デザートはどら焼きだった。ホットのコーヒーあるいは紅茶、もしくは冷えた麦茶から選べると言われ、素尚はコーヒーにした。
「では、勝敗についての説明から」万慈が改まった口調で告げた。
「一言でいえば、深川さんの一人負けですね。家彦さんに説明いただいたとおり、このゲームは転生の巫女としろがねさまとの対立という構図が隠れていました。素尚くんが深川さんを、しろがねさまを鎮めたことで決着がついたわけです」
万慈がデザートを配膳する間、四枚の秘密カードをまわして全員が内容を確認していた。
「姫白夕貴は本物ではなく、愛季さんこそ転生の巫女だった。そんなことは露知らず、しろがねさまは素尚くんを操って夕貴を殺し、目的は果たしたと安心していた。ところが死に際の夕貴は、遺体を湖に沈めてほしいと頼んでいた。家彦さんの口からそのことが語られ、本物は別にいると気づいたしろがねさまは再び素尚くんを操り、愛季さんを殺させようとした。ところが罪を暴かれ改心していた素尚くんは呪いをはね返し、しろがねさまを鎮めた。このゲームで起きたのはそういうことでした。したがって、殺された姫白夕貴の仇をとり、愛季さんを守ることに成功した深川さん以外の全員が勝者となります」
素尚はどら焼きを齧った。皮に黒糖の風味がある。あんこがコーヒーに合う。
「それじゃ感想戦に入りますか。まず俺のほうから、作りが甘かったと反省した点です。秘密カード『呪殺の毒壺』を深川さんに渡す条件として、死に際の夕貴が他に本物の転生者がいると言い残したことを明かしたなら、としてました。そこ、家彦さんが巧みな話術で直接的な言及は避けたんで、どうしようかなと思ったんですよね。まあ〈しろがね〉さまの立場からすれば明白だろうと判断しました」
そういえば家彦の告白の後で美月は、
――姫白さん本人は、自分を転生者だと信じていたわけではないんですよね。
と質問していた。あれは夕貴が生まれ変わりの巫女ではないことを確認していたわけか。
「では家彦さん……は、最後の楽しみにとっておきますかね! 日庭さん、どうぞ」
万慈にうながされ「わたし?」と千笑美は目を丸くしたが、すぐに言葉を続けた。
「ちょっとみなさんについていくのが大変でしたけど、楽しかったです」
「ありがとうございます!」
「こういう純心な子を演じて気持ちが若返ったっていうか、素敵な体験でした」
純心? 素尚を含む大多数が心の中で首を傾げたが、誰もそれを口にはしなかった。
「疲れたな」目で千笑美に合図された兜斗が、開口一番に言った。
「まあ、愉しかった。『神殺しの剣』は自分で使うほうが早かったか」
「今回のゲームではそうだったかもしれませんね。日庭さん、相手が兜斗さんだったら『剣』を渡したでしょう?」
万慈に問われた千笑美がこっくりと頷く。
「秘密カードに書いたとおり『神殺しの剣』は日庭さんが信頼する相手でなければ渡さないという条件があります。物語上、三浦兜斗は〈しろがね〉を名乗る人物にそそのかされて犯行を手伝っているので、雰囲気によっては信頼されないでしょうね」
「なるほど。そう、これを言っておくべきだな。夕貴ちゃんの、現実の事件とは違う。名前を変えるなら不謹慎ではないだろう」
「そう言っていただけると助かります」
「あと――良子の生死は?」
万慈は口ごもった。まばたきをくりかえし、それから「すみません」と頭を下げた。
「俺の考えた設定としては、三浦良子は土砂崩れで命を落としています。遺体がみつからなかっただけです。家彦さんが言っていたとおり、意味ありげに匂わせただけですね」
そうか、と兜斗は応じた後、なにか言いたげにしたが、その唇が開かれることはなかった。無理に口を閉ざそうとするかのように、兜斗はどら焼きを口元に運んだ。
「いやあ、なにから話せばいいのやら」小衣が待ちかねたように口を開いた。
「ボク、素尚くんに天誅の〝て〟まで言われたよね!?」
バシンと素尚は小衣に肩を叩かれた。まあ、これくらいで許されるなら安いものだ。
「ホント素尚くん、なんであのときボクのほうを狙ったの?」
