一九八七年八月、インドの首都デリーを未曾有の暴風雨が襲った。自家発電設備を備えていた撮影所は危うく停電をまぬがれたが、地階へと流れ込んだ濁流がセット群を破壊した。
そのフロアは撮影によく使われる日常的な場所、すなわち家庭や学校、公園、商店街、病院、市場、遊園地、工場といったセットがひしめき、かつ行儀良く距離を置いていた。しかしいまや、垣根はとりはらわれた。何百本ものサリーが雨水を色鮮やかに染め、銀の食器とチャクラムがぶつかり響き合う。メリーゴーランドの木馬が市場のテント屋根の上を駆けてゆく。空っぽの教室にうずくまった白牛が目を細めて午睡している。略奪行為にいそしむ年老いた物乞いたちが、水につかった撮影機器に感電し一斉に踊りだした。視界に映るあらゆる事物が火花を挙げ、溶けあう色彩が渦を描いて攪拌された。
天井から吊り下げられたキャットウォークに避難していた撮影隊は、為すすべもなくそれらの光景を見下ろしていた。やがて監督が立ち上がると髭をふるわせ叫んだ。
「カメラをまわせ!」