7/20(日)、MYSDOKU13に参加してきました。課題本は十市社『ゴースト≠ノイズ(リダクション)』。15時半から18時まで2時間半。会場はJR蒲田駅近く、大田区消費者生活センターの第3集会室。
 以下、印象に残ったことをかいつまんでレポートします。話題に沿って会話の順番を整理しています。走り書きのメモからの再構成ですので、正確さについては乞うご容赦。

電子書籍発、ミステリファンへ

 まずは自己紹介。あわせて、電子書籍を利用しているかについても語ることに。中国に留学するとき少しでも荷物を減らすため利用しているという人もいれば、端末は買ったのに読んでいないという高度な積読を始めている人も。
「e-NovelsでPDF買ったことがあるというのは……ダメですかね」
 スタッフ含めて総参加者九人中、電子書籍利用者は五人でした(e-Novelsや高度な積読は含まず)。なんと過半数。平均年齢高いのにね!

 帯で説明されているけれど、この作品はAmazonが提供する「Kindleダイレクト・パブリッシング(KDP)」として発表され、東京創元社の編集者が着目し「エディターズ・チョイス!」の新人作品かつ《ミステリ・フロンティア》創刊10周年記念作品として刊行したとのこと。
 司会のみっつさんが持参した『ミステリーズ!』vol.63(東京創元社)には小特集「セルフパブリッシングで『本』を出す」と題して、藤井太洋×梅原涼×十市社らの鼎談が載っている。この作品は、完成までに三年近くかかったとのこと。初め新人賞に投稿したが落選し、加筆修正した作品をAmazon Kindleとして発表したという。
 Amazon Kindleでは7章の終わり、すなわち架は生霊だとほのめかされた箇所で上下二分冊されているとのこと。上下それぞれ160円という、長さのわりにかなり安価だったことも注目を集めた理由らしい。Amazon Kindleは短編が多いので、長さに驚いたと秋山さん。
 ネット検索してみたら“セルフパブリッシング作家”として作者がインタビューされている記事が2013年8月に公開されていました。東京創元社から書籍が刊行された2014年1月よりも前ですね。

「セルフパブリッシングで注目の、あの作家に聞く」 『ゴースト≠ノイズ(リダクション) 』十市 社さん|セルフパブリッシングで注目の、あの作家に聞く - DOTPLACE
http://dotplace.jp/archives/3623

叙述トリックではない叙述トリック

 あの叙述トリック、いや、正確には“叙述トリックではない”叙述トリックには賛否両論。
 焼死したはずの両親との会話場面があることで、叙述トリックとしてワンランク高度なものになっているとフクさん。火に包まれた玖波家から、架が立ち去ろうと決意したとき、民族写真集を手に取る(p.258)。ここで初めて、架が物理的現実に干渉できることが描写され、架が生霊ではない可能性が示されたことにぞっとしたとsasashinさん。

 matsuoさんは、7章の終わりで架が生霊だとほのめかされても、後半の文章にも叙述トリック臭さを感じ、まだなにかあるだろうと予想していたとのこと……アンタ、鬼だよ……。さすがに、架がレイコさんに紹介さえされないのは不自然ではないかという指摘に、心に傷を抱えている子供には話しかけないようにしていたのかもとsezmarさん。
 一居士家の火事を報じる新聞記事が偽物だったことは、いちばん肝心な箇所なのに説明が不足しすぎではないか。新聞部の男子生徒が丸岡グループに使われていたという伏線(p.93)はあるが、叙述トリックに慣れていない一般読者は理解できたかしらん。例えば丸岡がクラス内で失墜したとき、同じように中傷のための偽記事が捏造されたなら、わかりやすかったのではないか。
 高町に「架は生きてるんだよ」と云われた架が、手をみつめると向こう側が透けて見えた(p.132)というは、さすがにアンフェア感があるとフクさん。エー、説明しておきますと、本格ミステリでは読者にも自力で謎を解けるよう、地の文で嘘を書いてはいけないという約束がありまする。まあ、この作品は一人称なので、ぎりぎりセーフではある。

