既に長門さんから聞き知っているかもしれませんが、僕と長門さんは高校でSOS団というクラブ活動に参加しています。そうですね、超常現象研究会のようなもの、といえばわかりやすいでしょうか。まあ、最近は季節イベントと室内ゲームを楽しむ親睦会になりつつある気がしますが。
 団長は、涼宮ハルヒさんです。どうです、名前に聞き覚えはありますか? 無いですか。では話を続けましょう。
 団員は現在五人いまして、団長の涼宮さんは世界を改変する能力を持っています。いえ、違います。文字通りの意味ですよ。思いのままに世界を変える力です。また後で説明させてください。
 実はですね、あなたがお世話になっている長門さん、あの方は宇宙人なんです。正確には対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースでしたか。時間と空間を超越した存在です。
 そして朝比奈みくるさん。この方は未来人です。タイムマシン、正確にはタイムプレーンデストロイドデバイスというらしいですが、それを使って未来世界から来た方です。
 ちなみに、僕は超能力者です。といっても、この湯飲みを手も触れずに動かしてみせるですとか、そういった芸当はできません。これもまた後で説明します。
 さて、事件は十二月十八日から始まり……え、なんですか?
「もう一人はどうした」
 堰を切るように始まったトンデモ話のどこをつっこめばいいかわからず、俺はコタツ机に突っ伏したまま、どうでもいい質問をした。
「五人、と言っただろう。団長の涼宮、宇宙人の長門、超能力者のおまえ、エート、それからなんだ? ミラクルな人の朝比奈さんか」
「未来人の朝比奈さんです」
 大変いい線を行ってますよ、と古泉は補足した。どこがだ。
「それで四人だ。最後の一人はなんだ、半魚人なのか?」
「それは面白そうですね。残念ながら、最後の一人は普通でした。あなたと同じ、ね」
 ウィンクでもしましょうかとばかりに、細い目を片方だけ見開く。
 しかし次の瞬間、なぜか古泉は眉を曇らせた。
「実はひとつ、困ったことがあります」
「なんだ」
「最後の方をですね、なんと呼べばいいのかと」
「どういう意味だ? 知り合いなら、いつも呼ぶとおり呼べばいいだろう」
「そうなんですけどね。ほら、先程から僕はあなたのことを『あなた』と呼んでいるじゃないですか。これと同じことで、僕はその友人の名前を直接呼んだことが、実は一度もないんです。いっそ、ここでは暫定的にアンポンタン・ポカン君と呼ぼうかと」
「長い」
「では、一郎君と」
「ややこしいことをするな、俺が混乱する。そいつの名前を普通に呼べばいいだろう」
「それもそうですね。では……」
 湯飲みをコタツ机に戻し、古泉は背筋を伸ばした。
 真剣な目つきで前を見据え、息を吸う。
「キョ……」
 口を半開きにしたまま、数秒固まる。
「……ンくん……」
 一気に、古泉の表情が緩んだ。後頭部を軽く掻いている。
 頬が赤らんでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
「いやあ、思い切ってやればできるものですね。もう長い付き合いですし、これからは親しい友人らしく、名前で呼びかけてみることにしますよ。男友達ですし、いっそ呼び捨てにするのもいいかもしれませんね。『キョン』『なんだ、古泉』こんな感じでしょうか……一郎さん、戻ってきてもらえますか。こんなに遠いと話しづらいじゃないですか」
 湯飲みを手に、俺はコタツ机まで戻った。
「古泉」
「なんでしょう」
「俺のことは、あなた、でいい」
「わかりました」
 襖が細かく震えている。
 向こうで長門がどうなっているのか確認してみたいが、まあやめておこう。
「五人目の団員も、一郎と呼んで構わない」
「わかりました。では、話を続けます」