「いや、もう頭が混乱して……直前まで僕はしろがねさまの側で、さあ次で愛季さんを襲ってゲーム終了だってドキドキしてたんで、わけがわからなくなったんですよね」
「なるほどね。いやあ、客観的に見てボクこそザ・名探偵だったよね! 人生でいちばん名探偵に近づいた瞬間だったよ!」
うんうん、と美月が頷く。操り犯がいることに気づかないまま犯人を指摘する探偵には、同じ音でも別の漢字をあてたような。そう思ったが素尚は口にしなかった。
「ひとつ教えてほしい」マグカップ片手に家彦が口を開いた。
「あのタイミングで『生まれ変わりの巫女』の手掛かりカードを引いたのはなぜだ」
素尚の脳裏に四周目の光景が蘇った。兜斗の告白を検証するため、その告白と関連しそうなカードを引いていたときだ。
「そりゃもちろん、ボクこそ本物の巫女だって知ってたからですよ」
むしろ質問されるのが不思議だという顔で小衣は答えた。たしかに、小衣はシナリオで自分が本物の転生の巫女だと知っているのだから、気になるのは当然だ。
今なら兜斗が「文献/しろがねさま」を選んだ理由もわかる。あのとき兜斗は秘密カード「家宝の扇」を入手したばかりだった。裏面にある文章だけではカードの意味を把握できない。告白の検証に参加するという建て前で文献のカードを調べたわけだ。
「それはそうなんだが」家彦は納得できない顔をしている。
「だったら、なおさら自分が巫女だとはバレないようふるまうだろ? 手掛かりカードはいつかすべてめくられるんだから、待ってればいい。なぜ、あのタイミングだった?」
そうだった。あのときは前の周で小衣が図書室のゴミ箱の手掛かりカードから素尚の矛盾点を指摘した。ところが誰も素尚を〈詰問〉することなく一周し、ようやく小衣が素尚を〈詰問〉するはずだった。「アー、それはまあ」小衣が宙を見上げて言葉を探す。
「なんとなく、そのほうが面白いかなって」
家彦が「直感タイプか」とつぶやいた。
「あの、そんなに不思議なことなんですか?」千笑美が声をあげる。
「愛季さん、気まぐれに選んだだけって言ってるように聞こえますけど」
「いや、たぶんだが」首をひねりながら家彦は言った。
「愛季さんは、早く告白するほうが得だと気づいたのかもしれない」
「それって〈詰問〉されるのは早いほうが良いってことですか? 逆に感じますけど」
「普通のマーダーミステリーならな。最後の投票で犯人が当たるか否かで勝敗が決まるから、疑われないようふるまうことが定石だ。ところが兜斗くんのことを思いだしてくれ。〈詰問〉されて告白した後に秘密カードをもらっていただろう? このゲームは犯人を明らかにするのは通過点に過ぎず、秘密カードに記された条件で勝敗が決まる。だったら秘密カードをもらって早めに勝利条件を知るほうがゲームの行方を握りやすい」
「だから愛季さんはわざと疑われるようなことを……そんなこと、ありえるの?」
珍しい生き物を目にするように千笑美が小衣のほうを向く。「アー、言われてみるとちょっとそんなこと考えたかも」そう言いながらも小衣は腕組みして首をひねっている。
「もちろん、確実とは言えない。実際、俺のときは告白しても秘密カードをもらえたのは日庭さんと深川さんだった。どう転ぶかわからないんだから、不要な疑いは招かないよう安全策を採るのが普通だろう」
「そこで安全策を採らないのがこころちゃんなんですよ」美月がドヤ顔で言った。
「褒められてるのか、けなされてるのか」小衣が複雑な表情をしている。
「もちろん褒めているさ」愉快そうに家彦は笑みをこぼした。
「こういう奴がいるからゲームは面白いんだ」
お褒めを預かったところで。小衣に目配せされ、素尚は口を開いた。
「なんか、このあたりが痛いんですが」
胸を撫でさすりながら素尚は笑顔を浮かべた。千笑美が「大丈夫?」と訊いてくる。
「もちろん大丈夫です。シナリオを開いて自分が犯人役だと知って、これは大変なことになるなとは思いましたけど、そのときの覚悟の百倍くらい大変でした」
