実を言うと、みなさんを騙してました。
万慈がそう告げたとたん、聞こえない言葉がいくつも飛び交った。「やっぱりな」「どういうこと?」「なんのことだ」「きたきた」「やっと始めるんだ」一人だけ立っている万慈は招待客たちの顔を笑顔で見渡し、ひとつひとつ反応を確かめている。
「いやいや、謝恩会ってのが真っ赤な嘘だったとまでは言わないですよ。本当にみなさん、ご協力いただきありがとうございました。心の底から感謝を申しあげます」
滑稽なほど深々と万慈は腰を折った。再び上げた顔には、噴きだしそうになるのを懸命にこらえているような笑みがあった。
「で、それはそれ、これはこれです。実はですね、今日は俺が作ったゲームのテストプレイに付き合ってほしいんですよ。それじゃ始めましょう。マーダーミステリー、題して『紫ヶ森湖転生伝説巫女殺人事件』の開幕です!」
「ボツ」
ハ? 首を傾げて万慈が動きを止める。
異議を唱えたのはボーイッシュな若い女性だった。素尚は記憶をふりかえった。たしか愛季小衣という名前だったか。スフィンクスの会員で、夕貴たちと旅行していた人だ。
「漢字ばっかじゃん。ボツぼーつ!」
「まあ、俺もいまいちだとは思ってた。シンプルに『転生の巫女』とでもするか」
「それだとファンタジーっぽい」
「じゃあサブタイトルをつけよう。紫ヶ森湖巫女殺人……いや、巫女はタイトルに入ってるな。紫ヶ森湖女子高生殺人事件にするか」
「なんか媚びてきたぞ」
「紫ヶ森湖湯煙女子高生殺人事件」
「もっと媚びた!」
「とにかく開幕です!」
なんだ、この茶番。
笑うべきか呆れるべきか、さっぱりわからない。素尚はぽかんと口を開けていた。
謝恩会の開催日は敬老の日の前日だった。素尚が家の前で待っていると、真っ赤なアルファロメオがやってきた。サングラスをしてハンドルを握る家彦は、無地のワイシャツに紺色のサマージャケットを着ている。いつもの格好より、だいぶ大人しい。
助手席に腰を下ろすと「緊張してるのか」と声をかけられた。「そうかも」素尚は言葉を濁した。
「それでいい」
「なにが?」
「緊張しているくらいでちょうどいいんだよ」
湖岸に沿って車は走り、わずか数分で雲外荘に着いた。姫白夕貴がサークルの友人たちと一緒に泊まった、いや、泊まるはずだった宿だ。集落から離れており、深い緑に囲まれている。瓦屋根の日本家屋のほうが本館だろう。築百二十年の古民家を改装したとサイトに記されていたのを素尚は思いだした。
本館の隣に平屋建てのこじんまりとした棟がある。木肌の明るさからして後から建てられたものだろう。玄関は民家の勝手口と変わらない狭さだ。家彦が玄関ブザーを鳴らす。引き戸が開き、見知らぬ若い女性が現れた。
長袖の白いワイシャツ、無地のエプロン姿が本屋の店員を想わせる。肩まで髪を伸ばし、細長いフレームの眼鏡をかけている。レンズの奥、眠そうに細めていた眼が見開かれ、家彦の顔をまじまじとみつめると「いらっしゃいませ」の言葉とともに一礼した。
「各務原家彦さんと辰木素尚くんですね。謎解き愛好サークル〈スフィンクス〉の会員、深川美月です。今日はよろしくお願いします」
検討会で名前だけは耳にしていた人物を目にして、素尚は素朴な感慨を覚えた。
靴を脱いでスリッパに履き替えた。美月が引き戸を開けると、そこはリビングだった。学校の教室の半分くらいの広さだろうか。南側はほとんど掃き出し窓で解放感がある。すぐ外は藤棚で直射日光が届かない。庭木と石塀に囲まれ、秘密の場所めいた趣がある。
エアコンが効いているのがありがたい。壁に据えつけられた大きな液晶テレビにゴルフ中継らしき光景が映っている。掃き出し窓の対面に扉が二つあった。検討会のとき、客室が二つしかないと万慈が言っていたことを素尚は思いだした。恐らく客室の扉だろう。
