まずはなにも考えずに、以下の画像をご覧頂きたい。
タイトルがおわかり頂けるだろうか? 小さくて見えにくい場合は拡大画像もあるのでご確認頂きたい。
どうやら『福井県名探偵実話集』と書かれているようだ。
この殊能将之*1もビックリ、舞城王太郎*2もギョウテンな本を発掘したのは杉本がまだ大学生で、マイホームタウン福井県に帰省していた頃のことだ(と思うのだが記憶曖昧)。場所はJR福井駅前の古本屋。発見したとき「なんじゃこりゃ?」と思ったのを覚えている。
無理もない。この雑文を読んでいるあなたの出身地名を「○○○名探偵実話集」に埋めてみて頂きたい。まあ東京大阪京都奈良沖縄北海道と比較的メジャーな都道府県なら違和感がないかもしれない。しかしそうでないならば、力のない笑いがこみ上げてくることは必至である。
なんせ「福井県」である。モーニング娘。のメンバーを生み出した*3ところで「福井県」である。五木ひろしがマラソン*4走ったって「福井県」である。名探偵なんぞいるわけがない。いるとしてもルンババ*5くらいだ。
それなのに『福井県名探偵実話集』である。買わないわけにはいかんでしょう。
奥付を確かめると昭和四十九年二月五日印刷、二月十日発行で、定価五百円、古書価二百円。発行所は安田書店出版部でその住所が福井市日の出町とあるから地方出版物ということになるだろうか。編者は安田輝雄、味のあるイラストは細井辰二。六編の犯罪実話が収められている。
で、読んでみた。まあ当然といえば当然至極だがウェイトは「名探偵」ではなく「実話」に置かれていた。そらまあシルクハットにタキシード姿の銘探偵が昭和四十九年に登場するわけがない。
読み終わった後は存在を忘れていたのだが、先月(二千三年二月)引越したのを機会に本棚を購入し、長らく段ボール箱に詰めていた本を並べた。久し振りにこの本を手に取りパラパラと読み直しているうちに「ん? これ珍しい本だし、雑文書いて紹介してもいいんじゃなかろか?」と思いついてこの文章となった次第である。
さて、どの話も面白かったのだが、それぞれのあらすじを短く説明するよりは一番面白く感じた一編について詳細に説明するほうが読者の皆様にもこの本の魅力をより深くご理解頂けるだろう。
というわけで『白骨が語る殺人』について以下に内容を紹介する。
ところは福井県三方群、日本海に面した小さな部落の区長選挙に端を発す。海の幸豊かで生活には困らないがあまりに僻地なため四十五戸のすべての家が親族関係にある程だった。
このため区長も一部の首脳陣が勝手に人選していたが、アメリカ帰りの古田国太郎という男が民主主義に基づく選挙による決定を主張した。古田は自らその選挙に立候補し、同じく出馬した前区長と争った結果、投票の結果は古田に軍配があがった。
前区長は落選したことで一部の部落民から冷たい態度をとられるようになった。怒った前区長は三方警察署にとんでもない投書を差し出す。なんと、古田国太郎は十三年前に一人の情婦を毒殺した殺人犯だというのだ。
駐在所に呼び出された前区長はいったん投書したこと自体を否認したが、筆跡の一致から投書した本人であることを認めた(筆跡鑑定についての知識がなかった?)。その代わり投書内容についてはでたらめだと否定した。
でたらめならでたらめでそれは古田国太郎に対する「ぶ告」(偽証罪)になる。というわけで事件は三方署の司法主任から敦賀区裁判所へ伝えられ前区長は検事局へ呼び出された。検事の取り調べにあい、前区長は更に証言を翻した。殺人事件があったのは本当のことであり、部落内でそのことは絶対に口外しないよう取り決めた。それに違反すれば部落を追い出されるため、仕方なくでたらめだと主張したのだという。
さて、こうなると過去にあったという殺人事件を明らかにしなければならない。三方署の刑事は三方駅前の自転車店で自動車を借り(……なぜ自転車店で?)、問題の部落目指して運転したのだが途中で事故を起こしてしまった。その刑事は無免許だった(なんでやねん)ため辞職することになり、司法主任も同じ頃転勤したため事件解決は一時保留となった(なんでやねん!)。
さて、筆は十三年前に遡り古田国太郎が犯した殺人の内容がどんなものであったかの描写に入る。
国太郎は従兄妹の上出はるのとの間に情交関係があった。はるのはやがて妊娠したが、国太郎は両親に打ち明けることもできず逆に結婚を決められてしまった。はるのは国太郎の気弱な性格を知っていただけに堕ろすことを決心したのだが、そうなると必要なのは堕胎薬である。
姉を通じて虫おろしの「セメン円」という薬が堕胎薬代わりになると聞いた国太郎は薬店からセメン円十袋を購入する。はるのに早速飲ませてみたが下痢をおこしただけでまったく効かない。次に若衆達の雑談から亜ひ酸が効くと聞いたのを思い出し、小学校の校長相手に消毒に使いたいからと騙して手に入れた。
国太郎は亜ひ酸を十粒の丸薬にし、はるのに一日一粒ずつ飲むように言って与えた。はるのは最初は言われた通り一粒ずつ飲んでいたが、効き目がなく四日目に短気を起こして残り全部を一度に飲んだ。そうしたら口から泡を吹いて倒れてしまった。はるのは国太郎に薬だと騙され毒を飲まされたと父親に言い残して死んだ。
