全員の視線が、テーブルの真ん中に広げられたメモ帳に集中している(図9~図14)。
「記述から総合的に判断して、部屋の配置は図9になると思われます。また、一番目の魂『あたし』は冬の部屋にM-24が、夏の部屋にW-22が倒れているのを確認しています。このことから、初期状態では春の部屋に四人目の誰かがいたことが推察されます」
 雪村が指さす図には、順番通りに季節を表す部屋が時計回りに並んでいる。
「図10から図14は、一番目から四番目の魂の記述をもとに、登場人物の移動を簡単にまとめています。一番目と三番目の魂は、部屋の名前がすべて明確ですが、二番目の魂が最初に目覚めた部屋は夏であるのか、それとも冬であるのかは直接的な記述がされていません。従って第二の魂については図11、図12の場合分けをせざるを得ません。四番目の魂も同様に、最初に目覚めた部屋が夏であるのか、冬であるのか断定できませんが、第三の魂『私』の記述によれば、冬の部屋はM-24がドアのロックを解除するための匍匐前進による血の跡があるはずです。筆者からの約束では、血の跡を消すような清掃用具はなかったということですから、第四の魂『俺』は一度も冬の部屋に入っていない。従って部屋の位置関係から『俺』が目覚めた部屋は夏であることがわかります」
 アー、ホントだ、と江田が声をあげた。原稿とメモを照らし合わせているらしい。
「ずるいなぁ。この図の夏の部屋では、語り手は部屋の名前がSであることだけ書いて、壁紙の色には全然触れてないですよ」
「また、筆者により提示された客観的事実によれば……」
 雪村は江田の発言をパーフェクトに受け流す。
「四つの魂が去り、三つの死体が残され、そして二人を殺して自殺した殺人鬼は二重人格者だった。すなわち、最初にいた人間が四人であると仮定するならば、四人のうち二人は殺され、二重人格者の殺人鬼は自殺し、そして最後の一人は青葉島を脱出したか、少なくとも死体とはならなかった。大筋の流れはこう解釈できるでしょう」
 下崎が煙草を指にうなずく。唇のはしに、シュークリームの粉がついてるのに気付かないのだろうか。
「じゃあ、殺された二人ってのがW-23とM-24ってわけだな。で、殺人鬼は『俺』が秋の部屋でみつけた手首を切った死体、か」
「検証してみましたが、そのようです。時間軸の流れに沿えば、四番目の魂『俺』が目覚めるまでにW-23およびM-24の死が確認されています。さて、二人はそれぞれ背中と胸を刺されており、第四の魂『俺』が秋の部屋で発見した死体は手首を切っていました。筆者からの約束によれば、語り手は感じたこと、考えたことを率直に語るとありますから、手首だけでなく胸にもナイフの刺し跡があれば、四番目の魂『俺』はそのことを描写したと思われます。しかし、その描写はありません。従って手首を切った死体はM-24ではない。当然、春の部屋に倒れているのを確認されているW-23でもありません。これで、三人分の死体が確認されていますから、四番目の魂『俺』は唯一青葉島を脱出した生存者であることが確定されます。ただし、手首を切った死体は第三の魂以前の魂が目覚める前に既に殺害されており、M-24が二人を殺害した後で自らの胸を刺したという可能性も有り得ます。しかしW-23が殺人鬼であるという可能性は二番目の魂『僕』によって既にその死亡が確認されているため……」
「雪村」
「なんでしょうか」
「俺が悪かった。うっかり軽口をたたいた」
 雪村は瞳を大きく見開き、なんだかよくわからないという顔でハアと返事をした。下崎の隣で、黛が腹に両手をあて、声を押し殺して笑っている。
「さて、問題は、手首を切り自殺した殺人鬼の足の裏には、どんな記号があったか、ですが……」
「あ、ちょっと待ってください」
 忍び笑いで涙目の黛が待ったをかける。
「私にも考えさせて……えっと、同じように、途中で意識を失っても人格が同じなら記憶は連続してるから、殺人鬼の可能性があるのは一番目の魂『あたし』と、一度も語り手になってない五番目の魂ですね。殺人鬼じゃないけど、殺人鬼と同じ身体を持ってる可能性があるのは四番目の魂の『俺』以外全員」
「そうです。そのことを考慮に入れ、さらにドアのロックに注目すれば、登場人物すべての足の裏の記号を求めることができます」
