ヘイ、ベビーズ・アン・ガールズ? やあやあようこそ、裁きの場へ! お待たせお待たせ、答え合わせの時間だぜ! 手がかりは拾ったか? 伏線には気付いたか? 叙述トリックは見破ったか? 密室からの人間消失は? 連続殺人鬼のミッシングリンクは? オーケイ、どこぞの誰ぞが殺したか、きっちり明かしてしんぜよう。
 なになになになに、栖川さんはアリバイが無い時間帯が十分しかないって? おやおやおやおや、ヒト一人殺すのに十分もかからねーぜ、ベイビー。八時から十時ってのは死亡推定時刻さ、死体を森の中に運ぶのは後からでもいいんだぜ?
 なになになになに、江戸釜先輩はずっとアリバイがあったから犯人じゃないって? おやおやおやおや、停電があったことを忘れてないか? 停電のときに水樹がリビングにやってきて、そこで江戸釜先輩に刺し殺されたなんてのはどうだ?
 ハッハッハ、まあ急ぐなって。ダラダラやろうぜ。ああ、そうさ。いまの仮説じゃあ水樹の死体をどうやって森の中に運んだのかがわからねえ。
 なになになになに、メッセンジャーに殺された犠牲者の名前は全部、有名な推理作家の名前と似てるって? 水樹は『冷たい校舎の時は止まる』でデビューしたメフィスト賞作家、辻村深月のもじりだろうって? だから新人作家の名前を知らない浦駕和白は犯人じゃないだろうって? ハハハ、ありがとう、それって俺がいちばん聞きたかった推理さ。悪いがそれはありえない。メッセンジャーは推理作家の名前と似た奴を殺してたわけじゃない。なんせ、この事件が起きたのは昭和なんだからな。
 夕食のときに俺は言った。メッセンジャーの第一の犯行がニュースで流れたのは、天皇誕生日だったと。怪我で入院していたときにそのニュースを見たと言っていた。ところがガソリンをわけるために外出したときの俺は、大学に入学した四月、足を骨折して入院したと回想している。おまけに、高校卒業まで無遅刻無欠席無病息災だったとな。おおっと、これはどういうことだ? 天皇誕生日は十一月だってのに、どうして俺は四月に入院してるんだ?
 さあ、これでわかっただろ。この話は、天皇誕生日が四月だったときの話なのさ。一九八八年、昭和の最後の年まで天皇誕生日は四月二十九日だった。この話は昭和天皇が崩御する前の物語だったってわけ。インターネットなんて誰も知らなかったし、携帯電話なんて誰も持ってなかった。だからメッセンジャーの情報はマスコミや口コミでしか伝わらなかったし、浦駕さんはわざわざ電話を借りないといけなかったわけだ。え? 冒頭の場面、笹木先輩が山荘までの道を教えてもらってたときの通話はなんだったのかって? そりゃもちろん、公衆電話からかけてたのさ。まあ、俺は車の中でリクライニング倒して横になってたから見てなかったんだがな。イヤー、あんなとこに電話ボックスがあって助かった。
 てなわけで、辻村深月という作家はまだ存在しなかった。江戸川乱歩や佐々木丸美はいても、麻耶雄嵩や浦賀和宏はいなかった。まあ、歌野晶午は一九八九年、ぎりぎり昭和デビューだから、もしかしたらいたかもな。どっちにしろ、鮎川哲也や横溝正史はいても、高田崇史や佐藤友哉はいなかったんだから、メッセンジャーのミッシングリンクは推理作家の名前じゃない。そんなことはありえない。てわけで、浦駕さんが新人作家の名前に詳しいか詳しくないかなんて、まったく犯人かどうかの条件にはならないのさ。
 ああ、ちなみに、叙述トリックの意味はこれだけだ。叙述トリック見抜けて喜んだかもしれないが、それだけでは犯人を指摘できない。浦駕さんが犯人候補になりうることがわかった、ただそれだけだ。ま、これくらいはジャブだと思ってくれ。ジャブ、ジャブ、ジャブ。もうすぐ右ストレートくらわせてやるから、待ってな。
 さって、ごたくが長くなった。前置きはこれくらいにして、謎解きを始めよう。

