こ、ここまではいいでしょうか。おずおずと浦駕さんは全員の顔を見渡した。
「では、つ、次に、エート、あの、メッセンジャーの残したメッセージについて考えたいと思います。江戸釜さんは、第四の被害者のときのメモは『たしろこ』だったとおっしゃいました。それを聞いて私、フト気付いたんです。『たしろこ』を逆さに読むと、『ころした』になるなあと。もちろんそれだけなら些細で他愛もない思いつきですけれど、ひょっとすると、これは、もっと長いメッセージになっているのではないか。誰それが殺した、という長いメッセージを殺人鬼は作ろうとしていて、その前半部分がどこかに隠れているのではないか。そんなことを思ったんです」
唇を舐め、浦駕さんは続けた。
「そ、そうだと仮定すると、文章の前半部分はどこにあるのか。もしかすると、それは数字のほうに関係しているのではないか。麻闇さん、数字はただの通番ではなく、他の意味があるのかもしれないと指摘されてましたよね。そ、そして、これは江戸釜さんが指摘されたことですけど、犯人は殺す相手の名前をちゃんと調べている。意図的に、名前を選んでいる。こういったことが全部、私の頭の中で直感的に結びつきました。もしかすると、名前と数字を組み合わせればいいのではないか。被害者の名前から、数字が指し示す位置の文字を抜きだせばいいんじゃないか」
うにょ? 江戸釜先輩が声をあげた。栖川さんが目を細め、宙をみつめている。きっと頭の中で被害者達の名前を並べているのだろう。
「え、ええと、第一の被害者、高田武史は『1』ですから、一番目の文字は『た』です。二番目の被害者、鮎樫鉄也の場合は『2』ですから、二番目の文字で『ゆ』です。三番目の被害者、横見路青史は『3』ですから『み』。四番目の被害者、佐東湯谷は『5』ですから『や』になります」
た、ゆ、み、や。俺は頭の中でつぶやいた。
「そして水樹さん、虹村水樹さんのときは『5』ですから、『み』ですね」
メモ帳を取り出して書き留めていた江戸釜先輩が、ポカンと口を空けた。
「たゆみやみ、たしろこだ? なーんじゃそりゃー」
「い、いえ、あの、逆です、逆さに読んでください」
「だころした、みやみゆた? なーんじゃそりゃー」
「い、いえ、あの、そうではなくて」
「みやみゆた、だころした……あ? あああ? あああああ?」
すべての視線が、いっせいに俺に集中した。
「ま、ま、ま」笹木先輩が目を丸くしていた。
「麻闇由汰が殺した!? エー! エー! 麻闇くん、麻闇くんが犯人なのー!?」
「ち、ちがわー!」俺は腕をブンブン振って大慌てで否定した。
「あ、あの。あのあのあのあの、皆さん、落ち着いてくださーい!」
浦駕さんが両手をあげて声をかける。
「あうう、スミマセン、スミマセン、みなさんお騒がせして申し訳ありません、うううううっ」
「ごにょごにょごにょごにょーん。うみゅみゅみゅみゅ、こりはわからなくなってきたぞ……第四の被害者までのメッセージからは、明らかにメッセンジャーは『麻闇由汰が殺した』という文章を作ろうとしてるとしか思えぬのー。まあ『が』のほうは『を』とかでもよさそーだけども、『やみゆた』なんて文字の並びの名前がそうそうあるとも思えんしのー」
江戸釜先輩の言葉に、栖川さんが額に手をあてて考え込む顔になった。
「同じ名前、同姓同名ということは……ああ、内部犯ということはもう明らかですから、関係ありませんね。しかし、そうだとすると、どうしてメッセンジャーは最後の一人に限って、メッセージを間違えたんでしょうか?」
そ、そうですと浦駕さんが勢い込んで言った。
「まさにそのとおりです。今のままでは『みやみゆた、だころした』であって、『麻闇由汰が殺した』になっていません。特に、メモのほうが『だ』になっていることが重要です。犯人がメッセンジャーなら、こんなおかしな書き間違いをすることは絶対にありえません」
「すると、妹を殺したのは、メッセンジャーではない?」
宇多田が首を傾げながら口を開いた。
「いや、でも、四番目の被害者のときのメモと一致するんですよね……ううん、犯人は、メッセンジャー本人から、メモのことを聞いたということかなあ? 犯人は偶然、私達の誰かがあのメッセンジャーだと知って、それでなにかのひょうしに四番目の被害者のときのメモを知った、ということかな?」
「それはいくらなんでも考えにくいにゃー。そんにゃ、あのメッセンジャーがうかつにメモのことをバラしたりするわけがないにょろりんね」
「すると? いったい、どういうことになるんです?」
心底わけがわからない、という表情で宇多田は自分の頭をかきむしった。
「も、もう、考えられる答えは、ひとつだけだと思います」
浦駕さんが、つぶやくように言った。
「メッセンジャーは、水樹さんだったんです。虹村水樹さんが、あの連続殺人鬼、メッセンジャーだった」
時間が、とまったように感じた。笹木先輩が、金魚みたいにパクパクと口を開けたり閉じたりしている。宇多田の顔から氷のように表情が消え、江戸釜先輩がポカンとした顔つきになった。