 語り手の架も信頼できないけれど、高町もなにをしたいのか思考が読めず、二重に信頼できないと秋山さん。ただ「信頼できない語り手」の描き方としては疑問を覚えた箇所もある。たとえば乙一なら、架がストーキングを決意する場面で、あえて動機を説明しないのではないか。高町と養父の関係を疑ったという動機を、あえて説明せず行動だけを描き、読者に架への不信感を植えつけてから、空き地での高町との会話で初めて理由を明かす。そのほうがサスペンスが高まるのではないか。
 玖波家の火災で、高町を救うべきか選択を迫られる場面。架が本当は生霊ではなかったことを明かすのは、いっそ明示的なほうが感動的で良かったかもと秋山さん。「おれは幽霊をやめるぞ! 高町――ッ!!」

なぜ玖波は架に頼んだのか?

 表紙の高町がカワイイと話題に。おわかりいただけただろうか……架らしき黒影が屋上にいることを。
 高町がなにをしたかったのかよくわからない。ほうじ茶事件のときは気にしていなかったけど、後になって架を手足のように使えることに魅力を覚えたのかしらという秋山さんに「それではレジュメをご覧ください」と一人の男が解説を始めるのであった。
 玖波家が炎に包まれたとき、高町は“ずっとお人好しの架に甘えて、利用してたんだから”(p.255)と述べている。これは、どういう意味なのか? 高町は、クラスで孤立していた架を助けてきたのではなかったか。それなのに「お人好し」とはどういうことか。
 7章の終わり、架が生霊だとほのめかされるときにも「ほんとお人好し。ちっとも疑いもしないんだから」(p.124)と言っている。この直後には「まああの場にいなかったってのもあるんだろうけど」とある。「あの場」とは、五月に架がほうじ茶をこぼした事件だろう。この事件がきっかけで皆藤と高町がけんかになったことが後に皆藤から告白されている(p.274)。

 ここから第一の解釈「高町は架を、皆藤へのあてつけとして利用した」が導かれる。公明正大なクラス委員である皆藤は、本来なら孤立する架に手を差し伸べるべきだった。代わりに高町が、ほうじ茶事件を契機に仲が悪くなった皆藤に「ホントなら誰かさんがこういうことすべきなんでしょうけど、しかたないから代わってあげるわ」とばかりに架へ声をかけた。クラス内政争のだしに使われているのに気づいていないという意味で「お人好し」だった。
 しかし、女心として本当にそんなことありえるだろうか……と思索を深めたわたs、じゃなくて一人の男は、第二の解釈「皆藤留美ルート説」を開陳するのであった。
 皆藤は、頼りないところのある架のことが、入学当初から気になっていた。しかし、公明正大をモットーとするクラス委員長は、当然そんな想いを態度で表わすことはできなかった。そしてほうじ茶事件が勃発、けんかになった高町は皆藤の想いを察し、クラス委員長を悔しがらせてやろうと架を独占した。
 最終章の解釈も変わってくるだろう。架は、高町を救うことなどできなかった。校舎の屋上に現れた高町は、思い込みの激しい架の幻想に過ぎない。章タイトルの「≠」は、この章では客観的現実が描かれていませんという意味だったのだ。
 描かれなかった最後の光景、読者が想像によって補うべき場面は次のようなものだ。屋上へ行く前に架は皆藤にやかんを運ぶのを手伝うと約束している(p.275)。屋上から戻ってきた架は嬉々として「高町と話してきたよ!」と語るだろう。二人で一緒にひとつのやかんを運びつつ、皆藤は思うのだ。「ああ、この人、私がついていてあげないとダメなんだわ」皆藤留美ルート、トゥルーエンド。

