※古野まほろ『命に三つの鐘が鳴る Wの悲劇'75』(光文社、2011年5月25日 初版)に基づき作成した。

No. 節題 あらすじ 証言・伏線・備考
1 序章 第一場 6 埼玉駅東口交番へ自転車で向かう二条係長。東京帝大法学部出のキャリアながら率先して二箇月間の交番勤務を経験しようとする。外勤課長からの指示で特高事件の現場へ出向することとなる。革学労が革人戦の書記長ら四人を殺したという。  
2 第二場 11 路傍の空き地に燃え爛れたワゴン車、それを挟撃しているトラック二台。(真柴と思われる)刑事が検死官や特高課長らと会話している。焼死体を目にする。  
3 第三場 16 報告書らしきもの。革人戦幹部ららしき男四名を乗せたワゴンがトラック二台によって強制停車させられた。ワゴンから降車した男二名が滅多打ちされ、ワゴンは窓からガソリン散布および発煙筒の投擲により炎上した。  
4 第四場 17 ワゴンを覗きこんでいると、刑事一課の眞柴に声をかけられる。城川警部が、二条警部補だと紹介する。特高課で9月1日から研修のはずだが、真柴は新人扱いして手伝わせようとする。「現場が知りたいんなら、顔貸しな」 p.19 “マシバと呼ばれた警部補の瞳が不思議と泳いだ。完全に忘れているようだ。しかしその記憶の手繰り方は、どこかしらこの巨漢の豪気さを裏切るところがある。神経質な苛立ち、そして……恐怖。” 他、眞柴の記憶力に関する伏線は多数あるため省略。
5 第五場 21 おとこと眠っていたあたし(後に明かされるが和歌子)の三歳頃の記憶。秩父の縦瀬駐在所に配属された警察官の父が、日本革命の夢に憑かれた村人たちから脅迫を受ける日々。駐在所に村人が乱入してきた日、妊娠していた母は押入に隠れている間に苦しみだした。生まれていたならば高校生になっていたはずの弟妹を失い、怒り狂った母方の祖母に連れられ、母と自分は父と別れた。  
6 第一幕 第一場 28 1975年6月、警察講習所(かつて陸軍中野学校があった所)で訓練を受ける二条。内務省から呼出しがあったと森杉助教授に伝えられる。  
7 第二場 32 内務省ビル、警保局の特別高等部長室へ。特高部長の成瀬に口頭試問めいた質問を受ける。二条はかつて勁草館高校全共闘の幹部、そして東京帝大革学労の同盟員だった。勁草館高校で、姫原水絵が撃たれたことを契機に機動隊を粉砕しようとした。吹奏楽部の先輩後輩として佐々木和歌子と交際した。
二条の母、加奈子は父宛に届いた極左セクトの小包爆弾で爆死した。姫山大学封鎖解除線で二条の父、特高警察官の二条充房警視は殉死した。両親をセクトに奪われた二条は、闘争はできても殺人はできない身体となったと成瀬部長に指摘される。暴力革命のため殺人を肯定する和歌子は別のおとこ(後に登場する我妻)を選んだ。和歌子の命を革人戦から救えるのは帝国警察しかないという理由で二条は刑事となることを選んだ。
p.35 かつて社会民主労働党は暴力主義的破壊活動を繰り返したが、現在は平和革命論を唱えている。社労党から分派した極左暴力集団最大の流派として革命的人民戦線(革人戦)と革命的学労同盟(革学労)があるが、姿勢の違いから極左内部闘争(内ゲバ)を繰り返している。
p.45 なぜ殺人を憎むのかと問われ、二条は殺人が最悪の奴隷主義だからと答える。そのためならば、帝国警察と闘うことも辞さないと断言する。成瀬部長は、ヒトを奴隷としないための殺人も奴隷主義かと問う。p.47 “ヒトを奴隷としない為にヒトを殺す。それも奴隷主義か?”
