早引表

※米澤穂信『リカーシブル』(新潮社 2013年1月20日発行)に基づき作成した。

No. p. あらすじ 伏線/備考
1 序章 3 夜明け前に車で出発したママ、ハルカ、サトルが坂牧市に到着する。
「ああ、着いてしまった」(p.3)
2 第一章 1 4 何をしようとしていたのか思いだすため、家に入りなおすハルカ。積み上げた段ボールをサトルが崩さないよう下ろしておこうとしたことを思いだし二階へ。だが時すでに遅く、サトルが段ボールを崩す。
ママに促され、散歩に出る。茶色く濁った佐井川に「川が濁っているときはね」「上流で雨が降ったんだよ」という父の言葉を思いだすハルカ。夕暮れに沈む町によそよそしさを感じる。
夕飯はかけそば。この町は気に入りそうかというママの問いに「なんとなくさみしい気がする」と答える。
“何をしようとしていたのか思い出せなくて、自分の動きをなぞってみた。”(p.4)
「大丈夫よ。すぐに何もかも良くなるんだから。すぐよ、すぐにね」(p.6)
“わたしは、ママの言葉は全て聞くことにしている。”(p.7)
「そのうち、全部良くなるのよ」(p.10)
3 2 10 入学式の日はよそものだとばれなかった。だが翌日、リンカに声をかけられ、引っ越してきたことを明かす。クラスの女子たちに囲まれ、リンカと一緒に帰ることを約束する。
なんの部活に入るかリンカと会話。歴史部の顧問は三浦先生だからサボれるのでは。
わたし浮いてたのかとリンカに訊くと「割と鋭いんだ、あたし」と得意げな顔をされる。
サトルと待ち合わせていたが、できればリンカに会わせたくない。このまま帰ろうと決めたとき、サトルに声をかけられる。
リンカがサトルに話しかける。ひとりでも帰れるんでしょ、と声をかけるとサトルは去った。
“友達が一人でもいれば、これから始まるクラス内のヒエラルキー構築でずっと有利になる。”(p.12)
“ただ、どんな部活に入るにしても用具に少なからずお金がかかるだろう。ママにそれをねだることはできない。”(p.13)
「たいへんね。あたしたち子供はいつでも、大人の都合に振りまわされるのよ」(p.15)
「その通りね。だけどわたしたちはそれでも、それぞれ強く生きていかなくちゃいけないのよ」(p.15)
“だけどいま、サトルはなんだかほっとした顔をした。”(p.19)
“「弟じゃないよ」と喉まで出かける。”(p.19)
4 3 20 町のことを教えてあげるというリンカと、昼ご飯の後で会う約束をする。ケータイを持っていないことを打ち明けるが、リンカは屈託のない笑顔をする。
サトルのため昼ご飯を準備する。私服に着替え、でかける。リンカと合流し、坂牧市の目抜き通りがある常井へ。
リンカの家はおそば屋さんだと知る。この町に思い入れはあるんでしょと声をかけるが「嫌いよ」と云われる。
八百屋でマルさんがトマトとバナナを万引きするのを目撃する。マルさんは見逃し、それがルールだと云われ当惑するハルカ。嘘だとリンカが吹きだす。マルさんは店の人だという。
“おみくじだろう。ポケットの中で財布を握りしめていた手を、そっとゆるめる。”(p.24)
(おみくじ引いた? と訊かれ)“人前では、いやだ。”(p.25)
5 4 32 夜、サトルがハルカの部屋を覗いているのに気づく。サトルは、ハルカとリンカについてきていたのだという。
八百屋でマルさんが盗みをすると知っていた、前に見たことがあると告げるサトル。
前にママと来たことがあるんだろうと指摘するが、地団太を踏んで否定する。
“わたしはそのとき、キャンディボックスの蓋に手をかけていた。”(p.33) 恐らく、おみくじを保管しようとした。
6 第二章 1 37 朝、学校に行きたくないとママに訴えるサトル。橋が古く、車が通ると揺れるのが怖いという。ママに頼まれ、橋を渡るまで一緒に登校することに。ママから福引き券をもらう。
着替えたサトルと家をでる。「晴れるよ。ぼく、知ってるもん」思わず怒鳴るが、天気予報のことだと知り詫びる。
佐井川に沿って川上へ。磁石をつければ車がぶつからなくなると自信満々で話すサトル。学校でうまくやれているか尋ねる。
報橋を渡る。怖がるサトル。トレーラーによる揺れにハルカも思わず「……うわっ」と声が出る。「ここから落ちた人がいるんだ。ぼく、知ってる」サトルの手を握ってやる。
 