 ……あるいはですね、第三の解釈として「高町は架を真の意味で助けていないから」というのも考えられますね。
 高町の妹、夏帆が肺炎で入院したと知った架は“その日、初めて高町との暗黙の協定を破り”病院へ行く。「暗黙の協定を破り」とは、高町の了承なく一人で病院へ行ったことのようにも読めるが、そうではない。文化祭の前に、架は夏帆にバトントワリングのDVDをこっそり渡しに行ったことを後で明かしているからだ(p.285)。恐らく「暗黙の協定」とは、パターン霊として行動することだろう。クラスで孤立していることが辛くても、高町が登校していない日でも必ず学校へ来ることを意味しているのではないか。
 これは、高町の仁に対する態度からも頷ける。妹のことで悩んでいた高町には、仁に手を差し伸べるだけの余裕がなかった。同じように架にも、クラスメイトとの関係を改善させるという、本当の意味での救済はできなかった。スクールカーストの最底辺で、現状維持のまま、幽霊としてでも生きろ。第7章の終わりで架が生霊だとほのめかしたのは、言い換えればそういう意味であり、それを鵜呑みにする架は高町からすれば「お人好し」だったのではないか。
 架も、高町に言われたからといって幽霊になりきるのもどうかしてるとmatsuoさん。学校を抜けだし妹を見舞いに行くためにも、自分が架の代わりにスクールカーストの底辺になるわけにはいかなかったのかもフクさん。

凶器は雑菌

 とまあ、あまり全員が腑に落ちる解釈はでず。他にもいろいろ、あいまいな箇所が残っている。
 屋上に出入りした架を“自覚が足りない”と高町が非難したのはどういう意味だったのかとsasashinさん。架が悩まされたノイズはけっきょくなんだったのか。議論すれど、なにがきっかけで起こるのかミステリファン的に満足できそうな法則性はみつからず。
 謎めいたタイトルの意味はなんなのか。リダクション(reduction)とは、辞書的には「低減」のこと。ゴーストとは? おがわさんによると、テレビでゴーストといえば電波の反射による影響で、二重に映ることとのこと。ちなみに以下のページによると、作者は“タイトルは「音響機器の雑音除去装置から」発想”と回答してます。

【著者に訊け】十市社 青春ミステリー『ゴースト≠ノイズ』 (NEWS ポストセブン) - Yahoo!ニュース
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140523-00000006-pseven-life
(上記のウェブ魚拓)
http://megalodon.jp/2014-0803-1030-50/zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140523-00000006-pseven-life

 高町からすれば、父と養女との関係を疑う架の発想すら、高町には幼稚に感じたのかも。そこがお人好しということだったのかとフクさん。実の娘さえ死を望むということの重さを動機に利用した点に、ミステリとしての興趣を感じたとのこと。
 ここでsasashinさんが「ようやく未必の故意による殺人の話がでましたね」と嬉しそうにする。文化祭で、夏帆のマスクがずれているにも関わらず、両親はそれを直そうとしない(p.164)のは、殺意に依るものだったのではという指摘に一同感心。それをみつけて高町は早足になり、マスクを直し“そのあとすぐに姿を隠した感情は、嫌悪に見えた”(p.165)となる。
 レイコさんや友達にも助力を求めるべきだったと秋山さん。ただ玖波家の火災時の告白によれば、両親の夏帆への殺意を確信した(p.252)のは文化祭よりも後だった。このため、高町もマスクのことを殺意とまでは思えず、誰かに相談することはなかったのだろう。

スクールカーストのゆかいな仲間たち

 フクさんが、登場人物の名前の奇妙さを嘆く。高町はもちろんのこと、忍香、徳子も凄いセンス。なにかマイナーな元ネタがあるのかも。秋山さんは、姉妹で名付けのセンスが異なることから、養女の可能性を疑ったという。姉が高町なら、妹は小町にしそうなもの。
 レイコさんや、ホームで高町と親しかった中学生のチホコは、名前がカタカナ表記となっている。そこから乃田ノエルもホーム出身なのでは、と疑ったけどハズレ。そもそも高町がカタカナじゃないじゃん。
 自分がクラスの女子に「知り合いのシルバーアクセの店」「それ、どうしても言いたかったんだ?」(p.103)と云われたら立ち直れないな、とシリアスに云うsasashinさん。
 フレキシブル教師は、親に電話するだけではなく、ちゃんと教室でどうにかしなさいとmatsuoさん。sasashinさんによれば、スクールカーストものとしては田中ロミオ作品がおススメとのこと。