不思議に、俺は冷静だった。メッセンジャーが作ろうとしていたメッセージが「麻闇由汰が殺した」だと聞いた瞬間から、俺はそんな結論を無意識に予想していたのかもしれない。水樹は、虹村水樹はなにかをたくらんでいた。アイツはとんでもないことをたくらんでいた。その疑いが、やっと目の前に形となって現れた。そんな気がした。
「うっうっう、スミマセン、スミマセン、こいつなに言ってるんだ、みたいなこと話してスミマセン」
「いいから、続けるにゃー」
「は、はい。恐らく、水樹さんは連続殺人鬼メッセンジャーとして、誰かを殺そうとしていたのではないかと思われます。そのために、体調不良を装って部屋に閉じこもり、不意に誰か来ても大丈夫なようにドアの鍵をかけ、そして窓からでていって、誰かを襲った。ところが、そこで返り討ちにあってしまった。殺そうとした相手に抵抗されて、逆に殺されてしまった。そのとき水樹さんは、予め平仮名のメモを用意していたのだと思います。そちらは恐らくちゃんと『たしろこが』になっていた」
「うにゅー、そーにゃると、水樹嬢が殺そうと思っていた相手とゆーのは、名前に『ま』の文字がある人ってことになるにゃ? 『麻闇由汰』の最初の一文字、『ま』が入ってる名前でにゃーといけないにゃりよ」
俺は全員の名前を思い浮かべた。
「名前に『ま』を含むのは、俺自身と、『ささきますみ』で笹木先輩、『えどがまらんぽ』で江戸釜先輩……その三人だけっすね」
「そうだにゃー。で、犯人は停電のときに、水樹嬢の部屋に忍び込んでドライヤーを使ったんだきゃら、停電のときにアリバイが無かった人物ってことになるにゃー。てゆーか、そもそも水樹嬢がドライヤーを持ってきていたことを知っていた人物となるとー?」
「あ、あたしですかー!」笹木先輩が大声をあげた。
「エー! あたしが犯人だったのー!? 嘘嘘嘘、嘘ですよね? ち、ちちち、違うのー! 私、水樹ちゃんを殺してなんかいませんー! ホントです、ホントホントホント、麻闇くん、江戸釜先輩、お願い信じてー!」
「は、はい、信じます」浦駕さんが答えた。
「ドライヤーは、水樹さんが予め荷物から出しておいたのではないかと思います。誰かを殺しに行った後、水樹さんはまた窓から自分の部屋に戻ってくるつもりだったでしょうから。濡れた服を乾かすために予め用意しておいたのではないかと。犯人は、ハンカチなどで雨粒を拭うことも考えたでしょうが、たまたま水樹さんのドライヤーをみつけて、こちらのほうがいいと判断したのではないかと思います」
笹木先輩がホッと胸を撫で下ろした。正直、俺もホッとした。
「な、なによりもですね、そもそも平仮名のメモの五番目の文字、『だ』が、どこからやってきたのかという疑問が残ります。いいでしょうか、犯人は、あのような数字とメモを残してしまったことから考えても、明らかにメッセンジャーの意図を知らなかったと思います。メッセンジャーが『麻闇由汰が殺した』というメッセージを作ろうとしていたことに、気付いてなかった。だから、数字のほうは通番だと思い込んで、五番目の被害者だから『5』を残してしまった」
浦駕さんが、宙に小さく指で数字の5を描いた。
「そして、同じように、平仮名のメモだって、名字の最後の一文字を残すはずです。第三の被害者までは、名字の最後の一文字がメモと一致していたわけですから。まあ、いま思うと、それは本当のメッセージがすぐにはわからないようにするための水樹さんの工夫だったのだと思われますが。犯人は、水樹さんに襲われ、必死に抵抗して逆に殺してしまった。そして、水樹さんが『たしろこが』と書かれたメモを持っていることに気付いた。三文字目まで、第三の被害者に残されたメモと一致します。第四の被害者がでたというニュースも、私達全員が知っていました。ああ、そうか、この女の子があのメッセンジャーだったのか。犯人はそう思ったことでしょう。そこで、代わりに水樹さんがメッセンジャーによって殺されたことにしてしまえ、と思った。そこで、新しいメモを作った。『が』を『だ』に書き換えた、新しいメモを作ったんです」
「うみゅ? いやいやいや、なんでそこで『だ』になるにゃ? 水樹嬢の名字は『虹村』だきゃら、『ら』でないとおかしーにゃ」
「犯人は、勘違いをしていたんです」
「勘違い?」
「水樹さんの名字を、お兄さんの宇多田だと、勘違いしていたんです。そんな人物が一人だけいます。私です。私は、ずっと水樹さんの名字を宇多田だと思い込んでいました。始めにこの山荘にたどり着いたとき、宇多田さんはおっしゃいました。あそこに立っているのが、妹の水樹だと。水樹さんの名字をおっしゃいませんでした。それで私は、兄と妹なのだから、水樹さんの名字も宇多田だろうと勝手に思い込んだんです」
みんな、ポカーンとしていた。みんなが見守る中、浦駕さんは深々と頭を下げた。
「あの、浦駕さん?」俺が初めに声をだすことができた。
「え、あの、その、なんすか? いま、なんて言ったんすか? 犯人は、浦駕さん?」
「ハイ、その通りです」