7 2 53 給食は自分の机で食べてくださいと村井先生から指示があり、ほっとするハルカ。昼休み、リンカに福引きの話をする。リンカは手伝いをするという。
放課後、サトルと合流して商店街へ。若い女の人が一等を引くが、ハンドバッグを置き引きされる。法被を脱ぎ捨てたリンカと共に、犯人のスクーターを追って駆けだす。
パチンコ屋に面した路地でスクーターを見失う。警察に電話するようリンカに提案するが、イメージが悪いと会長に反対される。左右どちらの道を行ったかリンカと意見がわかれ、会長はまっすぐ行ったかもという。
サトルがパチンコ屋の中だという。白いビニールテープでナンバープレートに細工がされたスクーターに気づく。「危ないよ。犯人はナイフを持ってるんだから。ぼく、知ってるもん」
 
8 3 69 置き引き犯が捕えられた顛末。サトルの脅えようは、ハルカやママの注意を引くための演技ではないと認識を改める。
今夜、一緒に寝てもいいと頼むサトルに「ふざけんなバカ」と答える。
“サトルには未来が見えるなんて信じない。だけど、全部が説明のつく偶然だというのも、同じぐらい信じられないのだ。”(p.71)
9 第三章 1 72 入学式から四日目、木曜の朝。サトルのことで、リンカに学校で物笑いの種にされないかと心配するハルカ。
登校し、教室でリンカに置き引き犯がどうなったか訊く。
五時間目、三浦先生に放課後、職員室へ来るよう云われる。
放課後、職員室へ。三浦も昨日は商店街にいて、置き引き犯を追うハルカたちを見たという。
未来が見える子供の話を聞いたことはないか尋ねる。タマナヒメのことかと『常井民話考』を貸される。
“しょせん、学校がいつまでも居心地のいい空間であるはずがないのだ。いずれは誰かが、いちばん下に落とされる。”(p.73)
“わたしは占いが嫌いだ。(中略)たとえ大吉を引いても、そこにわたしが切望していることが叶うと書いてあっても、当たったことなんて一度もない。それなのに越野サトルが未来を言い当てるなんてありえない。あっちゃいけない。”(p.76)
10 2 85 その晩、二階の自室で『常井民話考』を読む。「お朝とタマナヒメ」の物語とその解説。
タマナヒメとサトルに関係があると決めつけるのはまだ早いが、サトルがおかしなことを言いはじめたのはこの町に引っ越してきてからだとも思う。
 
11 3 90 悪い夢を見て、目が覚める。午前一時、喉が渇き一階に下りると、居間でママが何か書き物をしている。
連絡先を教える手紙を書いているという。いまさら連絡なんてあるわけがないという言葉を飲みこむハルカ。
ちょっと散歩をしてくると告げると、ママは驚くがすぐに優しく微笑む。
散歩しながら、ママの反応と、お父さんならどうだったか考える。ママがハルカの生みの母ではなく、再婚相手であること、お父さんが職場のお金に手を出したこと。
自動販売機があるが、お金を持ってきていないため買えない。サトルと血のつながりはないこと。「高速道路はすべてを救う 坂牧誘致の絶対実現を!!」という看板をみつける。
家に戻る。台所でママからホットミルクを手渡される。怒られないか試すようなことをしたことを「ごめんね」と謝ると、サトルをまかせしまって「ママも、ごめんね」と云われる。サトルの予言めいた言動を相談しようとするが、おやすみなさいと云われる。
“それでも気がつくと、わたしの両手は胸の前で組み合わされている。”(p.99)
12 第四章 1 103 金曜の朝、ボランティア清掃のためジャージ姿で登校する。
校長先生の話の後で、常井互助会の川崎が、ゴミを分別すること、パソコンの部品らしいものなど落し物は先生に報告するよう注意する。訓辞の前は、面倒がっていた小竹さんが“ちょっと話が変わったかなーって”と云う。
佐井川の河川敷でゴミ拾いをする。小竹さんと男子が“五万”について会話しているのを耳にする。
リンカに相談すると、佐井川の近くへ連れて行かれ、賞金が出るという噂を説明される。
坂牧市に高速道路を誘致する「水野報告」がどこかに落ちている。その報告を書いた水野教授は、報橋から落ちて、溺れ死んだという。
高速道路ができたなら、東京・名古屋へ買い物に行く坂牧のひとの方が多いだろうと指摘するハルカ。くすくす笑いながら、そんなことを言うと火あぶりにされちゃうよとリンカがたしなめる。
 