 僕は残り少なかったコーヒーを飲み干した。ここからは、頭をクリアにして拝聴しなければいけないようだ。
「一番目の魂『あたし』は、秋の部屋から冬の部屋へのドアをロックしています。逆に、三番目の魂『私』は、秋の部屋から冬の部屋へのドア以外すべてについてロックできるか確かめ、そして失敗しています。つまり『あたし』も『私』も同じドアのロックを操作できることがわかります」
「そうか」灰を携帯灰皿に落として、下崎が代わりに続ける。
「なら、警告文からドアのロックは一人しか操作できないから『あたし』イコール『私』、殺人鬼のみが二重人格者だから『あたし』イコール『私』イコール殺人鬼だ。黛がさっき殺人鬼の魂の可能性があるのは『あたし』か五番目の魂だけと証明したから、殺人鬼の魂は『あたし』てわけだな」
「あ、ホントだ」今度は黛が続ける。夫婦漫才だ。
「足の裏の記号、全部わかります。三番目の魂の『私』は目覚めてすぐに自分がW-22なのを見てますし、ということは『あたし』もW-22。一番目の魂の『あたし』はM-24とW-22が眠ってるのを見てますから、W-22は二人いて、残りのW-23はこのとき春の部屋にいたんですね」
 図10の、?マークがある春の部屋を指さす。続けて、元会長は図14の秋の部屋を指さした。
「じゃあ、手首を切った死体は殺人鬼だからもちろんW-22、と」
「アー! それならボクにもわかったのに!」
 江田よ、なぜそこで絶叫する。などと思いつつ僕も参加することにした。
「後は……三番目の魂の記述では、殺人鬼じゃないほうのW-22は登場しないから、唯一描写されない秋の部屋にいたってことになるね。エート、これで明らかになってないのは二番目の魂か。まず語り手の『僕』は殺人鬼ではないし、W-23でもない。殺人鬼じゃないほうのW-22は語り手には一度もなってないから、もうM-24に間違いないね。『彼女』と呼ばれる、自称W-22は本当にW-22だったわけだ。でも、殺人鬼のほうのW-22なのか、それとも殺人鬼じゃないW-22なのか?」
「こちらの図を見てください」
 すべてを予見していたのか、雪村がメモ帳をめくると、そこには既にたくさんの図が用意されていた。図15から図20は、先程の図9から図14に対応させて、「?」マークや代名詞だった登場人物の記号を明らかにしたものらしい(図15~図20)。
「便宜的に、二重人格者で殺人鬼の魂を持つW-22にはプラスマークをつけました。殺人鬼すなわち一番目の魂『あたし』は秋の部屋と冬の部屋の間のドアをロックしています。ですから、二番目の魂の記述が図18のほうなら、必然的に『彼女』は殺人鬼のW-22です。逆に『彼女』が殺人鬼ではないW-22であった場合は、図17こそが二番目の魂の記述となり、殺人鬼ではないW-22が操作できるドアは夏の部屋と秋の部屋の間のドアとなります。また、三番目の魂の記述から、死に際に『私』を部屋に入れるためロックを解除できたM-24は、冬の部屋と春の部屋の間のドアロックを操作できたことがわかります」
 雪村はここでいったん言葉を切り、ためらうように周囲に視線を走らせた。
「そして……ここで矛盾が発生します」
 全員が、黙り込んだ。雪村の言葉の意味を、誰も理解できなかった。
「ハア?」
 江田が、間の抜けた疑問符を口にする。
「M-24は冬の部屋と春の部屋の間のドアロックを操作できました」
 ありえないことだけど、額にかかった前髪をなおしながら話を続ける雪村は、動揺しているように見える。
「二番目の魂『僕』は、目覚めたときにいた部屋と、刺されたW-23のいる春の部屋との間のドアを試し、ロックすることができませんでした。さらに、反対側のドアのロック操作もできませんでした……図を見れば明らかですが、図17の場合でも、図18の場合でも『僕』は冬の部屋と春の部屋の間のドアを確かめ、そしてロックが操作できなかったわけです」
 アー、と下崎が声を挙げる。
「そうか……『僕』がM-24なら冬の部屋と春の部屋の間のドアロックを操作できる……矛盾だ」
 黛はポカンと口を開け、元会長はまた腕組みしている。雪村は、結論した。
「そう、矛盾です……従って、私は仮説を棄却します。私達は、まだ叙述トリックに騙されている」
 雪村はまっすぐ前を見た。視線の先で、にこやかにマドがスマイルしている。