 うっうっう、どうしましょう。浦駕さんはきょろきょろと不安そうな顔で俺の顔を見た。
「どーもこーも、なにかわかったんなら、説明してほしいっすよ」
 周囲のみんなが一斉に首を縦に振った。浦駕さん少し考え込むように一度顔をうつむけ、それから唇を開いた。
「ま、まず、水樹さんが部屋から消えた謎について。リビングには絶えず人がいたのに、誰もリビングを通る水樹さんの姿を見ていません。し、従って、水樹さんは窓から外にでた、と考えられます」
「窓から?」宇多田が首を傾げた。
「窓は鍵がかかっていたんだし、どちらかというと、停電のときのほうが怪しいんじゃないかな」
「う、ううう、そ、そう言われると……」
 しおしおと浦駕さんが消え入りそうになるのを見て、思わず俺は口を挟んだ。
「いや、そもそも停電は、栖川さんが電子レンジを使ったからっすよ? 電子レンジと、なんか他の電化製品を同時に使ったから起きたわけで、ただの偶然っす。水樹が凄く強力なドライヤーを持ってきてたらしいですし、それじゃないすか?」
「いや、妹は風呂に入っていないんだから、ドライヤーを使う理由がない」
「え? あ、そういやそっすね。エート、てことはエアコンか?」
「それもどうかと思うんだ。睡眠をとって体調が回復したのなら、みんなに顔を見せにくればいい。起きたままエアコンをつけて部屋に閉じこもる理由がないだろう? なにより、自分のせいで停電を起こしたのなら、部屋からでてくるんじゃないかな? まあ、妹は変わり者だったけれど、それでも様子を見にくるくらいのことはするんじゃないかな。僕はどうも、停電は犯人がわざと仕掛けた工作に思えてならないんだ。例えば複数の部屋でエアコンのスイッチを同時に入れて、わざと停電を起こした。そのとき栖川さんがたまたま電子レンジを使っていて、結果的に停電が偶然起きたように見えた、なんてことは考えられないかなあ」
「ウーン、そうか。あ、ちょっと待った。そういえばあんとき、江戸釜先輩がリビングの、玄関側の扉の前で寝転んでたんすよ。それに玄関では浦駕さんが電話をかけてたっす。まあ江戸釜先輩は酔ってたけど、ドアとは目と鼻の先だったんすよ? いくらなんでも、気配や物音くらいは聞こえたっすよ。玄関のほうも同じで、浦駕さんに気付かれずに外にでるのはムリっす。それに雨のせいで月も星もない、家ん中はホントに真っ暗闇だったっすから、物音立てずに移動するのはムリっす。ブレーカー入れに行くときも俺、転びそうになったし、この山荘の持ち主の栖川さんでさえ手探りだったっす」
 宇多田がなるほどとうなずき、それを見て浦駕さんが唇を開いた。
「あ、あ、ありがとうございます。というわけで、水樹さんはやっぱり、リビングを通ってない。従って、窓から外にでたと考えるしかありません」
「でも、窓は鍵がかかってたっすよ?」
「ええ、そうです。従って必然的に、窓の鍵は水樹さん以外の誰かが後からかけた、ということになります。水樹さんが窓からでていった後、誰かが、部屋の内側から窓の鍵をかけた」
 むむむう? と江戸釜先輩が声をあげた。
「そーだとすると、浦駕さん、犯人は、内部犯ってことになっちゃうにゃー」
「す、すみませんすみません。でも、そうなんです。そうなっちゃうんです。窓の鍵を内側からかけるには、水樹さんの部屋に入らないといけません。しかし、体調不良で部屋に戻ったとき、水樹さんはドアの鍵を閉めていたそうですね? ところが、笹木さんと麻闇さんが様子を見に行かれたときは、ドアの鍵が開いていました。このことから、水樹さんと犯人の行動経路が推理できます。まず部屋に閉じこもった水樹さんは、理由はわかりませんが窓から外にでた。恐らく、このときドアに鍵はかかったままだったと思います。そして、更にその後で、誰かが水樹さんの部屋に窓から忍び込み、窓に鍵をかけた。で、ドアの鍵を開けて廊下へでていったわけです。この行動経路を考えると、犯人は明らかに内部犯です。他の部屋もすべて窓の鍵はかかっていたわけですから、犯人はずっと山荘の中にいた。見知らぬ人物がリビングを通って外にでていく姿なんて誰も見ていないわけですから、水樹さんの部屋の窓の鍵を閉めたのは、明らかに、ここにいる内部の人物ということになります」