13 2 123 学校へ戻る。一緒に帰ろうとリンカがふざけ半分でハルカの鞄を持ち上げ、重いことに気づく。『床井民話考』を取りだすとリンカは「あたしのお爺ちゃんが手伝った本」だという。
リンカが本をめくると『誘致を考え直す会 開催のおしらせ』というチラシが挟まっていた。スカートのポケットに入れてしまう。
なぜこんな本を借りたのか問われ、タマナヒメのお話が気になったからと言い訳する。
三浦に本を返すため職員室へ。もう少しタマナヒメについて教えてほしいと頼む。
空き教室へ移動。(1)タマナヒメは過去にも未来にも偏在する全知の存在という解釈と(2)生まれ変わるので過去の記憶はあるが未来は知らないとする解釈を説明される。
『常井町史』にある明治中期に実在したとされる芳子の伝承では、鉄道の反対運動を成功させた。三浦は、村の人たちの願いは逆で、鉄道を敷いてほしかったのではという。
三浦から、歴代のタマナヒメを一覧にしたプリント(p.151)をもらう。男のタマナヒメってありえると思いますかと訊くと、いまは男女同権の時代だからねと三浦が答える。
 
14 3 142 教室に戻ると、リンカが待っていてくれた。タマナヒメについて教わったことを明かすと、リンカはたとえ話として、文化祭の劇にシンデレラが登場するが、本当のシンデレラなどいないという。
もうすぐ例会でヒメもいるはずだから見に行くかとリンカに誘われるが、ためらったのを見抜かれ、じゃあ明日ということになる。
 