大変申し訳ありません。万慈が深々と腰を折った。
「まあ愉しい経験だったと思います。また機会があったら参加したいと思います」
ただし犯人役以外で、と付け加えると、ひとしきり笑い声が溢れた。
「私は」口を開いた美月が、ハアと溜め息をこぼす。
「一手、遅かった」
がっくり首を折り、背中を丸める。「いつの話ですか?」反射的に素尚は質問した。
「秘密カードをもらった後、あれを次の手番で辰木くんに渡していれば……」
五周目での出来事を素尚は思いだした。家彦が〈詰問〉され、その告白によってゲームマスターである万慈が千笑美に「神殺しの剣」を、美月に「呪殺の毒壺」を渡した。その後で巡ってきた手番で美月は「文献/神殺しの剣」の手掛かりカードをめくった。
「でも、あのときはまだ愛季さんが転生の巫女だとはわかってなかったですし」
「そうなの、確信がなかった。でも状況証拠はたくさんあった。顔が姫白夕貴とそっくりだし、さっき話にでたとおり『生まれ変わりの巫女』の手掛かりカードを引いたのは変だった。巫女なら女性だろうし、そうなると日庭さんとこころちゃんしか候補はいない。日庭さんは『神殺しの剣』を与える役割だから、こころちゃんが巫女で間違いなかった。それなのに、あそこで踏み切れなかった……」
誰かに呪いでもかけるような調子で話していた美月が、がばりと顔を上げた。
「このゲームでしろがねさまの最大の武器って、わかる?」
「え、えっと、わかりません」
「それはね、私がしろがねだっていう証拠が無いことなの。よほど洞察力がないと〈詰問〉で『あなたは神ですか?』なんて質問すること、思い浮かばないでしょう。質問されたって、とぼければ良いし。秘密カードを与えられたこととか、犯人をそれとなくかばったり誰が本物の巫女なのか確認しようとするそぶりで疑うしかない。それはあくまで疑いに過ぎなくて、間違いなく私がしろがねだって確信することはできないの」
美月は「呪殺の毒壺」を受けとった後、手番のときにずいぶん思い詰めた顔をしていた。あのとき、心の中ではそんなことを考えていたのか。
「だから、まだ悪目立ちしないほうがいいって消極的になってしまったの。あのとき素尚くんを信じて、さっさとカードを託していれば……まだまだ修行が足りないみたいね」
「いや、もう、僕からしてみれば充分に凄いですよ。そういえば深川さん、僕が犯人だって初めからシナリオで知ってたんですか」
「もちろん」微笑みながら美月が答える。
物語上、しろがねさまは素尚を操って犯行を仕向けていたのだから当然だろう。たしかにサポートされていたようにも感じる。いや、操られていたと言うべきか。
「日庭さんをあそこで説得できていたらなあ」
独り言のように美月が漏らした言葉の意味を問おうとして、素尚は愕然とした。
千笑美の説得とは、小衣が素尚を〈詰問〉するか否か採決で揉めたときの話だろう。あそこで素尚を〈詰問〉しなければ、どうなっていたか。素尚を犯人だと指摘する機会を失った小衣に「まっすぐな心」は渡らない。美月は素尚に「呪殺の毒壺」を与えたかったし、家彦は「家宝の扇」で千笑美から「神殺しの剣」を受けとろうとしていた。素尚を〈詰問〉するのは千笑美になっただろう。そこで素尚が犯人だと明らかになっても、もう遅い。素尚が「呪殺の毒壺」で小衣を殺し、ゲームは美月の勝利で終わっていたはずだ。
あれが運命の分かれ道だった。家彦に同調すると見せかけて、素尚が犯人だと明かされるのを遅らせることが美月の目的だった。そんな美月のたくらみを察した兜斗が「そんなことをしている場合じゃない」と家彦に声をかけ、冷静さを取り戻させた。
素尚が〈詰問〉に反対する言葉をもう少し工夫していれば、千笑美の心を動かし、美月の勝利で終わったかもしれない。勝敗は本当に紙一重だった。
「やっぱり『呪殺』は強力すぎるか」万慈の声に、素尚は我に返った。
「下手すると犯人が指摘される前にゲームが終わってしまうな。まあ『呪殺』が強力だからこそ、巫女側には武器を二つ用意したんだが」
