姫白夕貴さんを殺したのは僕だ。僕が先輩の胸にナイフを突き刺した。
けれど姫白先輩を湖に沈めたのは僕じゃない。刺した後、意識を失った先輩を巫女観音の祠の後ろにある茂みに隠しただけだ。誰が、なんのために遺体を沈めたんだろう。
申し開き
(ここに記されたことは一周目で他のプレイヤーに説明します)
僕の名前は辰木素尚、愛岐高校の一年生です。
姫白先輩と同じ郷土史クラブに所属しています。正直、僕は先輩ほど活動に熱心じゃないんです。担任の深川先生に押し切られちゃって。伝統のある部だから校長先生がどうしても存続させたいって、それで気の弱い僕に声がかけられたんです。
先輩は郷土史クラブの活動に熱心でした。お年寄りから昔の暮らしぶりや言い伝えを伺ったり、在野で郷土史を研究されている方の講演会に参加したり。もちろん僕も同行するわけで、先輩はよく「ごめんね、つきあわせちゃって」と、すまなそうにしていました。
クラスの友達からは「あんな美人の先輩と二人っきりでうらやましい」なんて冗談を言われたこともありました。もちろん僕と先輩との間にはなにも無かったですよ。僕なんかと違って、先輩は誰とでも打ち解けられる気さくな人でした。けれど、そうですね、先輩は秘密を抱えていたような。別になにかあったわけじゃなくて、雰囲気だけですけどね。
各務原先輩は生徒会の人ですから顔と名前くらいは以前から知ってます。姫白先輩の幼なじみとしても校内では有名ですよね。三浦くんと愛季さんは学校説明会に参加してたんですよね。図書室でみかけた覚えがあります。名前を知ったのは今が初めてですけど。
それじゃあ事件当日のことを話しましょうか。夏休みの真っ最中ですから本当なら昨日は家にいるはずでした。けれど一昨日の夜、深川先生から電話がかかってきたんです。
入学希望者向けに学校説明会があって、見学できるよう図書室も開けておきたい。図書当番をやってくれないかって。僕は図書委員じゃないんですよ。他に都合のつく生徒がいないというので、しかたなく引き受けました。
あの、先生、謝っておきます。実を言うと「夕方は予定があるから、少し早めに帰らせてほしい」と頼んだのは嘘でした。予定なんて無かったんです。図書室の利用時間は午後六時までじゃないですか。そんな遅い時間まで当番をするなんて嫌だったんですよ。
昨日は午後一時前に登校して、図書室で深川先生に本の貸出期間のこととか、見学希望者に質問されそうなことを教わりました。深川先生は職員室に戻って、僕は一人で当番を始めました。姫白先輩が図書室に来たのは一時過ぎだったと思います。
学校説明会とは無関係の先輩がどうして登校しているのか、不思議に思いました。声をかけてみると、文献を探したいと。この地方に伝わる伝承を先輩が調べていることは知っていました。横浜にある大学の図書館にまで問い合わせていたんですよ。「学校の図書室は見落としていたかも、じっくり調べてみるね」と、あちこち本棚を探っていました。
やがて、なにか気になる本をみつけたらしく、椅子に座って読みふけっていました。声をかけると表紙を見せてくれて『紫ヶ森むかしむかし』とタイトルが綴られていました。
二時過ぎに深川先生が図書室へ来て、調子はどうだと訊かれました。順調ですと答えると先生が、ゴミ箱が満杯なのに気づきました。気晴らしになると思い、僕は二つ返事でゴミ捨てを引き受けました。図書室をでるとき、姫白先輩はまだ本を読んでいました。いま思えば、生きている先輩を目にできたのはこのときが最後だったんですね。
両手で抱えてゴミ箱を運びました。口を縛ったゴミ袋を集積所に残して、空っぽになったゴミ箱をぶらさげて図書室へ戻ると、姫白先輩はいなくなっていました。僕はまた図書当番を続けました。三浦くんと愛季さんが来たのはこの頃ですね。だんだん飽きてきて、見学者が途絶えたタイミングで職員室に行って、そろそろ帰らせてほしいと深川先生に頼みました。先生にバトンタッチして、学校をでたのは四時半頃だったと思います。その後はまっすぐ帰宅しました。
あなたの秘密
(ここに記したことは、あなただけの秘密です。他のプレイヤーには決して教えないでください)
初めて顔を合わせたときから僕は姫白先輩のことが苦手になった。あの好奇心剥き出しの輝くような大きな瞳、なんの屈託もない笑顔。一瞬でわかった。この人は僕とは無縁な人だと。じめじめした薄暗いところで誰にも注目されずにいる僕とは全然違う人なんだ。