15 4 146 風呂に入り、これまでのことを整理する。蜘蛛に驚く。
風呂あがり、ドライアーで髪を乾かす。サトルに不思議な力があり、水野報告をみつけて百万円をもらえば、前の町に帰れるかと想像する。
三浦先生にもらったプリントを読む。隣の部屋から紙屑を丸めているような音が聞こえる。
サトルの部屋へ。報橋から落ちた人がいたとしたら、どんな人だと思うか訊くが、サトルは知らないと答える。
この前テストがあったと言っていたことを思いだす。サトルの視線を追って押し入れを探すがなにも無い。焦ったサトルに足にしがみつかれ、振り返った拍子に頭をぶつける。襖の裏紙が裂けており、そこからサトルが六十五点のテストを取りだす。
誰かが報橋から落ちるなら、おじいさんで学校の先生、太ってると答えるサトル。
“占いもおみくじも大嫌いなハルカさんともあろうものが、賞金に目が眩んでサトルのたわごとを当てにするなんて。”(p.150)
「前にもやったことがあるんだよ。それで、押し入れ見てみたら敗れてたから、ちょうどいいかなって思って……」(p.160)
16 第五章 1 162 ママの新しい仕事は、ホテルの掃除にも関わらず土日を休みにしてもらえたという。だがサトルはテレビから目を離さない。
午後三時にリンカの家の前で待ち合わせという約束のため外出。自転車を使ってみたらとママに促される。空気を入れると問題なく使えた。
リンカとの約束の前に、図書館へ。繁盛しているラーメン屋「生駒屋」をみかけ、かつてママの頼みで外食した過去を思いだす。
図書館に到着。レファレンスのおじいさんに五年前の新聞を見たいと頼む。一九九八年五月十三日に水野忠良が死亡した記事をみつける。写真の水野教授は太っていた。
駐車場にある車すべてに「高速道路はすべてを救う」のステッカーが貼られていることに気づく。
(四月末日をもって閉店というクリーニング店の貼り紙に)“いまは四月の中ごろなので、去年の貼り紙だろうか。それとも一昨年、ひょっとして三年前?”(p.168)
17 2 175 三時に待ち合わせたリンカは学校の制服を着ていた。リンカに道案内される。
知らない路地裏を歩き、この町にはわたしの知らない神様がいるという奇妙な考えに取り憑かれる。
小高い丘の頂上にある、庚申堂に到着、ユウコさんに出迎えられる。
玄関の脇にある部屋へ。三浦先生からタマナヒメの話を教えられた経緯を説明する。
庚申堂の新しさを指摘すると、四年前に建て替えたとユウコが答え、リンカが五年前じゃないかと訂正する。
庚申講についてユウコが説明。宴会に未成年が出るのはどうかという話があり、今のタマナヒメ役は挨拶が終わるとすぐ帰るという。蝋燭を明かりにするのもやめた。
“ユウコさんがいち早く障子を背負って座ってしまうと、リンカはどこに座ればいいかわからなくなったようで、ちょっと途方に暮れたような顔になる。”(p.180)
18 3 188 高台から見下ろせば、福引きがあった商店街の近くだとわかった。
ユウコを手伝っていくというリンカを残して商店街へ。坂の途中にサトルが立っていた。
ママと買い物に来たが、時間がかかるため、その辺で遊んでてと云われたという。青いトタン葺きの屋根の「森元」という表札の家を「ぼく、この家に住んでたと思う」という。
他に憶えていることを訊くと、壁に五十音の紙が貼ってあり、トイレの窓の鍵が壊れていたという。森の中みたいな所で、女の人と遊び、何かを守ってと言われた。
ママと合流すべく、商店街へ続く道を歩く。どうやってあの家を見つけたのか訊くと、カブトムシの看板をみかけ、その先に家がある気がしたという。
お父さんが帰ってくるか知ってると訊くと、ぜったい帰ってくると答える。
屋根つきの商店街へ。カブトムシ型の看板に「悉皆 左入ル」と書かれていた。
(リンカの家のひとも例会に出るのか問われ)「水曜日。……違った、木曜日」(p.189)
“占いは信じないことにした。おみくじなんてぜんぶでたらめだと決めつけた。/でも、もし心のどこか片隅でタマナヒメを期待しているのなら、わたしはまだ弱い。そんな弱さは命取りだ。改めなくてはいけない。改めなくては……。”(p.191)
19 第六章 1 202 日曜日、テレビを観ているサトル。十時、リンカから電話でフリーマーケットに誘われる。
自転車で文化会館へ。暇つぶしに石碑の文字を読む。昭和二十八年に常井が合併を受け容れたが、新生坂牧市において常井の民が名誉ある地位を占めることを願う旨が刻まれていた。
いきなりリンカに声をかけられ驚く。活字中毒かと云われ、大慌てする。
ハルカは焼きそばを、リンカはおそばを注文する。売り物を見て回っていると、リンカの携帯電話に連絡がある。
出店の手が足りず、リンカは手伝いに行くことに。ハルカはトイレを借りようと文化会館へ。
一階のトイレが掃除中のため、二階へ。掲示板の近くで『誘致を考え直す会』のチラシを拾う。日時と場所が、今日ここだと気づく。
掲示板にチラシを張り直すと、マルさんが立っていることに気づく。チラシが剥がれ落ちていたので貼り直したと説明する。あまり紛らわしいことはするなと忠告される。
「でも、好奇心は猫をも殺す、って言葉もあるからね」(p.207)
「おそばください。ネギ抜きで」(p.208)
20 2 216 夜、英語の宿題に追われる。一息入れ、昼間のことを思いだす。
リンカに文化会館でのことを話すと「ハルカは違うのにね。困るよね」と云われる。フリーマーケットが急に決まったのは『誘致を考え直す会』の邪魔をするつもりだったのかと訊くと「うん」と頷かれる。
外の空気が吸いたくなり表にでる。事故があったのか、報橋の上で火の手が上がる。家に戻り、ママにみつかる。
次の日、社会の授業が自習になる。小竹さんが、事故った三浦先生が今夜死ぬと満面の笑みで云う。
 
21 第七章 1 223 小学四年のとき担任の先生が急性虫垂炎で入院したことを思いだす。
小竹はリンカから聞いたと答え、リンカは病院に勤めている叔母から重傷だと聞いたという。
「でも、三浦ってヨソの人だから」という声を耳にする。三浦が運ばれた病院をリンカに教えてもらう。
 
