2014.12.23(火)、MYSDOKU15に参加してきました。課題本は連城三紀彦『夜よ鼠たちのために』。13時半から16時半まで3時間。会場はJR蒲田駅近く、大田区消費者生活センターの第2集会室。
 以下、印象に残ったことをかいつまんでレポートします。話題に沿って会話の順番を整理しています。走り書きのメモからの再構成ですので、正確さについては乞うご容赦。

夜よ鼠たちのはじめに

 二階へ上がり、薄暗い廊下を奥へ進むと「夜よMysoduのために」という案内板があった。ミス小津……小津安二郎監督の映画に出演するヒロインの人気投票でもするのだろうか。
 二十人くらい入れそうな会議室には、三人の男たちがいた。「あの、ここ、MYSDOKU会場でよろしかったでしょうか」思わず声をかける。
 ただのスペルミスでした。持参した『2015本格ミステリ・ベスト10』など各種の年末ミステリベスト本を並べ、しばらく和気藹々と歓談する。男しかいないけどな。今年話題になったミステリ作品についてキャッキャッうふふと語らう。イブイブに男しかいないけどな。

 遅れていた佐多椋さんが到着し、いよいよ読書会開始。ホワイトボードを背にした司会のみっつさんから、課題本を選んだ理由について説明がされる。
 昨年、連城三紀彦が亡くなり、今年は『小さな異邦人』『処刑までの十章』『女王』の三作が刊行され話題となった。『夜よ鼠たちのために』は『このミステリーがすごい! 2014年版』所収の企画「復刊希望!幻の名作ベストテン」で一位を獲得し、宝島社文庫から復刊された作品。実にタイムリーな選定である。五人しか集まらなかったけど。
 ハードボイルドっぽいタイトルだな、と思っていたら中身は昼ドラだったとsasashinさん。確かに不倫ばかりだった印象があるよね。秋山真琴さんは装幀を気に入ったご様子。表紙の文字は、同じ「た」でも同じ形にはしていないという凝りよう。連城作品で絶版のものは古本屋でも入手が難しく、Amazonマーケットプレイスでハルキ文庫版は五千円もしたそうな。

 各自、自己紹介とあわせて年始に読む予定の本を述べる。試しにベスト作品を投票してみることに。1位(3点)~3位(1点)で集計し、点数の低い作品から感想を述べていくこととなった。各自の投票結果は以下の通り(敬称略)。

投票者1位2位3位
みっつ過去からの声夜よ鼠たちのために二重生活
秋山真琴奇妙な依頼代役二つの顔
sasashin夜よ鼠たちのために代役化石の鍵
佐多涼過去からの声奇妙な依頼二重生活
杉本@むにゅ10号二重生活夜よ鼠たちのためにひらかれた闇

 ここから先、章タイトルの先頭の数字は宝島社文庫版の収録順序、末尾の括弧内は投票の点数となる。

8.ベイ・シティに死す(0点)

 登場人物たちに感情移入しにくいと佐多さん。高倉健が逝った。菅原文太も逝った。昭和は遠くなりにけり。ヤのつく自由業への風当たりは強くなる一方でござんす。
 正当防衛による銃創と、偽装とが逆だったというトリックだけど、死後にできた傷かどうかは生体反応で判断できるのではと疑問を呈す秋山さん。
 文章の良さを秋山さんとsasashinさんが指摘しあう。1章のわずかな文章で、主人公たちの関係性が過不足なく説明される。さらには、その関係がやがて悲劇を迎えるのではという不穏さまで醸しだされている。p.344 指で引き金をひく恰好をするところとか良いよね。

9.ひらかれた闇(1点)

 不良たちだけの独特な生き方や物の考え方を犯人当てロジックとして昇華し、あまつさえ意外な動機まで披露してくれる。これを山口雅也『生ける屍の死』(一九八九年)に先行する異世界本格の試みと評しても過言ではないだろう。さあ、みんなでホタルの光をスキャットしながら踊ろう!
 ……と、熱く語ってみたけれど、誰も騙されてくれなかった(チッ)。
 現代からすればこっけいとしか思えない、時代遅れの風俗やセリフがつらい。この不良たちが、そんな奇妙な動機で人を殺すほど頭が良いようにも思えず、根本的に成立しないのではと秋山さん。
 子供の頃は、不倫が描かれた小説を読むと「ああ、大人の世界ってこんなふうなのか」と感じたものだった。でも今にしてみれば、いくらバブルだったとはいえ愛人を囲うほどの裕福な中年男性なんて、そんなにいたわけがない。
 ひとつ前の「ベイ・シティに死す」で描かれるヤクザの世界もそうだけど、当時の大人たちが、あくまでフィクションとして割り切ることのできる夢の世界だったのか。現代ならライトノベルで、主人公がやたら美少女にもてまくるようなものだったのかもしれない。