どうしてなのか自分でも理由がわからなかった。一緒に過ごす時間が長ければ長いほど苛立ちが募って、憎しみが育っていった。家庭科室の棚から果物ナイフをくすねて、こっそり持ち歩くようになった。大丈夫、部活しか繋がりのない僕が疑われるわけがない。そんなふうに自分を勇気づけても、なかなか実行には踏み切れなかった。
三浦兜斗を犯行に協力させることができたのは偶然からだった。僕は時間をかけて兜斗くんに近づいた。兜斗くんのほうは僕がどこの誰なのかわからないはずだ。
四月の末のことだった。郷土史クラブの活動として姫白先輩と一緒に訪れたのが三浦家だった。兜斗くんのひいお爺さんに三浦家の歴史を語ってもらった。江戸時代の末期に三浦家は姫白家から分家し、明治時代には湖の豊かな水資源を活かして製糸工場を操業、紫ヶ森周辺の人々の暮らしを支えてきたという。
そこへ兜斗くんの「ただいま」という声がした。つられるように、ひいお爺さんは幼い頃の兜斗くんに起きた不幸について触れた。
兜斗くんには良子という、当時七歳の姉がいた。十年前の豪雨の日、二人はそろって昼寝していた。兜斗くんだけ途中で目が覚め、親たちの姿を求めて部屋を離れた。それが運命の分かれ道になった。裏山で地滑りが起き、土砂崩れに家屋の半分が呑みこまれた。懸命の捜索にもかかわらず良子ちゃんは遺体がみつからなかった。
その後、不思議な噂がささやかれた。あの豪雨の日、災害に気をつけろと姫白家から電話があったという。小さな女の子が危ないとまで警告されていたのに、兜斗くんの両親は当惑するばかりで具体的な対策をとらなかった。「天狗の落とし文と言ってな、姫白の家はそういう不思議な力で他の家を従えてきたのさ」と老人は話を締めくくった。僕が顔を向けると、姫白先輩は困ったようにただ苦笑するばかりだった。
これは利用できるのではないか。僕は策を練った。高校受験に向けて勉強に専念すべく兜斗くんは庭の離れを与えられていた。こっそり手紙を窓に挟んでおくのはたやすいことだった。「警視庁公安部の者です。姫白家が詐欺めいた宗教活動をしている噂について調査にご協力いただきたい」そんなデタラメを、中学生の兜斗くんはたやすく信じてくれた。
なんでも良かったけど、紫ヶ森近辺の産土神として知られる神さまの名前を借りて「しろがね」と名乗った。匿名メッセージアプリをスマートフォンにインストールさせて、兜斗くんと何度もやりとりした。このアプリなら古い通話履歴が消えるし、ダークウェブを経由するから発信元もわからない。もし兜斗くんが逮捕されても僕は安全だ。
この辺りでは有名なことだけど、姫白家では若い娘が殺される事件が過去に何度か起きていた。郷土史クラブの活動を通じて知った伝承も交えると、それらしい話はいくらでも捏造できた。やがて兜斗くんは心を開いてくれた。なぜもっと強く両親に警告してくれなかったのか、姫白家の者が姉をさらったんじゃないかと妄想したことさえ明かしてくれた。
ゴミ捨てから戻ってきたとき、姫白先輩が図書室からいなくなっていたというのは嘘だ。本を読むのに夢中で、僕に気づいていないようだった。空っぽのゴミ箱を図書室に残し、僕は図書準備室でゴミ箱に被せるための大きなビニール袋を探した。
やっとゴミ袋をみつけたとき、姫白先輩の声が聞こえた。「日庭神社へ行ってみようと思うの」郷土史クラブの活動で耳にした覚えがある。たしか愛岐山の中腹にある、今は神主がいなくて荒れるがままの廃社だ。「どうしてそんなところに?」会話の相手は各務原先輩らしい。姫白先輩は答えをはぐらかし、やがて二人が図書室を立ち去る音がした。
さあ、どうしよう。日庭神社なら滅多に人が近寄らないから犯行にはうってつけだ。けれど、まだ二時を過ぎたばかりじゃ図書当番を終わりにするわけにはいかない。神社からの帰り道を襲うか。でも、そのタイミングをどうやって狙えばいいんだ。
そうだ、僕には手駒があるじゃないか。スマートフォンで兜斗くんに指示を送った。説明会が終わった後で良いから、日庭神社で姫白夕貴の行動を見張ってほしいと。
しばらくして、図書室に兜斗くんが愛季小衣という子と一緒に現れたのには驚いた。もちろん偶然だし、兜斗くんは僕があの〈しろがね〉だとは微塵も気づいてないようだった。