「すぐ入手できるけれど発動までの条件が厳しい『神殺しの剣』と、入手難度は高いけど即使える『まっすぐな心』ということね」
感心したように頷きをくりかえした美月が「あとは、まあ」と言葉を続けた。
「姫白さんと一緒にプレイしたかったかな」
しん、とテーブルが静まり返った。痛々しいというより、温かみのある沈黙だった。
「私、ずっと素尚くんを姫白さんと重ねて見ていたの」
「僕がですか?」素尚は首を傾げた。
「プレイスタイルが似ているから。姫白さんは正直、あまりマーダーミステリーが得意ではなかった。人の言葉をまっすぐ受けとめすぎるところがあって、そこが似てるなって」
どういう表情を作ればよいのか、素尚は迷った。
「姫ちゃんは犯人のとき凄かったよね」小衣が口を挟む。
「そうそう、一回だけあった」美月が遠いところをみつめる目になる。
「まるで別人みたいだった。ずっと誰それが怪しい、きっと真相はこうだってみんなをリードして。頭の使い方が違うんでしょうね。手掛かりを俯瞰して都合の良い筋道をみつけてくるのが上手というか。追い詰められると力を発揮するタイプだったのかもしれない」
「僕にはとてもそんな」
「ほら、四周目で居酒屋の手掛かりカードをめくるのに、私を疑う根拠を説明したでしょう? あんなふうに理路整然と話せる人は意外に少ないものなの。まあ、姫白さんはもっと鬼気迫るような、少し怖いくらいだったけど」
「けっきょく夕貴さんが勝ったわけですか」
恐らくそうではないのだろう。素尚は予感を覚えていた。
「ううん、負けたの」美月が頭をふる。
「理屈では誰も勝つことができなかった。でも、姫白さんの様子があまりに普段と違うものだから、それだけで怪しすぎたの。投票で負けて……姫白さん、愕然としてた」
素尚には見えるような気がした。裏切られ、呆然とする夕貴の表情が。
「それではお待ちかね、家彦さんにお願いしましょう!」
しんみりとした雰囲気を吹き払うような調子で万慈が声をあげた。
「そうだな」マグカップを一口傾けてから家彦は口を開いた。
「よくできてるんじゃないか」
ありがとうございます。万慈が勢いよく頭を下げる。
「秘密カードのメリットがわかりやすいと良かったんだが」
ぐはあ。矢で貫かれでもしたように、万慈が胸を押さえて苦悶の表情を浮かべた。
「そこを真っ先に指摘するとは、さすがですね……」
なになに、どゆこと。小衣が声をあげ、それに応えるように家彦は口を開いた。
「たとえば『まっすぐな心』はわかりやすい。犯人を指摘すると、ご褒美として敵を倒すためのアイテムをもらえる。秘密カードを入手してやろうというインセンティブになってゲームが盛りあがるだろ? ところが、それ以外のカードは誰に与えられるのか初めから決まってる。プレイヤーの努力と無関係だから、がんばろうって気になれないよな」
「そのことは途中で気づいて悩んだんですが、設定と密接に絡むのでどうしようもなかったんですよねえ」
「まあそこを直したところで、商業化は難しいな」
万慈が「あれれ」と言いながらコケた。
「いや、さすがに時間がかかりすぎだろ」
壁にある時計に目を走らせた素尚は驚いた。もう午後四時半になろうとしている。ゲーム開始から三時間も過ぎたのか。
「一般的なマーダーミステリーなら時間切れで議論を中断させて投票、エンディングって流れにできるが、このゲームの方式だとそうはいかないだろ? 時間を制御できないならマーダーミステリー専門店では無理だ。今日はミステリ慣れしている者が多かったから、これでも早いほうじゃないか。下手すると手掛かりカードはすべてめくられたのに誰も矛盾をみつけられないまま全員パスを続けてどっちらけ、みたいな流れもありえるぞ」
ごもっとも、と弱々しい声で万慈が応じる。
「まあ、言い訳をすると……しらけるのは構わないと覚悟してました。やりたかったのは人狼と犯人当ての中間というか、犯人当て寄りのマーダーミステリーなんですよね」
「人狼ってなんでしたっけ」千笑美が疑問の声をあげた。
