小衣は自分自身の矛盾を指摘してしまった。そんなことをしてはならないとルールには書かれていない。だが、いくらなんでも破天荒だ。
「それより先に、もっと重要なことを指摘しなければなりません。いいですか? ボクが遊覧船で四時半頃にお寺から学校へ戻り、図書室で過ごしたというのは嘘です。本当は、兜斗くんから電話を受けたときはまだ湖の西側にいた。ひとつ遅い便の遊覧船に乗ったわけです。時刻表でいうと三羅寺を五時十分に出発して、紫ヶ森駅前に五時二十五分に着くやつですね。駅前からダッシュして校門で兜斗くんと合流しました」
 テーブルに屈みこむと、小衣は一枚の手掛かりカードを手にとった。
「だとすると、これはおかしいですよね?」
 それはイラストだった。
 校門の前を通り過ぎようとする、ソフトクリームに似た髪形の少年。
「辰木先輩が学校から帰ったのは四時半頃とのことでした。それなのに、遊覧船がまもなく駅前に到着しようとする五時二十五分近くに校門の前を歩いている。これは矛盾です」
 ようやく素尚は理解した。小衣が手にしている「遊覧船/写真」のカードを吟味した後、小衣は不自然なほど素尚のことをみつめていた。その後で小衣は、図書室の手掛かりカードをめくった。なぜ家彦に関するカードのほうをめくらないのかと不思議に思った。
 いまや理由は明白だ。写真を撮影したのが本当は五時半前だと小衣自身は知っていた。素尚が嘘を吐いていると気づいた。素尚が犯人とまでは断言できないにせよ、あのときから小衣にとって素尚は要注意人物となっていたのだろう。
(なんてバカなんだ、僕は)
 まっさきに気づくべきだった。誰でもない、他ならぬ自分こそ気づくべきだった。
逆向きじゃないか!)
 写真の中の素尚は学生鞄を右手に提げ、留め金の近くに「辰木」と書かれている。つまり、校門の前を左から右へ通りすぎるのを湖から、すなわち西側から撮っている。ということは南へ向かって歩いていることになる。
 素尚が四時半に帰宅したという〈申し開き〉を鵜呑みにするなら、それはなにもおかしくない。地図によれば素尚の家は唐馬山の近く、学校の南のほうにあるのだから。
 だが、真実は違う。素尚は四時半に学校をでると、夕貴を殺すべく巫女観音の方角へ、すなわち北に向かって歩いた。小衣が本当に〈申し開き〉のとおり写真を撮ったのが四時半だったなら、素尚は左を向いていなければおかしい。
 この写真に映っているのは人殺しだ。四時半に学校をでて巫女観音の祠に向かい、待ち伏せの末に夕貴を殺した。そして五時半前に学校前を通って家へ帰ろうとした。そこを遊覧船から小衣に撮影された。
 小衣と素尚、二人の嘘は絡まりあった末におたがいの矛盾を打ち消しあっていた。もし素尚のほうが先にこのことに気づいたなら、小衣になにか先手を打てたのかもしれない。
「いったん落ち着いて事件を整理してみましょう」
 名探偵役よろしく、小衣はゆったりとした口調で弾劾を続ける。
「ブルーシートとか荒縄のことは忘れちゃってください。それは各務原アンド日庭先輩のラブコメコンビによる茶番に過ぎません。兜斗くんの証言によれば姫白先輩は四時半頃に日庭神社から下山した。時間と距離の関係からして、巫女観音の祠を通りがかるのは五時から五時半頃。そして五時半前、校門の前を横切る辰木先輩が撮影されている。ただ帰宅するだけなら嘘をつく必要はないですよね?」
 完全に見抜かれている。素尚の脳裏をそんな諦念が過ぎった。
「辰木先輩が学校をでたのは確かに四時半だった。けれど帰宅したのではなく、実際は巫女観音の祠で待ち伏せし、姫白先輩を襲った。そして本当に帰宅しようと学校前を通り過ぎるところを、なにも知らないボクが遊覧船から写真に撮ったわけです。ああ、ひとつ説明が漏れていましたね。辰木先輩こそが兜斗くんを汚い手管で誘惑し、仲間にひきこんだ〈しろがね〉です。したがって姫白先輩が下山した時刻を匿名メッセージアプリを通じて兜斗くんから知らされており、いつ祠を姫白先輩が通りがかるのか時間帯を予測できました――クオド・エラト・デモンストランダム」