兜斗くんから連絡があったのは四時半頃のことだった。姫白先輩は日庭神社でなにか調べ物をしていたようだが、これから下山するらしい。このチャンスを逃してはいけない。恐らく先輩はこれから自宅へ、姫白神社へ帰るつもりだろう。だとすれば巫女観音のあたりを通ることになる。あそこなら人の目がない。
兜斗くんからは泣き言をぶつけられた。学校説明会の後は必ず姫白神社へ挨拶に行くよう親から命じられていたのに、今からでは時間がかかりすぎると。幸い僕は幼い頃、父によく山登りに付き合わされたので山道には詳しい。兜斗くんに近道を教えた。
深川先生に図書当番をバトンタッチし、四時半に学校をでた。巫女観音の祠の影に身を潜め、姫白先輩を待った。ほんの三十分足らずが永遠のように長かった。
遂に姫白先輩が姿を見せた。日庭神社まで足を運んだせいか疲れた表情をしていた。祠の前を通り過ぎたとき、僕は後ろから「先輩、待ってください」と声をかけた。
足をとめ、先輩がふりかえった。小走りしながら僕は背中のほうへ腕をまわし、ベルトに挟んでいた果物ナイフを手にとった。「各務原先輩から伝言です」あらかじめ決めていた言葉を投げた。とまどった表情を浮かべながらも先輩は足をとめてくれている。
ぎりぎりで僕はナイフを突きだした。両手でしっかり握ったナイフの先が、白いブラウスに突き刺さった。みるみるうちに刃の根元まで呑みこまれていった。
僕の中でなにかが変わった。思わずナイフの柄から手を離した。姫白先輩は驚愕に見開いた眼で僕をみつめ、たたらを踏んだかと思うと、崩れ落ちるように地面へ倒れた。
ナイフを突き刺すまではあれほど冷静だったのに、僕はパニックに襲われていた。後ろから姫白先輩の両脇を抱えて、祠の後ろへひきずっていった。ナイフを抜くと返り血を浴びる恐れがある。刺さったままのナイフの柄からハンカチで指紋を拭うと、その場を去った。僕はよほど動揺していたらしい。姫白先輩が本当に死んだか確認することを忘れたと気づいたのは、自宅に着いてからだった。
矛盾を指摘されたときの言い訳
(もし他のプレイヤーに矛盾を指摘されたなら、秘密を打ち明けなければなりません。ただし、あなたは用意周到です。「ゴミ捨てから図書室に戻ると姫白夕貴はいなくなっていた」という証言は嘘だと詰問されたなら、次のように言い訳しましょう)
実は〈しろがね〉と名乗る人物に脅されて、しかたなく嘘を吐いたんです。
中学生のとき、うっかり無銭飲食してしまいました。紫ヶ森商店街の「飯志屋」という定食屋さんです。中学生になって急に大人になった気がして浮ついていたんですよ。一人だけでお店に入り、中学生だとはバレずに注文して食事もできたんです。ところが緊張していたんですかね、お金を払うのを忘れたまま店をでてしまいました。
たまたま僕の顔を知っている人がいなかったのか、騒ぎになることはありませんでした。今にして思えば本当にダメな奴ですが、中学の僕は怖がりで飯志屋へ謝罪しに行くこともできませんでした。次第に記憶も薄れてきたんですが、高校入学からしばらくして下駄箱に〈しろがね〉という人物からの手紙が入っていました。
そこには「無銭飲食のことを学校中に吹聴されたくなければ言うことを聞け」と書かれていました。命じられるままスマートフォンに匿名メッセージアプリをインストールして、それでやりとりをしたので〈しろがね〉が誰なのか僕にはわかりません。姫白先輩について、僕がわかる範囲で行動を教えてほしい。それが〈しろがね〉からの命令でした。
ゴミ捨てから図書室に戻ってきたとき、本当はまだ姫白先輩がいました。各務原先輩とのやりとりから日庭神社に行くとわかりました。そのことを〈しろがね〉に伝えたんです。姫白先輩が殺された後は、自分が人殺しの手伝いをしたんだとわかって、恐ろしくて打ち明けることができなくなりました。本当に申し訳ありませんでした。
文章を読み終えた素尚は顔を上げた。テーブルの周囲を見渡す。五人の男女が思いおもいの表情を浮かべながらシナリオに目を通している。
素尚は目を閉じた。強く瞼を閉じ、ゆっくりと開く。やらなくちゃいけない。どんな罠が待ち受けているにせよ、ここから逃げだすわけにはいかない。誰にも聞こえないよう、慎重に抑えた声量でつぶやく。
「やっぱり、僕が犯人か」
苦笑いを浮かべると、初めからシナリオを読み直すべく文章に目を落とした。