 ぼっちとしての架の描かれ方にも疑念が。フクさんは高町をいきなり名前で呼ぶのがぼっちらしくなく、疑問を感じたとのこと。いま、このレポートを書くため確認してわかったのですが、初めは「君」と呼びかけ、それを高町から文学っぽいとからかわれ「私、自分の名前をけっこう気に入ってるって、さっき言ったと思うけど」(p.39)とうながされた。それで名前で呼ぶようになったのね。
 sasashinさんは、架が研究発表の制作具合を覗きこむ場面(p.157)に違和感を覚えたという。幽霊がうろついているだとか、嫌味のひとつくらい言われるのではないか。
 架の考え方が、相沢沙呼作品の語り手のよう。うじうじする主人公がブームなのかと首をひねるフクさん。しばらく相沢先生なら高町のことをどのように描写されるか真剣に議論したのですが、紙幅の都合で割愛させていただきます。

 テーマは「親との相克」だったのかもしれない。旅をしないロードノベルとして読んだとsezmarさん。
 架の父について。会社では仲人を頼まれるような人物だったというが、人物像がぶれているのではという指摘に、架が親を見ていなかったことの証ではないかとsezmarさん、会社ではそれなりに上手くやっているのかもしれないが、草を燃やし続けるのはさすがに大人としておかしいけどとsasashinさん。

 全体的な展開については毀誉褒貶。仁君の死などは削って、後半の青春小説的な展開をもっと力を入れるべきだったのではないか。新聞の連載小説のように、小さなイベントが起きては続いていく展開だとおがわさん。動物虐待死事件があっさり解決され、本筋につながっていかないのがミステリファン的に残念。
 逆に言えば、仁や動物虐待死事件の役割は、高町がホーム出身だという、恐らくクラスメイトの誰にも明かせない個人的事情にまで架が踏みこむことになったきっかけのためだけにある。その意味では特異なセンスではある。
 まあ、ミステリ「フロンティア(=開拓)」なんだからOKってことで。全般的に、少なくとも個人出版としては読めるレベルであり、文章も巧いとフクさん。ただ「まるで~みたい」という比喩の連発が気になるという指摘も。電子書籍組が「まるで」で検索し始める。なに、その作家殺しのツールは。
 最後に、各自感想を述べて終了。十市社先生の次回作も、期待大です!

早引表

※十市社『ゴースト≠ノイズ(リダクション)』(東京創元社、2014年1月30日発行)に基づき作成した。

No. p. 概要 あらすじ 伏線/備考
1 1 3 クラスでの孤立
ほうじ茶事件
火事で幽霊に
席替え
高町が前の席に
入学してからずっと、ぼくの席は窓際の最後列にある。髪が焦げたのは一居士の仕業ではないかと丸岡が乃田ノエルと会話。クラスメイトたちの声がノイズにしか聞こえない。
五月、転んでやかんを落とし、ほうじ茶をこぼしたときのことを回想。クラス委員の皆藤が、やかんを落としたとき一緒に床を拭いてくれた。
五月が終わるころには殻の内側に閉じこもり、席替えで必ず窓際最後列にさせられるようになった。

p.13 昼休み、屋上へ。ぼくの家がある方向を眺める。二学期になって二度目の金曜日、父は庭で雑草を燃やしていた。週明け、ぼくの席に花瓶が。「もういいでしょ」花瓶をもとの場所へ戻す皆藤。自宅を全焼する火事に巻きこまれたという設定により、ぼくは幽霊同然の存在に。
昼休みが終わりに近づく。屋上にいると知られたときの会話を想像する。ノエルという名前を父が批判したこと。昼休みが終わり教室へ。高町がぼくの前の席に座る。
p.9 “少し遅れて教室へ戻ってみると、誰がどこから調達してきたのか、教卓にはすでに新たなほうじ茶入りのやかんが一つ載っていた。”
p.15 クラスメイトたちの会話は「もし架の家が火事になったら」「家が火事になり架が死亡した」どちらにも解釈できる。
2 2 22 高町の友人三人組
文化祭の出し物決定
高町に話しかけられる
休み時間、高町の友人たち三人組が不満そうにしている。高町は二学期の初日から一週間以上連続で欠席し、それ以降もたびたび休んだ。
ホームルームが終わり、三人組が高町の席へ。席替えをボイコットしたことへのクラスメイトたちの反応。四人でアイスを食べることに。

p.26 翌日から、高町は三人組と話すようになるが、授業中は窓の外を頻繁に眺める。ルーズリーフにはドバトのイラストや〈短いバトンは落とせない〉というセンテンス。
ロングホームルームで、来月にせまった文化祭の出し物が、環境問題についての研究発表の掲示に。

