長い沈黙を破ったのは、山田さんだった。
「じゃ、私は」
 胸の前で、腕をクロス。
「これにて失礼。美少女探偵!」
 ババーン。歌舞伎みたいなポーズ。
「山田花子でした!」
 なんか、しっくりこない。
 一瞬そんな感じで首を傾げてから、入口のほうへ山田さんはダーッと駆けていくと、扉を開けて姿を消した。
 おや? 廊下にいるのは、僕にメモを手渡した男子のような。
「亜里砂ちゃん……?」
 声に、振り返る。
 楠木先輩が、うつろな顔をしていた。
「ごめんなさい」
「ほんと? ほんとなの?」
「………………」
「どうして――橘先生に、なにかされた?」
 甘宮先輩が、急に立ち上がった。楠木先輩の背中に手を置く。
「違う。橘先生は、なにもしてない。私が一方的に悪いの」
「そんなこと、あるわけないよ! 亜里砂ちゃんがそんなことするわけないじゃない!」
 楠木先輩が、顔をあげて、なにか言いかけた。それから視線を落とし、手首の内側に目を落とした。
「お昼、食べそこねちゃった」
 なんでもないような笑顔を見せながら、立ち上がる。本当に、なにも無かったかのように、いつもの顔で。
「放課後、またお話しましょ。ね?」
 短い沈黙があった。
 甘宮先輩が、怒ったように顔を背けた。
「先輩、待ってください……もしかして、写真ですか?」
 いろんなことが、頭の中に押し寄せていた。
 おソメさんの墓参りの日、宮地先生はメイクをきめて早めに帰った。そして同じ日、橘先生は風邪で休んでいたという。
 もしかすると、宮地先生は見舞いにいったのかもしれない。そして翌日、学校を休んだ。たぶん、橘先生に風邪をうつされて。
 美術準備室にあるインスタントコーヒー。宮地先生も、先輩達も、誰も飲んでいるのをみかけなかった。それなのに量が減っていた。あれを飲んでいたのは多分、橘先生だったんだ。つまり、橘先生はときどき美術準備室に来ていた。
 だから、理科準備室の鍵が開かないとわかったとき。
(ここに来た……ここに来て……それから?)
 コーヒーを飲もうとした。けど、インスタントコーヒーはほとんど無くなっていた。だから探した。買い置きでもないだろうかと、橘先生は美術準備室のあちこちを探した。
 そして、みつけたんだ。なにかを。
 でも、なにを?
「ポラロイドカメラのフィルムが、無くなってました。先輩、なにか撮ったんですね? それを準備室に隠していて……」
 僕は、言葉をとめた。
 楠木先輩がうなずいたからではなく。
 甘宮先輩が、青冷めたから。
「あの写真?」
「ちがう、杏。あなたのせいじゃない」
「おソメさんの写真?」
 唇に手をあてて、甘宮先輩がふるえている。
 おソメさん? そんな、子犬の写真なんかで。
「もしかして……」
 僕の言葉なんて、先輩達の耳にはもう届いてないみたいだった。泣きだした甘宮先輩に、そっと楠木先輩が声をかけ、肩を抱いている。
「写真って、死んだおソメさんの? おソメさんの、死体を……」
 雨の中。
 おソメさんの亡骸を抱いて。
 立ち尽くしている楠木先輩。
 それをみつめる、甘宮先輩。
「捨てられなかった」
 楠木先輩が、僕のほうを向いた。
「杏の作品、捨てられなかった。こわいのに、きれいだった」
 宮地先生はなんて言ってた?
 花見のとき、フィルムを無駄遣いした甘宮先輩を、なんて叱った?
「理解されないと思った。あのときの橘先生の――私を見る目」
 ずっと思い出に残したくなるような。
 そういう大切なときまで、使っちゃダメ。
「姫百合君……おねがい、もう行って」
 僕はいま、どんな顔をしてるんだろう?
 甘宮先輩の泣き声に背を向けて、僕は美術室をでた。