 急に、部屋の温度が下がった気がした。やがて、ポツリと栖川さんが言った。
「でも、メッセンジャーがこの事件に関わっているのは、明らかですよね。第四の被害者のときの平仮名のメモと、今回のメモとで、四番目まで文字が一致しましたから。第四の被害者のときのメモは、警察が報道規制をしていて、メッセンジャー本人以外は誰も知らなかったはずですから」
「は、はい、従って、論理的必然性として、こう考えられます。犯人は、内部犯で、かつ、連続殺人鬼メッセンジャーである、と」
 再び、重い沈黙が下りてきた。メッセンジャー? あの連続殺人鬼が、このなかにいる?
「うっうっう、なんだか、雰囲気悪くしてしまってスミマセン。ただ、こう考えると、停電の原因も説明できるように思うんです。さきほど宇多田さんは、お風呂に入っていない水樹さんがドライヤーを使うはずがないと指摘されました。そこで思い付いたのですが、もしかすると、ドライヤーを使ったのは犯人ではないでしょうか?」
「犯人が? なんのためっすか?」
「水樹さんの部屋に、窓から忍び込んだ痕跡を消すためです。吹き込んだ雨を、ドライヤーで乾かすためです。犯人が窓から忍び込んだとき、外は激しい雨だった。ひさしはありますが、犯人は傘か雨合羽を着てたでしょうし、どうしても多少は窓の周辺が濡れてしまったのではないかと。犯人はそれを乾かすために、ドライヤーを使った。そのとき偶然、栖川さんが電子レンジを使っていたためにブレーカーが落ち、あの停電が起きたのではないかと思われます」
 全員が、浦駕さんの言葉を飲み込もうと小さく頭を縦に揺らした。
「なんのために?」宇多田がつぶやくように言った。
「妹はなんのために窓からでたんだろう? いくら変わった奴だからって、普通に玄関からでればいいようなものなのに……犯人の目的もわからない」
「と、と、とりあえず、水樹さんの目的はまだよくわからないので、置いておきます。犯人については、恐らく水樹さんが窓から外にでたことを隠そうとしたのではないか、と推察できます。窓の鍵を閉めてドアの鍵を開けたのも、ドライヤーで雨粒を乾かそうとしたのも、水樹さんが普通にごく当たり前に玄関から外にでたと思わせたかったのではないかと」
「いや、でも、そのせいで、密室からの人体消失なんて、おかしな謎が生まれてしまったんですよ?」
「そ、そ、それはですね、エート、エート」
 スミマセンと謝りだしそうな気配に、また俺が口を挟んだ。
「わかりますよ。人体消失の謎は、たまたま俺が家中を探しまくったことで、偶然生まれた謎ってことっすよね?」
「そ、そうです! 水樹さんがいなくなったことを心配された麻闇さんが、すべての部屋を確認したために謎となったわけです。普通なら、たんにトイレか他の部屋を訪れているんでしょうということで済んだはずだった。もしかしたら、明日の朝まで水樹さんがいなくなっていることに気付かなかったこともありえたわけです。ところが、麻闇さんがその場で即座に家中を確認したために、更にその時点までリビングに絶えず人がいたために、不可思議な人体消失の謎が生まれてしまったわけです。犯人としては、ごく当たり前に水樹さんは玄関からでていった、と見せかけたかった。それが水樹さんを思う麻闇さんの行動によって、物理的に不可能な謎に変わってしまったというわけです」