22 2 228 放課後、リンカは用事で先に帰ると、クラスメートの松木から伝言される。
帰り道、なぜ報橋で事故が起きたのか考え、報橋から帰ることにする。
報橋には三浦の車が残されていた。橋の真ん中にサトルがいた。リンカがサトルの耳元にくちびるを寄せている。
リンカに声をかける。互助会の用事があるが、お父さんが先に行ってるから焦る必要はないと思い直したという。
サトルは「こういう事故、見た事ある」と言ってたという。リンカが立ち去り、なにか言っていたかサトルに尋ねる。
「『それから?』って言われた。何度も、何度も、何度も」
 
23 3 236 帰宅し、ママに病院へ行くことを継げる。自転車で出かける。
外科病棟四一七号室へ。ミイラ男のようになった三浦先生に驚く。
事故の原因を訊くと、学校では自損事故と思われているんだねと沈んだ声で云う。
五年前に死んだ先代のタマナヒメ、常盤サクラについて尋ねる。三浦のメモでは焼身自殺となっていた。
その前に聞いておいてほしい話があると語る三浦。報橋では時速四十キロの安全運転だった。追い抜かれたワゴン車に当てられたという。
ワゴン車に命を狙われたのではないか。ワゴン車にはナンバープレートが無かった。
『常井民話考』は禁帯出なのに納入されたはずの学校や市の図書館にない。
三浦が所有する本は毒キノコで急死した先輩が遺したもの。編者など『常井民話考』に関係した人物全員が死んでいる。
三浦に勧められ、葡萄のゼリーを食べる。こんな目に遭うまではまさかと思っていたという。
大人しく帰って明日の授業に備えた方がいいと三浦は忠告するが、サトルが怖がっていることをハルカは思い、常盤サクラの死について訊く。
一九九八年五月十二日、庚申堂から火が出た。当時の新聞には常盤サクラの遺体が見つかったとある。
検屍解剖でサクラの気管から煤が出なかった。その結果がなぜ町に広がったのか、でたらめか、あるいはリークだろう。三浦が話を聞いた人はみんな放火だったと信じている。
もう一人の死者は水野教授だろうとハルカは思う。この町のため役立った人がなぜ死なないといけないのかと三浦に問う。
三浦は『姥川』という民話を紹介する。田んぼに水を引いてくれた大蛇を殺してしまう。ヨソモノに大事な財産はやれない。
本当にタマナヒメが実在したら本当に神様だろうかと問うハルカに、それは妄想だろうと三浦は答える。タマナヒメの由来ははっきりしないが、本当に神様に憑依されているなんて考えるのは別の話だ。
常盤サクラが亡くなった火事の目撃者はいないか訊く。火事の直前まで庚申堂にいた人間がいたらしいが、証言はとれなかったらしい。
“タマナヒメは、庚申日の七日前から肉と魚と五葷を断って身を清める。特に庚申日の前日は斎戒沐浴して身を清め、庚申堂で徹宵する”(p.264)
“五葷は匂いの強い野菜で、ニンニクやネギやニラのことを言う。”(p.265)
24 4 266 夕食はハンバーグ。事故がでてないかとママに断わってテレビをつける。火事の映像に、サトルが異常にらんらんと目を見開いている。
自分の部屋に戻り、ノートに疑問を綴る。プリントを丸め、押し入れに投げつける。跳ね返った紙屑をまた投げつけることを繰り返す。
過去に同じようなことをしたと思いだす。ママの置き手紙をクローゼットに向けて投げた。
前の家に押し入れはひとつも無かったことを思いだす。
お風呂の順番を聞くため部屋をでる。階段を無音で下れないか試す。
居間で、ママがサトルを問い詰めている。報橋でリンカといたところへハルカが来たときのことをサトルが話す。
車が川に落ちそうになり、青い毛布をかぶったひとがいたとリンカに話したという。
p.271ではノートの白紙のページに文章を綴っていたのが、p.272でプリントになっているのは単なる間違い?
“越野ハルカはカミサマを信じるか?”(p.272)
「ごめんね、ごめんねサトル。でもわかって、ママの帰る場所はここしかないの」(p.279)
25 第八章 1 280 朝の五時半に目が覚める。音を立てずに階段を降り、玄関へ。
布団へ戻るが寝つけない。今度は気も使わず階段を降りる。新聞に挟み込まれた常井商店街の大売り出しを告げるチラシ違和感を覚えるが、なんなのかわからない。
社会の授業は初々しい女の人が代わりの先生となる。放課後、リンカは今日も一足先に帰ってしまう。
わたしだけの場所を探すハルカは気がつくと、かつてリンカと待ち合わせしたお稲荷様の祠に来ていた。おみくじを引くと「――大吉。待ち人は来る。」とあった。
家に帰ると、居間にいたママの眼が赤くなっていた。お父さんからママに離婚届が郵送されていた。
ハルカはこの家にいていい、中学を出るまでは面倒を見るとママが云う。今夜はサトルと外で食べてきてと千円札を渡される。
「今日一番のラッキーさんは、天秤座のあなた! ずっと待ってた手紙が届くかも!」(p.282)
米澤先生……。
“だけどあそこには少なくとも、わたしに優しい場所があったのだ。”(p.284)
26 2 293 自分の部屋に戻る。矢絣柄のカーテンはお父さんが買ってきたものだと思いだす。
キャンディボックスから、おみくじの紙束を取りだす。小学六年生のとき、お父さんの犯罪が噂となり、友達が離れていったこと、神社でおみくじを繰り返し引いたことを回想する。おみくじを破り、畳を殴る。
サトルに止められる。お腹が空いたというサトルに、ご飯を食べに行くよと告げる。
外に出る。ラーメンを食べたいとサトルが云い、生駒屋へ行くことに。
サトルはなぜ、この町で起きるさまざまなことを「見たことがある」のか、それらを結びつける道筋にハルカが気づく。
怖がるサトルに「強くないから、強いふりをするんでしょ!」と叱咤する。
「忘れちゃった。ラーメン食べたら、思い出しそう」(p.307)
27 第九章 1 311 朝、洗面所でいつもの倍は時間を使う。ひとりで学校行けるでしょ、と声をかけるとサトルは頷く。
登校すると、誰もハルカと目を合わせようとしない。「大人しい子」のグループに属す栗田さんに哀れむような目をされる。
三浦先生の病室へ一人でお見舞いに行ったのがばれたのか。リンカは学校を休んでいる。家に帰る。夕飯の支度が六時半にととのうが、サトルが帰ってこない。
 
