空回りの日々

 私のMYSCONが始まったのは二ヶ月半前だった。

 一月十六日、そらけいさんのサイトで「ヘリオテロリズム」Vol.2の原稿募集が告知された。特集テーマが「ミステリ」、原稿締切が二ヶ月後。編集長の意図は明白である。これは生半可なものは書けないぞ――脳裏を冷たい声が過ぎった。
 幸い、なかなか濃ゆいアイデアが浮かんだ。喜々として書いた。三週間で書いた。最後は一日で三十枚書いた。書きあげた直後にインフルエンザで寝込んだ。完成だ! 原稿用紙で八十六枚! 募集告知の上限枚数は五十枚!

 枚数超過、

 締切まで一ヶ月。三十六枚も削ることはできない。やるしかない、もうひとつ書くのだ。
 かくして苦悩の日々が始まった。天啓を求めて空を仰ぎ、ネタが落ちてないかと地面を這い、資料本を読み、プロットに悩み、進まぬ文章を蹴りつけ拝み倒し押し進め、やっと完成、編集長に送った。
 さて、喉元過ぎればなんとやら、没になった小説が惜しい。ダメもとで東京創元社ミステリーズ!短編賞に送ってはみるが、どうせだからプチ冊子でも作ってみるか。いらぬ苦労は買ってでもせよというし。
 持ち腐れていたダイナフォント詰め合わせパックをフル活用してWordと取っ組み合い。Wordはなぜかセーフモードでしか起動しなくなり、さんざネットで調べても原因がわからず、まあしょうがないMicrosoftだしなと微笑みながらOfficeごと再インストールした。

 再インストールでも起動しませんでした。
 いつかビルとは決着をつけなければならない。

 東急ハンズで表紙用の紙や直角方向に綴じられるホチキスを買い込む。大学時代以来五年ぶりにイラスト描く。コピーショップで両面コピー。せっせと二つ折りしてホチキス留める。二十部でよかった。三十部だったら労働だったよ。

 かくしてMYSCON当日を迎えたのだった。

10:30 海賊版資料作成

 朝七時に目が覚める。ウーム、徹夜に備えて朝寝するつもりだったのに、老人体質なのか横になっていられない。
 よし、と読書会課題本の麻耶雄嵩『螢』を手にとる。昨年(体力的に)痛い目を見たので今年は作るつもりなかったのだが、カウンターレジュメ作ろっと。
 小説内出来事と、再読していて気付いた点をExcelで表にまとめる。三時間半かけて完成。ン? 待てよ、読書会司会者の蔓葉さんも同じような資料作ってるなんてことは。いや、まさかね(伏線)。

16:30 会場到着、プチ冊子配布

 受付が始まる時刻に東大前駅到着。ちょうどsasashinさんが道案内を始めたとこで慌てて頭を下げる。言問通りを渡って三番目の路地に入るところで進井瑞西さんとも遭遇。
 受付を済ませて三階に荷物を置き、同人誌頒布会場へ。プチ冊子をそらけいさんのとこに並べて頂く。初めてお会いする未成年さん二十五歳にご挨拶。市川憂人さんから新月お茶の会の「月猫通り2106号」を購入。分厚い。あれ、(゜(○○)゜) さんがいらっしゃらない。代わりに、告知がなかった市川さんがいるということは……いや、これ以上MYSCONの暗部に触れることはできない。
 鳳明館をさまよいながら予めターゲットにしていた方々にプチ冊子を押し付けまくる。大変申し訳ないのですが中身は凄く濃ゆい理系ネタなので頭痛、発熱、眩暈等の症状が現れましたら速やかに読書を中断願います。

17:30 太田忠司さんインタビュー

 大広間に集合。例年通り壁際にもたれる(もう疲れている)。例年通り市川さんがプレス席に。INOさんお風呂忘れずにと声をかける
 続々と参加者集合。まずは太田忠司さんインタビュー。杉江松恋さんがインタビュアー。作業着っぽいジャージに眼鏡の太田さんと、金髪サングラスの杉江さん。並んで座ると、二人の間にどういう関係があるのか傍目には謎としか思えない。
 印象に残った話メモ。回路図からラジオを作ったりする工作少年で名工大に入学したが、回路図から物を作るのは好きでも回路図自体を書くのは好きではないと気付いた。小説好きが理系人間からは異端視されて苦労したとか。「クリスマス・キャロル」を英語の授業で学んだが楽をしようと日本語訳を買ってきたら周囲が「クリスマス・キャロルって、翻訳されてたのか」と驚いたそうな。NIFTY-Serveで知り合った名古屋の方々とは今も交流があり、名古屋の評判をおとしめた責任をなすりつけあっているとか。トリックのアイデアストックはないというか、そもそもトリックを思いついたことがない。シチュエーションをまず考えて、その言い訳のような形でトリックを作る。だからシチュエーションとキャラクタのストックはあるそうな