8 第三場 47 7月1日に埼玉県警部補として埼玉中央警察署に配置された。埼玉駅東口交番での二箇月間の外勤勤務を終え、辞令により埼玉中央警察署特別高等課第一係長となる。特高課で城川警部に申告と辞令の確認をしていると、佐藤未緒巡査が飛びこんでくる。埼玉駅西口ペデストリアンデッキで革学労の非公然幹部、押井潔が刺殺されたという。だが極左の内ゲバでナイフが武器として用いられることはありえない。
刑事部屋へ刑事たちが乗りこんでくる。たまたま目が合ったことをきっかけに、眞柴が柳村署長に二条を捜査に加えるよう要望する。二条は刑事第一課強行係長を命じられ、眞柴警部補が二条の指導係長となる。
p.51 城川課長が人手不足を嘆く。アパート『グリーンハイツ』で革学労が消火器爆弾を誤爆させ、無関係の女子大学生二人を巻き添えに四人が爆殺した事件だけでも修羅場だった。
9 第四場 54 トイレ掃除やお茶くみをする二条。ペデストリアンデッキ殺人捜査の実況見分調書を眞柴に破られる。高崎線に投身した轢死体の肉片を回収する。眞柴に、痴漢の取り調べを命じられる。 p.56 二条はペデストリアンデッキ殺人の被害者の、着衣の懐からでてきたエルメスの香りがする写真を隠匿した。片隅には「75 8 26」のデジタル数字。背景には欧州の街灯のようなものが立っている。
10 第五場 61 取調中に、一時間で調書を巻けと眞柴に命じられる。作成した供述調書はびりびりに裂かれる。翌日、眞柴に教えられたやり方を実行し、三十分で被疑者は完落ちする。
眞柴に報告後、受付から二条に連絡が入る。我妻雄人が来ているという。東京帝大のオケで特注したペーパーナイフをスチール机の上に置く。これで我妻は和歌子を殺してきたという。埼玉駅到着寸前の京浜東北線で若い女性一名が刺殺された連絡が入る。
p.63 曽根係長と眞柴との会話。“「……時間が、ないのか」「ねえな」”
p.64 警察が四十八時間、検事が二十四時間かけて被疑者を取り調べ、裁判官が検事からの勾留請求を認めればワン勾留十日間が貰える。更に必要ならツー勾留・プラス十日間をお願いする。
p.65 “一昨日からの陰鬱な雨、続く。関東一円は、傘を差してもスーツがくたびれる豪雨。”
p.77 “縦え無精髭が飄々と伸びていても。縦え襟周りが垢色に崩れていても。”
p.78 “「すっかり変わっちまったかと思ってた。三箇月間、中野学校でじっくり洗脳されてな」”
p.78 “「靴が汚れている」と我妻。確かに赤土がぽろりと零れた。”
p.78 “彼は酒なら三歳の頃から『武甲政宗』しか飲まないおとこなのだ。”
11 第二幕 第一場 82 眞柴の命で二条が自首調書を作成することになるが、特高課の城川課長が譲ってほしいと頼む。交渉の末、ワン勾留は二条が、ツー勾留は特高が調べ官をすることとなる。 p.85 我妻から組織情報を得ることは現場警察官と家族の命がかかっていると訴える城川課長に眞柴は“「家族の命……あんた俺の経歴知って、それで能書き垂れてんだよな?」”と答える。
12 第二場 A-Part 89 第一取調室で我妻の取り調べを始める二条。京浜東北線先頭車両、二両目との連結部分の直近で和歌子を殺害した。与野駅のホームの時計が9時59分を指ししていた。ペーパーナイフで盆の窪を突き刺した。なぜ衆人環視の場と不具合な時間帯を選んだのか。動機は。二条の問いに我妻は黙秘する。 p.90 取り調べの前に我妻は眞柴と五分ほど会話をしている。
13 第二場 B-Part 96 我妻を留置場へ。刑事部屋で眞柴、丹澤巡査部長、未緒と検討。検死結果は供述と矛盾しない。目撃者は特異事項として、和歌子が突然騒ぎ出したことを証言していた。我妻はそんな和歌子を抱きしめて止めると、やがて刺した。神社や教会にいるように穏やかだった。二条は我妻が激昂しておんなを殺す性格ではないと断言する。
