2015.12.23(日)、MYSDOKU18に参加してきました。課題本は多島斗志之『黒百合』。13時半に開始、15時半に終了。会場はJR蒲田駅近く、大田区消費者生活センターの第2集会室。
 以下、印象に残ったことをかいつまんでレポートします。引用箇所などのページ番号は創元推理文庫版(2015年8月)に基づいています。話題にあわせて会話の順番を一部整理しています。走り書きのメモからの再構成ですので、言い回しなど正確さについては乞うご容赦。
 ちなみに、大田区消費者生活センターさまに我々は「私のSDOKU」の集まりだと思われているようです。SDOKUって、なんでしょう? わたし、気になります!

MY SDOKU

黒ユリお千のいくつもの顔

 まずは自己紹介。併せて、年明けに読もうと思っている本を申告することに。エラリー・クイーンの国名シリーズに挑みたい、シャーロック・ホームズを読み返したいというミステリファンもいれば、円城塔の新作を読む人もいて傾向はバラバラ。私は『殊能将之読書日記2000-2009』を読むぞい。まあ、ぜんぶネットで読んでいるはずだけど。
 司会のみっつさんから課題本について紹介。2009年度の『このミステリーがすごい!』(宝島社)7位、2010年版『ミステリが読みたい!』(早川書房)では4位と高評価を獲得している。
 その一方、カテゴリとしては本格のはずなのに、2009年版『本格ミステリ・ベスト10』では18位だった。多島斗志之は作風が豊かで、ガチガチの本格ミステリと呼べる作品は少ない。刊行が投票期限間近の2008年10月だったため、気づかれなかったのかも。
 なお、戸川安宣による解説(創元推理文庫版)でも触れられているけれど、多島斗志之はこの作品を最後に2009年12月から失踪している。
 配布したレジュメについて説明……するほどのことはなかった。今回もさぼって、コーヒー猫さまのサイト「A sequel to the Story」内の以下のページを拝借させていただきました。スンゴイ緻密です。

多島斗志之「黒百合」ネタバレ
http://www.geocities.jp/coffeecat0821/truth-blacklily.htm

 まずはやっぱり、車掌の正体が黒ユリお千こと相田真千子だったという性別誤認トリックから。
 鉄道会社の名前が“阪急”ではなく“宝急”となっている。宝塚といえば、男性役も女性が演じる宝塚歌劇団で知られている。車掌が女性だったという真相へのほのめかしだったのかもとみっつさん。
 断片的なエピソードがつながることで、一人の女性の生涯が浮かびあがるとヤキソバさん。果たして真千子は、運命に翻弄されただけの悲劇的な人物だったのか。
 恋文を渡したのは日登美から(p.114)だった。しかし、そのきっかけは“以前から私がそれとなく彼女を見ていたことに気づいていた”からだった。真千子が意図して日登美に近づいたとしたら、倉沢喜久男が危惧したとおり復讐をもくろんでいた可能性もある。
 作者の狙いとしては、六甲の女王を真千子だと思いこませたかったのだろう。けれど、性格描写には明らかな違いがある。ベルリンでは、真千子は小芝一造らに助けを求めようとしなかった。六甲の女王は、小芝に店を拡げるべきか相談したりしている。
 香の母親のほうが真千子っぽいですよね、と秋山真琴さん。sasashinさんは、ベルリンでの真千子から不良女学生らしさを感じなかったとのこと。ベルリンでは満年齢で十九歳あるいは十八歳だったのだから、札付きだった時期とそれほど離れていないはずなのだけど。
 人によって印象が変るのかもしれないとおがわさん。後に夫となる浅木健太郎には好印象だったのだろう。過去に裏切った負い目がある倉沢喜久男や、デカダンス叔父さんこと貴代司には脅威と思えた。決定的な描写をあえて避け、一人の女性を多面的に描いている。

まあ、なんていやらしい(ミステリ的な意味で)

