フト時計を見上げると、十時半になるところだった。ねえ、麻闇くん、いっぺん水樹ちゃんの様子、見に行こうか。そう笹木先輩に誘われて俺はうなずき、一緒に廊下へでた。
 笹木先輩が水樹の部屋のドアをノックした。しかし、反応がない。寝てるんじゃないすか、と俺が言い、そうみたいだねと先輩は応えながら何気なく腕を伸ばしてドアノブをつかんだ。ギイッと小さく音がして、思いがけずドアが開いた。アレ、と俺を声をあげた。確か、水樹は鍵をかけたはずだ。俺に不意打ちのキスをした後、ドアを閉じ、ガチャリと鍵をかける音を、確かに聞いた。先輩がそっとドアを押し開け、首を部屋の中に伸ばした。それから、あれれと声をあげた。いないよ、水樹ちゃんいないよ。
 二人で部屋に入った。ベッドサイドのランプが常夜灯の弱々しい光を放っていた。俺は手探りで壁にある照明のスイッチを入れた。ベッドは、空っぽだった。トイレにでも行ってるんですかねえと俺が声をかけると、笹木先輩はベッドの掛け布団をめくり、ガバリと倒れ込んだ。平泳ぎするみたいに両手の平でシーツの上を撫でさすり、顔を押しつけてフガフガと匂いを嗅ぐ。
「麻闇くん麻闇くん、変だよ変だよ、ぜんぜん水樹ちゃんの温もりが残ってないよ。麻闇くんもやってごらん」
 いえ、遠慮させていただきます。
「おかしいよ、トイレに行ってるだけなら、まだベッド、あったかいはずだよ。このベッド、冷たいよ。水樹ちゃんの匂いもしないし。どうしたのかな、心配だよ。フガフガ」
 俺は窓を見た。江戸釜先輩に頼まれた通り、夕食の前に笹木先輩と一緒にすべての部屋を見て回った。窓の鍵は閉まっている。雨の音がかすかに聞こえる。外は真っ暗だ。ガラス一枚向こうは暗闇がみっしり詰まってる。遠くに、離れの風呂の明かりが見えた。いまは栖川さんが風呂に入っているはずだ。
 俺は、かがみこんだ。かがみこんでベッドの下を覗いた。誰も、いない。部屋を見渡す。衣装戸棚があった。扉を開けてみる。誰もいない。もう一度部屋を見渡す。他に、誰も隠れられそうな隙間はない。
 麻闇くん、どーしたの? 笹木先輩の声を背に、俺は廊下にでた。冷たい廊下を小走りに急ぎ、宇多田尚吾の部屋の前に立った。ドアをノックする。返事はない。もう一度、ノック。今度は強め。ドアノブを、つかむ。鍵がかかっていてガチャガチャ音がする。待った待った、いま行くからと宇多田の声が聞こえ、俺がドアノブから手を離すとやがてドアが開いた。水樹は、水樹はどこだ。俺がそう問い詰めると、寝間着姿の宇多田は斜めに首を傾げた。妹がどうしたって? 俺は無言で宇多田を脇に押しやり部屋の中に入った。水樹の部屋と同じタイプの衣装戸棚を開け、ベッドの下を覗く。笹木先輩の声がした。俺の後を追いかけてきていたらしい。水樹ちゃん、見ませんでしたか。部屋にいないんです。そう問いかけられても、宇多田は困ったように、自分はずっと寝てたからと答えるだけだった。
 俺は、宇多田の部屋をでた。もう、心は決めていた。隣の部屋の扉を開け、中を確認する。笹木先輩が後をついてきたが、俺は振り返ることも注意を向けることもなかった。なにかにとりつかれたのかのように、次々とドアを開け、人の隠れられそうな隙間を探した。
「麻闇くん麻闇くん、どうしたの、顔が青いよ。心配なんだね? 水樹ちゃんいなくて心配なんだね? どこ行ったのかな……って、キャー! 麻闇くん、そっちは女の子のトイレ!」
 いない。どこにもいない。窓の鍵はすべて締まっていた。人が隠れることのできる隙間はすべて確認した。リビングに行くと、風呂から上がった栖川さんが、江戸釜先輩や浦駕さんと雑談していた。俺は手短に事情を説明すると、江戸釜先輩が首をひねった。
「それは、おかしいにょろなりね。吾輩はずっとリビングにいたぞろりんよ? 水樹嬢が外にでるにはリビングを通らないとならにゃーのに、一度も姿をみかけてないぞなもしー」
 江戸釜先輩の指摘に栖川さんがハッとなった。推理小説ファンの俺達は、きっと同時に同じ言葉を思い出したことだろう。天外消失。密室からの人体消失。
