で、どちらが勝ったの?

 パズル好きのX氏は、友人のY氏と喫茶店に来ていた。X氏は風変わりな競争の話を始めた。なんでも四十代の弁護士と、二十代の若いモデルが麓から丘の頂上まで往復する駆けっこをしたというのだ。
「フーン、それでどうなったのですか?」Y氏が訊いた。
「いやね、見ていた人たちの話によると、上りはやっぱり足腰の強い男性が有利で、下りになってくると若いモデルのほうが速かったそうですよ……ああ、これはパズルになるな。どっちが勝ったか、わかります?」
「え? いや、わかりませんが?」
「私は、このふたつの情報から、どちらが勝ったかわかりました。ヒント、私はその弁護士ともモデルとも会ったことがあります」
 Y氏は腕組みし、しばらく沈思黙考していたが、やがて静かに首を横にふった。
「さっぱりです」
「おや、そうですか? そんなに難しくはないんですが……実は、その弁護士は女性で、モデルは男性なんです。上り坂では男性であるモデルのほうが速かった。下り坂でも若いモデルのほうが有利だった。というわけで、勝者はモデルなわけです」
「いえ……その可能性は考えていました」
 ぼんやり遠くをみつめる目つきでY氏は答えた。
「あなたは、どちらが勝ったかわかったとおっしゃいました。このとき可能性はふたつあります。ひとつ、あなたはモデルが勝ったとわかった。ふたつ、あなたは弁護士が勝ったとわかった」
 コーヒーを一口啜り、Y氏は続けた。
「モデルが勝ったことをあなたがわかった場合はおっしゃるとおりです。弁護士が女性でモデルが男性であり、勝ったのはモデルだったと私はわかります。では、弁護士が勝ったとあなたがわかった場合はどうか? その場合、なぜあなたがそのふたつの情報だけからそのようなことがわかったのか、どうしても私にはわかりません」
「いや、ですから」X氏は目をパチパチさせた。
「そっちの可能性は否定されるわけですよ。そっちだと、あなたは答えをだせない。だから、私はモデルが勝ったとわかったという可能性のほうしかありえないんです」
「いいえ、それは『私が答えをだせる』ことを前提にしてしまっています。いま問題になっているのは、そのふたつの情報から私も答えをだせるか否かでしょう? 『私が答えをだせる』ことを根拠にするのはおかしい」
 X氏はソファに背中を預け、天井を睨んだ。
「ええと……待って下さい。ありえる可能性としては、あなたは答えをだせるか、だせないかのどちらかですよね。あなたが答えをだせると仮定した場合は、モデルが勝者で、あなたは答えをだせるという結論で問題ない。では、あなたは答えをだせないと仮定した場合は……?」
「私が答えをだせない場合とは……あなたが、勝ったのは弁護士だとわかった場合ですね」
「すると、あなたはさきほど、どちらが勝ったかわからなかったとおっしゃいましたよね?」
「ええ、そうです」
「では、勝ったのは弁護士ということになりますね」
「……そうですね」
 X氏は安堵の笑みをY氏に向けた。
「つまり、あなたは以上の推論から、弁護士が勝ったとわかった。これは、あなたが答えをだせないという仮定と矛盾します。従って、あなたは答えをだせないという仮定は間違っていた。あなたはやはり、どちらが勝ったかわかるんですよ、パズル的に」
「なるほど、なるほど……では、どうしてさきほど、私はわからなかったんでしょう?」