アメリカの探偵小説作家エラリー・クイーンが著した後期の作品群では、探偵役が犯人の仕掛けた工作に翻弄されるなどして、誤った方向へと推理を誘導される事態がたびたび出現した。法月綸太郎は「初期クイーン論」で、後期のみならず初期の作品群においてもミステリの基本的な要素が問い直されていたと主張し、具体的には「偽の手がかり」問題を詳細に検討した。

 「初期クイーン論」では「後期クイーン問題」(後期クイーン的問題、ゲーデル問題とも呼ばれる)という名称は使用されていなかったが、後に笠井潔らが使用したことで徐々に定着した。その意味では後期クイーン問題を明確に定義した文章というものは無い。複数の識者が個々の理解で論じるうちに、ぼんやりとした共通理解が醸成されたというほうが近い。

 おおむね「探偵役/読者が手がかりに基づく推理によって唯一の真相にたどりつくことは、果たして保証されているのか」という問いだと理解してほしい。そしてその具体的な個々の問題として、ドンデン返し、偽の手がかり、操り、観測問題……などがある。本稿では、偽の手がかりがもたらす問題を中心に議論が進められる。