リビングのほぼ中央をテーブルが占めていた。明るい木目調の床と対比させるためか暗い色の、剛健そうな四人掛けの木製テーブルだ。それを二つ並べて、七つの椅子が囲んでいる。小皿が積まれ銀食器やグラスが並び、シーザーサラダが盛られた大皿が二つあった。
テーブルの奥のほう、二人の人物が座っていた。素尚はとまどった。一人はスカートを履いていて女性で間違いないが、もう一人はどうだろう。
「こころちゃん、各務原さんたち来たから」
美月が小声で性別不明の人物に声をかけると、奥の扉に姿を消した。
こころちゃん? 事件の関係者にそんな名前の人物はいただろうか。記憶を探るうちに素尚は気づいた。小衣は「こころ」とも読める。後頭部を掻きながら「こころちゃん」が立ちあがり、ぺこりと頭を下げた。少年のように髪が短く、ぶかぶかなトレーナーを着ている。赤と白のボーダー柄で、楳図かずおみたいだ。
残る一人も立ち上がり「日庭千笑美です」と名乗った。ゆったりした半袖のブラウスに膝下まで届くスカートを履いている。ふくよかな体型にくわえて隣に小衣がいるせいか、三者面談に来たお母さんという印象だ。
「ゲームデザイナーさんでしたっけ。姫白さんのお友達だったんですかあ?」
千笑美が話している間に家彦は口を二回開きかけ、そして閉ざした。一回目は自己紹介をしかけ、二回目は職業を訂正しかけたのだろう。吹きだしそうになるのを素尚はこらえた。スローモーな話し方の千笑美と、アップテンポな兄とではリズムが合わないのだろう。
「はい、できましたよ」坊主頭の男がでてきた。両手に鍋を抱えている。
「おっと家彦さん、いらしてたんですか。お越しいただきありがとうございます」
万慈だった。鍋の中身はボロネーゼパスタらしい。ヒマワリのアップリケがついたエプロンを着た男を頭から爪先まで眺め、家彦は口元をもにょもにょさせたが、やがて「ひさしぶりだな」と穏便な挨拶をした。
雲外荘では食事は提供されない。検討会で万慈がそう説明していたことを素尚は思いだした。恐らく奥の扉の向こうに台所があり、泊り客が自炊できるのだろう。万慈がパスタを各自の皿にとりわけるのを小衣が手伝わなかった。「座りましょうか」千笑美に促されるまま席に着いた。お盆で料理を運ぶ美月をみかねて手伝いを申しでたが断られた。
玄関ブザーが鳴った。美月がスリッパの音を立てることなく瞬時に玄関へ向かい、三浦兜斗を連れて戻ってきた。Tシャツにショートパンツ、近所を散歩するような格好だ。
万慈が短い挨拶をして、全員がそろって姫白夕貴に黙祷を捧げた。食事は和やかに進んだ。フランスパンはパン屋で、ハンバーグと冷製ポタージュは道の駅で買ったものに過ぎないと万慈は詫びたが、素尚の口には充分美味しく感じられた。
一人ずつ自己紹介していき、夕貴との関係を説明した。会話の中心には千笑美がいた。恐らく千笑美自身にそのつもりはないだろう。ただ興味の赴くままサークルで夕貴はどんなふうだったのか美月や小衣に質問を浴びせ、子供時代のエピソードを兜斗の口から語らせた。夕貴とは縁遠いからこそ良いインタビュアーとなり、会話の流れを従えていた。
全員が食事を終えた。万慈が皿やグラスを片づけていった。「コーヒーとデザートは後でふるまいますんで、お楽しみに」そう言いながら万慈が、客室からなにか運んできた。テーブルから少し離れたところに机を置く。折り畳むことができる簡素な机で、ノートパソコンや文房具など雑多なものがのっている。なぜか自分の椅子をそちらへ運んだ。
