2009年11月7日、ワセダミステリクラブ主催の北山猛邦講演会についてレポートします。
メモはとりましたが、言い回しとか細部の誤りについては乞うご容赦。
アマチュア時代と『アルファベット荘事件』
- 午前10時半、万雷の拍手に迎えられて北山先生が入場。おお、無言の期待に応えて白衣を着て……いるわけもなく白ワイシャツ。
なぜか手にしているペンギンのぬいぐるみを教卓の真ん中に置いて、インタビュー開始。 - ワセミス会長、まずはアマチュア時代や『アルファベット荘事件』の話から。
「もうですか。自己紹介とかは?」「いえ、なしで」
# 補足。『アルファベット荘事件』は白泉社My文庫から出版されたが、レーベルそのものがまあなんというか残念なことになった。このため、北山先生の作品でもっとも入手困難な作品と化している。 - アマチュア時代にWeb掲載していた作品がもとになっている。といっても、そのときはアルファベットではなかった。ここで北山先生、立ち上がり黒板に板書を始めた。
- (図の解説)ふたつの美術かんがあった。ピラミッド型と、逆ピラミッド型。逆ピラミッド型のほうは、ピラミッド型のほうに入り口がある。また、反対側に天窓があり、上へ向けて開くことができる。また、その向こうは谷になっており、向こう側に渡ることはできなかった。
さて、ある日、ピラミッド型美術かんのそばにあったはずの謎の箱が消え、谷の向こうでみつかった。車輪付きのその箱には死体が横たわっていた。どうやって犯人は、死体を乗せた箱を谷の向こうへ運んだのか? - 謎解きを受けた会場、大盛りあがり。「物理トリックというより……バカトリック?」
- 当時はパソコンを持っておらず、四万円でワープロを買った。ネット上で募集していた某賞に投稿して五万円をもらい、ノートパソコンを買った。そのパソコンで書いて応募したのが第24回メフィスト賞のデビュー作「『クロック城』殺人事件」だった。
- 初期作品でアルファベット荘だけ「城」ではなく「荘」にした理由。初めは庭園にするつもりだったが、同じ時期に同じ白泉社My文庫からでる伊神貴世『イゾルデの庭』と「庭」かぶりになるため、編集者の薦めで変えた。
# 伊神貴世は「シェイクスピア狂い」で第7回創元推理短編賞佳作となった方。 - 試しに『アルファベット荘事件』を読んだ方に挙手してもらうと、二十人くらい手があがった。
# 異常なことです。
「『クロック城』殺人事件」
- ファンタジー的な設定が過剰なわりには、それがあまりミステリ的なしかけと密接ではない点が話題になった作品だった。といっても、けっしてファンタジーやSFを書きたかったわけではなく、現実とは常識が異なる世界を描くことがミステリとして必要だった。
ミステリ作品にはよく首を切断された死体が登場する。作中で挙げているが、死体の首を切断する理由は七つに分類される。これら七つの理由のどれにもあてはまらないものを書きたかった。そしてその理由が成立するためには、このような異世界を構築する必要があった。
そもそもこれは、麻耶雄嵩『翼ある闇』にある密室の構成理由についての分類がかっこよかったから試みた。 - 講談社ノベルスでは袋とじ形式だった。これは編集者がノリノリで提案した。タイトルも編集者の提案で、なぜ二重カギ括弧がつけられたのか理由はわからない。新しい編集者に代わったとき、恐らく「城」と「殺人事件」の間が詰まっているとうるさい感じがするからではないかと話しあった。
「『瑠璃城』殺人事件」と「『アリス・ミラー城』殺人事件」
- 「『瑠璃城』殺人事件」は物理トリックで洪水のごとく攻めようと考えた。しかし、ネット上ではファンタジーと融合した箇所にマイナス評価を下す書評が多かった。「よく人から、なにを考えているのかわからないと言われる……」ミステリとSFの境界を曖昧にしてはいけないと学んだ。
- その反省を踏まえ、読者を満足させるにはどうすればいいかと真剣に考えて書いたのが「『アリス・ミラー城』殺人事件」だった。当時既に定着していた「物理の北山」の名前さえ利用してやろうとたくらんだ。
- 作中で、物理トリックの未来について登場人物達に語らせている。ひとつは「服従」、あるいは「敗北」だろう。しかし、作者として考えていた答えは「支配」だった。小説そのものをメタ的に支配する、それが物理トリックの未来だと考えていた。
「『ギロチン城』殺人事件」と城シリーズ全般について
- せめて「一太郎」ならともかく、「一」~「五」という大胆な名前の登場人物が話題になった。名前、記号がテーマの作品だったため、あえてそうした。トリックを解説する図版が読みやすかったが、文庫化のため読み直すうちに可哀想に思えてきて、うちひしがれた。