 とにかく、家の中にいないことが確かなら、外を探してみるしかない。浦駕さんはそろそろ森川荘に戻ろうとしていたようだが、俺達の事情を知って捜索に参加してくれることになった。三人ずつ、二組に別れよう。俺と笹木先輩と江戸釜先輩で山荘の北側を、栖川さん、浦駕さん、宇多田で南側を。二重遭難を避けるため、あまり広い範囲は探さない。三十分経ったら、一度山荘に戻る。そんなふうに段取りを決めて、雨の中を別れた。
 幸い、雨は小降りになっていた。浦駕さんは玄関で干していた雨合羽を着た。ガス欠の車から歩いて鳳明荘を訪れたときに着ていたやつだ。山荘にある傘だけでは人数分に足りなかったので、俺は車や離れの風呂にあった置き傘をとってきた。懐中電灯の心もとない明かりを頼りに、俺達は暗い森の中をさまよった。
「車は全部あったから、歩いてるだけならそんな遠くは離れてないなりね。考えてみると、森の中にはいないかにゃ? 理由はわからにゃーけど、外にでてくなら、道路を歩いて山を下りよーとしてるのかもかも」
「どうでしょうかー? もしかしたらちょっと森の中を散歩しようと思って迷ってるかもしれないです。あの子、ちょっと面白い子ですから」
 ちょっとどころじゃねえよ。俺はそんなことを思ったが、なぜか声がでなかった。のどが詰まったようになって、なにも話すことができない。アイツはまた、なにかとんでもないイタズラをしかけようとしてるんだ。腹黒い悪巧みをたくらんで、俺をひどい目に遭わせようとしてるんだ。そうだ、きっとそうに違いない。それとも……違うのか? 本当になにかトラブルに巻き込まれて……いや、違う、そんなはずはない。アイツはそんなやつじゃないんだ。
 苛立ちと恐れと不安が入り混じった気持ちを味わいながら、フト、視界の隅に赤いものが見えてドキリとした。懐中電灯の明かりを向けると、どうもビニールかなにかが落ちているようだった。なんだ。安堵した俺が懐中電灯の向きを変えると、光の輪の中に顔が現れた。白い、青白い顔。瞼を閉じた、おかっぱ髪の少女の顔。
 キャッと笹木先輩が声をあげた。俺は、走り出していた。傘を放りだし、枝をかきわけ走った。水樹は、眠っているように見えた。降り注ぐ銀の雨、木の根元に倒れる赤いビニールのレインコート、襟首や裾から覗く黒いワンピース、白い手足に白い顔、黒い森の中で眠る白雪姫。あと、もう少しで指先がその頬に触れると思った瞬間、俺は後ろから肩をつかまれていた。ふりほどこうともがき、勢いで懐中電灯を落とした。
「離せ! 離せっつの!」
「落ち着くにょろ!」
「違う! 違うんだ! こいつは寝てるフリしてるだけなんすよ! 俺をだまそうとしてるんだ! 死んだふりで俺をだまそうとして」
「ま、麻闇くん、見て! 見て見て見て! そこ! そこそこそこ!」
 笹木先輩の声に、ハッとなった。落とした懐中電灯が、木の幹を照らしていた。ナイフで、なにか刻まれている。アラビア数字が刻まれている。5だ……数字の5。
 手足から力が抜け、俺はへなへなと尻餅をついた。冷たい雨が頬を打つ。江戸釜先輩が、そっと水樹に歩み寄る。もう、そのときにはわかっていた。俺にはハッキリとわかっていた。白いどころじゃない、土気色だ。水樹の顔は、もう生きている人間の顔じゃない。
 ビニール製のレインコート、胸元にボタンのついたポケットがあった。よく見ると、少しだけ膨らんでいるのがわかった。なにか入っている。江戸釜先輩が指を伸ばす。ボタンを外し、ポケットに指を入れる。小さなメモ用紙をとりだした。
 メッセンジャー。連続殺人鬼、メッセンジャー。アラビア数字と平仮名、ふたつのメッセージを残すシリアルキラー。
「警察に、連絡せんと」江戸釜先輩が言った。

