出発前

 朝八時、私は選択を迫られていた。
「ふう……」
 モニタを眺める。MYSCONスタッフからのお知らせメール、そこにはタイムスケジュールが記されていた。読書会は九時半から。そして犯人当て企画も九時半から。
 バッティングだ。
「……どうしたもんかな」
 読書会企画には毎回参加してきた。分厚い課題図書の再読には一週間かかった。なにより、一年に一度しかないつ○ばさん分の補給精読した物語について同好の士と歓談する機会を失うのは実に惜しい。
 しかし、近田鳶迩さんが創作手法を開陳するという「犯人当てを作ろう!!」企画も魅力的だ。なにより、後続の犯人当て反省会は、他ならぬ私の主催だ。
 さて、どうしたものか。
 ウーム、まさか自分の主催企画を放りだすわけにもいかんしな。参加するなら、犯人当て企画しかないか。
 いつもなら、カウンターレジュメを作る時間だ。だが読書会に参加しないのなら必要ない。
 体力温存のため、一眠りしておくか。さようなら、つ○ばさん……。

昼の部

 Google Street Viewで事前確認した道順でベルサール九段到着。遅刻寸前、ぎりっぎりで会場に駆け込む。ううう、途中のコンビニで昼食買ってきたけど、食べる暇ないよ。空きっ腹を抱えて嘆くうちに湊かなえ先生が登場。
 作品が作品だけに神経質そうな人かと思ったら、バイタリティ感と可愛らしさが混ざった不思議な方でした。体育会系部活動の元気な後輩?
 インタビュアーは杉江松恋さん。「質疑応答の時間になったら、みんなで『三年B組世直しやんちゃ先生』と声をかけてください」なんという企画力。以下、印象に残ったことだけメモ。
 Bs-i新人脚本賞に佳作入選して授賞式のため TBSに行った。しかし仕事の話をもちかけられるどころか東京の印象ばかり訊かれた。地方在住では連絡を取りにくいため脚本家とやっていくのは難しいためらしい。そこで脚本家になるのをあきらめることも考えたが、やはり佳作ではなく最優秀の賞をとりたいと創作を続け、創作ラジオドラマ大賞を受賞した。『告白』に登場する、熱血だが空回りするウェルテルという教師の皮肉っぽい描き方をあげて、学生時代はどうでしたかと杉江松恋さんが質問。先生は好きでしたよ、いい子でしたと回答しつつも、こんな回答する時点でちょっとアレですねとつけくわえる。大映ドラマが大好き。ベスト1は『乳姉妹』。とりかえ子という設定にドキドキ。安全な立場から状況を観察し妄想するのが大好き。歴史の授業で、よく資料集に見入っていた。首謀者が誰かわからないよう放射状に名前を並べた一覧(恐らく傘連判状 /傘連判状 - Google 画像検索)で、自分が名前を書くならできるだけ目立たないよう斜めの位置に書いたほうがいいななどと想像していた。

 休憩時間に大慌てで昼食。やがて小路幸也先生が登場。広告関係の職業をされていたそうで、確かに業界人っぽい雰囲気が。しゃべりが素人じゃありません。
 インタビュアーは我らがMYSCON代表、shakaさん。小路先生がデビューする十年以上前からネットを通じて親交があったそうな。以下、印象に残ったことだけメモ。
 広告関係の仕事をしていたが、三十代で急に小説を書き始め、小説すばる新人賞で最終候補に三回くらい残った。メフィスト賞は応募から半年くらい連絡がなかったが、ある日急に唐木さんから知らせを受けた。ミステリの原体験は江戸川乱歩『青銅の魔人』で、そこから少年探偵団シリーズを読みふけった。名探偵が大好き。ギターをやり始めて読書の機会が減ったが、矢作俊彦や片岡義男といったハードボイルドものにのめりこんだ。バンドワゴンシリーズは、集英社の編集者から明るいものを書いてみませんかと提言され構想を練っていたとき、たまたまマイケル・Z・リューイン『探偵家族』が近くにあったのがきっかけになった。自分としては大家族より、小林少年のように自立した人間になることへの憧れがある。子供の頃は社宅住まいで、家族間の濃密なつきあいがあった。それがバンドワゴンシリーズの下町の雰囲気につながっているのかも。