我妻と和歌子の馴初めは1972年(昭和47年)、東京帝大のオーケストラでだった。我妻は革人戦、和歌子は革学労に属しているが当時はまだ内ゲバは稀にしか起きなかった。1973年に内ゲバで初のリンチ殺人があり、以降は公然の場で二人が会話することはなくなった。我妻の家は西荻窪のアパート、叔父夫婦の養子。和歌子は文京区の西片、開業医の令嬢だが継ぐ気はなく法学部を選んだ。母親の実子で父親は再婚相手。
二人一緒のところを目撃されるだけで命に関わるというのになぜ真っ昼間の京浜東北線にいたのか。眞柴は内ゲバを疑うが、未緒は極左なら刃物を使わないと指摘。和歌子の所持品は百四十円分の硬貨と折り鶴が三羽。我妻の所持品は百円ライター、煙草パケ、財布には現金十四万九千五百十円。極左が使うはずのバールや鉄パイプは両者とも持っていなかった。
p.99 和歌子は“どこへやったの、どこへ行ったの――返して、あたしの――”と叫び、目撃者によって「顔」「赤灯」「我が党」「中尾」と聞きとれるものを探していたようだったという。
p.104 “「眞柴係長こそずっと再婚しないままで。署長怒ってましたよ、見合いは断るわ息子に勘当されるわ」”“「署長は俺には文句言わねえよ」”
p.105 “「……手紙だけだ。死んでも会いたくねえんだとよ、仕事で家族を殺した父親とは」”
p.107 二条と和歌子は会っていなかったのかと問われ、口では74年の1月から会っていないと答えるが地の文では“しかし真実は供述出来ない”。
17 第三場 A-Part 113 拘留一日目。犯行当日の動きを訊く。西荻窪のアパートで起き七時半まで掃除、カンパで集めた資金を受け取りに埼玉へ行くため国電に乗った。9時47分頃、蕨駅、最先頭車両最後部連結器の直近で二十万円を受けとった。目減りしているのは必要経費として百円ライター、セブンスター、国電料金、タクシー初乗り分を引いたため。タクシーは埼玉駅から埼玉中央署までの移動に使った。
なぜ終着駅までそのまま乗っていたのか。京浜東北線は埼玉駅で折り返しのため、そこまで乗っていれば座れると考えたため。
赤羽駅を過ぎた頃に和歌子を偶然みつけた。こころの病気を患っていた和歌子は病的な心配性から我妻を尾行していたのではないか。我妻は予定を手帳にロシア語で綴っていたため、和歌子はそれを読んで尾行できたのではないか。資金授受のときは和歌子を二両目に押しやり隠した。埼玉駅まで行き、和歌子を座らせ、その前に自分が立つことで姿を隠してやるつもりだった。
和歌子はなにを探していたのか。若尾神社の御守りだと我妻が答える。だが二条はそれを否定し、カカオ色の手帳を差しだす。埼玉駅東口交番に遺失物として提出された。拾得者は不明。手帳に和歌子の指紋があったことから、二条は次のように推理した。重要な機密が記された我妻の手帳を、和歌子が紛失した。怒りと絶望を感じた我妻は和歌子を一種の内ゲバとして殺害した。
p.114 革人戦の弁護士を断った我妻との会話。“「俺個人の判断でやった事だと考えてくれ」「組織の為なのか、そうでないのか」「そこまで考える余裕は無かった」”
18 第三場 B-Part 128 捜査会議。二条の推理した動機が否定される。組織人としての責任を真摯に感じ和歌子を大切にしていた我妻なら、和歌子だけに責任をとらせるはずがない。特高の身柄になれば組織を売ることになるため、自殺を選ぶのが組織人としての総括の仕方になる。組織の防衛を考え冷静な思考をしていた我妻が衆人環視の埼玉駅直前で殺人をするはずがない。内ゲバであればペーパーナイフは使わない。組織人ならカンパで集めた資金を組織に乗せようとするはず。ロシア語で綴られ外国人観光客の遺失物にしか見えないのだから、交番に遺失物届を出して取り戻そうとするはず。二人がどこの駅から乗車したかが目撃証言がない。我妻のアパートは埃だらけで生活感ゼロ。我妻の妹、英美は引っ越していた。未緒から、若尾神社の御守りをもらう。 p.140 我妻の叔母の証言によれば、我妻の実父は虐待癖があり病弱な実母を虐待死寸前に追い込んだとのこと。
