街で宝石商を営むヨハンは、長年連れ添った妻と二人きり静かな日々を過ごしていた。店の二階を工場勤めのイサクとその家族に貸していたが、家賃の支払いを延ばしてほしいと頼まれることが多く、ヨハンはたびたび妻に不満をこぼしていた。
クリスマスイブの晩、ヨハン夫婦は道端に一人の老人が倒れているのに気づいた。家に招き、温かなスープをふるまうと老人はほろほろと涙をこぼした。
「ありがとう。なにか叶えたい望みがあれば言ってくれ。これから家に帰る前に、教会に寄って神様に伝えてこよう」
老人は澄んだ瞳をしていた。みすぼらしかった顔に聖人のごとき厳かさが現れ、ヨハンは思わず息を呑んだ。
それでは私たちに子供を。そう言いかけたヨハンの袖を、妻が引いた。
「イサクという人が、そろそろ家族をひきつれて教会から帰ってくるよ。私たちじゃなく、その人に望みを聞いておくれ」
「本当に、それでいいのかい」老人は不思議そうに顔を傾げた。
「いいともさ」蝋燭の炎に照らされ、妻の顔は美しく輝いていた。
「今日は聖夜じゃないか。聖夜は自分の幸せじゃなくて、隣人の幸せを祈る日だよ」
ヨハンは頬を赤らめながら、老人を玄関へ見送った。
朝を迎えてもイサクたちは貧しいまま、しかしにぎやかな日々が続いた。
いつしか老人のことを忘れたヨハンが聖夜のことを思いだしたのは、それから十月十日後。妻が可愛らしい男の子を産んだときだった。