さて、どうしたものか。
 向かい側、ぽつんと座っている未緒。まさか、急に二人きりなんて事態は、想定していなかった。
 水影達がでていってすぐ、チャイムが鳴った。午後六時、下校時刻だ。それから五分以上は経過しているだろうか。
 沈黙が、やけに重い。なにか話しかけるべきだと、思ってはいる。だが、どうも顔を見ると、視線を逸らしてしまう。
 それはどうやら、向こうも同じだったらしい。何度目かの逡巡の後、未緒は口を開いた。
「あの……」
「なんだ」
 おっと。こういう返事は、ぶっきらぼうと思われるか?
 幸い、未緒は気にしなかったらしい。軽く上目遣いで、話を続けた。
「囲夫のことだけど……仲がいいの?」
「まあ、暇なときダベるくらいだな。どちらかというと、囲夫は湯船と仲がいいんじゃないか?」
「湯船君は、中学から一緒なの」
「ああ、そうだったのか」
「あのね」
 未緒が、俺の顔をまっすぐに見据えた。
 眼鏡のレンズに、蛍光灯が映っている。
「あなたって、変人じゃない」
「………………」
 なんだろう。
 いまなにか、聞き間違いをした気がしたが。
「だから、その……あの子がなにか変なことしても、あまり怒らないでくれると助かるんだけど……」
 いらついているのか、未緒は机の上に肘をつき、複雑に両手の指を絡めた。落ち着きなく左右に視線を走らせている。
「よくわからんな。囲夫が、なにかするってのか? アイツは別に、揉め事を起こすヤツには見えんが」
 普段の会話からすると、むしろ囲夫には冷めたイメージがある。あのコケティッシュなニヤニヤ笑いは、なにかを熱く語ったり、率先して皆を先導するタイプではない。
「猫かぶってるだけよ」
「猫、ねえ」
「甘えんぼなの。ちょっと仲がよくなると、すぐにたがが外れちゃう。ホント、あの子のせいで、どれだけみんなに迷惑かけたか。湯船君も流されるだけでストッパーになってくれないし。ああ……もう……」
 ダン、と足を踏みならす音がした。
 もちろん、俺がそうしたわけではない。
「やっぱりあのとき、シメすぎたのが悪かったかしら……ううん、犬と同じなんだから悪いところはしつけないと……」
 握り拳を固め、未緒はうつむいたまま、小声でなにかブツブツつぶやき続けている。
 俺はそっと、窓のほうを向いた。夕空の美しさに声もなく感動していると、内ポケットで携帯電話がふるえた。
「花房君?」
 水影の声だ。
「まだ図書室よね? ちょっと頼まれてくれる?」
「喜んで。ここ以外のどこでも駆けつけます」
 ……あれ?
 俺の番号って、教えたっけ?
「未緒さんと一緒に、特別教室棟を見て回ってくれる? もし誰か残っていたら、ひきとめてほしいの。理由は、そうね、殿村先生の命令ってことにして」
「は? はあ、わかりました」
「それが終わったら、保健室に行ってね」
「保健室? 橘先生、風邪でぶっ倒れてたんですか?」
「倒れたのは囲夫君。大丈夫、気を失っただけ」
 わけがわからん。
 理科準備室に行って、なんで囲夫が気を失うんだ。
「なにかあったんですか?」
 少し、言いよどむ気配がした。
「橘先生が、ナクナッタの」
 無くなった? いなくなった?
 いや違う――亡くなった、だ。
「ころされたのかも」
 ぽつりと、水影はつけくわえた。