会場到着
意識が朦朧としていた。午前三時まで原稿執筆。それから睡眠をとったものの、まだ疲労が残っている。
だが、まだやるべきことが残っている。アパートの六畳間、卓袱台の前に坐した私は、黙考の末にテキストエディタへ文章を綴った。プリントアウトし、しばらく卓上時計を睨みつける。あと五秒……三、二、一。
「えーと、すぎもとアットむにゅじゅうごうです。今日はですね、アガサ・クリスティの……」
は、恥ずかしい。
十一月二日、午後三時過ぎ。地下鉄東大前駅を下車し、ぶらぶら歩いてみると、豚汁専門の店があった。どこの田舎料理かと思うほど具が大きく、大根や人参の甘さが舌に染みる。身体がホカホカになり、頭皮から汗が噴きでてきた。昼食だか夕食だか、よくわからない食事に満足しながら、いよいよ会場へ。
おや、見慣れない人たちが受付にいると思ったら。IFCONという架空戦記もののオフ会のほうの受付だった。会場がバッティングしたとのこと。春日呉竹の間へと案内され、受付を済ませる。
「杉本さん、遅いじゃないですか!」
なぜか、スタッフの秋山真琴さんから滅相怒られる。あの、開始十五分前到着なんですけど。世間的に、ちょうどいい時間だと思うんですけど。
「二時頃から、まだ杉本さん来ないのかって言ってましたよ」
tanatoさんから含み笑いで補足。え、これって、私が謝らないといけない空気? ええっと、あの、どうもすみません。
畳の上に、二十脚ほどの折り畳み椅子が並んでいる。今年は参加人数が少ないため、大広間は使わないらしい。奥に長机があり、同人誌の頒布をしていた。
市川憂人さん(以下、マル憂さん)が〈カルテット・ダンス〉シリーズなどを並べている。二〇〇五年にシリーズ第一作を初売りしてから、ひたすら“美少女・バカ・本格推理”を売り文句に十年近くかけて、今年の夏に最終巻となる第七作を刊行した。十年売るから問題なしって云ってたけど、本気だったとは……。
もうひとつの長机では市川尚吾さん(以下、市川さん)が、探偵小説研究会の機関誌『CRITICA』を頒布していた。噂では「米澤穂信とポストヒューマニティーズと進撃の巨人と初音ミクはぜんぶ同じ」と主張する評論が載っているらしい(ステマ)。
ゲストの青崎有吾先生が所属している明治大学ミステリ研究会の部誌『一方通行 2014』もあった。円居挽先生のインタビューをしているらしい。円居挽と青崎有吾。才能溢れる、期待のホープたち。「きっと、これからの本格ミステリシーンをどう塗り替えるべきか語りあっているに違いない!」ほのかに胸が熱くなるのを感じながら、私は一冊所望するのであった。
パラパラとページをめくってみる。紙で作ったと思しき、ドクロマークの仮面を被った男。もう一人「円」という字の仮面をした男とが、宿敵同士のように対峙している。ん? 三本勝負?
おっと、そういえばインタビューのあとは休憩なしで次の企画だ。インタビュー内容も気になるが、練習するなら今しかない。
折り畳み椅子に座り、小声でブツブツと台本を読む。マル憂さんが「私はぶっつけ本番ですよ、ハハハ」と、試験開始前に教室で勉強してないよアピールする優等生みたいなことを言いだす。噛め! 舌を噛め!