さて、古田、上出両家の面々は話し合いの結果、この事件を闇に葬ることにした。隣村の医者を買収して病死の診断書を書いてもらい、部落のものには当時の区長だった国太郎の父がごちそうを振る舞って沈黙を約束させた。ただし国太郎をそのままとするのはよくないということで、アメリカ漁業視察団に国太郎を応募させた。国太郎はアメリカで脱船し、農場に雇われた。そして十二年目に脱船が発覚し、日本に送り返された。
日本に帰ってきた国太郎は駐在所を訪ね、殺人事件の時効は何年になるのか尋ねた(おいおい)。ところが巡査が新人で、間違って十年だと答えてしまった(おいおい!)。国太郎は殺人がもう時効を迎えたと勘違いし、区長選挙に立候補したのだった。
さて、後任の司法主任が赴任し、あわせて十三年前の殺人事件も調査されることになり、一人の刑事が部落で捜査を開始した。
しかし部落の誰もなにも話そうとはしない。唯一証言を得られそうな前区長は北海道の漁場にでかけ三ヶ月は帰らないという(部落を追い出されたということか?)。肝心の容疑者である国太郎は道で出会っても「刑事さん、御苦労ですなぁ」と他人事のような挨拶をされる始末。しかも外部からの客を珍しがった部落の子供がついてくるものだから隠秘的な捜査ができるはずもない。
部落を訪れた刑事は宿泊施設がないため寺に泊まることになったが、毎日山海の珍味が並ぶ。こんなごちそうをだされても払う金がないと住職に伝えると、心配不要、料理は全部古田区長から届けられるのですと答えた。
これはダメだということで刑事はいったん引き上げることにした。船を用意したというので辞退するのも大人気ないと乗船すると、なんと古田区長も乗っている。それもそのはず船は古田の持船だった。
これではとても捜査はできませんという刑事の報告で、今度は警部補も加わり二人で捜査をすることになった。
今度は料理を受け取らぬよう住職に言い渡したが、やはり山海の珍味に酒まででてくる。腹が減っているのを我慢して辞退した。すると泣きそうな顔をした住職が檀家の者から叱られるのでどうか召し上がって頂きたいと手を合わせて頼みに来る。続いて寺の世話方が永々とご滞在下さいと挨拶に来る、顔立ちのよい娘さん二人が銚子を手に酌に来るという具合で、とうとう警部補と刑事は退却してしまった。
部落内での捜査は不可能ということで、古田区長を任意出頭の形式で呼び出すことにした。米国仕立ての背広姿でやってきた国太郎、殺人の時効は十年だと相変わらず誤解したままだったため、上出はるのとの関係から死に至るまでの一部始終をすらすらと自白した。
しかし自白だけでは不十分なため、警察は次に証拠探しにとりかかった。しかし、偽の診断書を書かせた医師は既に死亡、亜ひ酸を国太郎に渡した校長も行方不明、セメン円を売った薬店はまだあったが十三年も前の客を覚えているわけがない。
困り果てた刑事達は司法主任を介して検事局に相談した。検事が熟考の末に辿り着いたのが、上出はるのの骨である。捜査陣一行は寺へと向かい、住職を通じて上出はるのの父親に墓を掘り返す了承をとろうとした。当然押し問答となったが、検事の懸命な説得に遂に折れ、他人の手にかけるよりはと父親自ら鍬を取った。住職の念仏が唱えられるなか墓は掘り進められ、遂に白骨が現れた。一部の骨のみ採取し、更に住職が阿弥陀経一巻のお経をあげ、やっと捜査陣達は骨を手に入れることができた。
白骨は金沢医専に送られ、鑑定の結果ひ素の反応がでた。これを証拠として古田国太郎は殺人罪で起訴された。
この物語は「十三年前の殺人事件をその白骨は美事に証明して、邪悪に対する復讐をなしとげた」という一文で終えられている。めでたし、めでたし。
……しかし、である。
堕胎のことは上出はるのも協力していたし、国太郎はその証言を信じるならばあくまでも堕胎薬のつもりで渡しただけだ。しかも、はるのは一日一錠ずつという約束を破って一度に飲み干している。
法律上の解釈がどうなるか正確にはわからないが、国太郎は過失犯であり殺人罪は適用されないのではないかなあ……。
さて、これでなんとなく『福井県名探偵実話集』の雰囲気と魅力がおわかり頂けたと思う。
この本についてはいくつかの謎が残されている。まず背に「第一集」とあるが、となると「第二集」以降も出版されたのだろうか。あるいは続きでなくともこの出版社から別の犯罪推理物が出版されていたりはしないのだろうか。
また、このような趣向の本は他の県にもあるのだろうか。地方出版社だからシリーズのような形では出版されていないはずだが、このような形態が当時の流行だったのなら他の県でも出版されていていいはずだ。
そこでGoogleで検索してみたところ、いくつかの事実が判明した。
まず出版元である安田書店は現在も存在しているらしい(ネット上の情報のため、古くなっている恐れはあるが)。これは「安田書店 福井」で検索すればいくつかのページがみつかるのでわかる。また長野市にある推理探偵小説古書店「臥龍書院」のサイトのページに、なんとこの『福井県名探偵実話集』が載せられていた(現在売り切れとのこと)。しかもその後には『長野県犯罪実話集<捕物秘話>』というタイトルがあるではないか!
あなたの古里にも名探偵がいたかもしれない。週末あるいは帰省時にでも、地元の古書店を散策されてはいかがだろうか。