 リビングに、全員が集まっていた。既に、栖川さん達三人も、水樹の遺体を確認していた。宇多田は魂が抜けたように、うつろな目で宙をみつめていた。栖川さんが、死因は胸を刃物で刺されたことによる失血死だろうと言った。赤いレインコートは水樹本人が持ってきたもので、刃物による傷はレインコートにもワンピースにもあった。つまり、レインコートを着ている上から刺したらしい。メッセンジャーによるこれまでの犯行と同じく、遺体の周辺を探しても凶器はみつからなかった。死亡推定時刻は午後八時から十時。誰にうながされるでもなく、一人ずつ、午後八時から十時までどんな行動をとっていたか話し始めた。
 笹木先輩。「ずっとリビングにいたけど、停電があったときだけお風呂に入ってたから、エート、九時二十分から停電が終わって少し経つまで、九時五十分? その間だけ、アリバイないですー」
 宇多田。「九時から部屋で寝てました。一度も起きなかったから、麻闇くんが部屋に来るまで誰とも会わなかったなあ」
 栖川さん。「お風呂に入ったのが十時前、九時五十分頃だったと思います。それ以前はずっとリビングにいました」
 江戸釜先輩。「吾輩はずっとリビングにいたからなー。一人だけアリバイ完璧ってことになるにゃー」
 浦駕さん。「うっうっうっ、僕がいちばんアリバイないんですね……八時過ぎ、こちらにお邪魔して、その後お風呂を頂きました。お風呂から上がったのは八時五十分くらいだったと思います。停電のときも電話をお借りしてましたから一人でした。笹木さんと同じで、九時二十分から四十分頃まで一人きりでした」
 俺。「八時過ぎ、エート、八時十分頃? 浦駕さんの車にガソリンわけに行って、ついでにコンビニ寄って、一時間はかかったから戻ったのは九時過ぎか。その後はずっとリビングにいたっす。ていうか、メッセンジャーの仕業なら、俺達がアリバイ証言しても意味無くね?」
 ハッと笹木先輩が顔をあげた。
「そ、そーだよ! 麻闇くんの言う通りだよ! アレー? なんか、ミステリーのお約束だーっと思って話しちゃった。嵐の山荘だけどクローズドサークルじゃないもん、私達の中に犯人いるわけじゃないんだから、こんなこと話さなくてよかったんだよー」
「あ、あのー」浦駕さんが小さく手を挙げた。
「す、す、す、すみません、私、森川荘に一度戻りたいんですが、構わないでしょーか? あの、その、本当にあの殺人鬼がこの辺りをうろついてるなら、妻は一人っきりで待ってるので、心配なんです……電話でもいいんですけど、できれば直接、顔を見せて安心させたいっていうか……警察の方が来ると事情聴取とかで帰れなくなると思うので、一度だけ戻りたいと思うんですが皆さん大変なときなのにこんな勝手なこと言い出して私は、私はうっうっうっ」
「それなんだけどのー」江戸釜先輩が口を開いた。
「本当にメッセンジャーなのかどうかという点なんだけれども、実はみんなに、一緒に考えてもらいたいことがあるんよー。なんとゆーかかんとゆーか……」
 腕組みをして、左右に首をひねる。宇多田が「なにか、おかしいところでもあるんですか?」と訊いた。
「エエエート、順番に話してくなりね? 夕食のときも話したけど、吾輩には警察関係者の知人がいて、さっき警察を呼んだときもそいつに相談したのね? で、ついでに第四の被害者のときのメッセージも教えて教えて教えてってお願いしてみたなりよ」
 え? と浦駕さんが声をあげた。第四の被害者のことなら、テレビニュースで報道されたのでは? 浦駕さんの疑問に、江戸釜先輩と宇多田が、同時に首を振った。
「それが、もう、じぇんじぇんダメダメなニュースだったんだなー、こりが。一週間の前の事件、エート、さとう、ゆや?佐東さとう湯谷ゆやって自営業の人が殺された事件が、連続殺人鬼メッセンジャーの被害者だったことを警察が発表したっていう、ただそれだけのニュースだったなりよー」
「て、つまり、平仮名のメモも数字も報道されなかった、てことすか?」
