2015.10.11(日)、MYSDOKU17に参加してきました。課題本は三津田信三『首無の如き祟るもの』。今回はいつもより時間帯が遅く、18時に開始して20時半に終了。会場はJR蒲田駅近く、大田区消費者生活センターの第1集会室。
 以下、印象に残ったことをかいつまんでレポートします。引用箇所などのページ番号は講談社文庫版(2010年5月)に基づいています。話題に沿って会話の順番を一部整理しています。その後に加筆された遺稿、じゃなくて走り書きのメモからの再構成ですので、言い回しなど正確さについては乞うご容赦の如きもの。

第一章 誰が妃女子を殺したか

加えてどうすんねん

 まずは司会のみっつさんから作品紹介。2008年度の『本格ミステリ・ベスト10』にて第2位にランクイン、文藝春秋[編]『東西ミステリーベスト100』では国内編62位を獲得した。63位が麻耶雄嵩『夏と冬の奏鳴曲』、64位が森博嗣『すべてがFになる』だから、評価の高さが窺い知れようというもの。
 怪奇幻想作家の刀城言耶(筆名は東城雅哉)が怪奇な事件に挑む……のだけど、果たして、本作を〈刀城言耶〉シリーズに数えて良いのかとみっつさん。「蜜柑食ってるだけですよね」と秋山真琴さん。いや、正確には、蜜柑はぜんぶ阿武隈川烏が食べちゃったんだけど。なお、阿武隈川は『凶鳥の如き忌むもの』に名前だけ登場したり、同じ作者の〈作者不詳〉シリーズのほうに登場したりしているそうな。
 配布したレジュメについて説明。今回はさぼって自作ではなく、東北大学推理小説研究会の方が作成されたレジュメを拝借させていただきました。感想や考察はおろか、他作品の紹介まであって凄い熱量です。

 上記URL先の「3、本編」をExcelで整形して配布資料にしたのだけど……し、しまった!「レジュメの如き借りたもの」って隅っこに書いておけばよかった!
 各自、自己紹介。併せて、三津田信三作品の読書歴を語ったり、今年読んで面白かった本を紹介したり。みんな瀬川コウ『謎好き乙女と奪われた青春』読んでみてね。

 あらま草さんが「編者の記」について指摘。本稿が書籍として成立した手柄は“その一部は作中の江川蘭子氏にも与えられるが”(p.3)とある。「作中の」という断りが細かいところ。これは怪奇小説作家だった江川蘭子を指すのか、後に本格推理を書くようになった蘭子(正体は古里毬子)のことなのか。
 ラストの刀城(幾多斧高? 首無?)と高屋敷妙子(毬子?)との対決について。あらま草さんは刀城の“でも、これは小説じゃありませんか”(p.577)というセリフに、世界が揺らぐような気持ちを味わったとのこと。
 かなり入り組んでいるので、そもそもラストでなにが物語内真実として確定したのか整理してみる。議論の流れを簡潔にまとめると、以下となる。

  1. 刀城が疑問点を列挙し、それらを長寿郎女性説によって説明してみせる。十三夜参りの犯人は二守紘二、婚舎の集いでの犯人は毬子となる。
  2. だが、毬子なら『迷宮草子』の連載を読んでいるはずだから、第三者に自分が犯人だと推理されることを恐れ、妙子に接触しようとするはずだと、刀城は 1.自身の説を否定する。
  3. そこで刀城は、斧高犯人説を主張する。斧高の語りはあくまで妙子が連載してきた小説としての記述に過ぎず、高屋敷巡査によるパートと整合性する記述以外は信頼しないとすれば犯行が可能となる。
  4. だが、おもむろに刀城は 1.毬子犯人説を再主張する。それを否定する根拠は 2.毬子の接触がなかったことだったが、実はすでに接触し、妙子を殺害して死体を畑に埋め、入れ替わっていたと主張する。
  5. 正体を暴かれ、観念した毬子は、刀城に勧められるまま原稿の続きを書き始める。だが、さきほどまで会話していたのは本当に刀城だったのか、復讐を決意した斧高だったのではないかと思い至る。あるいはそれ以外のなにかなのか……。