 インタビュー終了後、お二人が座っていた机をずらそうとしたMYSCON代表shakaさんが作者の目の前で『月読』を畳に落としてしまう。慌てて拾ってから挨拶を始めた間の悪さに場内大盛り上がり。児童向けミステリ企画を説明する鳶迩さんの低いテンションに容赦ないツッコミが。というか、相対的に周りのテンションが異常な気もする。深夜ゲリラ企画の説明に突然カリスマ探偵登場。進井さんとあまり意味のない小芝居を繰り広げる。ええね、やっぱ生はええね。

20:15 全体企画

 休憩時間。予め買っておいたパンを食しつつ全体企画のお題「食欲増進ミステリ」を考える。なぜか綾辻行人ばかり思い出す。『殺人鬼』『暗黒館の殺人』……食事中なのに(泣)。W氏と(他の班なのに)ブレインストーミング。MYSCON6クジ当選者を探しに来た鳶迩さんに「九十九をタイトルに使った作品は三つありました」と教えてもらって驚愕。舞城王太郎『九十九十九』と岡嶋二人『99%の誘拐』は気付いていたが三つ目があるとは。なお作者は土屋隆夫*1
 なお、誰かは最初フクさんのサイトにあるTHE ROOM OF NERVOUS BREAKDOWNを参考にパロディタイトルで統一しようかと思ったが、フクさんとネタが被るかも、ていうか他人のふんどしで相撲とるなよと思ってやめたのは内緒だ。
  (゜(○○)゜) さんがいらしゃったのでレオ・ベルッツ『アンチクリストの誕生』とフリードリッヒ・フレクサ『伯林白昼夢』を購入。装丁が綺麗かつ本格的。つい己のプチ冊子と比較して溜息吐息。本物の大人は違う。若林さんと三人でエラリー・クイーンだのクリスティの良さだのまっとうな話をする。若林さんから日本文学の古典は西洋のような論理思考表現を目的とした文章じゃなかったから多重解釈を許すような不思議な文章だったのですよ(意訳)という話を拝聴。

 全体企画。今年はグループ毎に個別のテーマでベストテンを考えましょうというお題。スタッフのS氏からリークされた情報によると、招待作家インタビューの間にネタを考えるので例年もがき苦しむ(そんな直前に考えてたんだ……)ことになるし発表者もプレッシャーが強くて大変(そもそも別にそんな必死に笑わせなくてもいいのでは……)ということで結果は模造紙に書いて大広間に貼るだけになった。公式サイトブログにも載るとか。
 私は七班で、ご一緒したのは sasashinさん、そらたさん浅暮三文さんかすりさんささきさん、朱都坂わこりさん、彩古さん、風々子さん。
 お題は「食欲増進ミステリ」。模造紙に書かなかったが面白かった意見としては、自炊料理の話が盛り沢山の殊能将之のサイトmercy snow official homepage。クリスチアナ・ブランド『招かれざる客たちのビュッフェ』を挙げて「ミステリそのものがごちそう」というネタを考えたり。
 とりあえず作品名をバンバン挙げていき、時系列順に並べてストーリー仕立てにして綺麗にまとまって無事終了。

21:30 個別企画

 個別企画一コマ目、読書会。
 課題本である麻耶雄嵩『螢』はハードカバーかつロジックぎゅうぎゅうの話だったのに凄い人数の参加者。司会の蔓葉さんがレジュメ「夏合宿パンフレットinファイアフライ館」を配布。どれどれとめくると最後のページにタイムテーブル。もろかぶり
 ひっこめるのもなんなので自作の要点メモも配る。タイミング良く、そらけいさんから余ったプチ冊子を受け取ったのでバラまく。レジュメをみんなが受け取っているときだったので勢いにのって催眠術でもかけられたように皆が手を伸ばす。高級羽毛布団を買わせるときに使う手法である。ごめんなさい、中身、全然エンターテイメントじゃないです。反省。
 要点メモについては「蛍の旋律に我々は如何にして幻惑されたか」を参照。