「少し前に流行ったアナログゲームで」美月が口を開く。
「村人の中に、人間の姿に化けた狼が混ざっている。夜が来ると人狼が正体を現し、村人を食い殺してしまうという物語がベースになっています。誰が人狼なのか議論して、投票で選んで処刑してしまう。人狼が狩りつくされるか、村人の数が人狼たちと同じ数まで減るかで勝敗が決まります」
「一般的なルールのマーダーミステリーは人狼に近いんですよ」万慈が言った。
「明確な根拠は誰にも示しようがないので、なんとなくこいつ怪しいぞと疑いあうだけなんですよね。そういう会話の駆け引きを愉しむゲームなんです。あと人狼のほうは、プレイヤーによって立場が異なるんですよ。人狼かどうか判定できる占い師とか、村人なのに人狼に味方する狂人とか、いろんな役割がある。マーダーミステリーも、抱えている秘密がキャラクターによって違うから勝利条件も異なる。犯人当ては逆です。参加者はみんな同じ小説を渡される。すべての手掛かりが提示されていて、論理的に考えれば真相を推理できる。全員が同じ条件でプレイヤー間のコミュニケーションが無い」
「えっと、普通のマーダーミステリーは投票で犯人を決めるから人狼に近い?」
そう言いながらも千笑美はまだ首を傾げている。「そうそう」と万慈が頷いた。
「それもありますね。ただし、物語と密接に関わるところは犯人当て小説に近い。真相を知ってしまったらマーダーミステリーも犯人当ても二度と同じものには参加できません」
いったん言葉を切り、万慈は改めて家彦と向きあった。
「俺が作りたかったのは、犯人当て小説が好きな人も楽しめる、推理の要素を重視したマーダーミステリーなんです。まあ推理を組み立てるのはミステリファンでも難しいんで、そこは矛盾点に気づくだけで良しとしました。だから矛盾をみつけるため考えこんで会話が途絶えてしまうのは、従来のマーダーミステリーからすれば短所でしょうけど、俺としては構わないんですよ」
「それなら後半の展開はどうなんだ」家彦が即座に言った。
「転生の巫女と〈しろがね〉さまとの対決は、かなり運の要素が強いと思うが」
「まあ、そこは、そうですね……」考えあぐねるように万慈は腕組みをした。
「矛盾をみつけて一人ずつ秘密を話して犯人を指摘してハイ終わりだと、ただの作業になっちまうんですよね。誰かが準備したシナリオに沿って動かされる駒みたいな気持ちになる。他ならぬ俺がやりとげたんだって実感してもらうには、運の要素が大事だなと」
ナラティブの問題か。つぶやくように家彦が言った。
「マーダーミステリーの本質はロールプレイングじゃないかと」
社運を賭けた新商品を説明する営業マンのように、万慈は真剣な顔をしている。
「自分じゃない誰かを演じる、それが楽しいんですよ。最後まで仮面を被ったままなんてもったいない。真相を告白する、仮面を外すときこそ役と本人が一体になる瞬間じゃないですか。〈詰問〉という仕組みはそういう考えからです。あと、俺の好みですかね」
「ミステリの好みのことか?」
ええ、と万慈は頷いた。「名探偵が好きじゃないんですよ」
だろうな。家彦が納得した顔で頷いた。
「名探偵がでてくるミステリすべてが憎いってわけじゃないんですけどね。ただ、なんでもかんでも理屈だけで通ると思うなら大間違いてな気持ちが俺のどこかにあるんでしょう。よそ様の事件に無関係な奴がしゃしゃりでて、えらそうに始末をつけて去っていくのは我慢ならないというか。そういうのはミステリの半分だけで、もう半分は違うんですよ。俺が、俺のために、俺の事件に立ち向かうっていう……」
ハア、と万慈は大きく息を吐いた。
「俺は一人称のミステリが好きなんですよ」
強い感情をこらえるように、万慈は瞼を手で覆った。こめかみを何度も揉んでいたが、やがて手の平が下がるといつもの飄々とした顔があった。
「デジタルゲームだとオープンワールドって考えがありますよね。仮想世界が広がっていて、プレイヤーはその中をどこへ行ってもいい、なんでもできるっていう。でも俺には、そういうゲームを自由だとは思えない。説明が難しいんですが」