胸の前で万慈は手の平同士をこすりあわせ、招待客たち一人ひとりの顔を見渡した。
「実を言うと、みなさんを騙してました」
イタズラがうまくいくか心配するような、ワクワクしてたまらないような。万慈のその表情に、素尚は来たるべき時が来たのを感じた。
マーダーミステリーは各プレイヤーが物語の登場人物を演じながら謎に挑むゲームだ。殺人事件が題材になることが多く、誰が犯人なのか推理する。犯人役は自分こそ殺人者だと最後まで見抜かれないことが勝利条件となる。
細部は異なるものの、おおむね次のように進められる。冒頭でゲームマスターから事件の概要について説明される。どのキャラクターを演じるか配役をプレイヤー間で相談して決めると、シナリオを与えられる。
シナリオといっても演劇の台本のようなものではない。事件当時の行動や他のキャラクターたちとの関係、明かしてはならない秘密、なにを達成すれば勝利となるのか目標が記されている。犯人をみつけることの他にもさまざまな目標がある。秘密を誰にも明かしたくない、愛する人への嫌疑を逸らしたいなどだ。
そして対話が始まる。事件について全員で議論したり、ときには限られたプレイヤー間だけで密談を交わす。たとえ犯人役でなくとも、後ろ暗い事情から嘘を吐いているかもしれない。誰が怪しいのか見定め、犯人役はそれとなく誤った方向へ議論を誘導する。
最終的に各プレイヤーは犯人だと信じる人物を指名する。もっとも数多くのプレイヤーから指名された人物が正しく犯人だったなら、犯人以外のプレイヤーたちの勝利となる。それぞれのキャラクターの目標を達成したかどうも評価される。プレイヤーたちの決断と行動に応じて異なるエンディングを迎える。
推理小説と同じで、事件には秘められた真相がある。一度プレイすれば真相を知ってしまうため、二度と同じゲームに参加することはできない。犯人当て小説のようにフェアプレイが保証されているわけではない。真相を見抜くのに必要な手掛かりや証言をすべて入手できるかはプレイヤーの奮闘次第だ。
「――てな感じなんですが、なんとなくわかってもらえました?」
万慈が恐るおそる千笑美のほうを伺った。保険会社から新商品の説明を受けたばかりのような顔をして千笑美は小首を傾げている。
まあ、やってみればわかってきますよ。万慈はそう言って、テーブルのまわりを一周した。白いコピー用紙を折って作った三角柱を置いていく。マジックペンで各自の名前が書かれているが、なぜか位置がバラバラだ。本人と異なる名前を置いている。
「申し訳ないですが、席替えをお願いできますか」
「本人を演じろってことか」家彦が名札を睨みながら言った。
ご明察です、と万慈が応じる。
「正確にはたまたま名前が同じなだけの、空想上のキャラクターを演じてもらいます。ゲーム慣れしてない人には架空の人物の名前を覚えるのって大変かなと思いまして」
なるほど、と家彦が応じた。それが合図のように全員が立ちあがった。
新しい席に腰を下ろし、素尚は周囲を見渡した。テーブルの短辺、いわゆるお誕生日席に兜斗と美月がいる。長辺に千笑美と家彦が、その向かい側に小衣と素尚がいる。兄から離れた席に追いやられるのかと思ったけれど、真正面なら問題なさそうだ。
みなさんありがとうございます。万慈が軽く一礼して説明を再開した。
「当然なんですが、これからプレイしてもらうゲームは現実と無関係なフィクションです。とはいえ、姫白さんの事件にインスパイアされたことは否定しようがないですね」
あと、これ。そう言いながら万慈は机の上から古びた本を手にとった。表紙に『紫ヶ森むかしばなし』と綴られている。