p.28 研究テーマが決まる。一度くらいクラスが一丸となるところを見せてくれ、と珍しく担任の菱山が熱っぽい口調で語りかける。
教室に残った高町。「そういえば、まだお礼を言ってもらってない気がする」話しかけられ驚く。火事のことを高町は休んでいて知らなかった。「その火事でぼくは幽霊になったんだ」
おたがいの名前について。「本物の大人なんてものがほんとにいると思う?」パターン霊。到着時間を遅らせるため、あえて出発を早くして普通電車に乗る。研究発表をフレキシブルに手伝うよう頼まれる。
 
3 3 44 連続動物虐待死事件
図書室で調べ物
高町の妹
木金と高町は欠席。土曜の夜、また草を燃やした父を母が責める。
p.46 月曜日、放課後まで声をかけないようこらえる。図書室へ行く途中、渡り廊下から中庭を見下ろしながら、連続動物虐待死事件のことをどう思うか訊かれる。ぼくはノイズで聞こえなかった。ヒゲを蝶々結びにされた二匹のネズミの死体が駐輪場でみつかった。今回が二回めで、最初はトカゲ。

p.52 図書室へ。インディオについて熱を帯びた語りをする高町。どうやってヒゲを蝶々結びにしたのか会話。高町がネットで、インディオの支援をしている日本人が書いた本をみつける。高町には小学三年生の妹がいる。
p.46 「デジャブだ」
4 4 64 丸岡の失墜
父の人となり
インディオの現状
ドバトの名前
火曜、高町は欠席。昼休み、丸岡が机をあさったのではとノエルに責められ、クラス内の地位を失墜。
p.67 次の日の放課後、前日の出来事を高町に図書室で話す。どんな大人になりたかったか問われ、父のようにはなりたくないと自覚する。
インディオの現状について、本の内容を説明する高町。六時ごろまで図書室に残り、名前を知らない教師が明かりを消しに来る。

p.76 図書室で過ごす日々。インディアンの娘が子宮を摘出されてしまうことを高町が嘆く。中庭のハトが卵を産んだことを高町に話す。ハトの名前として「カルト」「土橋さん」を高町が提案、ヒナは僕が決めることに。休んだ高町の机の内側に〈956250〉という紙切れが貼られていた。
p.75 “すれちがいざま、ぼくも軽く会釈をした。声はかけられなかった。”
5 5 89 父への失望 テレビに悪態をつく父に、なにも言う気が起きない。自分が父の劣化コピーであることにぞっとし、飽きもせずに高町のことを考える。
 
6 6 92 高町エンコー疑惑
駐輪場に猫の死体
十一月。図書室で高町に両親はどういう人か訊く。「好きだよ」と即答。
文化祭まで二週間をきった月曜日。乃田ノエルのグループがメモを仲間内で回し、丸岡を見て笑う。休み時間、丸岡が高町にエンコーの疑いをかける。三日前の金曜日、夜九時ごろ、ラブホテルの並ぶ通りから歩いてきたのを見たという。
忍香が教室に飛びこんでくる。駐輪場で未歩がクーハンの中にあった猫の死体を目にした。トトが保健室へ連れていったという。クーハンとつぶやく高町。
p.93 “二人は新聞部と囲碁部の男子生徒で[中略]一学期のころから丸岡グループに便利に使われていた。”
7 7 108 高町と仁の会話を聞く
架は生霊
猫の死体をみつけた顛末をトトが語る。事件から三日後の木曜日、図書室の窓から陸上部の記録会でトトが走り高跳びをしているのを眺める。〈短いバトンは落とせない〉とは、高町と妹のあいだで、自分にできることをきちんとやるという意味の合い言葉になっているという。

p.115 高町が休み時間のたび教室から姿を消すようになる。昼休みの終わり、屋上から教室へ戻ろうとして、高町が仁と会話するのが聞こえる。高町に依れば、仁は連続動物虐待死事件の犯人だという。

