麻枝准原作の深夜アニメ「Angel Beats!」についての個人的な感想です。ほぼ記憶だけを頼りに書くので、あらすじなど不正確な箇所があるかもしれません。

 視聴していて気になったのは、主人公の少年、音無結弦の目的がたびたび変わることでした。
 まず第一話、記憶のない音無は見知らぬ学校で目覚め、ゆりから勧誘を受けます。ここは死後の世界、まじめに授業を受けているとやがて魂の無い抜け殻のようになってしまう。一緒に戦って神に抗いましょうということで、いわば不良生徒によるゲリラ組織のような集まり「死んだ世界戦線」への参加を呼びかけられます。
 音無は第一の目的――天使を倒し、神に抵抗することをとまどいながらも受け容れます。ゆりたち戦線メンバーに対抗するのは学園の平穏を守ろうとする生徒会長、立華かなで。ゆりによると、かなでは死後の世界の秩序を保とうとする神の使い、天使らしい。けれど音無は、次第にかなでがゆりの思いこんでいるような存在ではないのではと疑いを抱くようになります。
 第五話、戦線メンバーたちの策略で、かなでを生徒会長の座から追いやることに成功します。しかし孤独な立場に追いやられた姿に音無は第二の目的――かなでとの意思疎通を望むようになります。かなでの代わりに実権を握った生徒会副会長、直井によって共に反省室へ閉じ込められた音無は、かなでが幸福な学園生活を通じて生徒たちを成仏させようとしていたことを知ります。
 戦線メンバーを苦しめた直井を説得し、平和をとりもどした学園で音無は第三の目的――かなでと戦線メンバーとの和解を実現します。しかし好戦的な性格をした第二の天使、かなでの分身が登場し再び緊張状態が訪れますが、戦線メンバーは一致団結して分身を統合させ、かなでを救出します。
 並行して、蘇った音無の記憶が語られます。幼くして命を失った妹のために医学の道を志しながら、列車事故により無念の死を遂げたこと。しかし、死に際でも臓器提供のドナー登録をし、自分にできる限りのことをしようと抗ったこと。かなでの助言を受け、音無はこの世界が生前報われなかった者達のためのやり直しの場所だったと理解します。こうして音無は第四の目的――戦線メンバーたちを成仏させようと行動を始めます。

 このように音無の目的は次々と変わっていき、ゆりとはまったく異なる解釈に到達します。ゆりは、この世界が神によって創られた場所、永遠の牢獄だと解釈し、それに抗おうとしました。しかしかなでは、この世界が報われない死を遂げた者達を救済するための場所だと解釈し、平穏で幸福な学園生活を通じてそれを実現しようとしていました。
 世界そのものに目的はない。世界の解釈は個々人にゆだねられている。そのことを痛感したのが第十二話です。一般生徒たちが突如、影の化け物へと転じ、戦線メンバーたちを襲います。ゆりはプログラムを改変した犯人がいると推理し地下へと潜入します。
 私はこのとき、この世界が創られた目的が明かされるのではないかと期待していました。かなではパソコンでプログラミングすることで自身に特殊な能力を付与することができました。そして魂の無い一般生徒たちも、プログラムで化け物へ変身させることができるらしい。かなでは天使ではなく、音無たちと同じ報われなかった死者だった。これらの事実を総合すれば、音無たちもみなプログラミングされた存在ではないかと推測することができます。
 このことから私は、この世界はなにか超常的な存在のための装置ではないか、例えば生徒たちの精神エネルギーを上位の存在のために搾取するシステムではないかと想像していました。ゆりたちのように抵抗することは別に構わない。しかし成仏によって消えてしまっては、エネルギー補給ができなくなり困る。音無をバグとみなし、それを排除するワクチンソフトの働きとして影の化け物が現れ始めたのではないか。
 すると音無らの悲しい記憶も、実は精神的エネルギーを搾取するため捏造された紛い物ではないのか。自分たちが紛い物の存在でしかないと知った音無らはどう行動するのか……そんなふうに先のストーリーを妄想していました。
 しかし、地下に到達したゆりを待ち構えていたのは神などではなく、プログラミングされた男子生徒でした。これらのプログラム自体、かつてこの世界にいた誰かによって作られたものに過ぎない。望むなら、ゆりもこの設備を利用して神――世界の目的を捏造する側に立つことができる。
 この世界は上位の存在のために創られた機械仕掛けの装置ではない。ここにあるのは誰の意志も存在しない、ただのシステムだった。力さえあれば誰もがシステムを操り、神として人々を導くことができる。戦線のリーダーを努めてきたゆりなら、理想の世界を実現できるかもしれない。
 しかし、ゆりは神になることを拒否し、プログラムを実行していた設備を破壊します。これは、この世界の意味を思い込みによって誤解し、かなでを傷つけてしまっていたと気づいた彼女にとって、当然の選択でしょう。生前、理不尽な幸福の奪われ方をしたゆりだからこそ、他者に偽りの目的を与え操ることの残酷さを知っていました。

 音無の説得により、戦線メンバーはみな成仏を選びます。最後に残った二人、音無はかなでにひとつの提案をします。第五の目的――これからもこの世界には報われなかった死者たちがやってくるだろう。その者たちに、この世界がなんなのか伝え、導くべきだ。音無はかなでに愛を告白し、二人で死者たちの救済を続けようともちかけます。
 しかし、かなではそれを断ります。かなでは実は、音無の心臓を移植されて生きながらえた少女だった。自分に心臓を与えてくれた誰かに恩返しできなかったこと、それだけが未練だった。あらゆる人を助けようとした音無とは違い、かなでが救おうとしたのはただ一人、自分に命をつないでくれた人だけだった。
 かなでは消え、音無だけが残されます。エンディングテーマのあと、恐らくは転生後のかなでを音無がみつけたと思しきシーンが描かれます。このことから、音無も死者の世界から脱したと推察されます。
 しかし、音無はなぜその選択をしたのでしょうか。臓器提供のドナー登録をし、無私の精神を貫いた音無なら、たとえ一人でもこの世界に留まり、死者たちの救済を続けたとしてもおかしくはないように思います。セカイを救うこと、自分を救うこと、ふたつの選択肢を前にした音無は、なぜ自分の救済を選んだのでしょうか。

 この疑問への答えは、いろいろ考えられると思います。ゆりと同じく、自分がこの世界の存在意義を偽造する神となることを拒否した。他者を救いたいという想いが肥大化し、自己犠牲に身を投じてしまうことも一種の歪みだと気づき、幼い妹の死を悔いた等身大の自分に返った。
 あるいはこうも言えるかもしれません。音無は、かなでを救っているつもりで、逆に救われていた。自分は誰かを助けることばかり考えていたが、自分もまた助けられる存在だった。助けることと助けられること。人と人は、そんなつながりのなかで生きている。
 こうして音無は最後の目的――生きること――へたどりついたのではないか。そんなふうに思うのです。