- 犯人像が工夫されていて、推理は難しいですよねという質問に、『アリス・ミラー城』の真相を先読みできた人はいるか会場に訊いてみた。一人だけ挙手があった。
- 城シリーズは恋愛要素がありますよね、という質問。あまり意識はしていなかった。城シリーズで描かれる恋愛は、森の中で出会った少女とか、城に幽閉された姫を助ける騎士のような、童話的イメージだと思う。そういったロマンスが好き。現実の恋愛はもっとドロドロしたものであり、2007年9月号の「メフィスト」に掲載した短編「恋煩い」はそういうものを描いている。
- 城シリーズは、探偵役と思われた人物が被害者になったり、実は加害者だったという作品がある。ホームズ - ワトソン関係は美しいけれど、やはり探偵役も犯人である可能性を除くべきではない。誰もが犯人になりうるべき。
音野順のシリーズは逆に、ホームズ物を意識して探偵役を固定している。 - 城シリーズの新作について。「『ギロチン城』殺人事件」のカバー折り返しには、誤植で2009年12月に予定されているとあった。これについては、誤植が現実になる……と思われたが誤植になるかも……。
新作は、2012年にマヤ歴が終わり、世界が滅亡するという予言を題材にしようとしている。だから、2012年までには……。
『少年検閲官』
- 当初は三編から成る連作短編の予定だったが、長くなりすぎた。従って、これは長編三部作になる予定。次回作は少女がオルゴールにされてしまう設定を考えている。オルゴールになった少女は「オルゴーリエンヌ」(オルゴールを女性名詞化した造語)と呼ばれる。
- 『少年検閲官』は、まず壁に謎のしるしが残されていく謎を思いつき、それが成立する世界を考えるうちにイメージがふくらんだ。とりたててファンタジーやSFを書きたいわけではない。描きたいのはやはり動機やトリックであり、SF的な設定の説明ではない。
- 他の小説は三人称で描かれているが、この作品だけ一人称なのはなぜかという質問。ミステリとしてはやはり三人称が望ましい。一人称は客観性にゆらぎがあり、唯一の真相に至ることができない。三人称なら描写された範囲を信頼できる。『少年検閲官』だけは、語り手が「ミステリ」を唯一知っているという設定上、どうしても一人称が必要だった。
- 名前の表記がカタカナで統一されているが、こだわりがあるのかという質問。登場人物の名前は作品の雰囲気に大きく影響すると考えている。最近では桜庭一樹『製鉄天使』がまさにそう。『アリス・ミラー城』は意識的に日本人らしさからズレた名前にした。音野順シリーズはペンギンの品種名からとっている。
サインをするときはペンギンのイラストをつける。初めの頃は下手で、ハトやヒヨコと間違われていた。今日、持ってきたぬいぐるみはジェンツーペンギン、日本ではオンジュンペンギンと呼ばれている。これが、音野順の名前の由来。
# ↓これ……かな……。
#http://trickhazard.blog87.fc2.com/blog-date-200804.html - ラストについて。クリスと現在の自分とではやはり違う。大学時代の夏休みの頃の自分のようなもので、クリスはスタート地点に立ったばかり。「いわば、先生の青春時代ですね」「そうですね、でもクリスのほうがいい子ですよ。あの世界に出版業界はありませんし、自分の意志だけで書くわけですから……生活がかかってくると………………暗い話になってしまいましたね……」
音野順シリーズについて
- 『少年検閲官』が長編となったため、「ミステリーズ!」連載のため始めた。ベタなホームズ - ワトソン物を意識している。音野順は探偵役を務めることのつらさや罪悪感をときどき口にするが、作者としてはとりたてて高尚な探偵論をしたいわけではなく、むしろ酒場でこぼすグチ程度だと思っている。
- コミカルな世界だからこそ、ああいった破天荒なトリックとの親和性が生まれてくる。もし探偵役がまじめで現実的だったなら、コミカルなトリックでは浮いてしまう。
- イラストの片山若子先生について。小説ができあがる前にイラストができていたという伝説があるが、実はその真相は(北山先生の懇願により以下略)
- 倒叙物、カー風味などバラエティ豊かな作品集だが、なにか試したいことはという質問。主人公、音野順の影が薄いので、いっそ探偵役が消えてしまうというのはどうだろう。
- 音野順はドミノが趣味だが先生もですか、という質問。いや、そもそもドミノ倒しを趣味にするような人っていないでしょう……確か百冊シリーズの絵本や、大がかりなものでは固めのマットレスでドミノをした幼少の記憶がある。