 5.の時点で確定した物語内事実を整理するなら、以下となるかと。

 婚舎の集いでの殺人で、斧高が実行犯だったという仮説は誤りとなる。実際、毬子は“そうか、復讐か……。長寿郎を殺され、おまけに私にはまんまと騙されたことになるのだから”(p.597)と内的独白で自分が殺したことを認めている。
 それでは、十三夜参りのほうは紘二と斧高どちらが犯人だったのか。妃女子が長寿郎と入れ替わるため髪を切ったのは祭祀堂の中(p.539)でだった。それを斧高は知らないはずではとyakisobaさん。本当の性別を知っていたとしても“顔は闇夜で見えなくとも、さすがに長い髪の毛は分かる”(p.539)状況で斧高は髪が短くなった妃女子を見分けることができただろうか。
 長寿郎の証言と矛盾せず、長寿郎=女性だとか紘二が犯人だと仮定すると不備なく説明できる、架空の状況を想定した複雑な嘘を六歳の子供がつけるだろうか。そう考えると十三夜参りの犯人は紘二ということになりそう。

第二章 首をチョンチョン大魔術

 舞台は奥多摩。横溝正史作品のように、因習のある村という設定はミステリ作品に適してますねとみっつさん。
 時代風俗の描写を徹底的に避けているとおがわさん。そもそも戦時中に、刀城は敵国であるアメリカ文化の象徴みたいなジーンズを履いていて大丈夫だったんですかね。
 「たたりじゃーっ!」と誰かに言ってほしかったと秋山さん。
 「その可能性はすでに考えた」と刀城言耶に言ってほしかったとsezmarさん。無理です。
 横溝作品だと家系図が縦に長い印象があるが、刀城言耶シリーズでは登場人物表に複数の家が登場し、人間関係が横に長い。この作品では、蘭子や毬子といった村の外から来た人物と、村内の因習とが化学反応を起こした結果として事件が起きた。こういうところが現代的ですよね、とカッコよく指摘する杉本@むにゅ10号。
 おがわさんによると、横溝作品では『八墓村』や『真珠郎』に構図が似ているのではないか。これらも村の外から来た者たちの影響で事件が起きる。ごめん、現代的でもなんでもなかったよと萎れる杉本@むにゅ10号。
「そういえば『犬神家の一族』にも似てるよね!」「それ、斧がでてくるだけやん」
 犠牲者の数が意外と少ないですねとみっつさん。見合いの相手、三人とも全員殺されるものだとばかり思っていたとのこと。

自分で切った?

 性別トリックに気づくことはできたか。おがわさんは鈴江の話を聞いた時点で悟ったけれど、蘭子との入れ替わりまではわからなかったという。
 本格ミステリのマニアであれば、双子の紘一と紘二や、鈴江(急に舞台から退場)と妃名子(遺体の確認が不十分)との入れ替わりは必ず疑う。けれど、兄妹とはいえ男と女の入れ替わりまでは想像できない。
 文庫版には柄刀一の解説があり、首の切断による入れ替わりトリックを新しい原理だと称賛している(p.607)。

 驚く図式だった。隠されていた人々の秘密を利用し、複数の死者の首をチョンチョンと入れ替えていくと、犯人は自分の“理想の人物”とさえなって悠々と脱出できているのだ。
 こんな手段が今まであったろうか? このトリックは、もはや一つの原理であり公式だ。新式の原理だ。

 とはいえ、あんな一瞬で毬子のたくらみに乗ってくる一守家の人々、ものわかりよすぎ!とのりたさんからツッコミ。
 sezmarさんは、真相を覚えづらいと感じたとのこと。もし死体がひとつだけの古典的な入れ替わりだったなら、被害者=犯人だと読者に勘付かれてしまう。その弱点を小手先ではなく、死体をもうひとつ増やすという荒業でカバーした発想が凄い。
 死亡推定時刻との関係から、副次的にアリバイまで生じるのも優れたところ。おまけに、わざわざ首の無い屍体の分類をして、入れ替わりという初歩的な解から目を逸らせようとするのも凝っている。まあ、有名トリックの弱点をカバーするという発想がすでにマニアの世界だとも言えるけれど。

第三章 こんなに可愛い斧高が男の子のはずが

 秋山さんは糸波小陸と僉鳥郁子とのアナグラムについて“――迂闊でした”(p.550)というセリフに清流院流水らしさを感じたとのこと。「きっと三津田先生から清流院へのオマージュなんですよ!」ちがうと思うよ。
 糸波小陸の特集が組まれた(p.17)ということは、事件の後も創作を続けていたのか。いや、忘れ去られた作家特集だからねえ。
 そもそも、妙子が連載を始めたきっかけのひとつは、江川蘭子(に化けた毬子)の随筆があったから(p.16)。墓穴を掘ってますよねと菅留さん。
 yakisobaさんから、なぜ斧高は復讐のためとはいえ、毬子の首を切ったのかと疑問を提示。それはですね、と一人の男が長い説明を始めたのだが、長いので割愛。