p.141 英美が引っ越す前のアパートは取り壊しの最中だった。大宮日赤に大家は入院しており、付き添いの娘さんによれば“馬鹿な学生が火事起こして燃やしちゃったんで取り壊さざるを得なくなった”という。
p.142 “我妻英美さん、ちょっと部屋が手狭になりそうだから、火事の前から引っ越しを考えてるって喋ったとか”
19 第四場 A-Part 144 拘留二日目。紙幣の枚数を数えたならば当然附着する同一の指紋が存在しない。必要経費を引いたはずの我妻の指紋もない。西荻で買った切符代金を、埼玉駅のキオスクで百円ライターとセブンスターを買って崩した一万円札の釣りから差し引いたはずだが、その行動が証言されていない。我妻の所持していたピースに埼玉駅のキオスクの店員の指紋はなかった。二十万円を封筒も用意せず裸現金で渡すのも考えにくい。これらのことから二条は、二十万円の受け渡しなど無かったと結論する。我妻自身が二十万円を用意し、煙草パケとライターは京浜東北線に乗車する前に買った。
再び、朝からの行動を証言するよう求める。西荻のアパートから和歌子に会うため埼玉駅に行った。理由は黙秘。二条は西荻のアパートには埃が積もっていたことを指摘する。手帳から三鷹のアジトが判明した。キッチンのスポンジの乾き方から、犯行当日朝7時半頃にスポンジを使ったと判明。乗車駅が西荻ではなく三鷹だったことを認める我妻。和歌子とのデートが目撃で、落ちあう列車も事前に決めていた。
バールに残された和歌子の手紙を読み上げる二条。1月29日、革学労からの離脱を拒否する。3月2日、我妻と離れることを提案する。8月26日、我妻との決別を告げる。我妻に殴り倒される二条。和歌子が三鷹アジトに放置していった結婚資金二十万円を返すことが用件だった。三鷹駅前の銀行で一万円札に両替した。浦和駅を過ぎてから和歌子と接触、与野駅を過ぎた頃から和歌子の様子がおかしくなった。積立金を返そうと手が触れたとき精神外傷が蘇りフラッシュ・バックが起きたのではないか。なにを叫んでいたのかはわからない。
p.145 ”「健忘症でもう記憶にないってんならやるけど?」我妻は何故か瞳を伏せた。悪い冗談を口にした時の様に。”
p.152 ライターの『使用上の注意』が書かれた白いシールが滲み、擦れている。
p.156 三鷹アジトの家財道具について記述。エルメスのプールオンムがあった。傘が無く、灰皿と洗濯籠が空。
p.158 三鷹では午前五時に雨が上がった。
p.161 物的証拠と自白から犯人は明らかなのになぜ動機が必要なのかと問う我妻。二条は、犯罪者が改悛して全てを供述し実体的真実が明らかになることを帝国国民が望むからだと答える。取調べに改悛機能を持たせることを批判する我妻に、二条は被害者の無念を突きつける。我妻は、和歌子の父には償っても償い切れないが、和歌子には長い絶句の末にp.163“「……和歌子は殺されて当然だった」”それ以外に方法が無かったと答える。
p.166 3月2日の手紙。“昨日。あんな雪の日に荷物を運んでくれて有難う”
20 第四場 B-Part 176 痴情の縺れという動機を眞柴は二十四点と評する。目撃者は敬虔さすら感じているのに対し、頭に血が上ってという我妻の自白とは整合性がない。二条は立体的な調書にすること、上申書を書かせること、秘密の暴露(犯人だけが知り得ることの供述)が必要だと悟る。司法解剖の鑑定結果からすれば故意の認定に間違いはなく激情説に近い。
二条が和歌子の通夜で我妻英美と偶然会った。大宮公園脇のアパートから埼玉市桜木町の埼玉銀行へ勤めているという。春に結婚し、現在は大久保英美。二人暮らしの余裕があるアパートを探していた。三鷹で轢き逃げに遭い左足を骨折していた。埼玉駅の切符をすべて回収したが我妻の指紋があるものはみつかっていないと未緒が報告。
p.181 鑑定結果によれば“傍論として左右第四指の発達著しく第三指にほぼ匹敵”