 続けてミステリ歌会。会場が暗くされ、スライドショー形式で応募作が表示される。杉江松恋さん、両先生が○×形式で審査。テーマは死体、ダイイングメッセージ、自由題。五七五でも三十一文字でもOK。作者名もネタの範囲になる。「探偵の 正体見たり 人でなし by美袋」みたいな。
 ああ、そうだったのか。名前を書く欄がふたつあったので変だとは思ったけれど、そういう意味だったのか。公式サイトの募集ページにはそういう説明やサンプルが無かったから、さっぱりわからなかったよ。
「これはなんて読むんですかね? ゆめしんじゅ?」
 ほら、普通にペンネームで送った人がいるもんだから、名前の読み方がわからない始末だ。まあスタッフの人も、さすがに空気を読んでアレは落としといてくれただろう。
「ここから三つはシリーズものになってるので、続けて行きましょう」
 ………………。
 突然ですが、英語で「新しい」はなんていうんでしたっけ?

夜の部 同人誌頒布~全体企画

 大ダメージを喰らい、悄然と肩を落としながら会場を後にする。飯田橋のモスバーガーで一人さみしく食事をとりつつ、自分がたどってきた負け犬人生をしみじみと思い返す。もうこのまま帰っちゃおうかな。「負けるな!」「頑張れ!」「ここであきらめたら試合終了だよ!」うん、そうだね。俺は今日のために、半年も前から犯人当て企画を準備したじゃないか!
 同人誌頒布は午後六時から。その場を借りて犯人当ての解答編を配布するので、早めに会場へ到達せねばと南北線に乗車。エート、森川別館の最寄り駅ってどこだっけ? 駒込か、本駒込だったな。山手線は通ってなかったから論理的に本駒込しかありえない! よし、行っくぞー!

 正解は「東大前」でした!
 ……十五分遅れで会場到着。年に一回とはいえ、もう過去七回も来た場所なんですが……もうダメぽ……。
 市川憂人さんにご挨拶。作者の隣でさっそく解答編を読み始める。のりりんさんに探偵小説研究会の宣伝チラシをいただく。フクさんから残一部だったらしい『皆川博子講演会録』(皆川博子講演会録について - DMS 公式Wiki)を購入。踝友吾さんから犯人当てについて質問をいただく。イヤー、真剣に考えていただけるのが心の底からありがたいです。

 五分前になったので大広間へ移動。蔓葉信博さんに紙袋を渡す。「え、なんですか?」「開けてごらん」「こ、これはカウンターレジュメじゃないですか!」「あの本、分厚いからね。早引き表みたいなものがあれば、議論するのに役立つと思ったんだ」「こんなに細かく……大変だったでしょう」「大したことないさ。たった三時間だよ。あやうく昼の部に遅刻しそうになったのは参ったけどな」「けどどうして? 杉本さんは読書会には参加できないんでしょう?」「(鼻筋を中指でこすりつつ)誰かのために、軽く一仕事したくなっただけさ……」
 などという会話はなんにも無かった『天帝のはしたなき果実』早引き表(ネタバレ満載! 未読者注意!)はこちら
 shakaさんの開会宣言とスタッフによる企画説明に続いて全体企画『九人と君で十人だ』。当てはまる人がちょうど十人になる質問を考えようというもの。とりあえず自己紹介から始まり、フクさんが中心になってあれこれ考える。「『本格ミステリ・フラッシュバック』を読んだ……いや、買った人」「月の書籍代が(恐ろしい数字)円以上の人」「家に書庫がある人」「家が書庫の人ならいますね」「メフィスト賞を全部読んだ……いや、買った人」ちなみに映画『永遠のこどもたち』はミステリ好きにも面白いですよ(“本篇もまた宣伝で“『シックス・センス』以来の衝撃”を謳っているが、珍しくその惹句に恥じない出来を誇っている” by 深川拓先生)。
 各班の発表に突入。三番目の質問を担当した私はゆっくり立ち上がった。
「エー、共通認識を確認しておきたいと思いますが、谷川流『涼宮ハルヒの消失』はSFミステリの傑作ですよね?」
 大広間を見渡し、異議のないことを確認する。
「さて、その重要な伏線にあたる、待望の第二期完全新作アニメ『笹の葉ラプソディ』を観た人!」
 こらぁ! みんな恥ずかしがるんじゃなーい!!