 なかなか事件が起きず、当惑したとおがわさん。ようやくⅣで車掌が喜久男を殺害するけど、これは正当防衛でしょう。ラスト近くのⅥでデカダンス叔父さんが殺され、ようやくミステリらしくなってくる。sasashinさんは、喜久男殺し事件を1952年に調査する、いわゆるスリーピング・マーダーものになるかと予想していたそう。
 小芝一造が良いキャラクターだと秋山さん。小芝が、水戸黄門のように部下たちを連れてヨーロッパを旅する雰囲気がいい。世界情勢や未来について語る場面(p.65)にぐっと来たとのこと。
 おがわさんによると、漫画家の手塚治虫は宝塚市出身。宝塚歌劇が『リボンの騎士』などに影響を与えているとのこと。そう聞くとベルリンの場面は『アドルフに告ぐ』みたいですねと添田さん。
 添田さんは、全体的な作りがエミリー・ブロンテ『嵐が丘』に似ていると感じたとのこと。現在と過去が描かれ、次第にその因果関係が明らかになってきたり、信頼できない語り手が登場したりするところが似ている。
 中学生たちの物語はもっと残酷な展開になるのかと思っていたと添田さん。菅留さんは、進と一彦が兄弟ではないかと疑っていたとのこと。まるで韓流ドラマのような展開になるのでは、と期待したのだけど。

 推理の手掛かりになりそうでならない、あんまり意味のない描写が多いとおがわさん。箇条書きにしてみましょう。

 うわあ……いやらしい……(赤面)。
 多島斗志之の他の作品では、こういった思わせぶりな記述は頻出しないと菅留さん。青春小説に疑いの目を向けようとするミステリ読者への皮肉なのかしらん。
 でも、真相としては身内で殺し合いがあったということですよね、とツッコムsasashinさん。殺した男(喜久男)の娘(香)と、自分の息子(一彦)が結婚したわけだから。
 最後の十ページまで確定的な推理材料が提示されないとおがわさん。新也は消去法で否定されるだけで、真千子がデカダンス叔父さんを殺した直接的な論拠は提示されていない。
 細かく書いておくと、次のようになる。デカダンス叔父さんを殺した犯人はワルサーP38について“ドイツ語のできる貴久男は、これを「ヴァルター」と発音していたっけ”と述懐している。車掌を撃とうとしたとき貴久男は“ヴァルターや”と言っている(p.131)ので、犯人すなわち車掌だとわかる。
 では、車掌は脚を撃たれたはずだから、片脚をひきずる新也が犯人なのか。進が東京へ帰る八月十九日、新也は“戦地で片脚に鉄砲の弾を受けた”と香の口から明かされる。車掌が脚を撃たれたのは終戦の年、国内での出来事だったのだから、新也と車掌は別人だとわかる。よって足を負傷しているもう一人の人物、一彦の母が犯人となる。
 なお、六甲の女王が真千子ではないと確定するのはその前日の八月十八日。父たちの会話から真千子は東京の酒場で手伝いをしていたと明かされる。六甲の女王は東京で“娘時代を過ごした”(p.185)とはあるが、その後“戦前に梅田の宝急デパートの近くでパーをして”(p.34)空襲がひどくなったため六甲に疎開してきた。つまり、経歴が異なるため別人だとわかる。
 元不良で、男っぽいところのある真千子は、男性の格好をすることに忌避感がなかったのかもと秋山さん。車掌の格好にせよ、義足のためズボンを履くことにせよ。
 一彦の母、すなわち真千子が美人だから、顔を見ていなかった(p.240)という進の残念な観察力にみんな非難轟々。浅木に大阪の街を案内されても、ろくすっぽ覚えてないし(p.147)。
 日登美が、当時の世相として女性は積極的ではなかったはずなのに、ぐいぐい迫っているのは相手も女性だったことの伏線だったのかもとヤキソバさん。
 たとえば進と初めて出会ったとき、真千子は「よく来たわね」(p.13)と言っており、関西弁を使っていない。再婚したことを意味する伏線だったのかも。
 ラジオドラマ『君の名は』はヒロインの名前(マチコ)つながりだった。ここぞとばかりに某氏が「いやあ、新海誠監督って長生きなんですね」と、温めていたネタをぶつけたが、盛大に不発。
 君たち、ミステリばかり読まずに、もっと世の中に目を向けたまえ!

