綾辻行人『Another』(角川書店)について、あらすじ、登場人物を整理した。
 既読の方は、作品内容を振り返るのにご利用頂きたい。

 作品中、幾度となく日付と曜日が示されるため、そこに真相を示す手がかりがあるのではと注意したが、みつけることができなかった。もしなにかお気づきの方がいれば、ご教示いただけるとありがたい。

 叙述トリックについては早引表のほうを参照いただければ充分と思われるため、言及しない。
 幻想小説、キャラクター小説としての側面のみ以下に記す。なお、以下の文章におけるホラーというジャンルへの私の理解は個人的見解に過ぎないことをお断りしておく。

 本作品の前半は正調英国怪談の趣がある。日常の光景は、実在の不確かな少女、見崎鳴によって不穏なものとなる。超常的な存在は果たして実在するのか、しないのか。些細な煽りが繰り返され、徐々に不穏さが募り臨界点を迎える。
 臨界点は、水野の死の場面だろう。当初は恒一の錯覚とも解釈できる範囲だったが、ナース水野に非在が宣告され、続けて水野が死を遂げることで、鳴は超常的存在と判明したかのごとく思われる。

 しかし、恒一もまた〈いないもの〉とされ、この世界のルールを経験することで、本作品はモダンホラーに転じる。
 モダンホラーでは、脅威の対象は存在することがその物語世界における自明のルールとなる。現実世界に吸血鬼やゴーストが実在するかはともかく、物語内ではその存在が作者との間の約束事とされ、読者は確信犯的に恐怖を愉しむ。
 鳴は変わり者ではあるがごく普通の少女へと転じ、恒一は非日常の同志として不謹慎な喜びを覚える。

 本作品の素晴らしさは、そこから更に発展させた点にある。〈死者〉を殺害すれば〈災厄〉をとめることができるというルールが提示され、更に、普通の少女に過ぎなかったはずの鳴に〈死者〉を見抜く能力があると告白される。
 こうして恒一は、亡き母と重ね見ていたはずの叔母を自身の手で殺害しなければならない状況に追いこまれる。ツルハシを振り下ろそうとする瞬間の葛藤――道徳的禁忌を犯す恐怖――の生々しさは、従来のホラー作品には無かったものではないだろうか。

 この、読者に仮想的な殺人行為を体験させるために、叙述トリックが使われている。もしこのトリックが無かったならば、読者は客観的な態度で鳴の言葉を疑っただろう。
 例えば生徒の一人が〈死者〉であり、鳴が名探偵のごとき推理でその人物を「犯人」だと論じたとしよう。その推理がどれだけ論理的であっても、この夜見山という特殊な空間では説得力を持たない。
 しかし叙述トリックが明かされ、作者の意図を暗黙裏に知らされた読者は仮想世界のルールを受け容れる。必然的に、叔母殺しの合理的理由を受け容れざるを得なくなる。

 だからこそ、鳴の超常的能力は終盤まで明かされない。ツルハシを握った恒一は、鳴を一瞬疑う。もしも鳴の能力が実はただの思い込みに過ぎないとしたら、恒一はとりかえしのつかないことをすることになる。
 この不安感を与えるためにこそ、本書は千枚を超える構成を必要とした。わざわざ鳴をまずは実在しない幽霊かのごとく描き、次に普通の少女に転じてから最後に再び超常性を帯びさせる。読者は非日常の世界における更なる非日常を受け容れるべきか選択を迫られる。
 一般的なキャラクター小説なら、鳴は初めから霊感少女として描かれていただろう。実際、眼帯少女というわかりやすい記号性を有してはいる。しかし、鳴の魅力は物語の展開と密接に結びついており、切り離せるものではない。眼帯少女としての記号性だけに頼らず、何気ない日常描写を蓄積し、超常性と秘められた過去を交えた総体としての存在が見崎鳴だ。この多面的な描き方に、キャラクター小説としての良さがある。

 英国怪談に現れるような名前無き怪異でも、モダンホラーにおける身体を有した外敵としてのモンスターでもない、親愛であると同時に不穏な存在としてのアナザーがいる。