 ぱん、と顔の前で小衣は手を打った。
「ご静聴ありがとうございました。それでは〈詰問〉に賛成いただける方は――」
「俺は反対だ」
 全員が一斉に声のほうを向いた。異を唱えたのは、家彦だった。
「実にもっともらしい説明だった。だが、肝心なところが抜けている。遊覧船に乗ったのは四時半ではなく五時半だというのはおまえの証言しかない。これが〈詰問〉だったなら問いに対する答えは真実だと保証される。だが、今は違う。あんたが一方的に主張しているだけで根拠が無い」
 憎悪を込めた目で家彦は小衣を睨みつけている。
「愛季さんが戻ってきたのは四時半だとしよう。それはなんのためだ? 図書室が施錠されていたなら、どこにいた? 早ければ五時頃には夕貴が祠の前を通ると知っていて、待ち伏せのため戻ってきたとしか思えない。愛季さんこそ夕貴を襲った犯人じゃないか?」
「私も各務原くんに賛成します」
 顔の横に小さく手を挙げたのは美月だった。「ええっ!」と小衣が声をあげ、美月が微笑みながら「ごめんね」と言った。
「各務原くんの言うとおり、立脚点を確かめないまま推理を進めるのは不安です。それより、もっと良い進め方があるでしょう? 愛季さんによる〈詰問〉は不成立でお流れ、次の辰木くんの手番で愛季さんを〈詰問〉するの。そうすれば愛季さんが遊覧船で戻ってきた時刻をハッキリさせられる。本来あるべき手順はこうじゃないでしょうか」
 美月の言葉を、家彦はとまどいの表情で聞いていた。やがてゆっくりと頷いた。
「よし、それじゃあ素尚を〈詰問〉することに反対のものは挙手してくれ」
 家彦さん、と声がした。「落ち着いてくれ」兜斗だった。
(あれ?)
 素尚は不審に思った。これまで兜斗は役に徹して、家彦のことを「各務原先輩」と呼んでいたはずだ。水の中で空気を求めてあえぐように兜斗は口を半開きにしていたが、やがて「今はダメだ」と声をあげた。
「そんなことをしている場合じゃない」
 叱られることを恐れる子供のような顔へと、家彦の表情が一変した。
 目の前でなにが起きているのか、素尚にはわからなかった。家彦と美月の主張に不審なところはない。もちろん家彦は素尚こそ犯人だと承知の上で、弟が糾弾されるのを少しでも遅らせてやろうと小衣に反対したのだろう。
「そうだな、すまなかった」家彦は瞼に手の平をあてると、ごしごしと擦った。
「たしかに慌てていたようだ」
「ちょっと待って、納得できない」美月が口を挟む。
「三浦くん、私にもわかるように意見を説明してください」
「仮に愛季が嘘をついていたとする」考えこんでいた兜斗がやがて口を開いた。
「その場合、もちろん辰木先輩は犯人ではない。愛季の証言の矛盾は本物だから、次の手番で辰木先輩が〈詰問〉しかえして愛季こそ犯人だと明らかになる。そんな自殺行為をするわけがない。よって初めの仮定が誤りだ。愛季は嘘を吐いていない」
「三浦くんは重要なことを忘れていませんか。愛季さんはまだ一度も〈詰問〉されていません。もし愛季さんが犯人なら嘘の上塗りが許される。このタイミングでわざと自分の矛盾をバラして〈詰問〉させるくらいの戦法、あの子は平気で採りますよ」
 えへへ、と言いながら小衣が後頭部を掻いた。
「だって本当のおバカさんですから」
 ズコーッと言いながら小衣が椅子の上でずっこけた。
「別にそれでもいいじゃないか」
 反論を口にできないでいる兜斗をみかねたのか、家彦が口を開いた。
「開き直ってメタ発言してしまうが、このゲームは〈詰問〉することで得はあっても損になることは無いんだ。俺たちが議論しているのは先に〈詰問〉するか後で〈詰問〉するかの違いしかない。だったら早いに越したことはない」
 素朴といえば素朴な意見だった。だからこそ美月はうまい反論を思いつかなかったようだ。急にふりかえると「辰木くんはどう?」と訊いてきた。
「いや、僕は投票できませんし」