28 2 314 探しに行こうとするハルカを、友達と遊んでるだけかもと告げるママ。
自室に戻るハルカ。ママがやってきて、サトルと喧嘩でもしたのと訊かれる。
少しまわりを探してくる、とママがでかける。
台所へ。一人分の夕食を居間へ運び、無言で食べる。
「探しているものを持っていく。交換して」と留守電に残す。「今夜十一時。庚申堂で待ってて」
“けれど勢い込んで見たママの顔は、ぎょっとするほどに白かった。”(p.315)
“ああ、そうか。そう考えるのが自然なんだ。サトルが帰ってこないのはわたしと喧嘩したせいだ、と。”(p.316)
“ママは優しい。いつも通りに。/それがおかしいのだ。”(p.317)
29 3 320 自転車で移動。表札に「森元」とある家をノックするが、留守だった。トイレの窓から侵入する。
台所へ。明かりがいると思い、百円ライターを借りることにする。
仏間へ。押し入れの襖を探っていると「ただいまー!」の声。
押し入れに身を隠す。襖が開いていることを不審に思った女が入ってくるが「あ、そういえば、入った」という旦那さんらしき声に救われる。
襖の裏、破れた裏紙に手を差し込む。折り紙で作った手裏剣と、MOディスクをみつける。「あのバカか百万円か、か」と呟く。
 
