着信に気づいたのは、昼休みだった。
 学生食堂でカレーライスをほおばりながら、メールを読んだ。さて、どうしたものか。空になった食器を返し、教室に戻ってきた頃には、決心がついていた。
 湯船と囲夫は、窓際の席にいた。弁当派の二人はいつも一緒に飯を食っている。どうもこいつらの弁当箱のちんまり具合を見ていると不安になるんだが。それで本当に腹がもつのか?
「おかえり~」
 湯船がふにゃっと笑った。春の陽射しに頭を蒸されたような表情。
 クラスメート、その二。囲夫のデフォルト顔がチェシャ猫なら、湯船のデフォルト顔は日だまりの猫だ。実に気持ちよさそうにスローモーに話す。俺の昼寝部のホープとして活躍してもらうよう、いまから勧誘しておくか?
 いやいや、こいつは敵だ。囲夫と俺は朝の通学電車で話すだけだが、この二人はやけに仲が良く、昼休みも放課後も、いつもべったり雑談している。たぶん、とっくに囲夫から熱い青春の勧誘を受けているだろう。いまはまず、昼寝部の脅威を排除しておかねばな。
「おう……ちょっと話があるんだが、いいか?」
「僕?」
 お茶のペットボトルを手にした囲夫。なにか面白い話? とでも言いたげな顔をしている。
「部活の話だ。囲夫、おまえ〈図書班〉て知ってるか?」
「図書班?」
 手近な席に腰を下ろした。
「読書クラブみたいなもんらしい。物理の橘が顧問だそうだ」
「そんな部、あったかなあ?」
 確かに。入学案内での部活紹介、新入生を勧誘する掲示板のビラ。どこにも見かけた覚えがない。
 三角パックから牛乳をすすっていた湯船が、ストローから口を離して小首を傾げる。花房君は、誰から聞いたの?
「アー、なんていうんだ、メル友?」
「先輩? それとも、卒業生?」
「わからん。知ってるのは 〈スチャ〉って名前だけだ」
 授業と授業の間、貴重な十分間の休み時間に、囲夫のことをメールで相談した。もちろん、一般的な返事を期待しただけだ。まさか、こんな有益な情報が来るとは思ってなかった。ウーム、意外に身近な存在だったんだな。
 会ったことはない。性別すら知らない。ただ、やりとりの内容から、年が近いのは感じていた。メールを一日に数回送りあう。ただそれだけの関係だ。内容もありきたりなまでにありきたり。天気、イベント、読んだ本、観た映画。そんな程度だ。
 ――少なくとも、いまは。
「スチャ。面白い名前だね。すちゃすちゃすちゃ。すちゃらかのスチャ? それともスチャダラパー?」
「すちゃらかほいほいかもな」
 湯船は斜め上をみつめながら、牛乳パックを器用に手のひらの上で回している。パイプをもてあそぶシャーロック・ホームズに少し似ている。といっても似てるのは、上の空というところだけだ。深い推理をしてるわけじゃなさそうだな。
「さあな。とにかく、橘に訊けばわかることさ。というわけで囲夫、わかってるな?」
「なにが?」
「すでに目的の部があるんなら、ミステリ研はいらないだろ? 俺を巻き込むなよ?」
 ペットボトルに唇をあてたまま、囲夫はしばらく黙っていた。珍しく、考え深そうな顔になっている。
「あのさ、花ちゃん」
「なんだ」
「もしかして、ミステリ嫌い?」
「………………」
 さて。
 どう答えたもんか。
「どうでもいいだろ? じゃ、ちゃんと橘んとこ行けよ」
 俺はぶっきらぼうに言って顔をそむけると、自分の机に戻った。