 個別企画二コマ目、児童向けミステリ企画。
 エー、児童向けミステリより、鳶迩さんに興味があって参加したことをここでお詫びいたします。段ボール箱から次々と本が取り出され長机三つをびっちり埋めていく。政宗九さん(プロ)を呼んできて手伝ってもらわないといけませんねと誰かが言っていたようだなあ。児童向けの本だけに装丁が美しい本が多くて壮観。ハッハッハ、かつて子どもだった大きなお友達のための講談社ミステリーランドの数冊以外、私はドナルド・ソボル『少年探偵ブラウン』しか読んでませんでした。反省。
 鳶迩さん中心にそらたさん、茗荷丸さんとで年表にあがった作品がどんどん紹介されていく。なんとも凄まじい情熱。書店&古本屋から大量の本を集め、珍しい本は児童書専門の図書館に行き、復刊状況まで把握しているという努力に頭が下がる思いがした*2

25:00 大喜利と無限ループ

 古本オークションを横目に大広間でぼんやり。ほんとにぼんやり。眠い。気を抜くと思考が消失し瞼が下がる状態。サウンドノベル「ひぐらしのなく頃に」を布教する市川憂人さんに、真昼の秋葉原へ背広姿で買いに行く羞恥プレイを強要される。太田忠司さんに大盛有閑さんが凄くしっかりしたインタビューをなさっていた。
 案内があったので大喜利を見物に二階へ。既に大入り満員だったのでスペースが残っていた前のほうに行く。今年は平成教育委員会のパロディ。効果音といい、shakaさんのツッコミといい、来年は別料金になって完全予約制になってるかもしれない。回答のボケが捻りすぎの気もするので、直感的で簡単なボケを即座にだして、その間に濃ゆいボケを作っておくという役割分担を――するのはやりすぎか。ミステリタイトル当てジェスチャーゲームでは人数が三対二だったため急遽ギャラリーからshakaさん指名で市川さんが参加*3。『ドグラ・マグラ』がお題になったり、松尾詩朗『彼は残業だったので』がお題のときに市川さんが指差されたり。

 再び大広間に戻り、たれきゅんさんとか深川拓さんとか石野休日さんとかいろんな方とだらだらりんとまったり雑談。桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の面白さってなんなんだろうね、それは女の子文化に男の子が触れた驚きなのよ。ひぐらしの面白さと恐怖。脳科学とフェアプレイの関係について妄説。水筒さんの「SFはスピリット」説に納得。確かにゼナ・ヘンダースン「なんでも箱」(河出文庫の20世紀SF 1950年代に収録)なんてスピリットでないとSFである説明がつかない。なぜか大森さん登場。
 時間が流れるにつれて疲労と集中力の欠如により話題もどんどん連想的に流れていく。確か恋愛小説の話になってからミステリってパイが小さいのに分散しすぎてるよねという話題になって、それじゃ共通認識はどの辺にあるのかなと緊急アンケートが始まった。新本格強し。島田荘司『占星術殺人事件』と綾辻行人『十角館の殺人』は安心して話せるなあ。東京創元社(北森鴻)とかファウスト(佐藤友哉)になってくるとバラけてくる。市川さんがジョン・ディクソン・カーを読んでないと判明。まあ、なんてことざましょ! と同じく読んでない誰かは思った。反省。
 フト、気付くと滅・こぉるさんスズキトモユさんと市川憂人さんが真剣にフェアプレイやミステリの未来について熱く生で語り合うという極楽浄土のような光景が。エ? わたしっていま、もしかして幸せなの?
 完徹。部屋に戻って荷物をとってくる。大広間に戻り、座っているとお尻が痛いわ眠ってしまいそうになるわで立っていることに。正直、なにも考えることができない状態。鳶迩さんが仏になられていたのでそっとホワイトボードを移動して隠す。shakaさんの「MYSCON7で会いましょう」を最後に解散。おつかれさまでした。

虚脱の日々

 帰宅。睡眠。夕方起床。風邪。くしゃみがでて喉が痛くて悪寒がする。昨年までは速攻でレポート書いていたのだがウーム体力が。
 翌日。午後年休をとっていたので会社帰りに寄り道して秋葉原「とらのあな」でサウンドノベル「ひぐらしのなく頃に」を購入。しかし体調不良と溜まった録画番組と『ハチミツとクローバー』に阻まれ未プレイ。
  (゜(○○)゜) さんのレオ・ベルッツ『アンチクリストの誕生』はミステリじゃないじゃんということに気付いたのだけど古い話(中世?)の割には抵抗なくスラスラ読めたのでこれはこれでよし。一週間後の日曜日、『最後の審判の巨匠』(晶文社)を買いに神保町の三省堂へ。神田川を見下ろすと、桜の花びらが川面を埋めていた。

行く春や
新本格は遠くなり
神か悪魔か綾辻行人か