 ルール上〈詰問〉の対象にされているプレイヤーは投票に加わることができない。
「いいの、意見だけでも参考になるから」
 そう促されると、なにか言わないわけにもいかない。「そうですね」とつぶやきながら素尚は考えこんだ。気持ちとしては兄に従いたい。小衣にたくらみなど無いことを知っている。さっさと引導を渡してもらうほうが気が楽だ。
 けれど、だからこそ。犯人役として最後まで抗いたい。
「僕は深川先生に賛成です。やっぱり愛季さんは怪しい。各務原先輩の言うとおり早いか遅いかの違いだけかもしれないですけど、だからこそ愛季さんの思いどおりにはさせないほうが良いと思います」
 美月にしてみれば模範解答だったろう。うんうんと頷き、今度は千笑美に顔を向けた。
「日庭さん、あなたはどうですか」
 水を向けられた千笑美は「わたし?」と目を丸くした。
「思いだして。四人以上が賛成すれば〈詰問〉は成立。言い換えれば、反対する者が二人いれば不成立ということです。日庭さんが私と同じ意見なら〈詰問〉を止められます」
 なぜ美月は素尚に意見を求めたのか、ようやく理解した。正直、どれだけ素尚がうまい理由を述べたところで、千笑美の結論は同じだっただろう。家彦のほうを向いて千笑美は視線を交わし、おたがい同時に頷くと「私は各務原くんと同じです」と言った。
「はいはーい、結論でちゃいましたねー?」
 緊張を和らげようとしているのだろうか、小衣が明るい声で言った。
「それじゃあ〈詰問〉成立ということで。いきなり核心に踏みこんじゃいましょう。辰木先輩、姫白先輩を殺したのはあなたですか?」
 素尚はふりむこうとした。ゲームマスターに判断を仰ごうとし、そしてやめた。
「そうです」
 これはただの遊びなんだ。
 だから、なにも気にしなくていいんだ。
「僕が殺しました」
 かすかなざわめきがした。千笑美が溜め息を漏らし、兜斗がゆっくりと頷いた。
「巫女観音の祠で姫白先輩を、果物ナイフで刺しました。正直、愛季さんの推理に付け加えるようなことを思いつきません。ナイフは家庭科室の棚から調達したことくらいです」
「動機はやっぱり、各務原先輩の推理どおりなの? つまり、生まれ変わりの巫女の伝説を信じていたからっていう」
「いいえ、動機はもっとつまらない……ちょっと待ってください」
 素尚はシナリオを手にとった。文章を目で追うと、これは作り物に過ぎないという気持ちが強まり、安心した。
「一言でいえば、嫉妬です。姫白神社の巫女で誰からも注目されていて、魅力的な人で、自分とは住む世界が違うなと」
「フーン」
 つまらないな。そんなことが小衣の顔に書かれているように感じた。
「気になってたんだが」家彦が手を挙げて質問した。
「本当に死んだか、どうして確認しなかった」
 家彦の告白を思いだした。瀕死の夕貴は後になって意識をとりもどし、スマートフォンで家彦に助けを求めるメッセージを送った。それで家彦は祠へ駆けつけた。
「慌てたからです」
「忘れただけってことか?」
「そうです。ずっと冷静だったのに、刺したとたんパニックになって」
 初めの〈申し開き〉で犯人のことを「殺してやりたいほど恨んでる」と凄んでいた家彦はどこに行ったのだろう。これは現実じゃないと、素尚はようやく実感できた気がした。
 もう、みんな質問はない? 小衣がテーブルを見渡したが、誰も口を開かなかった。
「なんかあっけないけど、これで終わりかな。みなさん、おつかれさまでしたー! て、ハイ、そんなわけないよね」
 ずっと立ったままだった小衣が椅子に腰を下ろす。気配を感じて素尚が顔を向けると、万慈が通り過ぎるところだった。小衣のもとまで歩いていき、一枚のカードを手渡した。
「あなたの言葉は届いた」
 小衣が両手で受けとった秘密カードには、また壺のシルエットが描かれていた。いや、美月が与えられたカードとは少し違う。亀裂が入っていて、今にもバラバラになりそうだ。どういう意味なのかと首を傾げる素尚の横を、万慈はなにも言わず通り過ぎていった。