青崎有吾先生インタビュー
午後五時。同人誌を頒布していた長机の上手に、青崎有吾先生が着席。黒いジャケットに、縁の厚い眼鏡。場の雰囲気にまだ慣れていないのか、ちょっとおどおどしているような。下手に司会の蔓葉信博さんが座り、インタビューが始まった。以下、印象に残ったことをメモ。
子供の頃に読んだミステリとして、はやみねかおるの名前が挙がった瞬間、平均年齢の高い聴衆から溜め息が漏れた。高校生の頃までは漫画家になるのが夢だったという。東京創元社のキャラクター〈くらり〉のマンガを描いたのも、その延長か。
鮎川賞を受賞した『体育館の殺人』は、ありえた可能性を消去していく推理過程について、選評で詰めの甘さを指摘された。刊行に向けた改稿の時点ではそもそも選評の指摘内容を知らされていなかったが、文庫版では修正するとのこと。
エラリー・クイーン作品の評論で知られる飯城勇三からは、あなたは『フランス白粉の謎』がお好きでしょうと見抜かれたという。衆目の場で死体がみつかる、という発端が似ているからかなあ。
表紙イラストに描かれた体育館は、青崎先生の母校のもの。イラストレーターの方がロケハンしたという。事前に学校へ了承を取り、後に青崎先生のもとへ電話がかかってきた。「君があの体育館で人を殺すとは思わなかったよ」卒業生の名簿かなにかから、青崎先生を特定した名探偵がいたらしい。
続けて『水族館の殺人』と言うべきところを「水車館」と言い間違える蔓葉さん。その後、つられたのか青崎先生まで言い間違える。ミステリ作品にはハイレベルな水準を要求すると噂の東京創元社だけに、さぞや編集者から論理展開について指摘を受けたのではありませんか。「制服をだしてくださいと言われました」夏休みに起きた事件という設定なので、登場人物たちは当初、私服姿で水族館に行くことにしていたけれど、修正することになったという。ミステリと制服に厳しい東京創元社である。
東京創元社のミステリ専門誌『ミステリーズ!』に短編をふたつ掲載した後、編集者の提案で短編集をだすことになった。『体育館の殺人』に登場する針宮理恵子は、応募の段階では男子という設定だったが、受賞後に女子へと修正したという。キャラが立ったため、短編「針宮理恵子のサードインパクト」を執筆した。したがって、某声優を熱烈にくぎゅうしているわけではないのですと、頑張って主張される青崎先生でした。
好きな百合ミステリは、という質問には乾くるみ『Jの神話』と回答。納得できるようなできないような、微妙な空気が会場に広がる。なお、相沢沙呼『スキュラ&カリュブディス』は神棚に祀るとのこと。
インタビュー終了後はサイン会。深夜のテンションでネタツイート(その1、その2)してゴメンナサイと謝っていました。私が。
全体企画「第1回 MYSCONビブリオバトル」
shakaさんから、ビブリオバトルとはなんなのか企画説明。五分間、語りだけで一冊の本を紹介する。その後で質疑応答を受けつける。今回は賞品のスポンサーである東京創元社から刊行された本が対象となる。一位の賞品は、くらりのぬいぐるみ。鮎川賞授賞式のパーティーで配られ、Twitterでも話題になっていた。
賞品の数より参加者の数のほうが少ないので、新たな参加者を募ることに。「自分の本でもええのん?」浅暮先生が飛び入り参加し、いよいよ開始。まずは順番決めのジャンケンから。全国から集まったビブリオバトラーたちが視線を交わすと、熱い火花が散るのだった。まあ、五人しかおらへんかったんやけどな。
さっさと終わらせたい……。人前でしゃべることが苦手な私は、あえて一番手を選んだ。え? それならどうして申し込んだのかって? MYSCON開催の二週間前に某氏からメールが送られてきたこととか、私が某ミステリ新人賞へ応募した短編小説に某氏と名前が似ている登場人物がいることとか、いっさい関係ありませんにょ?
カンペを手にして、前にでる。聴衆用にはタブレットで、演者用にはスマフォで残り時間が表示される。ほう、なかなか凝っているなと思ったら、スタッフのmatsuoさんがマイクを準備していた。おや、録音でもするのだろうか。そうだよね、いまは恥ずかしくても、きっと遠い未来には素敵なスイートメモリーに……。
「これ、ニコニコ生放送するんで」
聞 い て な い よ !
うう、今更逃げるわけにもいかない。
「エー、杉本@むにゅ10号です。今日はアガサ・クリスティ『謎のクィン氏』を紹介させてください……」
横板に鳥もちな調子で、ちらちらカンペを眺めつつ、なんとかしゃべりつづける。スマフォに表示される残り時間に目を走らせると、残り一分。よし、ここでサタースウェイト氏の名セリフを朗読だ。これなら十秒くらい空きがあるな。よし、最後に「やっぱり、クリスティはいいですね」とか言って締めくくろう……などと思いつつ、名セリフを言い終えようとしたそのときだった。
突然のビープ音。
「はーい、終了~」満面の笑みを浮かべるshakaさん。
え? あれ? あの、まだ残り七秒くらいあるはずなんですが。
後になってわかったのだが、聴衆用のタブレットと、演者用のスマフォとで、カウントダウン表示に差があったらしい。キーッ! これは罠だ! 俺にくらりをナデナデさせまいとする陰謀だーっ!