p.190 我妻がタクシーに乗ったのは11時18分、降車は11時29分。
16 第三幕 第一場 193 二条の回想。二月最後の日、和歌子から電話がかかってきた。二条のアパートを訪れ、ハンバーグを作る。右手はドンパチでやられたため左手で包丁を使う。実は病院から外泊で来たと打ち明ける。黒電話が鳴り、二条がでるが相手は無言のまま切れた。窓を開け、雪に喜ぶ和歌子。 p.201 “「……だって先輩、もし明日から、あたしが別人になっちゃったら。あたしがあたしでなくなったら。名前も履歴も、思い出さえも」”
p.205 和歌子に請われユーミンの『真珠のピアス』をかける。
p.206 我妻は自分自身さえ客観的な要素ととらえる『審判者』なのに対し二条は主観の在り様によって世界が揺れる『同情者』だという。和歌子は、我妻が自分と完全に同じだという。
p.208 和歌子に請われ『ルージュの伝言』の頭出しをしてやる。
p.209 今はメジャー・トランキライザーを使っているが、この一月までは身体が微妙過ぎて薬を使えなかった。
p.210 三月末には中野(の警察講習所)へ行き、三箇月で一端の警察官となることを和歌子に打ち明ける。“まるでソープオペラだ。こんな事恥ずかしくて誰にも言えない”
p.211 刑訴法の目的が何条だったか、とっさに思いだせない和歌子。
p.211 実体的真実の解明と、個人の基本的人権の保障とどちらが大事かと和歌子に問われ、二条は“事案の真相を明らかにするという法目的がヒトの尊厳を侵す、そういう事態になったら、僕はヒトの尊厳を優先したい”と答える。例えばと重ねて問われ“お前がお前で在ること。和歌子が美しく在り続けること”と答える。
p.214 なぜ雪が好きなのか問われ、かつての和歌子は“夜祭りの雪が素敵だったから。たった一度の、夜祭りの雪。大きな、本当に大きな曳山祭”と答えた。
p.214 “我は我が咎を知る。我が罪は常に我が前に在り”
p.216 “朝には雪も止んだ。関東一円は、快晴――”
17 第二場 A-Part 216 拘留三日目。前々日からの行動を我妻に書かせる。本屋ではなにも買わず、漢和辞典がほしくて立ち読みしていた。三鷹アジトでは理論誌の原稿執筆をしていた。続けて、車内の見取図と人物の位置関係を書かせる。和歌子を刺した後、我妻はペーパーナイフを抜いて振った。頬に飛んだ血はティッシュで拭きタクシーの灰皿に捨てた。これは秘密の暴露にあたると考え二条は安堵し、証言を書かせる。書き終えた後でSWEET DREAMSをハミングする我妻の瞳を目にし、嘘をついていると直感する。
秘密の暴露を求めていることを見切り、最初から仕込んでいたなと詰め寄る二条。ここはポイント・オブ・ノー・リターンだと宣言する我妻。二条はカカオ色の手帳に、善意の拾得者の指紋が無いことを指摘する。和歌子を殺害したのが9時59分、タクシーに乗ったのが10時18分。動機を捏造するため、この二十分の間に我妻が自ら手帳を東口交番に届けたのではないか。理論誌の原稿執筆ではなく、手帳と、バールに残されたラブレターを書き上げるためペン胝ができたのではないか。3月2日の手紙には昨日雪だと書いてあるが、3月1日は快晴だった。右手をゲバられ包丁さえ持てなかった和歌子に手紙を書けるはずがない。自首してきた我妻は、二条が中野の警察講習所で三箇月間の訓練を受けたことを口走っていたが、そのことは和歌子にしか話したことがなかった。我妻は、2月28日の晩に和歌子が二条のアパートに泊まったことを知り、嫉妬したのではないか。我妻の自白を引き出すため、和歌子は自分から望んで自分に抱かれたと嘘をつく二条。
我妻は和歌子を殺害した動機を『上申書』と題して綴る。手が震えるため指印ができないと我妻に頼まれ二条が手を貸し印した瞬間、喉元を締め上げられ、反射的に殴ってしまう。煙草による利益誘導や指印を強制したことを根拠として、我妻は上申書を含む被疑者供述調書のすべてが証拠能力を欠くと主張した。