 三津田信三の作品では、神のように人々を守護する者も、悪魔のように害を為す者も同じ姿をしていることが多いと秋山さん。淡首様は“秘守家を護りながら、また同時に祟り続けてもいる”(p.66)。
 おがわさんから、怪異のパターン性がよくわからないと指摘。首無は首が無い怪異なのか、首を切る怪異なのか。淡媛が殺された後、炭焼人は落ち武者や首と胴体がわかれた女を目撃し、高熱を出して死ぬ(p.67)。首無については姿形さえ正体不明とされている(p.78)。喉切り隊長のように、首を切る行為に取り憑かれた者がでてきたりする(第二十二章)。とまあ、なにがなんやら整合性が感じられない。
 yakisobaさんから、お淡のほうの伝承(p.69)はなくてもよかったですよねとバッサリ。このシリーズは、タイトルにでてくる怪異はあまり活躍の中心になっていないことが多いようなと秋山さん。シリーズ作品としてのタイトル統一のために必要だったのかしらん。

 喉切り隊長と化した岩槻刑事の思いがけない退場は凄かったですねとみっつさん。ジョン・ディクスン・カーに『喉切り隊長』という作品があり、恐らくはリスペクトなのでしょう。
 刀城言耶の父、冬城牙城は他の作品でもほぼ名前だけの登場だと秋山さん。「清涼院へのリスペクトですね!」ちがうと思うよ。
 蘭子に化けて同人誌を続けていたなら、毬子は僉鳥郁子のアナグラムに気づけたのではと秋山さん。だって同人誌を送る住所が同じなんだから。
 長寿郎、斧高、僉鳥、妙子。狭い村に文才ある人が多すぎますよねとのりたさん。きっと僉鳥の英才教育ですよ。列車内で刀城は三十代だったとすれば、刊行時には五十代となる。同人誌なのに『迷宮草子』が続いているのが脅威だと秋山さん。
 菅留さんから疑問提示。カネ婆の世話が斧高に負担が大きければ、他の人にやってもらうこともできるという長寿郎の提案に対して、斧高が“それに僕でないと、恐らく大変だと思います。そのうー、お互いに……”(p.195)と答えている。この「お互いに」とはどういう意味なのか。
 カネ婆は(長寿郎の性別という秘密を守るため)長寿郎の世話を焼こうとする(p.198)ので、カネ婆の扱いがうまい斧高が抑えていないと、という意味かな。
 これだけ多くの人物を活躍させられるのは凄いですね、と皆で登場人物一覧を見直すと、一部あまり印象に残っていない名前が。「三守家の克棋って、登場してましたっけ?」電子書籍で購入したsezmarさんが検索すると、戦死されていました(p.185)。合掌。
 貴族探偵作家の浜尾史郎(p.199)って、実在したんですかと秋山さん。そうだよね、これだけ虚実入り乱れると、わけがわからなくなるよね。

第四章 商売上手な刀城さん

 三津田信三は小学生男子の視点の物語がうまいと秋山さん。小学生男子だからこそ、恐怖から幻をみていてもおかしくない。無垢な子供の気持ちになって読み、没入感が強いほど刀城の“でも、これは小説じゃありませんか”(p.577)というセリフにショックを受けるのではないか。まさに首が落ちたかのような感覚。
 おがわさんが、幾守寿多郎(斧高?)が『書斎の死体』誌上で新人賞を受賞したこと(p.602)について触れる。これは果たしていつのことなのか? 四月号とあるが、何年のことなのか? おがわさんやみっつさんは作品タイトルでネット検索したけれど、どうやら実在しない模様。したがって年度も不明。
 第二十四章以降はいつ発表されたのか? 冒頭「編者の記」には“その後に加筆された遺稿などを編者が整理”とあるので、それかもと菅留さん。
 そもそも刀城は『迷宮草子』を読んでいたのか。自分の名前が勝手にでてくれば、気にして接触しようとするのではないか。ひょっとすると、復讐を遂げた斧高を社会的に糾弾するため刀城はこの小説を刊行したのか。
 あるいは、幾守=刀城で、販売戦略としての仕掛けだったのかも。東城雅哉『首無の如き祟るもの』刊行&幾守寿多郎『御堂の中には首がある』復刊で狙うぜダブルミリオンセラー。

