指先の海を見ている。家族で行った海水浴、昼下がり、ほんの数十秒曇り空になった。濃い雲が大地と太陽の間を横切った。大人たちは気にもとめず午睡している。波に戯れる人たちは遊びをやめない。その夏、足を怪我していた私は他の子供たちから離れ東屋にいた。幼い腕を海に伸ばし、指先を海に伸ばした瞬間、蒼海が色褪せ、砂地が暗く濁った。私は自分がなにか恐ろしいことをしたように思われて、すぐに腕をさげた。すると空は晴れわたり、信じていた平和で穏やかな光景が、なんの不思議もなく続いていた。
それ以来、ささやかな、叶うことがわかりきっているくらいささやかな願い事をするとき、腕を伸ばす。腕を伸ばして指先の海を見る。五歳の夏から、もう四十年以上その小さな魔法を守り続けている。