胡散臭い。家彦が唐木戸万慈の姿を初めて目にしたときの印象はそれだった。
 葬儀場は若い世代が目についた。きっと同郷の友人たちなのだろう。亡くなった姫白夕貴は大学一年生、入学したてだったから大学関係者は少なくて当然だ。ちらほら学生服やセーラー服の姿をみかけるのは親戚か、あるいは高校時代の後輩かもしれない。
 夕貴の両親は焦燥ぶりがひどかった。母が来られないことを詫びた後はお決まりの文句を並べることしかできなかった。焼香を済ませると家彦は出口に向かった。
 気がつく限りでは、ゲームクリエイターの各務原家彦が来ていると噂する声はない。さっさと退散するとしよう。自動ドアの近くに来たところで、後ろから声をかけられた。
「すみません、各務原さんですか」
 足をとめた家彦がふりかえると、喪服姿の若い男がいた。締め慣れていないのか黒ネクタイが歪んでいる。丸刈りで頬骨が高く、痩せた身体つきは修行僧のようだ。今夜はこの男がお経を唱えるのだろうか。いや、お坊さんにしては若すぎる。
「そうですが」
「顔を合わせるのは初めてですね、万慈です」
「まんじ……ああ、メッセージをくれた」
 お世話になりました。そう言って坊主頭を深々と下げる。上がってきたのは笑顔だった。ほがらかなはずなのに影がある。遺族に同情する顔をしながら腹の底でソロバンを弾く葬儀会社のような。
「本当にあの夜は、おっと」後ろから家族連れが来たのを万慈は避けた。
 邪魔になるのでこっちへ。視線と身振りで誘われ、家彦も壁際に寄った。
「あの夜は本当にお世話になりました。あのままなにもせずに寝ていたら、きっと立ち直れないほどのダメージだったと思います。やれるだけのことはやった上でダメだったと思えるのは各務原さんのおかげですよ」
「そんなふうに言ってくれるとありがたいな」
 こちらをみつめる万慈の目に、不審な影は無い。勘ぐりすぎたか、と家彦は反省した。
「結果としてはこんなことになって残念だが」
「俺が連絡したときには命を落としてたんですから、各務原さんに責任はないですよ」
 そうだな。軽く返事をしようとして、家彦の背筋を冷たいものが走った。
「そうなのか? 犯行がいつだったのか知らないんだが」
「おっとすみません、こいつは早とちり」落語家のようにぺちりと万慈は額を叩いた。
「そりゃそうですよね、殺されるところ誰かが目にしていたわけでもなし」
 胸の前で手を擦り合わせ、万慈は誰かを探すように玄関ホールを見渡した。
「弟さんはいらしてないんですね」
「ああ、ちょっと体調不良で」
 家彦は目を伏せた。こんな場に連れてきたら、あいつはどれだけの打撃を受けるか想像すらできない。遅れて違和感を覚えた。
「弟のこと知ってるのか」
「実を言うと、三浦良子さんのことも少しだけ知っています」
 頭の中で警告音が鳴り響いた。こいつ、何者なんだ。
「声をかけたのはお礼を言いたかったからというのも当然あるんですがね、もうひとつ理由があるんですよ。各務原さん、俺と姫白さんとの関係って、なんだと思います?」
「メッセージにはたしか、サークル仲間だと」
「そう、でもそれだけじゃないんですよ。わかります?」
 なんなんだ、その芝居じみた物言いは。腹の底がカッと熱くなった。「わからんな、恋人だったのか?」口調が乱暴になるのをこらえることができない。
 いやいやと万慈は首を左右にふり「俺と姫白さんはですね」と言葉を続けた。
「探偵仲間だったんですよ」
 なにかを言い返そうとした。だが、それよりも速く家彦の脳内を思考を駆け巡った。
(探偵、仲間?)
 こいつは夕貴となにを探偵していたのか。決まっている。答えはひとつしかない。
 ふと万慈が視線を横に逸らした。つられて家彦も目を向ける。玄関ホールを入ってすぐ突き当りの壁、そこには大きく引き伸ばされた夕貴の写真が数枚飾られていた。
「三浦良子さんが消えた理由を一緒に調べていたんですよ」
 高校生のときだろうか。指で小さなハートマークを作り、はにかんでいる。万慈の声を耳にしながら、少女の顔から目を逸らすことができない。
「アンタからすると姫白さんは一人で調べていたように見えたでしょう。違うんですよ。俺たちはネット会議をして、ああでもないこうでもないと推理合戦をくりひろげていたんです。笑えるでしょ? 大学生にもなって、夏休みに若い男女がなにやってんだか」
 決して万慈の声は大きくなかった。家彦にしか聞こえないよう絞られていた。そこにはさまざまな感情が潜んでいた。怒り、自嘲、悲しみ、後悔、そして若さゆえの傲慢さ。
「夕貴が調べたことは全部、俺も知ってるんです」
「それがどうした」
 写真パネルから顔を上げる。目の前に立つ若い男を見据える。
「ああ、すみません、誤解させちまったようですね」
 降参ですとばかりに万慈は顔の横に手を挙げると、ひらひらとふった。
「声をかけた理由ってのはね、お願いをしたかったんですよ。なに、簡単なことです。弟さんと話をさせてもらいませんか? 小一時間ほどで構わないので」
 家彦は首を傾げた。正確には、首を傾げる演技をした。「弟になんの用があるんだ」そう告げると、呆れるように万慈は目を丸くした。
「あの日の夕方、素尚くんは姫白さんと会ったんでしょう」
 吐き気にも似た言葉の塊が腹の底から込みあげる。家彦はなんとかそれを押しとどめた。落ち着け、たいしたことじゃない。恐らく夕貴は、素尚と会うことをあらかじめ電話かなにかで万慈に伝えていた。それだけのことだ。
「そのとき、どんな話をしたのか知りたいんですよ。誰が姫白さんを殺したのか手掛かりがみつかるかもしれませんからね」
「本気で言ってるのか」
 坊主頭の青年は瞼を閉じた。家彦の問いを、自身の胸に問いかけるかのように。
「――本気です」
 ゆっくり目を見開き、万慈は言った。
「わかってますよ。ただの大学生に警察みたいな真似はできません。俺はただ納得したいだけです。あの夜みたいに、できることは全部やる。それだけです」
 しばらく家彦は考えた。小さく溜め息をこぼす。
「わかった。弟と話して構わない」
「ありがとうございます」
 ただし、保護者同伴にさせてもらうぞ。家彦が付け足した言葉に、万慈はニヤリと笑った。思惑どおりと言わんばかりの笑みだった。