 どの場面が怖かったか訊いてみると、やはりラストのドンデン返しの印象が強い模様。あと斧高が夜中に厠へ行くところ(p.290)。秋山さんは、妃名子に首がないと判明するシーン(p.88)とのこと。
 連載小説とはいえ、犯人の名前が明らかになる直前で次回へ続く(第二十三章の終わり、p.519)だなんて凄い引き。しかも、ここで連載終了。「抗議凄かったでしょうね」と秋山さん。
 ホラーとミステリを融合するという試みは古くからありますよねと、ジョン・ディクスン・カーや高木彬光の作品を挙げるおがわさん。
 幻想性との融合の在り方として、これは新しい傾向なのかも。島田荘司は、幻想的な謎とその論理的な解決を併せ持つ作品を創ろうと呼びかける本格ミステリー論によって、密室やアリバイといったコードを偏重しがちだった新本格ムーブメントの方向性を改善しようとした。しかし綾辻行人らは「幽霊の正体見たり枯れ尾花」では読者をがっかりさせるだけだと反論した。詳しくは『本格ミステリー館』(角川文庫)を読んでね。
 それに呼応するかのように、超自然現象が物語世界内に実在したのかあいまいにするのではなく、現実をありのままに描くことが優れた幻想性につながるタイプの作品が九〇年代前半頃に現れるようになった。詳しくは以下を読んでね。

MYSCON12レポート 森川別館はくらりが占拠したニャ
個別企画「MYSDOKU 14 in MYSCON『霧越邸殺人事件』読書会」
/pages/2014/141220_myscon12/index.html

 本作はどうか。刀城の推理によって疑問点はすべて解決されたように思えた。しかし、毬子が連載を読んでいたとしたら接触してくるはずという「推理行為そのものの意味付け」まで考える動的な推理を始めた結果、斧高の小説パートすら信頼できないという疑いが生じてくる。推理によって推理の基盤たる手掛かりの蓋然性が変化するなら、推理によって真実に到達することなどできないのではないか。
 推理の結論として超自然が関与していた可能性が疑われるのでも、明らかになった真実そのものが幻想的なわけでもない。テキストの内側では個々の仮説について、もっともらしさの度合いを推し量ることしかできず、客観的な真実を確定できない。黒々とした不可知の闇を描くことでホラーとミステリとを融合させている。

幕間

 最後に各自感想を述べて終了。
 読書会に参加して、むしろよくわからなくなったとのりたさん。まったくです。
 栄螺堂で物理トリックをかましてほしかったとyakisobaさん。まったくです。

 ――ふう、ようやくレポートが書き終わりました。みなさん飲み会の店へと移動されて、さっきまでの熱気が嘘のように、がらんとした会議室は冷えびえとしています。
 長々とタイピングを続けているうちに、なんだか手首が痛くなってきたような。首もこったし、抜けちゃったりしないだろうな、ハハハ。
 さて、帰りましょう。おや、雨でも降りだしたのでしょうか。外に気配が……。
「ごめんください」
 飛びあがるほどびっくりしました。扉を開けて入ってきたのは、長い説明をしていた一人の男です。とまどう私に構わず、一人で勝手にべらべらと話し始めます。
「す、すみませんが疑問点を述べさせてください。こうやって、すべての謎や問題を整理しないと、なかなか考えを進めることができない性分でして」

「あれ、六つしか無いんですか? どうせパロディやるなら、原典と同じく三十七個ひねりだしましょうよ
「無茶言うなーっ!」
「疑問その三とか四とかは、別に作中内論理で説明できるのでは?」
「こほん、敬称は略させていただきました。これら謎のすべては、実はたったひとつのある事実に気づきさえすれば、綺麗に解けてしまうのです」
「スルーかい」
「犯人は――」