「紫ヶ森近辺の昔話を収めた本です。細部こそ変えてますが、このゲームに似た話がいくつもでてきます。とまあ、まったく現実と無関係とは言い切れないんですが、俺としてはあくまでもフィクションのつもりですよ。不謹慎だと感じたなら遠慮せず文句をぶつけてください。俺としてはもちろん姫白さんの名誉を傷つける意図はないんで、そういうところがあれば手を加えたいし、いっそゲームそのものを没にする覚悟もあります」
アッと声をあげ、万慈は握り拳を本の表紙に打ちつけた。
「肝心な説明が漏れてました。みなさんの名前をお借りするのは、もちろん今日のテストプレイだけです。固有名詞はすべて見直すつもりです。紫ヶ森湖とか、地名も含めてね」
ハーイ、質問。小衣が手を挙げた。
「このゲーム、今後はどうすんの。商品化?」
「いやあ、悪い。なんも考えてない」万慈がぐるりと目を回し、天井を見上げた。
「そうですね、新進気鋭のゲームクリエイター、各務原家彦さんのご推薦があると商品化も夢ではないかもしれませんねえ!」
家彦はなにも言わず、苦笑するばかりだった。
「あとですね、申し訳ないんですが作り込みが足りてません。小物の造りが雑ですし、BGMも無いし、エンディングは俺の口からざっくり説明するだけになります」
「どのくらいで制作したんだ」家彦が口を挟む。
「一ヶ月くらいですね」万慈が答えた。
ということは、辰木家での検討会の後からだろうか。素尚は心の中だけで頷いた。やはりこのゲームはなにかの罠かもしれない。
「それじゃ、さっそく……おっと」万慈が額をぺちりと手の平で叩いた。
「大事なお願いが漏れるところでした。このゲーム、長くて三時間くらいかかるかもしれない。あまり長くなったり、誰か体調不良にでもなれば途中解散を考えますが、できれば最後までお付き合いいただきたいわけで。みなさん、時間のゆとりは大丈夫ですかね?」
テーブルを囲む人々の顔を万慈が見渡した。
(これが最後のチャンスかもしれない)
このタイミングで「ごめんなさい、用事があるのを思いだしました」とでも告げたなら、恐らくゲームは中止になる。素尚はテーブルの向かい側、家彦のほうへ視線を向けた。
笑顔があった。遊びを待ちきれない、子供のように無邪気な顔だ。素尚は肩を竦めた。
「よろしいですね? それではマーダーミステリー『転生の巫女』を開幕します」
机からノートパソコンを手にとり、万慈はなにか操作した。文章の書かれたファイルを開いたのだろう、ディスプレイを眺めながら読みあげる。
「みなさま、本日はご足労いただきありがとうございます」
パソコンを抱えたまま軽く一礼する。素尚は感じた。さっきまでの声とは違う。いま、ここは物語の中だ。現実には存在しない誰かが口上を述べている。
「テレビや新聞の報道で、あるいはご家族やご友人から耳にされて、みなさんご承知でしょう。今朝、姫白夕貴さんの遺体が紫ヶ森湖の湖畔で発見されました。警察は他殺と判断、何者かが夕貴さんを手にかけ、湖に沈めたとみなしています」
兜斗が身動ぎした。顎を引き、眉をひそめたが、なにも言わなかった。
「夕貴さんは十七歳、愛岐高校に通う二年生です。姫白神社のさまざまな行事で巫女を務める姿が親しまれていたと伺っています。姫白神社は鎌倉時代初期に造営され、噂によれば紫ヶ森湖近辺で姫白家となんらかの縁戚関係がある家は百を超えるんだとか」
わざとらしくハッと目を見開き、万慈は口元を押さえた。
「申し遅れました。私の名は唐木戸万慈、私立探偵です。夕貴さんのお父さまから、憎き犯人を突きとめてくれと依頼を頂きました。ここだけの話ですが……実は、私には不思議な力があります。事件の謎を解くのに最低限必要な手掛かり、関係者を見極めることができるのです。あいにく私、推理力のほうはからっきしでして、みなさんのお知恵をお借りしたいのです。今朝から私が調べてきたこと、さまざまな手掛かりを一緒に吟味していきましょう。そうすれば、きっと犯人がわかります」
