年々歳々

 まばゆさに目を伏せて、手の平をかざす。透明な朝陽の中、ランドセルを背負った少年たちが駆けていく。歩道のタイルに白いシューズが乾いた音を立てる。
 建築途中の巨大なビルが蒼天に伸びている。窓ガラスのあるビル壁を、オレンジ色のクレーンがゆっくり吊り上げる。
 昔、路地裏をコレクションしていた。ビルとビルの隙間、猫しか通れないような細く薄暗く縦長の空間。廃材や壊れた電化製品がうち捨てられ、黴や埃、雑草が音もなく時の過ぎるのを待っている。
 小学四年生のとき、デパートがつぶれビルが改装された。そのとき、デパート裏の秘密の抜け道だった路地が通行禁止になった。
 五、六年程経ったある夏の夕方、縁側でサイダーを飲みながら宿題を片づけていた。ノートを染めるオレンジ色に、私は薄汚かったはずのあの路地の光景が、美しかったことに気づいた。
 勤め人になり、外出時はカメラを持ち歩くようになった。使い捨てカメラで、休日に散歩をしながら街のあらゆる路地を撮影した。地図で通りの名前や番地を調べ、アルバムにメモをつけて保存した。細い路地は日の射す方向により極端に表情を変える。同じ場所を一日かけて定点観測したこともあった。近場を撮り終えると、電車に乗り別の街に行った。引っ越しや旅行の度、期待に胸を弾ませながらカメラを抱え、ひとつひとつ路地を覗き込んだ。
 そうして溜まったアルバムが二十冊を数えた頃だろうか。社員寮が火事になった。幸い小火で済んだが、写真はすべて灰になった。
 定年を迎え、私は思い残すことなく退社した。郷里の駅の改札をでると、兄が迎えに来ていた。実家に向かう車中、一人で暮らすつもりだと打ち明けた。一ヶ月後、アパートに引っ越した。荷物の少なさに配送業者の若者が呆れていた。
 ある早朝、オフィスビルの清掃業務を終えた帰り、蛍光灯を買うためにコンビニエンスストアに寄り道した。サイズのあうものがなく、別の店を探そうと街を気の向くままに歩いた。朝焼けの強い光がまばゆく、手をかざしながら歩いた。近道のつもりで細い路地に入った。
 私は立ち止まった。若い朝陽に照らされて、路地全体が光り輝いている。
 見覚えのある電柱やマンホールの位置。ひび割れ黒ずんだコンクリートの壁と美しい朝焼け。あのデパート裏の路地の通行禁止がいつの間にか解かれ、塗り替えられたはずのビル壁も押し寄せる歳月にまた薄汚れていたのだった。
 立ち尽くしたまま時間が過ぎて行き、やがて朝陽は透明になり、路地裏は影に包まれていった。思い出したように路地を抜けると、青い空の下、学校に向かう少年たちが駆け抜けてゆく。見上げれば、建築途中の巨大なビルが、蒼天に力の限り背を伸ばそうとしている。
 いつもと変わり映えのない朝の光景がそこにあった。力無く微笑しながら、私は蛍光灯をあきらめ、朝食をとれる店を探そうと大通りを歩いた。