 十二月十八日、登校した一郎さんは大変なことに気づきます。彼は涼宮さんと同じクラスなんですが、級友の誰もが涼宮さんのことを忘れてしまっていたんです*1
 クラス名簿に名前は無く、涼宮さんの席は朝倉涼子さんという方の席になっていました。実は、朝倉さんは長門さんと同じ宇宙人で、かつてあなたを殺そうとしたのを長門さんが消滅させたはずだったんですけどね。
 さて、そこからは怒濤の展開です。僕は一年九組の教室ごと無かったことになり、朝比奈さんは無事だったのですが一郎さんを見知らぬ他人扱い、文芸部の部室――改変前の世界ではSOS団の部室でしたが――そこには眼鏡をかけた長門さんがいました。ですが、一郎さんを学内で見かけたことくらいはあっても、会話を交わすのは初めてということでした。電波系妄想としか思えない言動で迫ってきたあなたに、白紙の入部を手渡すような優しい文学少女になっていました。
「俺じゃない。一郎だろう……ほらみろ、ややこしい!」
 そうでしたね。失礼しました。
 十二月十九日*2。手がかりを探そうと焦る一郎さんは文学部の部室を捜索し、ハードカバーの本に挟まっていた紙切れをみつけます。そこには『プログラム起動条件・鍵をそろえよ。最終期限・二日後』と書かれていました。
 実をいうと、前にも似たようなことがあったんです。そのときも、改変された世界の外部から、長門さんが救出のためのメッセージを送ったんですね*3
 一郎さんはやっと一縷の望みを得たわけですが、同時に頭を抱えてしまいます。鍵をそろえよ、の意味がわからなかったからです。しかも最終期限が二日後。十八日から数えるなら、今日と明日しかありません。
 そんな一郎さんの悩みをよそに、長門さんはあなたをマンションに誘います。
「この部屋のことか?」
 そうです。長門さんは、一郎さんに市立図書館で貸し出しカードを作ってもらったことがあったのだそうです。みつめあう二人、深い沈黙。
 そこへおでんを差し入れに来た朝倉さんがやってきます。改変後の世界では、二人は仲の良いお友達になってるんですね。また明日、部室に来ることを約束した一郎さんに、はっきりと長門さんは微笑んだそうですよ。
「長門がか。それは見てみたいもんだな」
 僕もです。
「ところで、おまえはさっきから『改変』という言葉を使っているが……つまり、改変能力を持ってる涼宮ハルヒとかいう奴が犯人だったのか?」
 するどいですね。ですが今は、説明を進めさせてください。
 十二月二十日*4。休み時間に一郎さんは、谷口さんというクラスメートから重大な情報を得ます。実は涼宮さん、光陽園学院という別の高校に進学していたんですね。
「なぜ二十日なんだ? 十八日にクラス名簿まで調べたんだ。そのときに教えてくれたっていいだろう」
 もっともです。実はクラスに風邪が流行っていて、十八日に一郎さんが大騒ぎしたとき谷口さんは保健室で休んでいたんです*5。十九日は欠席し、そして二十日になってやっと情報を伝えることができた。ちなみに、改変前の世界では風邪など流行っていませんでした。
「つまり世界を改変した犯人は、情報の伝達を遅らせて最終期限に間に合わないようにしたかったんだな」
 そのとおりです。さて、一郎さんは光陽園学院に向かいました。校門前で待ち伏せし、首尾良く涼宮さんと僕をみつけることができました。
 喫茶店で、一郎さんは事の次第をすべて打ち明けます。涼宮さんの改変能力、SOS団メンバー各自の秘密、七夕の時間旅行のことなどです。
「七夕の時間旅行?」
 涼宮さんは中学生のとき、七夕の晩に学校へ忍び込んで、校庭に巨大な絵を描いたことがありましてね。実はそれを手伝ったのが、三年前へ時間移動した一郎さんだったんです*6
「そうか、三年前に知りあっていたから、トンデモ話を聞いてもらえたんだな」
 ええ。ちなみに、三年前のとき一郎さんはジョン・スミスと名乗りました。会ったのも一度きりです。このため改変前の世界では、涼宮さんは一郎さんがジョン・スミスだと気づいてませんでした。