p.123 放課後、図書室へ。丸岡の疑惑について、一度ついてきてもらって架にも見せておきたい、という高町の誘いを了承する。続けて、架には自覚が足りないと云う。『住宅が全焼 家族三人死傷か』の記事。「架は生きてるんだよ」
p.124 「ほんとお人好し。ちっとも疑いもしないんだから」
p.124 「まああの場にいなかったってのもあるんだろうけど」
p.132 “もちろん握手は空振りに終わり、ぼくの手は彼女の手の甲と背中合わせになったところでゆらりと静止した。”
8 8 134 夏帆ちゃんの見舞い 土曜日、駅の構内で高町と待ち合わせ。昨日、家に帰り、世界が変わったように見えたことを回想する。歩道橋を渡る。幽体なのに行動が普通で面白くないと高町が文句を言う。高町の右耳の上に、コスモスのような白い花飾りの髪留めがあることに気づく。
p.138 雑居ビル通りの小さな交差路で、丸岡が父親と自分を目撃したのはこの辺りだろうと高町が云う。総合病院へ。妹がそこで入院しているという。

p.142 夏帆ちゃんの病について高町が説明する。バトントワリングのクラブに入るのが夢だが、その夢が叶うことはないと言おうとした高町が自分で驚く。
p.144 ここからは距離をとって行動すると高町が宣言。夏帆ちゃんの病室を、ぼくは通路から覗くことに。高町と夏帆ちゃんが仲むつまじく会話を続ける。
ぼくがエレベーターホールへ戻ると、高町もやってきた。髪留めは夏帆ちゃんにもらったものだという。友人三人組には、席替えの日に話した。
プレイルームへ。シャンプーのため高町と夏帆ちゃんが浴室へ。左目にガーゼをした男の子と母親がでてきて会話。妹を「お利口さん」と呼んだ高町に違和感を覚える。両親が来るため今日はこれで解散と告げられる。夏帆の未来ってなんだろうと云う高町。
p.135 “二ヶ月も前に燃え落ちたはずの家は、ぼくの目には相変わらずそこに存在しているように見えた。”
p.150 “「こんにちは」笑顔で返しながら、ナースは高町が誰としゃべっていたのか見定めようと素早く左右に目を走らせた。”
9 9 156 文化祭
夏帆ちゃんが来る
仁の自殺
文化祭が週末にせまる。研究発表の進み具合。木曜日に図書室で、夏帆ちゃんが退院したと聞く。だが高町は心配そうな顔をしている。
p.158 文化祭当日。ホームルームが終わり、研究発表を展示するジグザグの通路を完成させる。ノエルが皆藤に解散を要求するが、黒板を右肩でこすってしまった箇所を直すよう云われる。

p.162 文化祭が開始。ぼくは校内をうろつく。高町と忍香が、高町の両親と夏帆ちゃんを出迎える。ケーキとクッキーが食べたい夏帆ちゃんのため五人は南校舎へ。
気が向いて、教室へ戻る。高町が飛びこんできて、仁を見なかったか訊かれる。おかしなメールが来たという。夏帆ちゃんたちは『伊勢湾台風物語』を見ているという。未歩から携帯電話で連絡が入る。河川敷の雑木林で、生徒が首を吊っているのが見つかったという。
p.158 “私は知らなかったんだけど、入院してるあいだにバトントワリングのDVDまでもらってたみたい。”
p.161 「――一居士がいてくれるだろ」
p.164 (夏帆ちゃんは)“マスクをしていたけれど、口もとからずらしてしまって、細い顎の下でくしゃくしゃになっている。””心配性の高町と対照的に、両親は心配するそぶりもなく穏やかに姉妹のやりとりを見ていた。”
p.165 “その一瞬、芦屋忍香の足もとで高町がかすかに顔をゆがめたのをぼくは見逃さなかった。”
10 10 172 仁の死
仁の通夜
児童養護施設
河川敷へ。仁は、ブレザーの左右の袖を胸の前で固結びにしていたという。仁からメールがあったことを高町が教師に打ち明ける。
p.174 文化祭は続行。仁は一命をとりとめたが、翌日の夜に息を引き取った。月曜は代休のため、火曜の放課後に高町から経緯を聞いた。
死にたがっていた仁の気持ちを自分も理解できてなかったと吐露する高町。メールの最後の一行は『もうイヤだ』だった。今夜の通夜に誘われる。
焼香を終えた高町が仁の母親らしき人物(レイコさん)に手招きされる。以前、図書室の鍵を閉めにきた教師が仁の担任だったとわかる。レイコさんに誘われ、児童養護施設〈ひいらぎ子供ホーム〉へ。チホコが高町の姿に喜ぶ。