「そうにょろりん。まあ、第一から第三の事件のときも、テレビとか新聞はメッセージのことを報道してなかったからにゃー、今回も同じで、警察がきっちり報道規制してるらしーのー。で、その警察関係者の奴には、こっちでメッセンジャーっぽい犯行が起きたから、本物かどうか見極めるために第四のときの情報を教えろー! って言ってやったわけにゃ。どうせあの女性週刊誌のときと同じで、いつかはバレるんだし減るもんじゃなしね? とゆーわけで、みんな、これは秘密にしてほしーけど、第四の被害者のときのメッセージを教えてもらったなりよ」
 江戸釜先輩は口を閉じ、よろしいかにゃというふうに俺達の顔を見渡した。
「第四の犠牲者は、佐東湯谷。平仮名のメモは、『たしろこ』。た・し・ろ・こ。たしろこ。群馬県嬬恋村の人工湖、田代湖なりね」
「そんな紛らわしい補足説明は要らないっす。てか、あれ? 名字の最後の一文字じゃないんすね?」
「そうなりよー。『さとう』だから『う』になるはずなのに、『こ』なりね」
「第四の被害者を殺したのがメッセンジャーだってのは間違いないっすよね? 警察がそう発表したってことは、ナイフの傷が一致したとか、まあなにか他にも情報があって断定したわけで、それを疑ってもしょーがない、と。だから、第三の被害者まで名字の最後の一文字が一致したことは偶然の一致か、でなけりゃ、メッセンジャーのひっかけ、ミスディレクションだった。つまり、あの平仮名のメッセージには、他になにか意味があるってことになるのか……数字は、当然4だったんすよね?」
「5」
「ハ?」
「だから、5、だったなりよ。佐東湯谷のときも」
「第四の犠牲者っすよ?」
「吾輩も聞き直したなりよ。でも、ホントにホントにホントに、第四の犠牲者、佐東湯谷のときに残されていたのは数字の5だったそうなのよねー。警察も、どう解釈すればいいか困ってるみたいにゃりよ?」
「まさか……数字は、ただの連番じゃなかったってことか? 平仮名のメモと同じで、他に意味があるってのか?」
「さー、さっぱりわからないなり。もしかしたら、本当の第四の犠牲者が他にいて、まだみつかってないだけかもしれないなりね。ただそうなると、平仮名のメッセージのほうは四文字だから、勘定が合わなくなるぞろりな」
 誰もが、顔をうつむけて深く考え込んでいた。やがて、宇多田が顔を上げて江戸釜に訊いた。
「今回のメモはどうでした? 数字は木の幹に5が刻まれてましたが」
「もう、吾輩も頭の中、ぐちょぐちょになっちゃっとるから、事実だけ言うなりねー。メモは、平仮名で『たしろこだ』と書いてあったんよー。た・し・ろ・こ・だ。たしろこだ」
「四文字目まで、第四の被害者のときのメモと一致するなあ。第四の被害者のときのメモは、江戸釜さんがついさっき、警察関係者の方にやっと聞き出せたくらいだから、普通の人なら誰も知らない。つまり、妹を殺したのは本物の連続殺人鬼、メッセンジャーに間違いないんですね」
「ウーン、吾輩もそうかにゃーと思うんだぎゃ……そうだとすると、メッセンジャーはどうやって水樹嬢を襲ったにょろ?」
「どうって、まあ、妹は少し変わった奴でしたから、雨の中を散歩でもしていて、それで目をつけられたのかな」
「それはありえないにゃー。第二の被害者の鮎樫鉄也なんか、玄関で殺されてるにょろりんよ? 母親がお年寄りで耳が遠いことまで予め調べておかにゃーと、絶対そんなことしないなりね。第三の被害者までは名字の最後の一文字が平仮名のメモと一致してることから考えても、メッセンジャーは明らかに、殺す相手の名前をちゃんと確認してるなりよ」
「え、ええと、確かに、言われてみるとそうだなあ。そういえば、妹がこの集まりに参加したいと言い出したのは、今日なんです。そうなるとメッセンジャーは、妹がここに来ることを知らなかったはずだけどなあ」
「まさか、こんな山奥まで尾行してくるとも思えにゃーしね」
 不意に気になって、俺は口を挟んだ。
「あの、メモはどこにあった紙でした? これまでの犯行でも、メッセンジャーはメモに使う紙とペンを現地調達してたじゃないすか」
「離れからです」と、栖川さんが答えた。