 しばらく小衣は秘密カードを真剣な表情で読んでいた。やがて顔を上げると「じゃあ、お手柔らかに」と素尚に言った。「いえ、厳しくいきます」素尚は笑顔で応じた。
「アクションは〈詰問〉です。矛盾点はすでに愛季さんから説明してもらったので省略します。では〈詰問〉に賛成の方は手を挙げてください」
 今度は揉めなかった。小衣を除く全員の手が挙がった。
「成立ですね。では、どうしてそんな嘘を?」
「いやあ、土産物を眺めるのって愉しいよね。時間を忘れちゃう」
「土産物を物色していて時間を忘れ、三浦くんからの電話で慌てて戻ったわけですか」
 そんなつまらないことか。やっぱり小衣はレッドヘリングでしかなかったらしい。そう思いかけてから違和感を覚えた。基本情報が書かれた紙を手にとり、広げる。
「愛季さんや三浦くんの家は湖の南西ですね。だったら学校ではなく三羅寺で合流すれば良かったんじゃ? そのほうが帰るのに移動距離が短いじゃないですか」
「そういやそうだね、言われてみるとそのとおり」
 いったん小衣は口をつぐみかけたが、再び開いた。
「いまボクは〈詰問〉されているわけだから、ちゃんと真実を言うよ。兜斗くんからスマフォで五時過ぎに電話を受けたときは三羅寺の近くにいた。遊覧船に乗って五時二十五分に紫ヶ森駅前に到着、校門前で兜斗くんと合流した。それが事実なんだからしょうがないじゃん? たしかに家は南東でないとおかしいね」
 ウインクをする小衣に、素尚は言外のニュアンスを察した。ゲームマスターである万慈がうっかりミスをした、家を置くべき場所を間違えたと言いたいのだろう。たしかに、この程度のケアレスミスはありそうな話だ。
(本当に?)
 なにかがおかしい。小衣や兜斗を容疑圏内に置くため、犯行時刻の前後に巫女観音の祠近くを通らせるのは重要なことだ。そんなところでミスをするだろうか。
「もう一度、確認させてください。なぜ学校にいると嘘をつく必要があったんですか?」
 小衣の目が泳いだ。瞬間的なことだったが、疑いを深めるには充分な反応だった。
「まあほら、想像してみてよ。ボクが正直に言ったら、兜斗はどんな反応すると思う? 親戚の家まで行って、したくもない挨拶をして、その間ボクがずっと遊んで時間を忘れていたなんて言ったら怒りだすにきまってるよ」
 間違いない、小衣は答えをはぐらかそうとしている。
 でも、なぜ? どうして学校にいると言わなければならなかったのか。なんの罪も犯していない小衣が、そんなつまらない嘘を吐くべきどんな理由がありえるのか。
(いや、それよりも)
 これまで素尚は思いこんでいた。〈詰問〉されたプレイヤーは、シナリオに書かれた秘密をありのまま明かすのだと。それは間違っていたのではないか。
 ルールの文章を思い返す。詰問されたプレイヤーは質問に答えなければならない。嘘の上塗りをしてはならず、シナリオに書かれていないことをでっちあげてはならない。
 たしかに沈黙や嘘は明確に禁じている。けれど、のらりくらりと弁を左右して肝心なことを言わないことまでは禁じていない。
 ――私から質問させて。ほら、ルール上はそうなってるでしょ?
 美月の言葉を思いだす。四周目で素尚は美月に〈詰問〉され、告白しようとした。素尚が一方的に告白するのではなく、美月からの質問に答える形にすべきだと言われた。
 あれは〈詰問〉にそういう性質があると美月が見抜いていたからではないか。質問が不可欠という形式を確認させることで、逆に「質問されないことには答えなくて良い」という雰囲気を作った。あの千笑美ですら、家彦と本当の恋人ではないことを話さなかった。アリバイ工作に協力し脅すようにして関係を結んだことを、積極的には口にしなかった。会話の工夫によって真実を隠すことができる。
(そうだ、あのときも)
 素尚が家彦を〈詰問〉したときの会話が脳裏に蘇る。
 ――なぜ湖に沈めてほしいと夕貴が頼んだか、辰木くんには想像がつくか?
