飯城は「三つめの棺」で、メタレベルの無限階梯化はありえないとして二点の反論をした。
 まず第一点、そもそも偽の手がかりなど存在しないのではないか。偽の手がかりはその手がかりを残すことができたという点で犯人を特定する条件のひとつになる。従って偽の手がかりは真の手がかりとしても機能することを指摘した。

 エラリーが最初に推理した〈ハルキス犯人説〉が偽の解決であることに気づいた時、何が起こっただろうか? ここで、「真犯人は、ハルキスを犯人だと示す〈偽の手がかり〉をばらまくことができた人物である」という、〈真の手がかり〉が見つかったのだ。これが〈真の手がかり〉であることに、疑問の余地はない。(もちろん、『シャム双子』のように、第三者が偽の手がかりを作り出す場合もある。ただし、これは法月の論から外れてしまうので、ここでは検討の対象外とさせてもらう。)

 法月・笠井から、この指摘への反論は寄せられていない。私には、偽の手がかりもまた真の手がかりであるというレトリックからは、メタレベルの無限階梯化を否定できないように思われる。
 手がかりを「犯人特定の材料となる情報」と定義するならば、確かに偽の手がかりは真の手がかりとなりうる。犯人を示すと思われていた手がかりが偽の手がかりだったと明らかになれば、それはメタ犯人を示す真の手がかりとなるだろう。だが、探偵役の推理をそのように誤らせることこそがメタ・メタ犯人の奸計だったかもしれない。簡単な例を示そう。

 このとき血痕は段階1「犯人Aが残した」、段階2「犯人Aのものだと偽装するためメタ犯人Bが残した」、段階3「犯人Bが工作したと偽装するためメタ・メタ犯人Cが残した」と解釈が転じていく。段階2において、確かに血痕はメタ犯人Bを特定する真の手がかりとして機能している。だが、それはメタ・メタ犯人Cが描いた筋書きの一部に過ぎなかった。つまり、メタの階梯が実現されている。
 言うまでもないが、実作にあたっては「だがAにはアリバイがあったと判明」「看護師Cも本当はAの血液を入手できた」といった箇所にトリックをしこみ、手がかりに基づくフェアな推理によってエレガントに示さなければならない。

 第二点、犯人の視点からすればメタの階梯など存在しないのではないか。真犯人ペッパーは初めから階層的な偽の解決を準備していたわけではなく、エラリーの動きに応じてハルキス、スローン、ノックスをその場その場で犯人に仕立てたに過ぎない点を指摘する。

 つまり、『ギリシア棺』では、解決はすべて二階層になっていて、三階層以上が出て来ないのだ。なぜそうなっているかと言えば、真犯人がスローン犯人説を作り上げた時点では、ハルキス犯人説が〈偽〉であることが明らかになっているからである。そして、真犯人がノックス犯人説を作り上げた時点では、スローン犯人説が〈偽〉であることが明らかになっているからである。いったん、ある解決が〈偽〉だと判明したならば、それはもう“解決”とは言えなくなってしまう。前述した通り、〈真〉の手がかりとなるのだ。
 真犯人の立場からすると、まず、ハルキス犯人説を作り出したが、見破られてしまった。そこで次に、スローン犯人説を作り出した。ところがそれも破られたので、今度はノックス犯人説を作り出した、となる。要するに、真犯人は、一度に一つしか〈偽〉の解決を作り出していないのだ。だからこそ、二階層までしかないのである。言い換えると、三階層、すなわち真犯人が同時に二つの偽の解決を作り出すという状態は、『ギリシア棺』には登場していないのだ。

 こちらについても法月・笠井から反論は寄せられていないが、私にはメタレベルの無限階梯化を否定できていないように思われる。
 例えば真犯人Xが、人物A、B、Cを次々と犯人に仕立てたと仮定する。Xは初めから階層的な偽の解決を準備していたわけではなく、犯人Aが偽だと見抜かれた時点でBを犯人に仕立て、それが見抜かれた時点でCを犯人に仕立てたとする。
 人物Aが偽犯人だと見抜かれたとき、Xは当然、人物Aが犯人だと示す偽の手がかりを仕込むことができた人物を選ぶだろう。同じように、人物Bが偽犯人だと見抜かれたとき、Xは人物Aが犯人だと示す偽の手がかりを仕込むことができ、かつ、人物Bが犯人だと示す偽の手がかりを仕込むことができた人物を選ぶだろう。
 つまり、犯人Xは探偵役からの視点に配慮しつつ、すべての偽の手がかりを仕込むことが可能だった人物を偽犯人に仕立てあげる。翻せば、探偵役の視点からは法月の主張通りメタの階梯が存在することになる。犯人の視点からすれば二階層までしか存在しないという飯城の主張には頷けるが、それはメタレベルの無限階梯化を否定するものではない。