質問タイムで「それって、いまでも東京創元社から刊行されているんですか?」と追い打ちをかけるスタッフのsasashinさん。ええい、細かいことはいいんだよ! クリスティー文庫を買えばいいじゃん!あっちのほうがトールサイズで字が大きくて読みやすいよ!
ところで、まったく関係ないけど東京創元社は今年で創立六十周年だったそうですね、おめでとうございます! これからもミステリファンとして死ぬまで買い支え続けますうっ。
続いて水池亘さんが『盤上の夜』の「人間の王」を、市川憂人さんは『雪の断章』(舌は噛みませんでした)を紹介。後日、青崎先生は『雪の断章』を読んでTwitterに感動をツイートされていました。
飛び入りのはずなのに浅暮三文先生は五分きっかりで『ラストホープ』を、motokaさんは『競作 五十円玉二十枚の謎』を紹介。聴衆の挙手の結果、優勝は水池さんでした。短編一本に絞り、感動のポイントを表現豊かに伝えたのが良かったのかしら。ぬいぐるみは獲れなかったけれど、くらりが描かれた小袋や紙挟みやしおりをいただく。くらりがいっぱいで俺は幸せだよ……。
続いて休憩&懇親会。豚汁でお腹が膨れていた私はその場に残った。市川尚吾さんとshakaさんが、某映画化予定作品について会話しているのを盗み聞く。細かいことはどうでもいいから、ハウダニットについて話してくださいよ。
蔓葉さんと今年のミステリについて会話。田代裕彦『魔王殺しと偽りの勇者』はもっと頑張れたのではと主張する蔓葉さんに知的闘争をけしかけるのだった。「なにを言ってるんですか! あれはエレインが可愛い、すっごく可愛いという話ですよ!」「そうだね!」意気投合するのであった。
ビブリオバトルについて反省会。五分って意外と短いもので、クィン氏とサタースウェイト氏の人物紹介だけで終わってしまった。なお、頭の中にあったフルバージョンは↓こんな感じ。せめて十分あればねえ。
……長いよ!
個別企画「MYSDOKU 14 in MYSCON『霧越邸殺人事件』読書会」
綾辻行人『霧越邸殺人事件』の読書会ということで、三階の和室へ移動。十五、六人くらいの人数が座卓を取り囲み、司会を務めるみっつさんからレジュメが配られる。ニコニコ生放送のため、matsuoさんがマイクを調整している。
「これ、放送しているのは音だけですよね……うわあ、みっつさんの作った霧越邸の模型、よくできてるなあ!」
まずは各自、自己紹介。プラス好きな綾辻作品を挙げていく。『十角館の殺人』、『殺人鬼』、『Another』……見事なほどバラバラ。作品の幅は広いけど、それでいてどれもマニアックな感じがするのも綾辻らしさかある。ちなみに青崎先生は『鳴風荘事件 殺人方程式Ⅱ』でした。
いよいよ読者会スタート。以下、ネタバレしている記述は隠します。
試しに手を挙げてもらうと、意外に否定派が多い……いや、私もなんだけどね。幻想的な館の雰囲気は好き。なんですがねえ、大学生だった初読時と違って、こんなエセ分類学的な推理に騙されはしませんぜ。そういう仮説を立てるなら、それを裏付ける物的証拠まで提示してくれないと納得できませんなあ。異常心理を言い訳にすれば、深く検証されなかった他の分類をベースとした仮説だって立てられるでござんしょう。
「ちょっと! 平成のクイーンからも、なんか言ってやってくださいよ!」
ほらほら、新本格ムーブメントの開祖だって論理の詰めが甘かったじゃないですかって言っちゃって!