夜の部 犯人当て企画~うみねこ対談

 犯人当て企画のため企画部屋A・春日呉竹へ移動。近田鳶迩さんと準備をしつつ雑談をしつつ過ごす。秋田紀亜さんが問題編を読み始めた。
 午後九時半。集まったのは五、六人。十二畳くらいはある部屋が、がらんとして少し寂しい。スーツ姿の鳶迩さんが、三日月に不気味な顔のついた銀色のお面をかぶる。安楽椅子探偵シリーズのBGM。ホイッスルを吹く。
「私は安楽椅子なにか。笛の呼ぶところ、どこにでも現れる!」
 エー、なお、ここまでの描写になにひとつ私は妄想を入れていません。
 えんじさんが提案する「ドキ! 誰でも60分で犯人当てができちゃうぞ!」メソッドに従って本気で創作開始。途中、遅れて部屋にやってきた人がみんな入り口で立ち尽くし、仮面をかぶった不審人物にとまどう。うん、そりゃ、状況説明が欲しいわな。浅暮三文先生がプロの創作能力を発揮、殿様消失事件がみるみる具体化していく。
 わりといい感じに荒いプロットが完成。続いて私の反省会……の模様はネタバレしまくりなので「玖乃杜モノクローム 解答編」を参照願います。なんか、私より鳶迩さんと市川憂人さんが司会してたような。

 続けて同じ部屋で市川憂人さんの「勝手に作ろう新本格年表」企画の始まり。年間ベスト本やガイドブックを集め、机に広げた模造紙を二十人くらいがわらわらと囲み、好き勝手にトピックを書き込んでいく。踝さんの驚異の記憶力に感服。「ひぐらし! ひぐらし!」「神のみぞ知るセカイはミステリですよ?」「SAWシリーズも~」偏らせてスンマセン。
 普通なら近年のことほどトピックがあがりそうなものだけど、惑星直列のあった2004年の翌年からパッタリ思い浮かばず空白がさみしい。ウーム、こうしてみるとジャンルの衰退が明白で寂しいものですなあ。
 大広間へ移動。森さんと三十路を嘆く。告知通り予定通りゲリラ開始。十年に渡るお笑い企画の歴史を振り返る。なにやら背後から、真剣にミステリの行く末について議論している会話が聞こえる。いったい誰だろう、と思って振り返ってみても浅暮先生しかいない。ウーム、幻聴だったか。
 歴史を振り返った後はやっぱり大喜利タイム。次々とネタを連発するINOさんおがわさん! フリーダム蔓葉さん! ネタがでないのがネタになってくる松本楽志さん! ていうか、さっきまでの回顧モードが嘘のように楽志さんの表情がどんどん真剣になってくんですが。
 続けてフクさんとshakaさんによるMYSCON十年を振り返ろうフリートーク劇場……のはずが、なぜか途中から浅暮先生が乱入! 緊急特番「MYSCON向上委員会・ミステリをもっともっと盛り上げるために私たちができることはなにか」が始まった。これまでのコネクションを大事にね、SF大会とかではどうやっているか、などなど生々しく具体的に話が進む。来年のMYSCONはきっと、もっと告知が早くなるよ!
 体力の限界を迎え、ひとまず寝る。朝六時頃に目が覚め、少し早いとは思いつつ大広間に降りる。古野まほろの話。スゴイのは確かだけど、やっぱり勧めにくいよね。「最近で他に、これはと思ったものはなんですか?」「エート……個人的にはひぐらしが」背後から、差し込む影。「いま、ひぐらしって言いましたか?」子兎めがけて鷲のごとく天空から飛来してきたからすとうさぎさんと、それから一時間以上ほとんどサシで話した内容については「MYSCON10感想、および若者におけるミステリーの現況について。あとうみねこ。 - 魔王14歳の幸福な電波」を参照。イヤ~、こんなに『うみねこのなく頃に』の話をすることになるとは。
 朝八時半、全員集合、閉会宣言。「それではまた、MYSCON11で会いましょう!」の決めセリフを言い忘れたshakaさんに一抹の不安を覚えつつ、森川別館を後にしたのでありました。