終わりに

「犯人は、毬子です」
「知ってるよ! 首無を読んだ人、みんな知ってるよ!」
「いやいや、そういう意味じゃなくてね。まず、すべての疑問を解消する事実とは『斧高も女性だった』というものです」
「ああ、第三章のタイトルって、そういう意味だったのね」
「疑問その一、斧高が女の子だったなら、同じく女性だった長寿郎の世話をさせて当然でしょう。二人を傍に居させて、まとめて監視するほうが周囲に性別の秘密がバレにくくなりますしね。疑問その二もわかりますね。けっきょく真の後継ぎとなれる男子は一人もいなかったわけだから、長寿郎というカードをもう少し温存したくなるのも当然」
「なるほど。疑問その三、斧高の特異な嗜好とは、ホモだと思わせて実は百合だったんですねとおがわさん。まあ妙子はそもそも長寿郎女性説にすら到達してなかっただろうから、ここではホモのつもりで書いたんでしょうけど。疑問その四、斧高が健康なのは、女性だったからだとすれば整合しますねとsezmarさん」
「おや、みなさん飲み会に行ったのでは?」
「細かいことは置いといて。いや、待ってください。斧高は夜中に厠へ行こうとして、恐怖を我慢できず縁側で済ませたことを回想していますよね(p.292)。それは女の子として不自然では? そもそも、地の文で何度も“彼”と書かれていますよ」
「仰る通りです……でも、これは小説じゃありませんか
「ドヤ顔だ! すごいドヤ顔だーっ!」
「その可能性は、すでに考えた!」
「無理を承知でブッこんだーっ!」
「さて、斧高は女性だったとしましょう。新聞記事(p.599,600)で、首のない死体が毬子だとは特定されていないことに注意してください。すると、こうは考えられませんか? 死体のひとつは媛之森妙元こと高屋敷妙子だったかもしれませんが、もうひとつは毬子ではなく、斧高だったということも考えられるのでは?」
「そ、それはつまり――」
「連載を知った毬子は、妙子のもとを訪れて殺害した。なに食わぬ顔で、連載の続きを書くことまでした。だが、その連載を読んだ斧高が、薩摩芋を植える時期の矛盾から正体に気づき、復讐のため刀城に化けて訪れた。ここまでは作中と同じです。だが、そこからが違う。復讐をしようとした斧高は返り討ちに遭ってしまった」
「そして毬子は斧高の首を切断し、自分の死体だと思わせることで逃げおおせた……」
「奇しくも、犯人が二つの首を切断して窮地から脱出するという行為が、再び繰り返されたわけです」
「それが第五の疑問の答えですか。いや、待ってください。すると疑問その六、連載の続きを書かせた理由とは?」
「現場に残された原稿を読んだ警察に、首無し死体を自分だと思わせるための、毬子の偽装工作でしょう。首無だなんて怪異の存在をほのめかしておいて、本当は警察が、斧高の犯行だと現実的に解釈することを狙っていたわけです。斧高の本当の性別を知らない警察が、女性の首無し死体を毬子だと思いこんでもしかたないでしょう。なお、裏庭に埋めた妙子の死体までわざわざ掘り返して首を切る必要はなかったわけですが、斧高との入れ替わりをカモフラージュするための演出だったんじゃないですかね」
「で、オチはどうするつもり?」
「そうですね。やっぱりここはレポートを書きあげたほうが――」
「な、なんですって?」

 ――というわけで、私はこの会議室にこもり、今、ここまで執筆を行ったところだ。邪魔になるだろうからと、あの男は廊下で待っているそうだ。心配しなくたって、これだけ書けたなら完成はすぐだろう。まさかネットでの公開までに一ヶ月以上もかかるなんてことはない。
 そういえば、首無という怪異の振る舞いがよくわからないという話題がレポートの途中にあったっけ。逃げおおせたとはいえ、毬子は四人もの人間の首を切断したことになる。岩槻刑事は喉切り隊長になってしまったけど、毬子も同じだったとは言えないだろうか。首無とは、精神を変調させることで、人の首を切りたいという強迫観念を取り憑かせる怪異だったのかもしれない。
 まあ、そんな不確かなことを考えていてもしかたがない。まったく、廊下にいる奴は何者なのだ……? 雨……、水……。今日はたしか晴れていたはずなのに、こうして耳を澄ますと……廊下から、小さな声が……。
「……フフ……ヒヒヒ……長寿郎に斧高、ひょっとしたらカネ婆だって……僉鳥はもちろん、富貴もツンデレだったりして……美しい百合の園、斧高を巡る愛憎渦巻く百合ハーレム物語……ウワーハハハ……」
 この扉を隔てた向こう側で私を待っているのは、いったいなのだ……?