30 4 333 森元家から脱出。中学校の校庭にある時計は十時半、しばらく学校を眺めて時間をつぶす。十時四十五分、友達に会いに行くような気分で自転車のベダルを踏み込む。
庚申堂に到着。待っていたリンカに、今夜は徹夜するんでしょと告げると、どうして徹夜するなんて思うのと聞き返される。
リンカをタマナヒメである根拠。ユウコはサラミを食べていた。リンカはフリーマーケットで、おそばのネギを抜いてもらっていた。ユウコはリンカに上座を譲っていた。
ユウコは影武者のようなものであり、三浦先生みたいなひとへの対策だと認めるリンカ。互助会ではなく「講」と呼ぶ。サトルを返してほしいと頼むが、しらばくれる。ハルカは「講」がサトルを誘拐した理由について推理を述べる。
水野教授のノートパソコンは解析できなかったのに水野報告が別にあるのは、受け渡しが約束されていたから。
水野教授と常盤サクラは同じ日に死んでいる。サクラが死んだのは庚申日の前日で、庚申堂にはタマナヒメが一人でいたはず。水野教授は、報告書をタマナヒメに渡したのではないか。
火事の目撃者から証言はとれなかった。それは目撃者がサトルで、まだ幼かったからではないか。サトルはサクラに会った最後の人物で、水野報告の行方も知っていたかもしれない。
三浦先生がワゴン車にぶつけられたのは、タマナヒメ伝承を調べていたからではなく、『誘致を考え直す会』を見に行こうとしていたからではないか。
ハルカはサトルくんを嫌ってるから手を出してくるおそれはないと聞いていたんだけどね、とお手上げのポーズをするリンカ。
ハルカはママの言動を推理する。サトルを守るため坂牧市を脱出、再婚したがお父さんがいなくなり、この町に戻らざるをえなくなった。広い貸家、仕事を得るためママはサトルを売った。
サトルの記憶を回復させるため、福引きのときの置き引き事件や商店街の光景を再現したことをリンカが肯定する。
水野報告を渡すのは、サトルに会ってからだと取引する。庚申堂に入る。眠っているサトル。
 
31 終章 358 サトルをおぶって帰る。なぜリンカは、MOが本物の水野報告だと判断できたのか。それは先代のタマナヒメ、常盤サクラにしかできないのでは。三歳児が脱出できる程度の火事から、サクラはなぜ逃げだそうとしなかったのか。
背中でサトルがなにか呟く。もう心配ないから、ゆっくり眠りなさいと告げるハルカ。
 

時系列

1841年 天保12年(タマナヒメの伝承)お朝が検地の中止を勘定奉行に頼み、投身自殺。
1893年 明治26年(タマナヒメの伝承)戸田芳子が鉄道の迂回を県職員に頼み、首吊り自殺。
1976年 昭和51年 藤下兵衛に畑清一が取材(p.252)。
1977年 昭和52年(タマナヒメの伝承)北川佐知子が工場誘致を家電メーカー社員に頼み、飛び込み自殺。
1998年 平成10年 5/12(火) (タマナヒメの伝承)庚申堂の火事で常盤サクラが死亡。
                         水野忠良が死亡(翌日の大洋新聞に死亡記事が掲載される)
2003年 平成15年
  4/ 4(金) ハルカたちが坂牧市へ越してくる(p.7 “新学期が始まるまであと三日”)
  4/ 7(月) 入学式。ハルカは中学一年生、サトルは小学三年生に。
  4/ 8(火) リンカに声をかけられ、一緒に帰る。マルさんの万引きを目撃。
  4/ 9(水) 橋を怖がるサトルと一緒に登校。放課後、商店街の福引きへ。
  4/10(木) 三浦先生に声をかけられ職員室へ。夜、『常井民話考』を読む。
       午前一時に散歩し「高速道路は全てを救う」の看板をみかける。
  4/11(金) ボランティア清掃。鞄に入れていた『常井民話考』をリンカに気づかれる。
       三浦先生からタマナヒメ伝承について聞く。リンカとタマナヒメを見に行く約束をする。
       サトルが隠したテストをみつようとして頭をぶつける。
  4/12(土) 自転車で図書館へ、水野教授の死亡記事をみつける。
       リンカと庚申堂で宮地ユウコと会う。帰り、森元家を見ているサトルをみつける。
  4/13(日) リンカからの誘いでフリーマーケットへ。トイレを探して文化会館へ。
       夜、報橋の事故を目撃。
  4/14(月) 三浦先生の事故が学校で噂に。帰り道、リンカが報橋でサトルに声をかける姿を目撃。
       三浦先生の見舞いに病院へ。夜、ママとサトルの会話を耳にする。
  4/15(火) 五時半に目が覚め、朝刊のチラシを目にする。学校で、元気がないとリンカに心配される。
       離婚届が郵送され、ママと会話。サトルとラーメンを食べに行く。
  4/16(水) 学校で誰も目を合わせようとしない。サトルが帰ってこない。
       森元家へ侵入。庚申堂でリンカと対峙。
※p.172 図書館でハルカは五年前の新聞記事を借りる。それが1998年の新聞であることから、
 作中の年代は2003年とわかる。