とまあ、ここまでがイントロダクションです。野太い声に戻った万慈が笑顔で言った。
「それじゃルール説明を。この後シナリオを配ります。十分間で熟読してください。他のプレイヤーには絶対に知られちゃいけない秘密が書かれてるんで、扱いには注意してください。それじゃ、ええっと、先にこっちを配るか」
机からコピー用紙の束を万慈は手にとり「まわしてください」と美月に手渡した。一人が一枚ずつ手にとっては残りを隣へ渡し、やがて素尚のもとに最後の一枚が届いた。
A3用紙を二つ折りにしたものだ。「基本情報」というタイトルの下に「イントロダクション」と見出しがあり、さっき万慈が話したのと同じ内容と思しき文章があった。さらにその下に「登場人物一覧」があった。各プレイヤーが演じるキャラクターと、被害者である姫白夕貴の簡単な紹介が書かれている。
素尚は「愛岐高校一年生、郷土史クラブ所属」とあった。小さいがイラスト付きだ。素尚は学校の夏服なのか半袖の白ワイシャツで、気弱そうな目をしている。なにより特徴的なのは逆立った頭髪が渦を巻いていることだろう。まるでソフトクリームみたいな形だ。
兄の名前は「各務原家彦」になっていた。ゲーム内では兄弟ではなく赤の他人という設定だから、名字を変える必要があったのだろう。
「なんでボク、名前が『こころ』なの」
小衣が毒づくような声をあげる。たしかに漢字は「小衣」だが「こころ」とルビがふられていた。「そのほうが面白いかと思ってな」万慈が答え、美月がうんうんと頷いた。
「これは万慈さんが描いたんですか?」
千笑美の質問に、イラストは人に頼んだと万慈が説明し「裏の地図は俺」とつけくわえた。素尚が紙を裏返すと素朴な地図があった。手描きではなく、パソコン上でフリー素材の類を組み合わせたのだろう。「巫女観音」という、見覚えのない固有名詞もある。
「時系列表は後で確認するので、今は気にしないでいいですよ」
二つ折りの紙を左右に開くと、たしかに右側には時系列表があった。誰が何時にどんな行動をしたか証言をまとめたものらしい。左側には「ゲームの流れ」と見出しがあり、横書きの文字がびっしり並んでいる。
「シナリオを熟読してもらったら、いよいよゲーム開始となります。一人ずつ手番が巡ってきます。一周目は〈申し開き〉で、被害者との関係とか、事件が起きた当時の行動なんかを語ってもらいます。これは無理せず、シナリオをそのまま読みあげるだけでも結構ですよ。まあ、シナリオは長いんで、はしょってもらう必要がありますね。時系列表を眺めながら聞いたほうが頭に入るかと思います。さて、二周目からがいよいよ本番。手番が来たとき、みなさんが採れるアクションは四つのうちのどれかです」
万慈は親指以外の四本指をのばして顔の前に掲げ、人差し指だけ残して他の指を折った。
「ひとつは〈手掛かりの吟味〉です。この後、俺がテーブルに手掛かりカードを並べます。その裏側には私立探偵の俺が調べてきたことが記されています。手番の人はどれか一枚だけ裏返して、みんなで意見を交わしてもらうって寸法です」
次に万慈は、中指をのばした。
「二番目は〈嘘吐きへの詰問〉です。初めのうちは無理ですが、手掛かりがそろってくると矛盾に気づくでしょう。嘘を吐いていると思ったプレイヤーを詰問できます。ただし、その前に自分を含めて四人以上のプレイヤーに賛成してもらわないとお流れです。さて、ここからがこのゲームの最大の特徴なんですが……」