「自由に行動しているようで、けっきょくはお釈迦様の手の平の上ってことだな。だがな、それはゲームの宿命じゃないか? どれだけ工夫したところで、けっきょくはクリエイターが用意した選択肢しかない。俺は正直、創造者の思惑すら超えたゲームなんて考えは馬鹿らしいと思う。それはただのクリエイターの怠慢だ」
「同感です。俺が言いたいのはたぶんこういうことです。自由ってのは与えられる選択肢の数で決まるんじゃない。プレイヤーがどれだけその選択に悩むかで決まるんだってね。そして、悩むような選択はクリエイターが設計できる。後半の展開で運の要素を大きくしたのは、俺にそういう考えがあるからです。なにもかも理屈で見抜けてしまうんじゃ善悪すらクリエイターが決めることになっちまう。それは受け容れられない。神さまみたいな全知の存在にはなれないとわかった上で、なにかを選ぶのが人間なんですよ」
素尚は奇妙な感覚を覚えた。二人はなんの話をしているのか。もちろん今日のゲームについて会話しているのだろう。だけど、なにか別のことを話しているようにも感じる。
「そうか」短い一言を漏らし、家彦はそれ以上、言葉を続けようとはしなかった。
「では、そろそろ終わりにしますか」
おつかれー。小衣が椅子から立ちあがろうとしたのを、万慈が慌てた調子で「いや、待ってくれ」と押しとどめる。
「終わりってのは、エンディングのことだ。物語はどうなったか話す」
あ、なるほどね。小衣が納得顔で座り直した。
「まあ初めに説明したとおり、時間切れで簡単なものしか用意できてないんですがね。普通はキャラクターごとに事件の後はどうなったか説明するんですよ。これ真面目にやると、事件の展開とか、それぞれのプレイヤーが勝利条件を達成したかどうかの組合せ、すべて用意する必要があって大変なんで。今回は超ざっくりで勘弁してください」
「はいはい、わかったわかった」小衣が手をひらひらとふった。
「それじゃエンディングです」
こほん、と万慈が咳払いをした。尻ポケットからA4用紙をとりだして広げ、ひとしきり目を通すと、口を開いた。
「紫ヶ森は滅びました」
以上、終わり。万慈は紙を折り畳み、ポケットに戻した。
誰も口を開こうとしなかった。「ざっくりすぎるだろ」口火を切ったのは家彦だった。「なんで滅びちゃったんですか」千笑美が不思議がり、兜斗が腕組みをした。美月は眉間に皺を寄せて万慈の顔を睨み、小衣が床を足で踏み鳴らしながらブーイングした。
「なんでって、まあ、そりゃ」不思議そうに万慈は目をパチクリさせた。
「伏線はあったでしょう?」
「ねえよ」「無かった」「無い」「あ、そゆこと」「ありましたっけ」「無いって」
「わかりました。もう少しご説明しましょう。みなさんの尽力で愛季小衣さんは命が助かり、しろがねさまは永い眠りに就きました」
怒れる聴衆をなだめようとするかのように万慈が両手を左右に広げて上下に揺らす。
「ところが! 愛季さんはとてつもない邪悪な人間だったのです! 姫白神社の正式な巫女として迎えられた愛季さんは成長するにつれて輝くばかりの美貌となり、紫ヶ森湖近辺に住む老若男女をことごとく魅了したかと思えば政治の世界に打ってでます。県知事となって紫ヶ森湖上流の治水工事を推進しますが、その裏では建設業者からリベートを受けとってウッハウハ。手抜き工事のダムは台風の影響による大雨をしのげず決壊、哀れ紫ヶ森湖の大氾濫によって人々はみな水の底に沈んでしまいます。世紀の大災害が起きた頃にはとっくに愛季さんは国政に進出、歴史に名を残す傾国の美女として悪事の限りを尽くしていましたとさ。めでたし、めでたし」
えへへ。小衣が頭を掻いた。
「いや、だからどこに伏線があったんだ」不機嫌そうに家彦がぼやいた。
「そういやゲームの中では話がでませんでしたね。ご説明すると、」
「ひょっとして」素尚は唇を開いた。
「愛季さんが、姫白先輩を裏切っていたことですか」
万慈が、達磨のように目を丸くして素尚の顔を見返した。