「離れのお風呂、あの横手が小さな物置になっていて、補充しないといけないものとかを書き留めるためのメモを置いていたんです。動物の小さなイラストが入ったメモ用紙ですから、すぐわかりました。長期間この山荘を空けるときは鍵をかけておくんですけど、いまは開けっ放しですね」
「てことは、メモを書くことは誰でもできたってことっすね」
「ちょっと、麻闇くん!」
 笹木先輩だった。ずっと押し黙っていた笹木先輩が、急に大きな声をあげた。
「誰でもって、なに? 誰でもできたってなんなの?」
「え? だから、言った通りっすよ? 鍵がかかってなかったんだから、誰でも……」
「違うよ! 誰でもじゃなくて、メッセンジャーが、でしょ? 犯人がメッセンジャーなのは、メモの四番目の文字まで一致することで明らかだよね? 私達の中に犯人がいるみたいな言い方はやめようよ!」
「ああ……いや、でも、犯人がメッセンジャーだとすると、なんで水樹を狙ったのかがわからないし、そうだ、水樹がいつ、どうやって山荘を抜け出したのかもわからないし……」
「知らないよ、そんなのどーだっていい! これ、本当に起きてることなんだよ? 本当に現実に起きてることなんだよ? 水樹ちゃん、死んじゃったんだよ? 水樹ちゃん、殺されちゃったんだよ? どうして私達の中に犯人がいるみたいなこと言うの! メッセンジャーがどうやって水樹ちゃんをみつけたのかなんて、知りたくない! 考えたくない! そんなの、警察がやることだよ。警察が調べることだよ。麻闇くんが考えることじゃない。私、そんな、私達の中に犯人がいるみたいなこと考えたくないよ……そんな、推理小説が嫌いになるようなこと考えたくないよ……」
 笹木先輩の目が涙でいっぱいになっているのを見て、俺は、本気で後悔した。ああ、そうだ、いまの俺は、なんだか変だ。まるで、推理小説の中の登場人物のような考え方をしていた。俺は畳の上に寝転がって文庫本を読んでるんじゃない。これは現実の事件だ。腕を伸ばせば届くくらいの距離にみんながいて、俺自身だって容疑者だ。なんだか、夢でもみているみたいだった。夢の中なら、どんなに不思議なことが起きても、それを奇妙だと思わない。それと同じだ。俺は、水樹が死んだことを認めたくないんだ。水樹の死から目を逸らしたくて、まるで推理小説のなかの登場人物のように考えていた。
「そうでしょうか」
 栖川さんがポツリと言った。笹木先輩に頭を下げて謝ろうとしていた俺は、思わず栖川さんの顔をみつめた。
「本当に、そうでしょうか……笹木さん、私達にできることは、警察に任せること、それだけなの?」
「だって、不謹慎です! 私、私、夕食のとき言ったんです。メッセンジャーが次の人を殺すのいつだろうって。不謹慎全面解禁だって、はしゃいでたんですよ! 私、私、殺された人の家族の気持ちとか、全然わかってなかった。なんにもわかってなかった! 私、自分がどんなにバカなこと言ったのか全然わかってなかった……」
「そうですね、遊びとしては、確かに不謹慎でしたね」
 ぼんやりと、栖川さんは遠くを眺めるような目つきになっていた。
「だから……真面目にやりましょう」
「真面目?」
「真面目。笹木さん、さっき言ったでしょう? これは、本当に起きてることなんだって。現実に起きてる事件なんだって。もう、これは紙の上のお遊びではないですから……考えましょう。虹村水樹さんのために、考えましょう。私達の精一杯の力で、考えましょう」
 浦駕さんが、ポカンと口を空けていた。宇多田が、江戸釜先輩が、まばたきを忘れたみたいに、じっと目を見開いていた。なにか考え込むように笹木先輩が上目づかいに栖川さんをみつめ、それから、小さくうなずいた。
「あ、あの……」
 数秒の沈黙が続いたあと、浦駕さんが小さく手をあげ、つぶやくように言った。
「あの、えっと、その……なんていうか」
 どうしました、と宇多田が声をかけた。
「ううう、私、えっと、誰が犯人なのか、証明できることに気付いたんですけど……」
 はにゅ? と江戸釜先輩が声をあげた。