 あれは家彦のテクニックだったのではないか。質問される前に質問を返す。素尚に考えを言わせて、それに呼応して会話を進めることで、肝心なことを口にするのを避けた。
(なにを隠した?)
 遺体を湖に沈めるよう夕貴自身が頼んだのは間違いないだろう。そこは明言していた。でも、その背景には「夕貴を生まれ変わりの巫女だと信じる者たちを落胆させたくなかった」こと以外になにかあったのではないか。
「私からも質問させてくれる?」
 背後からの声に、素尚はハッとなった。考えにふけって小衣との対話を忘れていた。美月のほうをふりむき、素尚は頷いた。「それじゃあ、」と美月が口を開く。
「こころちゃんが転生の巫女なの?」
 視線を戻した素尚が目にしたのは、小衣の凝固した顔だった。服の中にスズメバチが入りこんだことに気づいたかのように恐怖で強張っている。
「あ、ごめん」慌てた口調で美月は言葉を継いだ。
「言い方がわかりづらかったか。ごめんなさい、ただの想像なの。ほら、愛季さんって姫白さんに顔が良く似ているでしょう? こういうのってファンタジーだと良くある設定じゃない。愛季さん、実は夕貴さんと血が繋がってるんじゃないかなって」
「うん、まあそういうこと」ぎこちなく小衣が頷いた。
「いやあ、見抜かれちゃったか。なにを隠そう、ボクは夕貴の双子の妹なんだよね! 双子を忌み嫌う古い習わしのせいでボクはお姉ちゃんと引き離されたんだよ! 親戚縁者一堂に怪しまれないよう、ボクの誕生日を遅らせて学年をずらしたんだ。おまけにボクは六歳のとき大病を患って、その療養で進級が一年遅れたんだよ」
「メッセージはそういうことなの? ほら、三浦くんが言っていたでしょう。ときどき誰かとメッセージアプリでやりとりしていて、相手が誰なのか教えてくれないっていう」
「フフフ、さすがだね。そのとおりさ、図書室で夕貴ちゃんがメッセージを送った相手も、なにを隠そう、このボクだったんだよ!」
「ということは、姫白さんから日庭神社に行くことを伝えられていたのね」
「イエース!」
 思いがけない新事実に素尚は呆然としていた。しかし呑みこんでみると、今になってはあまり大きな意味がないように感じられてきた。
 もし小衣の告白が、素尚こそ犯人だと明らかになる前にされていたなら、小衣への疑いはより濃くなっていただろう。自分自身の矛盾を指摘するという小衣の奇計によって〈詰問〉の順番が逆になり、結果的に効果が薄まった。
「じゃあ、もう手番をまわしましょうか」
 他に誰も質問する様子がないことを確かめると、素尚は美月に目で合図を送った。頷いた美月が「それでは〈秘密の決断〉で」と言って、一枚のカードを手にした。
「よきにはからえ」
 そんな言葉とともに渡されたのは、壺のシルエットが描かれたカードだった。素尚はカードを裏返し、そこに記された文章に目を落とした。

秘密カード〈呪殺の毒壺〉
 これは神が、犯人に生まれ変わりの巫女を襲わせるための呪具である。

[このカードをゲームマスターが所持しているとき(初期状態)]
 家彦が、死に際の夕貴が遺した言葉を通じて、本物の転生者は他にいることを明かしたならば、ゲームマスターはこのカードを神に「あなたは気づきました」と言って渡す。

[このカードを神が所持しているとき]
 自分の手番で〈秘密の決断〉として、犯人に「よきにはからえ」と告げてカードを渡す。

[このカードを犯人が所持しているとき]
 自分の手番で〈秘密の決断〉として次のことを実行できる。
 生まれ変わりの巫女と思われるプレイヤーにこのカードを突きつけ「天誅」と告げる。
 相手が巫女でなければ、なにも起こらずカードは犯人の手元に残る。
 相手が巫女ならば殺すことができる。これでゲームは終了となる。

 頭の中が真っ白になるのを素尚は感じた。
(神?)
 顔を上げる。美月が微笑みながらウインクをした。