 そもそも、涼宮さんは自分の能力に気づいていないんです。超常現象に強い憧れを抱きながらも、現実にそんなことが起きるはずはないという深い認識が、改変能力を抑制しているんです。涼宮さんの改変能力は絶大でして、いったんそれが解き放たれてしまえば、特殊な空間を生みだしたり時間をループさせたり、それこそなんでもありですよ。
 ああ、そうそう。このときの時間移動には、未来人の朝比奈さんの助けを借りました。ちなみに、戻るときはタイムマシンを無くしてしまったので、長門さんの助けを借りたそうです。
「長門も時間移動をできるのか」
 いいえ*7――時間を凍結したんです。あなたと朝比奈さんは、客間で眠っているだけで三年後に戻ってくることができました。
 長門さんは、朝比奈さんのような時間移動の能力は無いようです。未来の自分自身と交信したり、涼宮さんのように異空間を生みだしたりならできますけどね。
 話を戻しましょう。涼宮さんによると、三年前のときジョン・スミスに「世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスをよろしく!」と呼びかけられたらしいのですが、一郎さんの記憶にはありませんでした。
 一郎さんの話に興味を持ち、涼宮さんは僕や朝比奈さんと一緒に文芸部の部室へ押しかけます。そのとき、パソコンが突然起動し、メッセージが現れました。緊急脱出プログラムを起動したければ、エンターキーを押せ、とね*8
「鍵をそろえよ、てのは、そういう意味だったのか。SOS団メンバーが鍵だったんだな」
 そういうことです。一郎さんは三年前へと時間移動しました。
 そこには朝比奈さんの成長後の姿、朝比奈さん(大)がいました。察しはついていると思いますが、一郎さんは涼宮さんに「世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスをよろしく!」と呼びかけました。
 朝比奈さん(大)の導きにより、一郎さんは再びここを訪れます。長門さんは三年後の自分から情報を得ようとしますが、同期不能になっていました。その代わり一郎さんは、世界を元に戻すには三年後の十二月十八日に行き、世界の改変を終えた直後の犯人に再修正プログラムを撃ち込めばいいと教えられます。
 こうして、短針銃の形をした再修正プログラムを携えたあなたは、朝比奈さん(大)と一緒に三年後の十二月十八日午前四時十八分、学校の校門前へと時間移動します。そして涼宮さんを消失させた犯人と向かいあうことになったわけです*9
 さすがに話し疲れましたね。きりのいいところで、気晴らしに散歩でもしませんか。

 エレベーターの中では、沈黙が続いた。この男は、俺に考える時間を与えてるつもりなんだろう。
 外にでると、吐く息が白く曇った。日曜日に、男二人が肩を並べて歩くのにふさわしくない寒さだ。もちろん、男と並んで歩くのにふさわしい天気などありはしないが。
 この男は、どこか計算高い感じがする。散歩などと言っていたが、そんな気まぐれをするようには見えやしない。このまま高校にでも行くつもりなんじゃないか。SOS団の部室とやらを俺に見せて、記憶を回復しないか試してみる、といったところか。
 そう予想したが、古泉は反対方向へと歩きだした。
「ここまでの話から、犯人が誰なのかわかりますか?」
 長門だな。俺は即座に言った。
「おまえの話からすると、世界を改変するような能力があるのはハルヒと長門だけだよな。そしてハルヒ、朝比奈さん、おまえは俺との関わりがほとんど絶たれていた。だが、どういうわけか長門だけは図書館で親切にしてもらったとかいうエピソードが残っていた。あきらかに、長門だけが特別扱いだ*10