1.二つの顔(1点)

 sasashinさんは、フレームワークを壊されるところが「代役」と似ていると指摘。確かに、ある種の閉じた物語、疑いなく信じていた偽の世界を外側から叩き壊される物語か。妻が肖像画と比較される。けれど夫もまた、弟からすれば額縁の中のような閉じた世界にいて、一方的に利用されるモノでしかなかった。
 この巻頭作はそれはそれでレベルが高いけれど、後のほうのさらに優れた作品を読んだことで印象が薄れてしまったという声が複数あった。
 妻を寝室で殺し、裏庭へ埋めたはずなのに、新宿のホテルで妻が他殺死体でみつかる。冒頭に提示される幻想的な謎が強烈。p.10の傍点箇所“私が殺した。この手で、この寝室で私が殺したのだ。”にぐっと引き込まれる。妄想だったのではないかと思い始めるところが、幻想怪奇小説のようだったと秋山さん。

3.化石の鍵(1点)

 犯人が三人いるとも云えるとsasashinさん。夫、妻、娘がそれぞれの思惑でことを為し、それぞれの結末へと至る様子が描かれる。
 管理人親子のやりとり(p.114)にちょっとみんなトホホな感じに。そもそも、管理人の視点は必要だったのか。他の作品は登場人物を絞っている印象があり、連城の筆なら管理人からの描写がなくとも書けそうなもの。錠を取り替えに来た男性の証言など、トリックを描くのに客観的な視点が必要だったのではとみっつさん。

7.代役(4点)

 主人公(脇役?)のへこまされっぷりに、同情する人が多数。確かに鼻持ちならない奴だったけど、そこまで酷い目に遭わされるとはとsasashinさん。
 靴の先で床を叩く癖に、自分でも気づいていなかったという伏線が見事とみっつさん。自分が自分ではなくなっていく、というプロットの作品はあるけれど、初めから自分こそ偽者だったという作品はあまりないのではとsasashinさん。
 巻頭の「二つの顔」は、途中から登場する弟がいかにも善良そうで、それでいて打ち明け話を始めたり、疑わしいのが見え見え。それに比べて、こちらの男は必然性がある登場の仕方をし、いかにも軽薄で脇役にしか見えず、ミスリーディングが優れている。

4.奇妙な依頼(5点)

 いかにも安っぽいハードボイルドものと思わせて「安っぽいハードボイルドもの」の紋切型を逆手にとった、とても凝った作品。依頼人は探偵を操ろうとしていた。なにも知らない探偵も、まるでボールのように為すがままに動いていた。それなのに、思いがけない偶然の連鎖によって、依頼人は愛する女性を殺されてしまう。
 いくつもの反転に驚かされたと秋山さん。一日三時間の調査で一日分の給料を与えたのは、夜を暇にさせるためだった。依頼人とその妻の関係が事件の中心かと思っていたら、探偵と由梨の関係が中心だった。
 バブルの時代の描写に溜め息をこぼす秋山さんとsasashinさん。接待が毎日続くって、信じられない。今となっては、この描写にリアリティがあるのかないのかわからない。
 一人称の、片仮名で「オレ」には脱力したと秋山さん。でも、ゆるゆるな性格の主人公には合っているかもとsasashinさん。レイ子のレイの字も忘れるくらいだしねえ。

6.二重生活(5点)

 シンプルさが良い。「夜よ鼠たちのために」は、ダボの過去を自分のことのように妻に語っていたという箇所が、読者に誤認をさせるためとはいえ不自然に感じられる。こちらは心理描写に嘘がなく、客観的な描写が淡々と進む。ただ妻と愛人の立場が逆だったという一点だけを最後まで隠し、人殺しなどするはずがないという、一般的なミステリからすれば倒錯した動機が明かされる。
 ほうら美しい作品でしょうと力説してみたけれど、愛憎ドロドロし過ぎですよと秋山さんに一蹴りされる。今なら、SNSのリンクをたどれば、この四角関係まるわかりなのではとsasashinさん。いやいや、鍵アカウントにして……と、高度情報化時代の不倫事情を語り合う。預金のノルマ達成のため女を抱く。バブル時代の銀行員って、ろくなもんじゃなかったんですねと佐多さん。

2.過去からの声(6点)