p.218 『私のとった行動』
p.222 “僕はその指に遙かなノスタルジアを覚えた。我妻の手だったからだ。中指と薬指の長さが等しいおんな運の手”
p.246 『上申書』
18 第二場 B-Part 249 署長室。恐らく上申書は我妻の真意でだが、プライドを蹂躙する取調手法を用いて人間関係を破壊してしまったのが誤りだった。謝罪し、人間関係を再構築したいと二条は訴える。柳村署長は調べ官の交代を提案するが、眞柴は反対する。埼玉地検の野々宮検事から、検事調べの二日間を要望する直電が柳村署長にあった。
刑事部屋。眞柴の鉄拳制裁で八重歯が飛ぶ二条。丹澤部長は大久保英美のアパートで財布を覗き、バスの定期券、スポーツクラブの会員証、宅急便発送の控えをみつけた。アパートも勤務先も埼玉市の英美がなぜ浦和市内のパスの定期券を持っているのか。スポーツクラブの会員証の発行営業所は浦和。宅急便の品物はボストンバッグ、発送先を読むことはできなかった。英美が足を骨折したという轢き逃げ事故の記録は無し。第三者の存在を裏書きするブツはなかったが、ベビーベッドなど赤ちゃん用品があった。
三鷹アジト近辺の本屋で我妻は上客扱いされていた。犯行前日と前々日、黒い表紙の分厚い本を長時間にわたって立ち読みしていた。動機はすでに明らかだが、これ以上の調査は必要かと問う二条に、眞柴はまだ我妻には歌っていないことがあると答える。
p.257 “「マーシー! お前もうじき警部だって事――」「あれは断ったでしょうが」と眞柴係長。「お情けは御免だ。それに今は検事の話です」”
p.259 もう黙秘しているネタは無いなと詰め寄る眞柴に二条は無いと断言するが“僕は恥知らずな嘘を吐いた。一件だけ在るからだ。” 恐らくペデストリアンデッキ殺人で隠匿した写真のこと。
p.260 眞柴は、大久保英美が我妻の叔父の娘であり、叔父夫婦の養子となった我妻とは義理の兄妹にあたると述べている。
p.266 ベビー服は水色、ベッドメリーには新幹線や飛行機があしらわれていた。
p.267 英美は、つわりが始まったばかりで大変と笑っていた。
p.267 浦和駅、切符という言葉になにか連想しかけるがあきらめる二条。
19 第三場 A-Part 272 拘留四日目。我妻に二条が謝罪する。だが我妻は完黙の開始を宣言する。和歌子の死について語る義務と資格が在ると詰め寄るが、我妻は答えない。  
22 第三場 B-Part 276 説得を続けるという二条に、丹澤部長の経験ではセクト被疑者なら完黙を始めると絶対にしゃべらないという。拘留期間十日間の最終日は護送があること、検事調べが一日あること、自白の裏付けに一日必要と考えると実質残り三日間しかない。我妻は浦和駅前のスポーツクラブにゴルフバッグを背負って来るのを目撃されていた。  
23 第四場 A-Part 287 拘留五日目。英美から差入れがあったことなどを語りかけるが沈黙を保つ我妻。虐げられた者の為に闘ったというのが真実ならば、和歌子独り救えない正義のどこに道理が在るのか。和歌子とは寝ていなかったことを告白するが、それでも完黙。  
24 第四場 B-Part 290 備忘録。調査に進展無し。ワン拘留残り五日、タイムリミット実質二日。  
21 第四幕 第一場 291 拘留六日目。今日も黙秘を貫徹。捜査会議後、帰宅前に掃除をした二条は倉庫で『秩父錦』を飲む眞柴をみつける。酒盛りを始める二人。なぜキャリアを選んだのかという問いに、二条は父が殉職したことを語る。眞柴がキャリアになれと頼んだ息子は結構な大学に入ったという。もし明日も完黙なら、明後日は休暇にしろと命じられる。  
22 第二場 A-Part 303 完黙。  
23 第二場 B-Part 303 備忘録。進展無し。ワン拘留残り三日、タイムリミット実質オーバー。明日は我妻を検察庁に護送し、一日検事調べと決定する。二条と未緒は特別捜査を命じられる。  