単行本未収録作品について
- 「ファウスト」に掲載された短編が三本溜まっている。もう一編載れば本をだせるかもしれない。ただ「ファウスト」だけにデリケートなシリーズであり、難しい。若い読者に向けた小説誌だから、共感してもらえるような物語を考えるのが難しい。
- 2007年5月号の「メフィスト」に掲載した短編「妖精の学校」は、読者がある行動をとらなければ真相がわからないという試みをしている。本来、ミステリはただ読むだけではなく、謎解きに読者自らが挑戦すべきものだと思う。
では、犯人当てを書いてみたいですかと質問。やってみたいが、ただどうせ創るなら、前例のない、一石を投じるような作品にしたい。例えば……読者への挑戦状だけで一作品になるくらい長いものとか。 - 2004年「ファウスト」vol.4の合宿企画について。乙一、滝本竜彦、佐藤友哉、西尾維新、そして自分の五人が集められ、沖縄で合宿しながら「上京」をテーマにした短編とリレー小説を執筆した。
西尾維新は、これ以上は沖へ行ってはいけないという標示の箇所まで、浮き輪を使って往復してきた。滝本竜彦は小説のタイムリミット直前に「もうダメだ……海へ行く」と言い残して姿を消した。入水自殺したのでは必死に探したが、他のみんなは(中略)結果としては滝本竜彦は他の部屋で執筆していただけだった。 - 2008年「パンドラ Vol.1 SIDE-B」掲載の短編「ピストル・テニス」は珍しくミステリではない。ピストル片手にテニスをしながら決闘するという話。やはりミステリのような構造的なものを書くことのほうに興味がある。
その他の質問
- 物理トリックを思いつくコツは、という質問。「思いついても、役に立たないとは思いますが……」図を書いてみること。ひとつひとつは単純でもよいので、それを組みあわせてみること。普段から小さなアイデアを溜めておくと、歯車同士が噛みあう瞬間が来る。
解決編もエンターテイメントであるべき。このような(黒板を振り返って)図があるだけでエキサイティングじゃないですか。
動機も、できるだけ現実的ではないものを選ぶようにしている。こんなトリック(再び黒板)を実行する人が普通の動機なわけがない。 - 今後の執筆予定について。2012年、マヤ歴が終わるまでには城シリーズの新作を。もちろん、終末論を本気で信じているわけではないが、心惹かれてしまう。ノストラダムスが予言した1999年が過ぎても、次は2012年が予言される。人はそういうものを求めてしまう。
- 会場からの質疑応答。好きな作家はという質問に、国内なら麻耶雄嵩を尊敬している。物理トリックの大先輩としては島田荘司。海外なら、エラリー・クイーン。クリスティやカーと比べると、やはり探偵役のかっこよさでクイーンが好き。
- 大学以前もミステリを読んでいたのかという質問について。小説を読み始めたのは中学時代、江戸川乱歩からだった。高校ではそれほど読まなかった。「大学生になって……友だちのいないひとりの時間……本格ミステリに費やしました」
- プライベートでは、ゲームが趣味。語り始めると三時間はかかる。「バイオハザード」「サイレントヒル」「サイレン」といったホラーゲームが好き。UFOキャッチャーには、物理の魂を見いだした。人形をつかむだけではなく、アームの肘で突く技を研究した。なお、ペンギンのぬいぐるみは UFOキャッチャーで獲得したものではなく、葛西臨海公園で売っているもの。
ノベルゲームはどうかという質問に、「ひぐらしのなく頃に」は未プレイだが「かまいたちの夜」にはハマった。後に脚本を担当したミステリ作家の我孫子武丸に「ドラマCDも買いましたよ」と伝えたところ、「珍しいねえ」と評価があがった。 - メフィスト賞に送ったきっかけについて。大学生だった当時、講談社ノベルスにはメフィスト賞受賞作がどんどんでていた。鮎川哲也賞も選択肢に考えたが、この作風では無理と思いメフィスト賞に送った。
- 麻耶雄嵩のメルカトル鮎、エラリー・クイーンのように、尊大でかっこいい探偵に憧れながら、自作には登場させないのはなぜかという質問。あこがれに手が届かない、自分には無いものだから書けない。
かくして十二時半、約二時間の講演は終了。サイン会となりました。
イヤー、なんというかもう……童話っぽい雰囲気が好きで、かっこいい探偵に憧れていても自分では書けなくて、うちひしがれちゃうから人間性を描き込まないという……草食系理系男子作家……こんなひとが現実にいていいんだろうか……そのうち妖精の世界にさらわれちゃったりしないだろうか……。