平和な本格ミステリ界に内紛を起こそうとする邪悪な目論見はしかし、青崎先生の語る「霧越邸との出会いとその思い出話」によって、木端微塵に打ち砕かれたのでした。めでたしめでたし。
名前の暗合について秋山真琴さんは、清涼院流水を通過した者にはこれくらいじゃ物足りませんよと断言。流れ的には、綾辻が清涼院を生んだと云えるのかも。
市川憂人さんが「結論を曖昧にした雰囲気だけの幻想など下の下!」と熱い口調で吐き捨てる。それでも挙手してもらうと、この独特の雰囲気が好きという人が過半数。
同時代の作品と比べてみると、『人形館の殺人』(一九八九年)や『霧越邸』(九〇年)は超自然現象が本当にあったか曖昧にするタイプの幻想。それに対し綾辻行人『時計館の殺人』(九一年)、島田荘司『眩暈』(九二年)、京極夏彦『姑獲鳥の夏』(九四年)、『魍魎の匣』(九五年)は、現実をありのままに描くことが幻想というタイプの作品。九〇年代前半に、なにか幻想観のパラダイムシフトがあったのかもしれませんね。
各人が感想を述べて終了。つらつら考えてみると、この作品は幻想小説として筋が通っているように感じられてきた。
槍中の便乗殺人によって、偶然が人為にすり替えられ、館の幻想性はいったん脅かされる。しかし、そんな槍中が暗号に翻弄されていた事実が明らかになることで、館の超常性は復活する。もちろん、その超自然的な力が客観的真実なのかどうかは決定されないという、幻想小説としてのセオリーを守ったままで。そういう意味で、この作品は見事に本格と幻想小説とを融合させていたのだ。
やっぱりボクらの綾辻先生は凄いね! 新本格バンザーイ!
「杉本さん、そんなこと一言も云ってなかったじゃないですか」みっつさんから冷ややかなツッコミ。
ええとですね。もちろん最初から最後まで、読書会を盛り上げるべく入念に練り上げておいたシナリオどおりの発言でした、にょ?
個別企画「ミステリ作家としてデビューするということ」
再び春日呉竹へ戻る。最前列に霧舎巧先生(メフィスト賞作家)、市川尚吾さん(一応お約束的に伏せておく)、マル憂さん(ミステリーズ!新人賞の最終候補作に選ばれた経験あり)という濃いメンバーが並んでいる。ピリピリした雰囲気の中、ハンチング帽を被った鋭い目つきの男が聴衆を見渡すと、舌なめずりするのであった(※註:みなさんのことを見守っていますよ、という優しいお心遣いのオーラを私が感じたことの隠喩表現)。
東京創元社の編集者であるK島さん。そのお隣には、アガサ・クリスティー賞の選考を務めた経験もあるという早川書房の高塚菜月さんが座る。作家になりたい、新人賞を獲得したいという人たちに向けて、お二人が参考になる話をしましょうという企画。
shakaさんが「これは金をとれる内容だな」とつぶやく。マイクを用意していたmatsuoさんが、黒スーツにサングラスの男たちに囲まれた(隠喩表現)が、公開可能な箇所のみツイッターでつぶやくことを許されるのであった。
青崎先生が「いえ、私はここで充分でございます」と畳の上に正座し、重そうな石を抱いているようであったが、人の壁に遮られてよく見えなかった(あくまで隠喩表現)。
そんな緊張感あふれる会場にて、公開可能かつ肝に銘じたお話を以下にメモ。
まずは文章。文法的に正しい文章を書くこと。雰囲気と勢いだけの、なにやらカッコイイつもりの文章じゃダメ。語彙力を鍛えましょうね。そして、小説として読むに堪えるものであること。特にミステリはデータの羅列になっちゃいがち。きちんと辻褄があっていることも大事。
ちゃんと読者のことを想って書いてますか? ミステリは驚きが求められるけれど、だからといって作者がただのヘンタイだと思われるような、独りよがりな内容じゃダメですよ。社会のニーズをわきまえましょう。
タイトルをよく考えてね。選考を勝ち残ってくる作品は、タイトルだけであたりがつきます。なにが売りなのか、自分でキャッチコピーを考えられるくらいでないと。「前代未聞! これまでにない新機軸!」としか紹介できない小説って、編集者にしてみれば売りにくいだけですよ。
賞の性質も考えて、どうすれば目立つか考えましょうね。アガサ・クリスティー賞は外国を舞台にした応募作が多いから、むしろそんな作品は目立たなくなってしまう。むしろ社会派のほうが印象に残るくらい。東京創元社の賞だからって、学園ミステリが強いとは限りませんよ。選者の記憶に残るだけのなにかはありますか? 結末にちょい足ししただけの叙述トリックなんて、むしろ逆効果ですよ。
恐る恐る私も挙手し、質問してみる。選者も人間なので好みは人それぞれ。これさえやれば大丈夫などという基準など無いというのはわかりました。私の場合、だからこそ「じゃあ昨年とは違う傾向の作品を書いてみるか」という気持ちでやってきましたが、それだと器用貧乏になる気もします。どうすべきでしょうか。
「必殺技をみにつけなさい」K島氏はおっしゃるのだった。
おお! 納得! そうですよね、そういうのいいですよね! 最後に逆転って、少年誌的に熱い展開ですよね!