24 第三場 304 二条と未緒が千葉県の東京ディズニーランドへ。まるで子供のように愉しむ二条。レストランで会計をする未緒がオレンジの折り鶴を落とす。折り鶴を開くと、ふたつは同じ電話番号らしき数字「794 1192」が和歌子の筆跡で綴られていた。もうひとつは五角形を二つ重ねた図形。なにかを悟り、二条は舞浜駅へ駆けていく。 p.305 舞浜駅までの切符が必要だが、浦安駅までと勘違いした未緒が差額精算をしてくる。浦安までの切符は専用の木箱に入れられた。
p.306 未緒に見せられたスナップには、欧州の街灯のような灯りや城が写っていた。
25 第四場 317 姫山の実家へ。アパートで使っていた枕の、枕カバーの内側から和歌子が残した浦和市立病院の診察券をみつける。三鷹駅へ行き、駅前交番である拾得物の不在を確認する。我妻が上客だった啓文堂書店へ行き、店員に我妻が漢和辞典を探していたか訊くが、そんな相談は受けなかったという。辞典の書架に黒い表紙の漢和辞典は無かった。フランス人の神父とうっかり衝突し、育児書を探すのを手伝う。神父は教会の聖堂に白いビニール傘が立て掛けて在ったが日本でも警察が落とし物を扱うのかと相談する。カウンターにいた店員に訊ね、神父が隣の教会のビヤンヴニュ神父だと教えられる。 p.318 『真珠のピアス』と『ルージュの伝言』はどちらもメッセージ・ソングという共通点があった。
p.322 “白亜と赤土が欧州風で美しい、大きなカトリックの教会を横目に、僕はその書店への怪談を踏んだ。”
p.324 “「量子力学の入門書はどれが良いだろうか、とか、ゴルフのレッスン本で良く売れてるのはどれか、とか……蘭の図鑑が欲しい、綺麗な図鑑が、なんて時も」”
26 第五幕 第一場 331 午前中、浦和市立病院で裏付け捜査をしてきた二条が刑事部屋へ。眞柴が仁王の如く立っていた。止めとけと忠告する眞柴。恐らく人間の尊厳を守ろうとしているのだろうと丹澤が察す。真実の言葉で殺人が物語られるまでは被害者は死ねないと二条が訴え、眞柴は未緒に我妻を出してくるよう命じる。  
27 第二場 Ⅰ 鍵と切符 335 拘留九日目。なぜ8月26日、和歌子とディズニーランドへ行ったのかという問いにようやく我妻が完黙を破る。十分かけて、特高の秘聴器を撤去する。埼玉駅西口ペデストリアンデッキで殺された革学労の非公然幹部が所持していた写真に和歌子と我妻が写っていた。
通常の切符とは別管理となっていた、乗り越しのため精算した切符から我妻の指紋がみつかった。料金からして目的地は埼玉ではなく浦和駅だった。右手親指の指紋しか無いのは、二枚を重ねていたからではないか。我妻は和歌子の切符も買ってやり、殺害後に処分した。和歌子は自宅の鍵も持っておらず、小銭入れには百四十円しかなかった。和歌子は切符、鍵、金を管理することができなかったのではと二条は推理を突きつける。
 
28 第二場 Ⅱ 折り鶴と図形 344 スポーツクラブの会員証の貸し借りをしていることから、日程の打合せのためにも我妻は英美のアパートの電話番号を知っているはず。折り鶴に書かれた数字がその電話番号であることを我妻は認める。「794 1192」といえば平安京と鎌倉幕府の年号であり、メモの必要性はない。重ねられた五角形はゲシュタルト図形であり、アルツハイマーの診断に用いられる。浦和市立病院の診察券を呈示され、我妻は和歌子が若年性で遺伝性のアルツハイマーだったと認める。  
29 第二場 Ⅲ 母と息子 350 極左セクトの非公然幹部だった和歌子がアルツハイマーだと知られれば襲撃される恐れがあるため、保険証は英美のものを用いていた。症状が最終段階に入った和歌子を入院させるため三鷹アジトの近傍から浦和まで連れて行くところだった。入院の荷物はボストンバッグに詰めていたが、埼玉駅前のスポーツクラブに預け、後で英美が回収し浦和市立病院へ宅急便で送った。和歌子が浦和駅で降りてくれなかったため、そのまま乗り続けた。
