降りたり乗ったり

 昨日の夕方、電車に変な人がいたよ。友人はそう語り出した。
「格好は普通の背広姿で、髪がちょっと薄くて、四十才くらいに見えたけど意外にもっと若いかもしれない。薄くて平べったい鞄をこう、大事そうに胸に抱えててね。列車の入り口近くに立ってた」
 僕は首を傾げた。それのどこが変な人なんだろう。
「まあ、聞いて。駅に着いて、そのオジサン降りたんだけど、列車動き出してフッと顔上げたら、いつの間にか最初と同じ場所に立っててね。ああ、降りる駅間違えたのに気づいて戻ってきたんだなと思った。で、次の駅、その人また降りてね。なんとなく見てたんだけど、その人どういうわけかまた戻ってきた」
「二回連続で間違えたの?」
「ウーン、どうだろ。気になったから観察してたけど、別にちゃんと窓のほう向いてたし。それに次の駅でも同じだった」
「また降りて、戻ってきたの?」
 うなずく友人。僕は感心してヘーッとうなった。確かにそれは変だ。いったいどんな理由でそんなことをしたのだろう。一駅毎にホームへ降りて、なにか情報を集めていたのだろうか。
 例えばその人はヘビースモーカーで、帰りの電車で我慢できなくなったときのためホームに喫煙所がある駅を探していた、なんてのはどうだろう。
 その考えを告げようとした直前、はたと気づいた。
「まさかとは思うけど……それ、満員電車じゃなかったよね?」
 声を上げて友人が笑った。