声の調子を下げていき、注目を集めたところで万慈は口を開いた。
「詰問されたプレイヤーは必ず質問に答えてください。嘘の上塗りをしちゃいけません」
「秘密を話せってことか?」家彦が口を挟んだ。
「ここがこのゲームの、普通のマーダーミステリーとは違うところなんです」
いつになく真剣な顔つきで万慈は家彦の視線を受け止めた。
「くりかえしますが、質問には必ず答えてください。シナリオに書かれていないことをでっちあげて嘘の上塗りをすることは禁止です。まあ、ちょっと機微がわかりづらいでしょうね。俺のほうから『しゃべっていいですよ』と口添えするかもしれません」
「で、犯人だけは嘘を吐きとおせるんだろ?」
「ご明察!」嬉しそうに万慈が胸の前でパンッと手を叩いた。
「そうです、犯人は一度だけ、矛盾を指摘されても別の言い訳が用意されてるんですよ。そのあたり犯人役はシナリオを読めばわかります」
再び顔の前に手を掲げた万慈は、薬指をくわえた三本の指を掲げた。
「三番目は〈雑談〉です。これは文字どおりの雑談です。会話するだけ。すでに表にした手掛かりカードについて再検討するとか、気になったことを他のプレイヤーに質問するとか、ご自由に。ろくに会話せず次の人に手番を譲る、事実上のパスをしても構いません」
そして小指をのばす。
「最後は〈秘密の決断〉です。進行に応じて、ゲームマスターである俺から秘密カードをお渡しします。手番が巡ってきたとき、そのカードに記された行為を実行できます。このゲームの終了条件は数枚ある秘密カードのどれかに記されています。その秘密カードを手にしたプレイヤーが〈決断〉し、なにかをするとこのゲームは終わりを迎えるわけです」
聴衆の理解力を心配するように万慈は言葉を切り、顔を斜めに傾けた。
「わかりますかね? このゲームは一般的なマーダーミステリーみたいに誰が犯人だと思うのか投票して終わりじゃないんですよ。矛盾を二回指摘すれば、犯人役のプレイヤーは自分が犯人だと明かします。つまり、犯人を突きとめることが最終目標じゃない。どうすれば勝ち負けが決まるのかは秘密カードの内容を読むまでわかりません。エンディングとして、物語はどういう結末を迎えたか話します――どうです、なんか質問は?」
「地図に温泉がないけど、どうやって湯煙女子高生を登場させるの」
小衣の質問に、万慈が「サブタイトルを『紫ヶ森湖殺人事件』に変更」と即答した。
はーい、と千笑美が手を挙げた。
「意見交換とか雑談とか、どのくらい話すればいいんですか。黙っていてもいい?」
「とても良い質問です」万慈が微笑んだ。
「目安として、俺のほうで時間を計ってます。十分過ぎたら『そろそろ次の人にまわしてください』と声をかけるつもりです」
言葉を切り、万慈は説明の仕方を考えるためか目を伏せた。
「黙っていてもルール違反にはなりません。うっかり口を滑らせて秘密を漏らしたくないでしょうし、ゲーム慣れしてない人や会話が苦手な人はそうなりがちなんですよね。ただ、あまり無口だと『こいつ犯人じゃないか』と疑いをかけられるんですよ」
両方の手の平を上に向け、万慈は「やれやれ」とでも言いたげなしぐさをした。
「うまいこと秘密は隠しつつ、表向きは謎を解決してやるぞ、犯人を突き止めてやるぞってフリをしないといけない。要するに……申し訳ないですけどがんばってください」
おどけたように万慈が頭を下げると、千笑美が苦笑しながら「がんばります」と言った。
「質問はもう良いですかね? それじゃシナリオを配るんで、ちょいとお待ちを」
そう言って万慈は上機嫌な顔で机のほうに戻っていった。