ベビー服は水色、ベッドメリーには新幹線や飛行機があしらわれ男の子用だった。しかしつわりが始まったばかりの頃なら性別判断ができないはず。和歌子がメジャー・トランキライザーを服用できなかったのは胎児に影響がでるためではなかったか。我妻は1月に和歌子が息子、和歌雄を生んだと認める。和歌子が探し、叫んでいたのは息子の名だった。なぜ教会の聖堂に放置したのかと二条は問う。
p.354 我妻は英美に、ボストンバッグを完全に処分してくれと頼んでいた。しかしなぜか英美は病院に送った。
30 第二場 Ⅳ 聖書と傘 358 我妻が書店で立ち読みしていた黒い表紙の分厚い本は聖書だった。和歌子の「我が罪は常に我が前に在り」という言葉は旧約聖書詩篇第五十一編。三鷹アジトのガサ結果には傘が無かった。犯行前日も前々日も雨であり、傘を差していなかったら濡れ鼠の姿が参考人調書に記されたはず。だが三鷹駅前交番に傘の拾得届は無かった。自首してきたとき我妻のワイシャツの襟周りが汚れ、無精髭が残っていた。百円ライターのシールが滲み、ザラついていたのは雨に曝されたからではないか。洗濯籠は空で、ヘヴィスモーカにも関わらず灰皿も空だった。赤土の教会、自首してきた我妻の靴からこぼれた赤土。我妻は雨の深夜に徘徊し、同じ服のまま夜を徹し、雨上がりに傘を忘れた。教会へなぜ和歌雄を捨てに行ったのか。口にさえしてはならない禁忌があると拒む我妻に、和歌子がお前の妹だからかと二条が問う。  
27 第二場 Ⅴ 兄妹と父 366 和歌子の鑑定結果によれば、我妻と同じく中指と薬指の長さが等しい。我妻たちの実父の実家が、和歌子が三歳になる以前に長男を奪った。その後、長女である和歌子は実母と母方の祖母に連れられ秩父をでた。昭和三十三年、日本三大曳山祭のひとつ秩父夜祭で降雪があった。我妻は秩父の銘酒、武甲政宗しか飲まない。二人の父親は眞柴だった。和歌子と同じ遺伝性のアルツハイマーを発症していた。和歌雄を捨てたのは、兄妹の息子、殺人者の息子という原罪を断ち切って育って欲しかったため。和歌雄を任せてくれと二条が頼む。  
28 第三場 378 我妻が和歌子を殺害した場面。あなたは誰かと問われ、名前を告げるが「兄さん? 兄さんなの?」と言われる。和歌雄を殺したと和歌子が疑い、探し始める。我妻とは一緒に行きたくない、二条ならいいと言い放った和歌子を殺害する。和歌子の尊厳を守るため、我妻が請う通り痴情の縺れを動機として自白調書を巻くことを約束する。  
29 第四場 387 拘留満期。ツー拘留目を迎え、我妻は特高課に身柄を移される。
埼玉駅西口ペデストリアンデッキでの殺人は我妻の仕事だった。判断能力を失いつつあった和歌子が、我妻が焼き増しした写真を紛失した。殺された幹部は和歌子を殺害するつもりだった。写真は我妻の面割りのため持っていた。
革人戦幹部等四人殺し内ゲバも我妻が幹部らの極秘スケジュールを革学労に流したため起きた。これにより和歌子を口封じする優先度を下げることが目的だった。
和歌子は英美と仲が良く、埼玉市内日進町のアパート『グリーンハイツ』に同居していた。判断能力の衰えていた和歌子が、重要部分をむき出しにしたまま放置した爆弾を、無関係な女子大学生二人が手を触れ爆発させてしまい、このとき英美も重傷を負った。
 
31 終章 393 拘留十三日目。署一階の執務エリア。特高課の城川課長が来る。我妻は完黙しているという。眞柴が第一取調室に我妻の身柄を運んだので、二条から身柄を返すよう頼んでほしい。二条が第一取調室に入ると、眞柴が拳銃吊り紐を切っていた。我妻が眞柴から拳銃を受けとり、眞柴を撃つ。腰の拳銃を取り義務を果たせと云う我妻。我妻を撃つ二条。  
36 開かれなかった手紙 405 ボストンバッグに入れられた和歌子から我妻への手紙。あなたがこれを読むときにはあたしはあなたに殺されている。あたしがあたしであるうちに、愛したあなたの手で砕いてほしい。和歌雄とともにあなたも生きてほしい。