1.注意

 このドキュメントは、拙稿「犯人当て小説のためのフェア・プレイ変換の提案について」に対し、極楽橋水軒さんから頂いた感想および意見です。下記はMYSCON雑談BBSおよび掲示板より引用しております。

2.経過

 そもそも「犯人当て小説のためのフェア・プレイ変換の提案について」はMYSCON雑談BBSでの「ミステリーとミステリの違いは?」という話題が発端でした。そこでの議論に刺激を受け、それまでの本格推理小説への考えを自分なりに整理したのが「犯人当て小説のための……」だったのです。
 というわけで、MYSCON雑談BBSで「犯人当て小説のための……」へのリンクを張らせていただいたところ、極楽橋水軒さんから次の意見を頂きました。

【215】RE:犯人当て小説のためのフェア・プレイ変換の提案について 2000/1/17(月)02:02 - 極楽橋水軒 (男) <noname@rifnet.or.jp> - ppp058.rifnet.or.jp 削除

杉本@むにゅ10号さんの「犯人当て小説のためのフェア・プレイ変換の提案について」を拝読しました。ミステリの論理構造を論理学で説明し、"フェア・プレイ"概念を特徴づけるという困難な作業に取り組んだ労作だと思います。ただ、この論文で述べられた「謎」と「フェア・プレイ」の定義を額面どおり受け取ってしまうと、作者のミスで明らかに辻褄のあわない記述が生じてしまったミステリは無条件でフェアだということになってしまう(論理的矛盾を含む前提からは任意の命題を導出することができるので)のではないでしょうか。
私も昔似たようなことを考えたことがありましたが、「フィクションにおける真理/虚偽とは何か?」「小説内で明示的に書かれていない"暗黙の真理"をどのように定式化するのか?」という二つの難問をクリアすることができず、結局、論を組み立てることができませんでした。
前者は「作中の地の文で虚偽の記述を行ってはならない」、後者は「解決の前に謎を解く手がかりがすべて提示されていなければならない」というルールを論理的に説明するために必要不可欠だと思うのですが……。
まだいろいろ書きたいことはあるのですが、既に"雑談"の域をこえてしまっているように思うのでこの辺でやめておきます。

 この後、あんなに議論が沸騰していたのに、MYSCON雑談BBSに書き込む人が減りました(笑)。そして極楽橋水軒さんから当サイトの掲示板に次のような書き込みを頂きました(極楽橋さんの希望により、修正を加えています)。

49:[ はじめまして ]

MYSCON雑談BBSからやって来ました。
あっちの掲示板では私が書き込んでからぴたりと書き込みが止まってしまったので「こりゃ、まずいかな」と思っていたのですが、今覗いてみると新しく書き込みをしている人がいたので、ほっとしました。
ともあれ、私の書いた事は予想以上にあの掲示板にあわなかったようで、反省しています。いや、誰か一人くらいは「矛盾から任意の命題が導出できる、とはどういうことだ」ときいてくるものだと思っていたのですが……。
どうも私は掲示板の雰囲気を読み違えて場違いなことを書き込んでしまうことが多くて、自分でも困ったものだと思っています。というわけで、もしこの書き込みがこの掲示板にふさわしくないと思われたなら、遠慮なく削除して下さい。

Mail 極楽橋水軒 01/23 23:56

50:[ つづき ]

と、前置きしたところで、あっちで書かなかった「書きたいこと」の続きです。 数年前に私は論理学を基礎にした体系的なミステリ論の構築を目指していました。私の構想は次のとおりです。
1.ミステリと他のジャンルの小説の違いを説明する鍵概念として"フェアプレイ"を取り上げる。
2.ミステリを「フェアプレイのルールの下にある小説」または「フェアであるべき小説」と特徴づける。
3.さらにミステリを評価する際に、その小説がフェアであるかどうかが決定的に重要であることを説明する。

つまり、"フェアプレイ"概念に、ミステリの定義と価値規準という二つの機能を持たせようというわけです。

4.次にフェアプレイのルールを強弱二つにわける。
5.「地の文で嘘を書いてはならない」を弱いルール、「解決に必要なデータが予めすべて読者に提示されていなければならない」を強いルールと呼ぶ。
6.強いルールに従った小説を「パズルストーリー」または「パズラー」と呼ぶ。その典型例は、読者への挑戦状が挿入された小説である。
7.その他のミステリは弱いルールにのみ従っていて、強いルールには従っていないことを示す。

ここで「従う」というのは「遵守したり違反したりする」という程度の意味です。遵守していればフェア、違反していればアンフェアとなり、従っていない場合には、そもそもフェアかアンフェアかは問題になりません。

長くなってエラーが出たので、一旦切ります。

Mail 極楽橋水軒 01/23 23:58

51:[ つづきのつづき ]

8.弱いルールを論理的に定式化するために、"虚構内における真理/虚偽"という概念を分析する。
9.強いルールを論理的に定式化するために、虚構内において真なる命題から解決を導出する手続きの一般的な形式を説明する。

この二つが非常に厄介でした。ミステリ以外の小説についても、虚構内真理の理論を満足に構築できた例がまだないのです。文芸批評の専門家は概して論理学に興味がないので、この分野は論理学者の中で虚構論に興味を持っている人がぼちぼちと研究しているだけです。たぶん日本中探しても専門の研究者は10人もいないでしょう。それほど難しい分野に踏みいって一から研究できるほど私は頭がよくないので、結局二、三の参考文献を読んで頭を抱えただけで終わりました。
こうして私のプロジェクトは頓挫したわけです。
今から思えば、どうせほとんどの人に理解できない話題なのだから、適当に難点をごまかしてもっともらしい見方の文章を書けば、創元推理評論賞くらいは狙えたのではないか、とも思うのですが、当時の私は今よりずっと潔癖だったので、そんな事をする気にはなりませんでした。また今の私はすっかりミステリへの情熱を失ってしまったので、今さらミステリ論をしようという意欲がありません。ただ、昔はかなり考え込んだ話題だけに「犯人当て小説のためのフェア・プレイ変換の提案について」を読んで懐かしく思い、ちょっとコメントをつけてみたわけです。

どうも長くなってすみません。

Mail 極楽橋水軒 01/23 23:59

 とまあ、僕自身は思いつきであれだけの文章書くのに「うう、休日だというのになんでこんな変な雑文書いてるんだろ」などと疑問に思ったというのに、極楽橋さんはきちんと文献や関連する学問を調査するなど、実に本格的に取り組んでおられます。
 僕自身は大学で簡単な論理学の初歩をちょろっとやっただけなので、せいぜい「論理的な導出」と「推理」の違いや、本格推理小説で読者もフェアに謎解きに挑戦できるというのが、厳密にはどんなに微妙な問題であるのかがやっと言えた程度です。こういったことに興味をお持ちの方のために、極楽橋水軒さんから許諾を頂き、以上を補足資料とさせていただきました。