p.181 応接室で高町らが会話するのを、ぼくはファイルキャビネットのそばから見守る。仁の生い立ちと、自殺を選んだ理由。高町がレイコさんに夏帆ちゃんの病状を訊かれる。高町もホームにいたと気づく。
夜道を歩きながら、高町がホームにいた経緯を聞く。ラブホテルが並ぶ通りから高町が父親と歩いてきたことを思いだす。
p.179 「大丈夫。レイコさん――あの人はね、たとえ自分の部屋に幽霊が出たって、もらった覚えのない置物が一つ増えたくらいにしか思わない人なんだから」
p.197 「インディオの社会に自殺者は一人もいないんだよ」
11 11 198 文化祭後の日々
夏帆ちゃんが肺炎に
夏帆ちゃんの死
文化祭が終わってからのクラスの雰囲気。研究発表という名目は無くなったが、図書室での時間も継続。架は頭のなかだけの存在かもと高町が云い、『脳のなかの幽霊』という本から幻肢痛の解消法を語る。
ドバトのヒナたちがおたがいを巣の外へ追いだそうとしているよう。夏帆ちゃんを一生かけて守るため生まれたと自覚したときのこと。架が父に、祠へ行って母親の具合が良くなるようお願いしてこいと云われ、落胆させたこと。

p.208 高町の欠席が続く。十二月最初の木曜日、未歩と忍香の会話から、夏帆ちゃんが肺炎で入院していると知る。ぼくは学校を抜けだし、病院へ。PICU(小児集中治療室)の曇りガラスの扉をみつめる高町。翌日の朝、ホームルーム後に担任の菱山が、高町の家族に不幸があったと告げる。
p.203 「自分の体を探してみようとは思わないの?」
p.209 “その日、初めて高町との暗黙の協定を破り、ぼくは授業が終わる前に学校を抜けだして、病院へ飛んでいった。” 文化祭前に、DVDをプレゼントするため夏帆ちゃんと会ったのだから、暗黙の協定とは高町の了承なく病院へ行ったことではない。恐らく暗黙の協定とは、パターン霊として行動すること、クラスで孤立していても必ず学校へ来ることを意味している。
12 12 212 夏帆ちゃんの通夜
高町の家を見張る
父が仲人を頼まれる
高町の家が火事
トトが菱山に、亡くなったのは夏帆ちゃんであることを確認する。高町からメールで、通夜は明日の夜だと返信が来る。皆藤が、通夜の場所を教えてほしいと三人に頼む。
p.215 セレモニーホールでの通夜。母親の風邪が木曜に移り、翌週の金曜未明に息を引き取った。皆藤、レイコさんが来る。友人三人組の前で崩れ落ちる高町。レイコさんと高町の父親が会話。あの人は嘘をついていると感じる。
p.220 翌日曜日、告別式でも高町に近づけない。翌日、ぼくは教室に行くが、手遅れになる前になんとかするしかないと決意する。

p.221 高町の家へ。空き地に放置された貨物コンテナから見張ることに。三日目の夜になっても、高町が姿を現さない。ピザの注文が届く。
五日目、高町が空き地にやってくる。ピザのことを答えられない高町。あの父親に好きにさせるのかと問うと、ゆうべも覗いていたのかと訊かれる。幽霊でなくなった架に友達でいる価値はないと云う。
高町が家に戻り、ぼくも空き地を離れる。路地で高町の両親が乗ったミニバンとすれちがう。路地を引き返し、父親の抱える白いビニール袋に、新品のボストンバッグがあるのが見える。

