N大学ミステリ研究会公認犯人当て小説No.0085

四つの魂、三つの死体[問題編]

学内会員96-10号 笈香窓

 筆者は、以下の手記について次のことを約束する。

一、
登場人物には五感に異常がない。例えば、色覚の異常などはない。
二、
登場人物に極端な幻視、記憶の錯誤は生じなかった。しかし、殺人者が二重人格者であったこと、登場人物のすべてが記憶を喪失していたこと、人為的な眠気による意識の中絶等は生じた。これらの精神的な変調について、語り手は隠喩などで表現することもあるが、読者に対し意図的な誤解を与える記述はしていない。
三、
それぞれの語り手は、読者に対し意図的な嘘をついていない。語り手は感じたこと、考えたことを率直に記述している。
四、
SF小説に属する現象は生じていない。例えば、魂の交換や、幽霊としての身体から独立した行動、死者の蘇生はありえない。ただし、一人の人間に人格が複数存在する現象は生じている。二で記述したように、登場人物で殺人者のみ二重人格者であった。
五、
語り手の記述は一九九九年八月一日午前0時から、午前五時までの間に発生した出来事であり、作中に現れるデジタル時計は外界の時刻と完全に一致している。ただし、語り手の記述が発生した出来事のすべてではない。それは殺害シーンが記述されていないことからも明らかである。
六、
語り手は記憶をなくしているが、喪失したのは一九九九年八月一日午前0時以前の記憶のみであり、それ以降は途中で意識が途絶えても、連続している。
七、
すべての登場人物は、語り手により記述されていない特別な物品を取得、使用することは不可能だった。例えば、筆記用具、工作用具、掃除用具、化粧品、血糊、等身大の人形などである。

 さて、それでは本編に移りたいが、それぞれの語り手の記述だけでは現実になにが発生したのか曖昧となるだろう。そこで、簡単に今回の事件の客観的な事実をいくつか提示する。
 一九九九年八月一日、夜明けを迎えた青葉島に、三つの死体が残された。二重人格者に秘められた残虐な殺人者の魂が、二人を殺害し、遂には己の魂の器を、自殺という形で破壊せしめたのである。四つの魂が去り、そして青葉島には誰もいなくなった。
 数日後、青葉島を訪れた定期連絡船が発見した三つの死体は異様な姿をしていた。八桁の数字の入れ墨が刻まれた丸坊主の頭、囚人服のような縦縞のつなぎに、腰のベルトにはナイフを納めるためのホルダ、そして足の裏にはアルファベットと二桁の数字の入れ墨が刻まれていた。アルファベットは性別(MもしくはW)であり、二桁の数字は年齢であること、そしてそれらの情報は身元と一致することがその後の調査で確認された。検屍の結果、三人とも、致命傷は鋭利な刃物の創傷によるものであることが判明し、現場に残されたナイフの刃の形と一致した。また、死体が発見された建造物の内壁には、奇妙な警告文が記されていた。死体の身元調査および建造物の調査から、警告文の内容が正しいことが確認された。
 では、本編に入ろう。読者は以下の記述から、二人の人間を殺害し、そして自殺した殺人者の魂を誰が所有していたのか指摘できる。すべての手がかりは明白に示されており、論理的推論によって発生した現象のすべてを矛盾なく導出できる。