 言い終えてから気づいた。なぜ、俺は涼宮という女子のことを名前で呼び、朝比奈という女子のことはさん付けにしたのか。どちらも今日が初耳の名前のはずなんだが。
「ご明察です」
 まるで皮肉を感じさせない口調で、古泉はほがらかにうなずいた。
「一郎さんのほうは、直前までわからなかったようですけどね。無理もありません、あなたもご存知だと思いますが、長門さんはとても信頼できる方です。こんな事件を起こすとは考えにくい」
「いいかげん、はっきりさせておきたいんだが……おまえの話は、本当にあったことなのか。ヨタ話じゃないんだな? お前の話にでてくる一郎ってのは、俺のことなのか?」
「さて、どうでしょう。もしもあなたが常識人なら、とっくに聞く意欲を無くしてるでしょうね。不安を感じているのはわかります。申し訳ないですが、もうしばらく続けさせてください。これは、とてもややこしい話なんです」
 申し訳なさを顔いっぱいにうかべて、古泉が俺のほうを向く。
「一郎さんは悩みました。なぜ、長門さんはこんなことをしでかしたのかと。実はそれまでにいろいろありましてね、涼宮さんが引き起こす多くの事件で長門さんは大活躍してきました。大活躍はよかったんですが……頑張りすぎて、疲れてしまったと。そしてとうとう、涼宮さんがいない世界を創ってしまった。なぜあなただけを残したかというと」
 一郎だ。
「そうでした。なぜ一郎さんだけを残したかというと、選択させるためです*11。元の世界がいいか、こっちの世界がいいか、団員で一人だけ超常的能力のない一郎さんに選んでほしい。そういうことだったのではと」
 脱出プログラムのことか。SOS団が集結し、鍵がそろったとき、エンターキーを押さなければ世界は改変されたままだったんだな。
「その通りです。そしてなにより、一郎さんのこの推測には、整合性があります」
 整合性だと?
「メッセージですよ。鍵をそろえよ、のメッセージです。長門さんは、なぜこのようなわかりにくいメッセージを伝えたんでしょうね」
 一瞬、俺は口ごもった。
 単純なようでいて、これは深い疑問だ。
「世界の改変を阻止されたくなかったから……じゃないんだな。改変後の世界ってのは、長門の好きなようにできたんだろう? だとすると、メッセージそのものを残さないようにすることもできたはずだ」
「その通りです。例えば、谷口さんをずっと寝込んだままにし、涼宮さんが他の学校にいることを最終期限が過ぎるまで知らせないようにすることもできたでしょう。しかし、長門さんはそうしなかった。谷口さんが休んだのは十九日だけでした。谷口さんからすぐに情報を提供させることはなく、かといって接触を完全に絶つこともしない。ゲームバランスの繊細な調整をしています」
「しかしそうだとしても、鍵をそろえよは曖昧すぎるだろう。鍵がSOS団メンバーを意味するようなヒントが他にあったのか」
「いいえ」
「だったら」
「もし、あなたが一郎さんと同じ目に遭ったとしたら、どうです? ただしわかりやすく、団員全員を部室へ集めよ、という直接的なメッセージだったらどうしました?」
 俺だったら?
 そう俺なら……とりあえず文句を言うな。
 ハルヒ、またお前のしわざでおかしなことが始まったのかってな。
「その通りです。一郎さんの性格は、そんなふうなんです」
 古泉は俺のほうを向き、からかうような笑みを作った。
「長門さんの望みは、選択してもらうことでした。SOS団の超常的な日常と、ごく当たり前の日常の、どちらがいいか。一郎さんにどちらの世界がよいか、真剣に考えてもらわないといけない――そのためには、わかりやすいメッセージでは駄目だったんです。メッセージについて充分に考えこんでもらって、あなたがどれだけ元の世界を切望しているのか、あなた自身に意識してもらわなければならなかった。あなたの本当の望みをひきだすには、希望は与えても安堵は与えないわかりにくさが必要だったんです」
 もう、俺は訂正しなかった。