モンティ・ホール問題応用編

 ある晴れた日曜日の昼下がり、私は友人宅を訪れていた。
「本で知ったんだけど、面白い話があってね。モンティ・ホール問題という名前なんだけど」
 徹夜仕事をしていた友人は、ベッドで毛布に包まれたまま生返事をした。どうやら、知らないようだ。飲みかけのコーヒーをテーブルに戻し、私は頭の中を整理した。
「こんな問題なんだ。テレビ番組で、A、B、C、三つの扉が挑戦者に示される。三つのうちひとつだけ賞品の車が扉の向こうに隠されてるんだ。ドラムが鳴ってね」
 見えないスティックを持った両手を、小刻みに震わせる。
「ジャン、と。挑戦者はAの扉を選んだ。さて、そこへ司会者がやってくる。ひとつ、ヒントをあげましょう。そう言って、挑戦者が選ばなかったCの扉を開けるんだ。そこに車はなかった。で、司会者は続けて言う。さあ、どうします? Aのままでいいですか? それともBに変えますか?」
「そりゃ」毛布がくぐもった声をあげる。
「別にどっちも同じだろ。俺だったら初志貫徹でAのままにするな」
「ブッブー」唇を震わせ、人差し指でバツ印。
「残念でした。Bに変えたほうが得なんだよ」
「ハ?」毛布からモジャモジャ頭が飛び出る。
「最初に挑戦者がAの扉を選んだとき、車が当たる確率は三分の一だよね? 逆に言うと、残ったBとC、どちらかにある確率は三分の二。で、司会者がCの扉を開けて、そこには車がないことを示した。ということは、車がある確率はBの扉に集約するんだ。Aに車がある確率は三分の一、Bにある確率は三分の二。ね? 車が当たる確率はBを選べば二倍になるんだ」
 得意満面でいる私から隠れるように、友人は毛布を被った。上機嫌でテーブルのカップを手にとりコーヒーを味わう。
 ややあって、のっそりと友人がまた顔をだした。
「俺とお前がその番組に出演したとしよう」
 毛布を腰まで落としながら上半身を起こす。
「俺はAを、お前はBを選んだ。そこへ司会者がやってきて、Cの扉を開けた。そこに車はない。扉を変えたほうが得か?」
 急に、コーヒーの苦みが増したように感じた。頭を傾けながら、私は恐る恐る返事をする。
「それは、そう、なんじゃないかな?」
「二人とも、車の当たる確率が二倍になるんだな?」
「そうだよ」
「俺もお前も、まったく同じ条件なのに、選択した扉をお互いに逆にするだけで、どうして二人とも当たる確率が二倍になるんだ?」
 こういうことを訊かれて、二秒くらいで考えることを放棄できる人間に、私はなりたい。