あ、間違えた。
(正)「得意技をみにつけなさい」K島氏はおっしゃるのだった。
ただ、選ぶほうが根負けすることはあるそうで「よせばいいのに」と毎年のように思っていたことでも、その投稿者が傾向を替えたりすると、残念に感じることもあるそうだ。
個別企画「光文社カッパ・ノベルスの偉業(略称:かっぱの)」
続いて、長机にはフクさんと市川さんが並び、カッパ・ノベルスからの刊行作品のリストが配られる。リストを年代順に眺めていき、主にフクさんが解説しつつ、市川さんがボソリとマニアックなことをつぶやくスタイル。以下、印象に残ったことを箇条書きでメモ。
- 1959.12.15 松本清張『ゼロの焦点』からスタート。
- 1960.09.10 高木彬光『成吉思汗の秘密』には同じカッパ・ノベルスから1960.08.01に刊行された仁科東子『針の館』が言及されているそう。
- 1973.03.20 小松左京『日本沈没』がベストセラーに。380万部以上の大ヒットだったそうな。
- 忘れちゃいけないのがエラリー・クイーンとのつながり。たとえば1977.04.25にはエラリー・クイーンが日本人作家の短編をセレクトした『日本傑作推理12選 1』が刊行されている。
- 1970年代頃のリストには『幻影城』出身の作家が見当たらない。80年代に入ると泡坂妻夫の名前があるけど。
- 1978.04.30 赤川次郎『三毛猫ホームズの推理』刊行。〈三毛猫ホームズ〉シリーズは必ず最初にカッパ・ノベルスから刊行されるそうな。なお、辻真先の〈迷犬ルパン〉シリーズは1983.07.15『迷犬ルパンの名推理』からスタート。
- 1978.10.30 西村京太郎『寝台特急殺人事件』はトラベルミステリの嚆矢。
- 1981.11.20 檜山良昭『日本本土決戦』は架空戦記の嚆矢。
- 1983.01.25 C・D・キング『鉄路のオベリスト』は鮎川哲也が翻訳した。
- 1984.02.10 島田荘司『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』から〈吉敷竹史〉シリーズがスタート。
- 新本格ムーブメントは1987年の綾辻行人『十角館の殺人』(講談社ノベルス)が嚆矢とされるけど、綾辻がカッパ・ノベルスから初刊行したのは1989.05.30『殺人方程式』。
- 1996.01.30 島田荘司『龍臥亭事件』は、初めて講談社以外から刊行された〈御手洗潔〉シリーズ作品。
- 2000.06.25 彩胡ジュン『白銀荘の殺人鬼』は、作者当てという珍しい企画で話題を集めた。
- 2002.04.20 KAPPA-ONE第一期として、石持浅海『アイルランドの薔薇』、林泰広『The unseen 見えない精霊』、東川篤哉『密室の鍵貸します』、加賀美雅之『双月城の惨劇』が同時刊行された。
長い歴史のあるカッパ・ノベルスだけど、2011年頃から刊行点数が減ってきている。
なお『ジャーロ』2014年秋冬号では石持浅海と東川篤哉を選考委員とする本格ミステリー新人発掘企画「カッパ・ツー」の作品募集が告知された。これからもカッパ・ノベルスにはお世話になりそうですね……と、きれいにまとめてみるのであった。
深夜企画「深夜の人狼」
一通りの企画が終了。眠い人は寝部屋に移動し、やや閑散としてきた。どうしようかな、自分も寝ようかなと思っていると、微笑む秋山真琴さんから「ゲームでもしましょうか」と誘われた。
そのときの僕たちは、まさかあんな恐ろしい惨劇が待ち受けているとは知らなかったのです……。
いろんなゲームをしたのだけど、もはや記憶がボロボロなので、ワンナイト人狼のことだけ以下に記そう。
通常の人狼とは異なり、一晩で終了する。人数プラス二枚の役割カードがあり、それを引いて各人の役割を決める。余りの二枚は使わない。村人たちに潜む二人の人狼を吊るせば、村人の勝利。
占い師という役割があり、事前に一人だけ、もしくは余りの二枚について、なんの役割か確かめることができる。もうひとつ、怪盗という役割があり、事前に役割を入れ替えることができる。たとえば人狼が入れ替えられたら、自分では人狼だと思っているのに、ただの村人役に代わってしまう。怪盗だった人のほうが人狼に替わるのだ。