p.235 ぼくが自宅に帰ると、父の会社の人だという男女が来ている。父に仲人を依頼したという。
外をさまよい歩く。試練の祠のことを思いだす。雑木林は消え、丘陵地帯には新しい家が建ち並んでいた。ボストンバッグを買った用途を悟る。
p.242 高町の家へ戻る。窓の内側で炎があがっている。
p.213 “休み時間になると、クラスメイトの目を避けるように教室の後ろにかたまって、三人で相談する声が聞こえた。”
p.214 「留美と高町って――」
13 13 243 高町の両親の秘密 玄関から家の中へ。居間のソファの前に立っている高町。「高町が……やったの?」高町は答えない。両親はどこかと訊くと「もう終わりなの。全部、何もかも」二階に二つの死体をイメージする。両親は夏帆ちゃんを愛せず、高町は両親の行動を見張っていた。
力ずくでも避難させると告げるが、できないだろうと高町は微笑む。
あきらめて去ろうとするぼくは、カラーボックスの天板に民族写真集をみつける。図書室へ返すよう頼まれる。表紙から滑り落ちた髪留めを、拾って戻す。玄関から外へ出る。
p.255 “ずっとお人好しの架に甘えて、利用してたんだから。” p.124との照応に注意。
p.255 “本当はね、インディオにも自殺する人はたくさんいるんだって。”
14 14 260 家、病院、警察
丸岡と対決
皆藤との和解
顔や手にやけどを負って帰ったぼくに父と母が驚き、市民病院へ連れて行かれる。治療が終わったときには十一時半。
p.261 警察署に連れて行かれる。火災の現場に居合わせたこと、火事のあった家の近くをこの数日うろついていたことを認める。解放されたのは夕方。
p.263 丸一日眠る。高町が焼死したり、学校に来る夢をみる。

p.264 月曜日、登校するとクラスメイトたちが噂をしている。高町のことを担任の菱山が報告し、教室が悲しみにあふれる。菱山に呼ばれる。
p.266 応接室で学年主任や校長らに同じ説明を繰り返す。早退を勧めてくるのを断り、教室に戻ると告げる。

p.267 丸岡が挑発的にぼくを見下ろす。疑うなら、ぼくの家を燃やしたときみたいに、また記事を作らせればいいと告げる。
ノエルから、高町と仲が良かったのかと訊かれる。未歩が、高町から一居士のことをときどき聞いたという。夏帆ちゃんの通夜や告別式について、三人でわざとぼくに聞こえるよう会話した。三人に、火をつけたのは自分ではないと明言する。
p.272 教室をでると皆藤に声をかけられる。「ごめんなさい」先に謝られる。ほうじ茶をかけられ、皆藤は高町とけんかになった。新しいやかんを持ってきたのは高町に、架からお礼の一言くらいあるべきだと言った。屋上の端に人影を見た気がした。「幽霊でも見えた?」
 
15 278 屋上で高町と会話 屋上へ。高町が生きてそこに立っている。ぼくが火事のとき高町を救助したことを回想。両親は旅行で不在だった。警察署で父に「よくやった」と云われたときのことを回想。二学期の初めに担任の菱山から電話があり、ぼくがクラスでうまくやれていないことを両親は知っていた。
高町を助けたのは「死んだ気になれば、なんだって振り切れるって」高町に教えてもらったから。バトントワリングのDVDは架がプレゼントした。ドバトにつけた名前を思いだせない。髪留めをひとつもらう。
 

登場人物一覧

一居士架
p.4 語り手「ぼく」。一年A組。名前が明らかになるのはp.16。
玖波高町
p.21 クラスメイト。p.195 玖波家に引き取られる前の姓は鈴里。
皆藤留美
p.7 クラス委員。公明正大。
乃田ノエル
p.4 クラスメイト。架を疎外。
丸岡
p.4 クラスメイト。架を疎外。
菱山
p.5 担任。
仲川未歩
p.23 クラスメイト。高町の友人三人組の一人。トトと中学から一緒。
芦屋忍香
p.23 クラスメイト。高町の友人三人組の一人。
富松徳子(トト)
p.24 クラスメイト。高町の友人三人組の一人。未歩のナイト。
末田仁
p.117 二年生。連続動物虐待死事件の犯人。
玖波夏帆
p.142 高町の妹。九歳。生まれつき心臓に奇形がある。
レイコ
p.178 〈ひいらぎ子供ホーム 緑の家〉の職員。名前が登場するのはp.179。
チホコ(チホ)
p.180 中学生。ホームで高町と親しかった。