映画『君の名は。』公式サイト
http://www.kiminona.com/

光の中の少年少女、影に潜む大人たち

 ミステリとして、読者に考えるべき謎を提示するタイプの作品ではないですよねとsasashinさん。意図的に真相を伏せようとする語り手はいなかったけど、結果的にそうなってしまったという叙述トリックによって構成されている。
 のかな? いや、案外、進が大人になってから真相に気づき、腹黒い目的で執筆したのがこの小説なのかもしれない。「なあ一彦、こんな回想録を書いてみたんだが、どうかな? 話は変わるけど、融資の件はよろしくな!」
 銃について、いろいろとツッコミ。初めて銃を撃ったのにうまくいくだろうかと添田さん。
 おがわさんが、手入れをしないと銃は錆びるのではと指摘。真千子は手先が器用とあるので、整備できたのかもとsasashinさん。ただ、民間人のはずの真千子が銃に詳しいのは違和感を覚えたとのこと。安全装置や、ワルサーのP38という型番はどこで知ったのか。
 秋山さんがネットで画像検索してみたところ、型番号は銃に刻まれているので、たまたま目にしたのかも。ベルリンに行ったメンバーなら、銃のことくらい知っていてもおかしくはない。すると鶴崎も犯人候補かとsasashinさん。
 銃は義足に隠していたんですかねと秋山さん。それなら凄く黒幕っぽいですねとみっつさん。

 叙述トリックを用いた作品にしては、真相を明かされても崩壊感がないとみっつさん。
 たとえば小説を読んでいて、人物Xが登場したとする。断片的な描写から、読者は無意識にXを男性だと思いこむ。Xが男性の顔で、男性らしく話す光景を思い描きながら読み進める。ところが謎解きで、Xは女性だったと明かされる。すると読者は、それまで心に思い描いていた、男性としての人物Xのイメージが崩壊してしまう。
 この作品では、そのような崩壊が生じない。中学生たちの爽やかな思い出には、残酷な裏面などなかった。その代わり、断片がパズルのように組みあわされ、それまで秘められていた女の一生が読者の心に刻まれる。
 光に満ちた表の世界はそのままで、影の世界が構築される。そういうところは、これまでの叙述トリックと性質が異なるかもしれない。
 菅留さんは、初読では十四歳の少年少女たちの交流を読み、再読時には真千子の人生を読んだとのこと。多島斗志之の作品はキャラクターの描写が良く、当て馬キャラでさえ魅力があるとかんりさん。
 日登美は、真千子とその後どうつきあったのだろうとおがわさん。子供っぽい感情からは卒業して疎遠になったのか、それとも、その後も黒百合していたのでしょうか。
 各自一言ずつ、感想を述べて終了。
 菅留さんから、本格ミステリファンであれば著作リスト(創元推理文庫版の解説に所収)の13『二島縁起』と14『海上タクシー〈ガル3号〉備忘録』が、個人的には19『汚名』がお勧めとのこと。ちなみに1『〈移情閣〉ゲーム』は、講談社ノベルス25周年を記念した綾辻行人と有栖川有栖による復刊セレクションの一冊だったと秋山さん。

 最後に一言。
 いやあ、本当に黒い百合でしたね!

ニューヨークに行きたいかっ!

 ちなみに……読書会の後は「ミステリでレクリエーション、略してMYSREC」として、アメリカ横断ウルトラクイズに挑戦しました。秋山真琴さんが大量にミステリクイズを自作してきてくれました。
 これが俺たちの、光に満ちた世界か……。