ルールはこんだけ。実に簡単である。
「はい、占い師は? 誰も名乗らない? じゃあ怪盗……も、いない? あ、じゃあ、これは人狼に名乗り出てもらうしかないですねー。きっと、占い師は余りの二枚に入ってるんですよ。怪盗も余りに入っているか、もしくは人狼と入れ替わったから名乗れないんでしょうね。どっちにしろ、このままノーヒント状態だと推理のしようがないですよ。みんな適当に人狼を選んじゃうと、当たるのは三分の一にしかならないじゃないですか。人狼にしてみれば、怪盗と入れ替わってるかもしれないんだから、ここは名乗るほうがいいんじゃないですか? ダメ? 誰も名乗り出ない?」
どうしてみんな、このノーヒント状態で延々と議論ができるんだ……というか、恐らくはいちばんシンプルなこの状況でも、議論に追いつけない……。
役割が村人でも人狼でも、平然とそれっぽい理屈を並べる“どちらも表のコイン”秋山真琴。役割のあらゆる組合せを瞬時に検討し最善策を編みだす“七色の魔術師”市川尚吾。私が心ひそかにプレイヤーたちへカッコイイ二つ名を与えている間に、ゲームは最終局面へ。
第一章。私は村人を引いていた。占い師は不在。つなさんが怪盗だと申告し、私は村人だと指摘する。おっしゃる通りで、矛盾はない。みんなからすれば、つなさんと私がそろって人狼で、口裏を合わせている可能性もあるわけだけど、少なくとも私はそんなことはないと知っている。うむ、つなさんは信頼できそう。いや、待てよ。あてずっぽうで私を村人だと言った可能性もあるのか……。
第二章。おもむろに水池さんが、自分は怪盗だと告白。黙っていれば矛盾がないノーヒント状態のところをあえて告白したのだから、信用できるのではないか。
第三章。市川さんが、俺は人狼だったが怪盗に入れ替えられたかもと爆弾発言。「どうしてこんな、ちょっとずつ新しい情報がでてくるんですか!」「多重解決のミステリじゃあるまいし!」議論紛糾。マル憂さんがなにをしゃべればいいのかわからなくなってきたと頭を抱える。ここは、日本でも選りすぐりの理屈っぽい人たちが集まった場所なんだなと、改めて感慨を新たにする私であった。
最終章。四十分以上に渡る議論の末、W市川が人狼だったと判明。
このデスゲームの教訓。ミステリ好きでワンナイト人狼をやってはいけない。
夜明け
けっきょく、完徹。眠気でぼんやりとした頭で、時刻を確認する。一九九九年のプレMYSCONから数えて十五年。長い歴史のMYSCONも、あと三十分で終わるのか……。
私がしみじみした気持ちになっていると、shakaさんがなにか言っていた。
「来年は、MYSCONファイナルってタイトルのイベントにするか。それなら参加者も増えそうだし。で、再来年はMYSCONファイナル2」
みんな、この男にだまされちゃダメだー!
けっきょく、フクさんから恒例の挨拶で締めくくることになった。
「MYSCON13でお会いしましょう!」
そして、家に帰るまでがMYSCONです。
ふらふらな足取りで、アパートへと帰る。シャワーを浴び、朝食を済ませて布団に潜りこんだ。
こんな夢をみた。私は霧の中を歩いていた。どうやら道を間違えたようだ。このまま遭難してしまうのだろうか。不安を感じていると、霧の向こうから黒猫が現れた。
(でも、猫にしては耳がちょっと長すぎるような……)
勘違いだった。曖昧な形の影は、近づくにつれ人の姿だとわかった。うら若き青年だ。顔に「円」の字の仮面を被った男と相撲をとったり、表紙に美少女が描かれた文庫本を神棚に祭って拝んだり、音野順のパトロンになりた~いと身をくねらせたりしている。
日本の本格ミステリは平和だなあ。そんなことを思いながら奇妙な光景を眺めているうち、ハッと思い当たることがあった。
「ひょっとして……あなたのお名前は、ハーリ・クィン?」
「いいえ」
ちっちっ。人差し指を顔の前で振り、青年は舌を打った。
「ヘーセイ・クイーンです」
踊るような足取りで、青年は霧の中へ消えていくのだった。