その声は聞こえない

 息苦しさを感じた。おずおずと周囲を見渡す。透明な壁で二分された部屋。分厚いガラス壁の真ん中、金属の物体が埋めこまれてる。
 携帯電話。その周囲に、いくつもの電子機器。仏像の光背みたいに、携帯電話から放射状に伸びる配線でつながれてる。
 生まれつき悪い左足をひきずる。ガラス壁に歩み寄り、携帯電話に耳をあてる。
(――明里?)
 周囲が少し暗くなった気がした。かすかな、雑音混じりの声。お姉ちゃん――?
(ああ、明里ね。元気にしてた?)
 双子の姉。利発で聡明、スポーツ万能で誰もが憧れた人。生まれつき欠陥だらけの身体を嘆く私を、姉はまっすぐにみつめてくれた。神様は、明里を守るために私たちを双子にしたの。私が生きているのは明里、あなたをずっと守っていくためなのよ。
(うん、お姉ちゃんは大丈夫?)
(大丈夫よ。そうね、メディアが新聞だけってのがさみしいけれど)
 事件後の姉が拘束され、どこかへ連れ去られたのは三年前だった。数日後、全国の特殊能力者が政府の手によって拉致され、ひとつの寒村に隔離されつつあるという噂が流れた。
(……それよりも)
 初めは母だった。剃刀で自分の顔を剥ぎながら、童謡を歌っていた。母を縛りつけ病院へ向かったはずの父は、花屋の店先に車ごと突っ込んだ。救急隊員に押さえつけられるまで父はダリアの花びらをむさぼりつづけた。
(おじさんの家は平気? つらくない?)
(大丈夫……優しくしてもらってるよ)
 教室で一列になって、順番に窓から身を投げていく級友たち。それを横目に、微笑みながら私の顔を覗き込む姉。もういないの? あなたを傷つけた子は、もう誰もいないの?
(明里、私には打ち明けていいのよ)
 ザワザワと、声が聞こえた。姉の声の背後、いくつものざわめきが。
(こわがらなくていいわ。こっちのみんななら、あなたに優しくしてくれる)
(お姉ちゃん、私、わたし――ワタシ)
 目眩と吐き気を感じながら、ゆっくり倒れ込む。冷たいコンクリートが頬に心地よい。
 肩をつかまれた。白衣の男に揺さぶられる。心配そうな顔で、口がパクパクと動いている。
 ああ、そうか。妹は耳も聞こえなかったっけ。ワタシは男の背に指先で触れると、絶対服従の観念を注ぎ込み始めた。