 ええ話や……岩さんが、一目で若い刑事の心に気づくのが良いと秋山さん。p.62「逃げるのもいいだろう――」の意味を反転させた手際もお見事。誘拐犯に同情した過去を語ったり、いかにもなにかやらかしちゃった風の語り手なのに、いちばん真面目そうな岩さんが犯人だったというのが驚き。
 誘拐の連鎖という趣向を扱った作品は他にもあるけれど、発表されたのはこちらが先とみっつさん。そもそも手紙で伝える必要はあったのか。すごい文才の手紙が来て岩さんビックリだったのではとsasashinさん。
 これはね、きっと追伸があったんだろうね。「……という小説を文学賞に送ろうかと思うのですが、いかがでしょうか岩さん。実は、バブルが弾けて山林の土地の値段が下がっちゃったんですよ岩さん」とか書かれていて。で、また誘拐してと秋山さん。
 というか、これで真相が違っていたら岩さんビックリだよね。「そりゃ、いつもはうつ伏せで寝てたかもしんないけど、あんときは熱でぐったりしてたから仰向けだったんだろ……ええーっ、そんな理由で辞めちゃったのー?」岩さん超びっくり。ええ話、どこ行った。

5.夜よ鼠たちのために(7点)

 膨らませれば、長編にだって仕立てられそうだとみんな頷く。医療の闇を描いた、乱歩賞っぽい作品になりそう。
 なぜ、鼠の名前が「信子」なのか。「ミッキー」ならね、最後にちょっと甲高い声で「一緒に遊ぼうよ♪」と締めればピッタリだったと思うんですが……と云ってみたけど誰も賛同してくれなかった。なぜだろう。
 人物を誤認させるため p.229 ダボの過去を借りていた、というはちょっと無理があるのでは。ただ鼠に名前をつけたことからして、妻の実名を伏せる必要があったことは推察できるため、まったく伏線がないということはないか。
 タイトルからして、主人公は鼠のようにどこか闇に隠れていると思ったのに、堂々と人前に姿をさらしていた。タイトルは「たち」で複数形だから、一般市民を指していたんですねと佐多さん。
 あえて健康な人を放射線で癌にしてしまう、というアイデアはマンガ『スーパードクターK』にもあったとみっつさん。犯人はイッちゃってるけど、社会そのものも歪んでいる。刑事にはすべてバレているので、ようやく勝利した、妻と最期の幸福な時間をつかんだと主人公は思いこんでいるけど、このラストの後にはそれが崩れる瞬間が待ちかまえている。そこが切ないとsasashinさん。

夜よ鼠たちのおわりに

 巻頭の「二つの顔」は一人称で、犯行を覗かれていた人物が一方的に利用された。続く「過去からの声」では、犯罪がもうひとつの犯罪を呼び、それをさらに外側からみつめる語り手がいる。「二つの顔」が絵と鑑賞者を描いたとすれば、「過去からの声」はそれをさらにメタ化した、絵と鑑賞者を描いた絵のような構図となっている。
 「化石の鍵」は三人称で描かれ、妻による殺人未遂を目にした夫が、むしろそれをきっかけに殺人を断念する。つまり「二つの顔」の操り-操られ関係が成立しなかったケースを描いている。「奇妙な依頼」は上述のとおり、操ろうとした行為が思わぬ偶然から意図通りに働かなかった顛末を一人称で描いている。
 表題作の「夜よ鼠たちのために」では、冒頭の語りに罠がある。読者は小説内世界を覗いているが、その覗いているだけのつもりの行為が真実を見えがたくしている。「二重生活」では三人称となり、読者は神の視点から小説世界を一望しているつもりで、やはり思い込みに囚われてしまう。
 覗く-覗かれる関係が、初めのほうの作品では一方的な操る-操られる関係、絵と額縁のように静的な構図だったのが、徐々に読者さえも巻きこむ動的な構図へと変わってきている。

 初出一覧によれば「二つの顔」から「二重生活」までは同じ『週刊小説』に一九八一年から八三年にかけて掲載されたとのこと。連城は一作毎に、操りや分身といったテーマを念頭に置きつつ、構図を工夫したり視点を変えてみたり、バリエーションを意識しながら構想を練ったのではないか。なお『戻り川心中』にも、同じような構想の仕方をしたことが伺える箇所がある。
 ただ、連城が本当にこのような創作手法を採っていたのか断言しがたい。なぜなら、抽象的なアイデアを出発点とするほうが、それにふさわしいトリックや舞台を考案する手間を必要とし、創作としてのハードルが高いからだ。具体的な事物から物語を組み立てるほうがよっぽどたやすい。
 従って、もし連城が意識的にこのような手法を用いていたならば、終わりのほうほど作品の出来が悪くなるはずだ。けれど、この短編集を読んだ人の大半は、恐らくそうは感じなかっただろう。この作者はまるで、壁が高くなるほど嬉々として才智を輝かせた、そんな印象さえ受ける。
 ここまで抽象性の高い思案をしつつ、そのうえで小説として味わいの深い作品を次々と生みだした才能について、私には天才の二文字以外にふさわしい形容が思いつかない。